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投稿者:rojitohito


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「歩く人」吉川陽一郎 個展

美術家・吉川陽一郎が自宅のトイレを再現し、そこで彫刻を鑑賞する仕掛けとなっています。ぜひ、お一人づつ、中に入って、ゆっくりと『歩く人』を鑑賞してください。

  • 日程
    2017年12月02日 ~ 2017年12月17日

  • 時間
    13:00

  • 会場
    路地と人

「歩く人」吉川陽一郎 個展

会期:2017年12月2日(土)〜17日(日)※火曜日休み(5日、12日)
時間:13時―20時
会場:路地と人(東京都千代田区三崎町2-15-9 木暮ビル2階)

※会期中イベント【極私的表現史夜話】あり。ほか増える予定。詳しくはwebにてお知らせします。http://rojitohito.exblog.jp/237954996/

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今から104年前、1913年(大正2年)の10月16日から22日まで、この『路地と人』のすぐ近く、東京神田三崎町2番地にある画廊『ヴィナス倶楽部』で『生活社主催第一回油絵展覧会』が開催されました。出品作家は、岸田劉生(22歳)、高村光太郎(30歳)、木村荘八(20歳)、岡本帰一(30歳)の同人4人。当時、多くの人は、画廊のなんたるかもよく知らず、芸術のなんたるかもよくわからず、きっと訪れる人も多くはなかったでしょう。高村光太郎はその3年まえの明治43年、日本で最初の画廊『琅玕堂 ろうかんどう』を、これも近くの神田淡路町1丁目1番地に作り、経営不振でたった1年でやめています。百年後のそんな場所に、画廊でもなく、お店でもなく、何ものとも名づけらないようなスペース『路地と人』はあるのです。百年前の出来たての画廊と同じように、相変わらず多くの人は、その何たるかを知らず、訪れる人もちらほらです。でも私は感じます。私の芸術はここにあると。なぜならば、私のつくるものは、どこでもない場所にあるこそふさわしく、誰かが名づけなければ見えてこないようなものだから。そして、そこからきっと誰かが必要とするものが、生まれるにちがいないと確信しています。

今回の展示は、1年半まえの、前回の展示『裏無いの小部屋』の déjà-vu を見ることになるでしょう。

我が家のトイレを再現し、そこで彫刻を鑑賞する仕掛けとなっています。ぜひ、お一人づつ、中に入って、ゆっくりと『歩く人』を鑑賞してください。(吉川陽一郎)

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会期中イベント

【極私的表現史夜話】
会期中毎晩19時より、吉川陽一郎さんによる極私的表現史夜話が開催されます。
1850年より10年ごと、全14回。参加料無料です。

12/2 第1夜 1850-59「赤瀬川原平さんの言葉とクールベから時代は変わる」
12/3 第2夜 1860-69「印象派の人々は貧困に苦しみ、日本は明治維新」
12/4 第3夜 1870-79「画商デュラン・リュエルと印象派、日本には美術学校できて、なくなる」
12/6 第4夜 1880-89「ゴッホが苦しみ、天心とフェノロサが日本美術を・・藝大できる」
12/7 第5夜 1890-99「印象派と黒田清輝」
12/8 第6夜 1900-09「アフリカ美術と水彩」
12/9 第7夜 1910-19「ダダとアメリカの出現と自由民権」
12/10 第8夜 1920-29「シュルレアリズムと社会主義と前衛」
12/11 第9夜 1930-39「MoMAと軍国主義」
12/13 第10夜 1940-49「戦争と芸術と」
12/14 第11夜 1950-59「芸術の拡張か解体か 前衛の行方」
12/15 第12夜 1960-69「芸術は誰のために」
12/16 第13夜 1970-79「芸術の敗北」
12/17 第14夜 2017-  「私の思う芸術」

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吉川陽一郎
1955年 鹿児島県曽於郡生まれ、宮崎県都城市、神奈川県横浜で育つ。
1980年 多摩美術大学彫刻科卒
1996~2002年 Bゼミスクーリングシステム講師
2001~2007年 武蔵野美術大学造形学部彫刻学科非常勤講師
2007年~ 多摩美術大学彫刻学科非常勤講師

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