2008-10-23

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生活音が好き。我が家の冷蔵庫が壊れそうに、唸っていた。それは体に響くほどの音を軋ませはじめて、そろそろ雑音に聴こえはじめて。
うちの冷蔵庫は父の形見。冷蔵庫を開けると父と過ごした日々が蘇る。食通の父の冷蔵庫には美味しいものがいつも入っていた。からすみもチーズもキャビアも
ハムも塩辛もたらこも、パパの冷蔵庫を開けるといつも食べる事ができた。
ママは随分昔に死んじゃったので、パパの冷蔵庫はあたしたち姉妹とパパを繋いだ。娘が産まれて、娘もパパの冷蔵庫を覗くようになった。パパの冷蔵庫で小さい頃からこのわたが大好きになり、ブルーチーズには顔をしかめながら、育った。父が病気になった時、父は綺麗に身の回りのものの処分をはじめた。
当時つきあいはじめた相方に冷蔵庫も食器も応接セットも「持って行け」と言った。
間もなく父がいなくなって、相方の家に父の冷蔵庫は残った。
そうして、あたしと相方と娘が同居をはじめた時、あたしのソバにパパの冷蔵庫は戻って来たわけ。
あたしの冷蔵庫はあたしの大事な小さな世界になった。からすみもキャビアも入れられないけれど。大切な宝物だ。
深夜、ぱたりと冷蔵庫の寿命がきてしまったらとどきどきする。
さすがに少しだけ諦めて、巨人軍優勝セールの電気屋さんを覗いたりした。
今の冷蔵庫はとてもおしゃれで、とても素敵。扉の数もたくさんあって、かっこいい。買い替えなくちゃ、と想うと泣けてきて、店を後にしていた。
いつかの稽古のエチュードで家電の話題になったときも、「冷蔵庫を買わなくちゃ」と想って、泣けてきた。
数日前、相方が「冷蔵庫、直そうか?」と訊く。あたしは「直るなら、いくらでも出す」と想った。でも、直らないかもしれない。もう20年以上は経っていて、直らないに決まってる、と想ったら、泣けてきた。
今日、撮影に出るあたしとすれ違いに電気屋さんが修理にきた。撮影があったのだけれど、立ち合って、冷蔵庫の終焉を聞くのはコワかったから、ごめんね、と言い乍ら、相方に任せて家を後にした。
パパの冷蔵庫ともついにお別れだな、とバス停に歩きながら、泣けてきた。
午後、相方からメールが届いた。
我が家では今夜も、パパの冷蔵庫が生きている。
静かになって、生きている。
一生、あたしといてほしいと、想うんだな。

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劇団羊のしっぽ

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“リアリズムアングラ”