酷い。あぁ、なんという酷い映画だろう。
まさに、救いようのない映画。
これほど、見終わった後に後味の悪い映画を、私は知らない。
これは、『ファニーゲーム U.S.A.』を見た私の感想だ。
しかし、この映画を私はとても気に入っている。
この映画に関しては「酷い」という言葉を、私は褒め言葉として使っている
つもりだ。
なぜ、「酷い」が褒め言葉か。
それは、ハネケ監督が「映画を見た人に後味が悪いと思わせること」自体を
計算して作り上げているからだ。
ハネケ監督の作り上げた他の映画も見たことがあるが、私は彼を、確信犯と
して人を不快にさせることのできる天才だと思っている。
『ファニーゲーム U.S.A.』にも、その天才ぶりは存分に発揮されている。
まず、オープニング。もう、“してやられた”という感じ。
このあとこの幸せそうな家族に何が起こってしまうのか、とってもワクワク
してしまう。
もちろん、神経を逆なでさせる不快な気持ちのおまけも、オープニングから
ついて回る。
この映画にはとにかく様々な悪意のエッセンスが散りばめられているが、そ
の悪意の表現方法も秀逸である。
決して、激しいアクションでは表現せず、物語はただ淡々と悪意に侵食され
ていくのだが、激しくないのに、一時も安心できない。
始終落ち着かない気持ちのままだ。
無差別的で無機質な暴力の前に抗う善良な家族。
現状に耐えて耐えて、やっと平穏をつかみそうになり、“あぁ、もう大丈夫
だ”と思った次の瞬間には、すでに更なる絶望が待ち受けている。
ところでこの映画にはメタフィクション的要素が含まれているが、そのシーン
で私はゾクゾクした。
私は何に、ゾクゾクしたか。
私は普段、映画を見ている時に無意識下で“この映画はフィクションだ”と
高をくくって見ている。またその為にその映画内の状況には無関係な傍観者
として、安全な気持ちでその映画を見ている。
なのに登場人物が突然、映画を見ている私達に話しかけてくることで、“この
暴力的なシーンはこのあと、さらに暴力的なものなるのではないか”と、ハラ
ハラしながらも家族の凄惨なシーンを期待してしまっている自分を自覚し、
居心地の悪い気持ちになった。
この映画内で繰り広げられる暴力は、映画の登場人物が行っている行為だが、
その暴力を期待している私もまた、ファニーゲームの共犯者なのだという思
いになり、気まずくなったのだ。
恐らく、このような気持ちになるのは私だけではないと思う。
このような感情を、見ている私達に植え付けるところまでをも含めて、ハネケ
監督の計算なのだろうと感じ、私はゾクゾクした。
この映画は、暴力的な映画を嬉々として見ていて、暴力的な演出に慣れすぎ
ている私のような類の人たちに見てもらいたい。
【最後に、オリジナル版を見たことがある方へ】
リメイクということもあり、脚本も基本的に変わりありません。
上記の感想は、オリジナルを見たときと同じ感想。
でも、初めて『ファニーゲーム』を見たときのような新鮮さもなぜか感じました。
どちらにせよ、はずれではないですよ。
ハネケ監督が好きならまず見ちゃいますよね。