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投稿者:VACANT


6月

23

終了HARAJUKU CINEMA CLUB Vol.1 廣瀬純×鍵和田啓介

映画の見方の多様性や深度、熱い映画愛と出会えるイベントシリーズ

  • 日程
    2019年06月23日

  • 時間
    19:00

  • 会場
    神宮前3-20-13 VACANT/2F

VACANTでは、新時代のシネフィル(映画愛好家)を語り部に迎え、魅力尽きぬ映画世界への扉をノックする連続イベント 「HARAJUKU CINEMA CLUB」をスタートします。

記念すべき第1回目のゲストは、倫理や政治といった観点から映画技法の批評活動を行っており、2017年に『シネマの大義 廣 瀬純映画論集』(フィルムアート社)を上梓された、廣瀬純さん。そして、若者を中心に話題となった『みんなの映画100選』 (オークラ出版)の著者であり、雑誌「POPEYE」などでライターとして活躍する、鍵和田啓介さんです。お二方には「映画にお ける〈出来事〉」をテーマに、バック・トゥ・バックの形式で交互に映画を紹介・解説していただきます。


 映画の見方の多様性や深度、シネフィルたちの熱い映画愛と出会える、そんなひとときをご用意してお待ちしています。
 原宿に現れた映画の穴蔵、HARAJUKU CINEMA CLUBへようこそ。

<ゲストコメント>
カメラの前では、すべての現象は等価である。カメラは、いっさいの価値判断なく、すべての現象を同等に捉える。カメラのそ のような「視覚的無意識」(R・クラウス)に立脚した映画は、それでもなお、他のすべての現象から突出した 「出来事」をそ れとしてスクリーン上に生起させることができるのか。エリック・ロメールが、とりわけ80年代の諸作で繰り返し問うたのは この問題だった。言葉が出来事を作り出す。しかし、言葉が輪郭を定めた出来事のその到来を待つためには、しかし、微細な記 号に対する感受性も高めておかなければならない。『クレールの膝』、『緑の光線』、「青の時間」(『レネットとミラベルの 四つの冒険』)の各作タイトルに掲げられているのはすべて出来事の名である。(文・廣瀬純)

混じり合うはずのなかった時間たちが、不意に衝突して混じり合って火花を散らす。映画における出来事とは、そんな瞬間に生 起するんじゃないか。映画がより飛ぶためは、出来事を召喚させるためには、混じりっけが必要なのだ。コカインと違って。そ れはともかく、ときに活劇と呼ばれることもあるそんな瞬間をこそ捉えようとするのは、アクション映画ばかりじゃもちろんな い。コメディ映画もまた、出来事=活劇の生起を目指し、あの手この手を開発してきたし今もしている。そこで今回はジェ リー・ルイスの『底抜け00の男』をはじめ、いくつかのコメディ映画のなかに生起する出来事=活劇について考えてみたい。(文・ 鍵和田啓介)

ご予約はイベントページより:https://www.vacant.vc/single-post/HCC01

キーワード:

映画 / 廣瀬純 / 鍵和田啓介 / 批評 / シネマ / 哲学


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