猫が寝ぼけて机からずり落ちたその時、ぼくはひとりではない気がしていました。
午前11時のことです。
記憶の倉庫にはいくつもの棚があるのですが、そこには、様々な記憶がラベル別に瓶の中に保存され、整頓されています。瓶は普段から厳重に管理されていて、いつも倉庫の前にはシリアスな顔をした警備員が立っています。しかし昨日はどういうわけか、倉庫の入り口には若く小さい少年(世界は自分のためにあると思い込んでいる少年)が座っているだけでした。常勤の警備員は年老いて、毎日の勤務がむずかしいので、たまに自分の孫を行かせているのです。
少年は、ふとその棚に並べてある「友達」のラベルの貼ってある瓶を見つけました。瓶は持ち出し禁止、しかも番号が振られてあるので、こっそり盗み出すことも出来ません。しかし、記憶とはどういう形でどういう匂いのするものか、どうしても知りたくなった少年は、蓋を開けてしまったのでした。
記憶は、蓋をあけるなり、勢い良く飛び出してしまいました。あまりにすばしっこいので、なかなか捕まえることが出来ません。少年は焦りました。このことがおじいちゃんに知れたら大変なことになる。
少年はすぐさま、倉庫に隣接しているガラクタ小屋へ行き、なにか役に立ちそうなものを探しました。幸いにも埃を被った虫取り網を見つけ、少年はすぐさま倉庫に戻りました。声をかけながら記憶を探しましたが虫の寝息が聞こえてきそうな程しんとしています。
逃げちゃったのかな・・・と不安になってきたとき、少年の足が缶のようなものを倒して、中からキャットフードの粒々が古い床板にリズミカルに転がりだしました。そのとたん、すべての棚から瓶と瓶の当たる音が響きました。まるで、何百、何千個の風鈴が一斉に鳴り出したような音です。鏡の中に閉じ込められた、空の雲が氷になって堕ちていくような感じがしました。
気が付くと外に出てしまった友達の記憶が少年の足元に落ちているキャットフードをぽりぽりぽりと美味しそうに食べています。勿論、少年は驚きましたし、怖くもありました。でも、おじいさんに怒られるほうがよほど恐ろしいので手に持っていた虫取り網でキャットフードをぽりぽりやっている記憶を捕らえ、瓶にほうり込みました。そして、急いで家に帰り、ベッドに潜り込みました。
翌朝の11時におじいさんが倉庫の扉を開けると、綿菓子のようなピンク色の煙になった記憶が空に上っていきました。おじいさんは昔のことを少し思い出して目を閉じました。
Jessica
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