昭和40年会というのがあった。
今も活動しているのだろうから、過去形で書くのは失礼かもしれないが。
この世代とはバイブレーションがあっていた。
上がった波が上がって、下がってまた上がったところで合っているのか…。
あるいは下がったところで逆にあっているのか
それは分からないが。
76式…
人に聞いたのでどう書くのか分らないが
1976年生まれの人の集まりらしい。
吉田アミの世代は
少し分らない、不可解なところがあって
ずっと、じーっと見つめていた。
分るというのは
分ろうとすると分らないもので
じっとしていると入ってくるときが
ある。
入ってこなければまぁ諦める。
理解は頭で作業が可能だが
分るには頭は使えない。余り。
夜想上映会 ─ 少女と映画と音楽と
ゲストの吉田アミのペヨトル工房+夜想分析には舌をまいた。
DICEでの連載と時にそう思ったのだが
会って話すとさらにフィット感があって驚く。
こんなに雑誌を分られたのは(分られたのを語られたのは…というのが正確だが
はじめてだ。
そのくせ
僕はたぶん吉田アミを分っていない。
理解もしていない。
向こうが分って、こちらが分らない
そのギャップに驚いている。
二日目の日比谷カタンも同じだ。
分る分る。
そんな風に軽くはじめたくはない。
でもはじまりなんだと
感じる。
吉田アミが僕の前に来たのだから
それは運命に近いものかもしれない。
そうして僕は翻弄されるように彷徨してここまできた。
だから
楽しみである。