亡くした飼い犬を墓地で弔う一組の夫婦。その夫婦のいる世界から、一本の棒が下へ下へと伸びている。下の世界では、愛玩動物(ペット)になりたい三人組の浮浪者たちと彼らに仲間入りした少女、彼ら浮浪者一派を仕切る男、目的も過去もない男、互いの首輪が紐で繋がった嫁と姑、そしてビラを配り続ける男などなど、一見何の繋がりもなさそうなキャラクターたちが時折交わりながらそれぞれの世界観の中で生きている。
上の世界と下の世界。二つは地上と地下、この世とあの世、現象と心象など、一見対になっているようだが、物語が進む中、上と下の世界は混ざり合い、登場人物たちの存在もやがてぼやけたものになっていく――。
天井ギリギリまで使ったダイナミックな舞台美術の中、奇抜な設定の物語を倫理的「K点」を超えた演出で見せて観客を突き放しながらも、現代社会のメタファーを盛り込んで解釈の糸口をチラつかせ、ギリギリのところで引き止める挑戦的な作品だ。
人とペットが同化したり、他者の目的がそのまま自分の目的になったり、「息子」や「夫」など複数の名称を与えられたり――物語の中では、社会の中での自分を正当化するために、常に自らを何かに同化したり、分類したがる自己の存在の曖昧さが描かれているように思う。
曖昧な自己が互いにとりあえずの仮称を名乗り、与えて、生きている。松井氏はその仮称をとりあえず、「あの人」としたのかもしれない。
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