2010-03-05

喜怒哀楽とともに、生きていることを証明している このエントリーを含むはてなブックマーク 

ホーミーは風が体の中を通り抜ける音。
映画の中に登場するホーミーを幾度となく聴いているうちに、「風」というコトバがしっくりくるようになった。
まるで地響きのような低音と、遅れて共鳴する高音。
それはどこか哀愁が漂い、これからの人生に捧げる魂の音のようだ。
映画を観ていて、モンゴルの人にとって、伝統芸能、伝統芸術がとても身近にあり、それが生活の一部になっているということに驚いた。
もちろん、日本にも伝統芸能はある。
しかし、それは多くの人にとって、身近とは言えないだろう。
身近でないことが良いのか悪いのかは分からないが、伝統的な唄や音楽に囲まれて暮らすモンゴルの人たちが、とてもうらやましく思えた。

モンゴルの遊牧民の生活と、本楽のホーミーの姿を記録しておかなくてはならない。
監督のその気持ちが、画面に映し出されるモンゴルの美しい風景とともにこちらに伝わってくる。また、日本の伝統芸能とは私たちにとって何なのか、古くから伝わる美しいものを後世に継承していけるのか。そういうメッセージにも感じられた。

ホーミーは、喜怒哀楽のすべてを表現し、今まさに生きているということを証明している。
この映画を観てから、アパートの屋上で、空と太陽に向かってホーミーを奏でる姿が、脳裏から離れないでいる。

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kaminote

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