webDICE 連載『LABEL OWNER TALK』 webDICE さんの新着日記 http://www.webdice.jp/dice/series/7 Mon, 16 Dec 2024 20:45:02 +0100 FeedCreator 1.7.2-ppt (info@mypapit.net) 「チカーノ文化の深みの部分を知ってほしい」-個性ある音楽にこだわり続けるレーベル、ミュージックキャンプ http://www.webdice.jp/dice/detail/1854/ Wed, 19 Aug 2009 16:38:32 +0100
宮田氏が注目しているクンビア・バンド『ボンバ・エステーレオ』が、今年11月に来日を予定している。最新アルバム『ブロウ・アップ』がミュージックキャンプから発売中


──演奏家やクリエイターの顔がみえる個性溢れる「音」。或いは背景となる街や文化の息吹を感じさせてくれる「音」。そして、聴き手としっかりと対峙できる「音」。我々は常にそうした「音」を探し、パッケージ化し、1人でも多くの共感者を増やしたい──(Music Camp Entertainment公式サイトより)。



創立以来、インディーズレーベルとしてチカーノやラテンを中心にユニークな音源を日本のリスナーへ提供してきたMusic Camp Entertainment(以下、ミュージックキャンプ)。ローライダー文化とチカーノ文化に精通し、キーパーソンとも交流が深い主宰者の宮田信氏は、両者のライフスタイル、ファッションなどの文化的側面のみならずそれぞれの文化を形成している社会的な文脈も、イベントの開催やメディアでの執筆を通じて、日本へ積極的に紹介してきた人物でもある。腕利き洋楽ディレクターとして勤務していたBMG Japanを離れ、自身のレーベルを立ち上げた経緯のほか、現在の音楽およびメディアへの痛烈な批判や、ライフワークであるチカーノ文化への熱い思いを語ってくれた。







外資系の進出がもたらした日本のレコード文化の崩壊



── 洋楽ディレクターとして勤務されていたBMG Japanを離れて、ミュージックキャンプを立ち上げようとしたきっかけと経緯をお聞かせください。



miyata



90年代後半から2000年代前半にかけて、まさに外資が一気に日本に入ってきたグローバリゼーションの時代があったわけですが、音楽業界にはいち早くその波が押し寄せたんです。それまでのレコード会社は、もともと売れるものだけでなく、売れないものもちゃんと売っていこうとしていました。ポップスもあれば、クラシックもジャズも売っていこうというのがレコード会社の良心としてあったわけですが、外資系がそういうものをまったく変えてしまう哲学を持ちこんだんです。



写真:ミュージックキャンプ主宰の宮田信氏


── 極端な商業主義ということですか。



利益を上げていくのが至上命題なのはもちろん理解できますが、音楽や音楽マーケットへの理解が乏しいMBAを習得したエリートをいきなり取締役に迎え入れるような経営体制が業界全体の常識になっていきました。株主を喜ばせること、利益を上げることしかない。僕は会社の中で誰もやりたがらないニューエイジやジャズ、ワールドミュージックを担当していたんですが、そういった作品が余りに極端な商業主義に追いやられていくのを感じたわけです。そんな会社にいてもつまらないと思ったんですよ。独立してこんなに苦労するとは思わなかったけど、人と違うことをやっていかなきゃダメじゃないかと。メジャーではできない、やりたいことがたくさんありました。







── 宮田さんが担当されていたニューエイジとかワールドミュージックの音楽というのは、BMGの中で隅に追いやられていく分野だったわけですか。



そうですね。でも、世間的には盛り上がっていて、僕が担当していたバングラミュージックっていうイギリスのインド人の音楽とかがJ-WAVEで二位になっちゃったりとか。



── ニューエイジのジョージ・ウィンストンも担当されていたんですよね。どれくらい売れたんですか。



ニューエイジの代表的なレーベルWindom Hillからリリースされたアルバムだけで、延べ40~50万枚くらい売れましたね。



── 今は音楽市場がJ-POPに占拠されてますよね。洋楽は聴かれなくなっているといわれていますが、それは実感されていますか。



日々実感してます。



── なぜそういう状況が起きていると思いますか。



複数の要因が複雑に絡み合った結果です。音楽だけではなくて映画やファッションの世界にしても海外のものに目がいかなくなっている感じがすごくします。特に若い子たちが日本のものだけで満足している。例えば、僕たちの世代であれば、ジャズ、ヒップホップ、ブラジル何でも、まずオリジナルのものをしっかり聴いていました。今の若い子たちは、日本の中だけで、日本人のアーティストのものを聴いて良しとしているように思われます。



── 内輪で楽しんでしまうような?



