2010-12-18

偉人を美化する偉くない人々 このエントリーを含むはてなブックマーク 

 私は他者を美化することが好きではない。なぜなら何度も述べるように都合よく解釈することで自己の行動を正当化するからである。尊敬する人物とは言うが結局は自分に置き換えられる。偉人の行動や思想は大衆という愚者の自尊心を向上させるが(なぜなら偉人の思想は正しい、センスがあると信じて疑わないからである。)別の観点から見れば間違いを犯しているといっても過言ではない。たとえば歴史上の偉人ならば聖徳太子、織田信長、坂本龍馬はカリスマ的指導者の象徴だが彼らを尊敬している人物は聖徳太子、織田信長、坂本龍馬のことは知るよしなどない。彼らを美化することを好む創作物がカリスマであったかも定かでもない人物をカリスマ的象徴に昇華させることに成功した。知りもしないがゆえに尊敬することができることを彼らや彼女らは知り得ない。自らの憧れは自らの痣とさを証明しているだけなのであろう。

キーワード:


コメント(0)


アレゴリー立気

ゲストブロガー

アレゴリー立気

“とくにないです。”


月別アーカイブ