2010-10-18

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 先週末から添削の内職。とは言え量が少なかったので本腰を入れてやり始めたのは連休明けくらいからで、木金土の三日間集中してやって、ひとまず終了。まあ、完全に昼夜逆転してしまいましたが、今日で直します。

 金曜の夜は、化学物質過敏症に苦しむ人達を撮ったドキュメンタリー映画『いのちの林檎』(監督:藤澤勇夫、製作:ビックリ・バン、2010年)の完成上映会に、下北の北沢タウンホールへ。上映十分前に着いたら、会場は既に八割がた埋まっていてビックリ。

 http://www.geocities.jp/bikkuriban/jp/sakuhin/kanaria.html

 主な登場人物は化学物質過敏症に苦しむ川崎の三十代半ばの早苗さんとそのお母さん、大阪の二十代の兄弟(お名前は失念してしまいましたが、日本で初めて実名を公表した患者さんとのこと)、そして無農薬無肥料で林檎を栽培している弘前の木村秋則さん。

 僕も初めて聞いた&知ったのですが、化学物質過敏症というのは、身体が一度許容量を超えた化学物質に晒されて以来、あらゆる化学物質(電磁波も含む)を受け付けなくなってしまい、自動車や香料など、普通の人なら意識さえしないようなものが近くにあるだけで、深刻なダメージを被ってしまう病いとのこと。今のところ治療法はなく、重度の患者さんは生き続けるために、人里離れた山中等に逃れる他なく、そこでも上空に航空機が飛べば、死ぬ程の苦痛を味わう…。

 詳しくは、化学物質過敏症支援センターのホームページを参照。
 http://www.cssc.jp/index.html

 実際に早苗さんは作中で何度も発作を起こし、身体を折り曲げて苦しみ悶える。自宅のある川崎郊外には居続けることが出来ず、彼女よりは軽度ではあるが同じく化学物質過敏症のお母さんと、安全な場所を求めて車で旅する日々。

 早苗さんも大阪のご兄弟もきっかけは新築した自宅でのシックハウス症候群だそう。

 彼女が浄水器を通した水さえ口に出来なくなった時に、唯一口にすることが出来たのが、上述の木村さんの林檎だったとのこと。二時間の上映時間の半分弱はその木村さんのインタヴューや林檎畑の光景。ネットで調べてみると、かなりの有名人のようで、全国を農業指導や講演で飛び回っているみたい。

 木村さんのホームページ
 http://www.akinorikimura.net/

 早苗さんや大阪のご兄弟のシーンが正直観ていてかなりしんどいので、木村さんの林檎畑や木村さんご夫婦が可愛がっている猫のシーンでは、観客からホッと一息という感じの笑い声が漏れていた。

 作中の最後で早苗さんは、長野の山中に建てた家で自然栽培の小麦を臼で粉に挽く。ようやく安住の地に辿り着いたかに見えるが、すぐ上空に飛来した飛行機のせいで激しい頭痛に襲われてしまう。上映後話をしてくれた監督とプロデューサーによれば、現在はそこにもいられなくなり、またお母さんと車で逃げ回っているとのこと…。

 僕も含めて化学物質過敏症というものの存在を初めて知ったような人間には、もの凄い重度で何にでも反応してしまう花粉症をイメージすると、分かり易いと思います。

 昨年から健康保険が適用されるようになったとのことですが、障碍者年金等での生活資金の給付までは行われていないでしょう。早苗さんのように、働くことは勿論一日平穏に過ごすことさえ難しいのに加えて、転地を繰り返さざるを得ないために、患者さんとご家族は、経済的にも非常に困難な状況に追い込まれてしまうはず。正直、家族や本人がよほど裕福じゃなければ、個人ではどうにも出来ないでしょう…。

 二時間と長丁場でしたが、あまりにショッキングな内容に食い入るように観てしまいました。現在の木村さんの朗らかさとジャズ調のテンポのよいバックグラウンドミュージックが救いでした。

 上映後の監督とプロデューサーと観客との質疑応答では、「化学物質の完全なシャットアウトを求めると、かえってよくないのではないか」とか、更には「無人島に行くしかないのではないか」とか、患者さんが聴いたら絶望してしまうような、無神経な質問ばかりで、陰鬱な気分になってしまいました。

 
 結局会場を出たのは十時前。下北のスーパーで生牡蠣を買って帰宅。その晩も酒の肴は、白米を昆布だし+薄口醤油+日本酒で、刻んだ生姜と一緒に炊いて、炊きあがった直後に重ならないように牡蠣をご飯の上に置き、三十分くらい蒸らしてつくる自己流牡蠣ご飯。牡蠣には十分火が通るので、加熱用でも大丈夫なため、安上がりだし、準備も後片付けも簡単で美味しいですよ。

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知世(Chise)

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知世(Chise)

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