内輪という意識もないですよね。単にそれで気持ちがいいんだろうし、楽しいと。それを否定しているわけではないけれど、特に若い人は、音楽から深い感動や刺激を受けてない気がします。それは音楽との出会いから始まることなんですけど、i-Tunesとかi-Podみたいな一曲一曲で切り売りしていくような世界になっていくと音楽の価値が落とし込まれていきます。アーティストも同じようなものをつくっているし、TV局資本の音楽出版社に著作権管理されている楽曲が優先されるTVで流れているものなんてヒット曲の上書きのような音楽です。そんなことをしたら、音楽なんてこんなもんだろうみたいな、聴き手がそういうふうに思ってしまうのは仕方ないですね。大手のレコード会社が自分達の首をしめたという感じがします。



あと、特定なオンライン・ショップや貸しビデオ/CD屋の独占状態は危険です。彼らのような巨大なシステムがレコード屋さんにいた職人的な親父とか、気の効く店長さんとかの指南役を町から追いやってしまった。結果として、今までいろんな人たちに蓄積されてきた知識が若い人たちにまったく継承されていない。




── 本当に今は、CDのようなパッケージで販売するよりもインターネットや携帯サイトでの音楽配信のような曲をばら売りするようなビジネスモデルに完全にシフトしていますよね。そういう傾向がリスナーの耳をダメにしてるんでしょうか。またアーティストもそれに依存したよう曲作りをしているんでしょうか。



配信があるからCDが売れなくなったといわれていますが、それは単に配信というシステムが壊したというのではなくて、繰り返しますが、音楽の尊さみたいなもの、価値みたいなものを殺いでしまった。一曲一曲売るというよりはボタンひとつでパソコンで買えてしまう、それが音楽と対峙する空気を通して音楽を聴く、スピーカーの前に座って音楽を聴くという楽しみを若い人たちに教えなくなってしまった大人にものすごい問題があると思う。音楽というのはステレオ文化でもあったし、ジャケットがアートでもあったから、レコードはひとつの総合芸術だったんですよね。



── ライナーノーツも含め、ジャケットを通して作り手に対してのイメージを膨らませたりとかしていたわけですよね?



その想像力が欠如していることが最大の問題ですよね。異文化への想像力がないということは他人への理解がないということですから、i-Tunes、i-Podの配信は、その意味で、今後音楽市場に限らず、社会全体に影響を及ぼすと思います。



── では、アーティストとレーベルの関係も変わってきているんでしょうか。



アメリカでは崩壊しています。タワーレコードがなくなってしまいましたから、新譜を適正価格で売る通常の総合レコード店がほとんど残っていません。だからCDが出せなくなってしまった。有名なミュージシャンでもCDを自主制作して、自分のコンサート会場で売ったり、オンラインショップで売ったりしていますね。






社会的矛盾が生み出す音楽の魅力



── 60、70年代の頃というのはどういう楽器をどういう立場でやっているにせよ、音楽を真に楽しんでいるという純粋な気持ちがあったと思うんですよね。



ミスターB & ザ・スティンガーズ『50’s, 60's & 70's リヴ・オン』(BG-5073)


もっと音楽がリアルでしたよね。今は、何のためにこの人は音楽をやっているんだろう、何を言いたいんだろうといった音楽が溢れかえっています。聴き手もそういうことを全く考えなくなってしまった。昔、日本ではニューミュージックの世界でさえ、そういう価値観があったんですけどね。一見ノンポリに見えても、何かに根ざしている、そういうアーティストの息吹みたいのが感じられた。海外にはそういう音楽がまだまだいっぱいあるんです。チカーノミュージックもそうだし。僕がアメリカの移民者たちの音楽がなぜ好きかというと、社会とリアルにつながっているから。そういうものを知ってしまうと、音楽のスタイルやかっこよさとかとは別に、社会全体への興味と共に常に注目していたくなるような世界が広がっているわけですよ。



