古今東西、アニメーションに限らず「恋愛」をテーマにした映画は数多く存在する。それは「恋愛」が、それだけ多くの人の共感を呼ぶ普遍的な題材だからであるが、さて、実際の恋愛となるとまさに千差万別、百人いれば百通りの恋模様があり、人は人、自分は自分とこれほど思えることもあまりない。だから、いざ「恋愛」を描こうとすると作家は相当悩むはずだ。中途半端に最大公約数を掬いとろうとしても、薄っぺらな共感は呼ぶかもしれないが、作品として魅力的なものに仕上げるのは至難の業である。
そこで本作の監督トーリル・コーヴェは考えた(おそらく)。ありきたりな恋愛を描いてもしかたない。世界中の誰も経験したことのないような、とびきりヘンテコな恋愛を描いてみよう。しかも、ひょっとしたらこんなこともあるかもしれないね、という最低限のリアリティだけは持たせて。そして、そんなことが可能なのは、おそらくアニメーションだけだろう、と。かくして傑作『デンマークの詩人』は誕生した。以上のような作家の逡巡があったかは定かではないが、本作は、人生は不思議な偶然の積み重ねである、というまるでP.T.A.作品のような主題を、アニメーションの持つ省略と誇張を最大限に活かし、丁寧且つ斬新に描いてみせた、世にも稀な恋愛アニメーションの傑作である。
ストーリーはシンプル。デンマークに住む若く貧乏な詩人が憧れの詩人に会うためノルウェーへ行く。そこで一人の女性と運命的な出会いを果たし二人は恋に落ちる。二人は様々な壁を乗り越え、紆余曲折を経て、最後の最後に恋を成就させる。筋だけ追うとごく普通の恋愛映画のようにも思えるが、実は「紆余曲折」の部分が圧倒的にすばらしい。話の本筋と関係ないような枝葉的なエピソードが次から次に現れて、それぞれ妙な可笑しさをもってオフビート気味に描かれていくのだが、そこにこそ、この監督の個性が炸裂しているように思えてならない。
例えば、いつもうるさく吠えている犬が恋を実らせる(!)過程を写真だけで見せる大胆な省略化、あるいは、ヒロインの女性の髪をせっせと結う子どもたちのほのぼのとした様子など、手描きの平面アニメーションという表面上のシンプルさとは裏腹に、アニメーションの自由な魅力に溢れていて、本作をアニメーションとしても恋愛映画としても、極めて個性的な作品にしている。個人的には、イントロで示された設定がラストに結びつく、出鱈目とも言える飛躍にグッとくるものがあり、不覚にも涙しそうになった。一見地味に見えなくもない本作がアカデミー短編アニメーション部門賞に輝いたのも大いに頷ける。この曰く言い難い魅力は、他のアニメーション作品ではあまり味わったことのない、実に新鮮なものであった。試写で見られなかった監督の前作『王様のシャツにアイロンをかけたのは、わたしのおばあちゃん』もぜひ見たいと思う。