ケネス・アンガーについてぼくは「ホモセクシャルを題材にフェティッシュな描写で作られた映画」を撮り「創成期から黄金期までのハリウッドの住人たちのスキャンダルを暴露した本」を書いた男である、ということしか知らなかった。
そこで今回PARCO出版から刊行された、膨大な脚注と濃密な文章で織りなされた醜聞をまとめた大著『ハリウッド・バビロンⅠ・Ⅱ』を読んだ。そこで描かれるのは成功を収めたハリウッド・バビロンの住人たち。名声を浴び大金を手に入れて栄華を極めるが、決まっていたかのように醜聞にまみれて苦悩し、ハリウッドの光の外に消え去り、果てには凄惨な死を迎えたりする。
対してアンガーはハリウッドでは成功できずアンダーグラウンドで(当時としては)不道徳な内容の映画を作り、ごく一部に高い評価を得ることが出来たが、それはあくまでバビロンの光が届かないアンダーグラウンドでの成功でしか過ぎなかった。
そこでアンガーはハリウッド・バビロンの”運命”を握る悪魔の存在に気付いたのではないだろうか。誰もが羨む生活と成功を手にした数多たる映画俳優達が次々に流れ星となってバビロンの空から消えていったのは”映画”に取り憑いた悪魔がいるからだ、と。
そしてアンガーはかつてハリウッド・バビロンの一部として生きていたキャリアと、膨大な雑誌や新聞を使い、バビロンの住人たちの栄枯盛衰を悪魔への供物の証として書き、刊行当時は大きな衝撃をもたらした。
だが、いまの時代ではその当時のバビロンの住人について知っている者はマニアや研究者しかおらず、それらの醜聞が果たして正しかったのか、今となっては分からない。ただ悪魔に取り憑かれ人間が堕落するのは今も昔も関係ない。
映画に潜む悪魔の存在を知ったアンガーのこの叙事詩は、いまの読者ですら強く惹きつける悪魔の詩だ。この悪魔の詩の作者はいまも存命であり、これまで製作した悪魔めいた映画も改めて今夏に公開される。アンガーがココロを揺らした悪魔について何か知ることが出来るかもしれない。
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