写真:ミスターB & ザ・スティンガーズ『50’s, 60's & 70's リヴ・オン』。アリゾナ州で活動する職人演奏家、アンディ・ゴンサレス率いるBARRIO LATINOが架空のバンド、ミスターB & ザ・スティンガーズに扮して贈る、ファンタジックでソウルフルな音楽トリップ


── それは社会的な矛盾を抱えているから、そういうものが出てくるということですか。



社会そのものに矛盾があるし、それを議論しよう、告発しよう、社会を変えていこうというとする活力がまだ残されているから、いろんな刺激があると思うんですよ。日本はそういうものがメジャーな世界にはほとんどない。マスコミもひどい。だから、ひとつの刺激的な情報ソースとしても海外の音楽を紹介したいんです。









米軍基地近くに育った子供時代とチカーノ文化との出会い



── 今、話に出たチカーノ文化ですが、宮田さんはローライダー文化、チカーノ文化の研究者として知られていますよね。こういう文化への興味の発端というのはどういうものだったんですか。



研究者というのは大袈裟です(笑)。話しは幼少にまで遡るのですが、生まれ育った調布に米軍の基地があって、学校にも米軍関係の子どもたちがいたし、フェンスの向こう側にアメリカが広がっていたんですよ。でも、そこには絶対入れないわけです。子どもの頃からアメリカをすごく意識していた。そして学生運動から赤軍派のような政治的な事件が続いていたし、中学生ぐらいになると地元では暴走族の問題が身近にあった。調布というのは70年代暴走族のメッカのだったんですよ。近所の同級生やお兄さん達がそういうのにずいぶん参加していたんです。それでアメリカの中におけるブルースとかと同時に、日本の中における社会に対する抵抗みたいなものを感覚として知らないうちに身についてしまったみたいで。社会に反発することのかっこよさ、やんちゃであることのかっこよさが、不良には成りきれないけど、あったわけです。チカーノとの初めての出会いは、高校2年生くらいのとき見た『コルベット・サマー』という映画です。アメ車のシャコタンやメキシコ系の人達が出てきて、英語とスペイン語をちゃんぽんにして、話してる…そのファンキーさに一発でやられました(笑)。



── スパングリッシュですか?



本当は「カロー」って言うんですけど。『ポパイ』などの雑誌に溢れていたアメリカの白人とも違う、カウンターカルチャー的なかっこよさにしびれちゃって。この人たちは一体何者だろうというのが頭にあって、調べていくうちにそれがチカーノだということが分かって。チカーノになりたくて、大学ではスペイン語学科を選びました。初めてアメリカのチカーノの本拠地に行ったのが大学3年のときで、毎日限られた情報の中でイメージしていた通りというか、アメリカとメキシコがミックスしたユニークな表現やライフスタイルがカウンターカルチャーとして、コミュニティのなかで成立している。彼らの聴いている音楽とは何かというのが音楽への興味と重なって、一番そこでぶつかったのがローライダーやサブカルチャーの世界だったんです。



── ローライダー文化=チカーノというわけではないんですね。


ローライダーは彼らの独創性が表現されたひとつのスタイルですが、それが全てというイメージが間違っています。また、日本ではギャング・カルチャーとしてのチカーノを強調するショップや雑誌もあるのですが、それも大きな間違いです。



── ローライダーというのはチカーノの中のほんのひとつなんですね。それはコミュニティの中に息づいているということですか。



息づいていますが、一時期に比べると非常に弱まっています。一番大きな要因は増大したメキシコ系アメリカ人のなかで、移民してきた背景や文化が多様化したというのが理由です。ローライダーというのは、第2次世界大戦の頃から、ロサンゼルスのメキシコ系アメリカ人の自己表現として発展し、70年代には公民権運動にも影響を受けながら発展を遂げてきました。「自分達は何者だ?」という自分への問いかけがああいうスタイルを生んでるわけです。そういうところに僕はしびれちゃったんですね。単なる不良じゃなくて、人種差別に対抗するとか、社会の不正義、不公平に対して対抗するとか。



── その表現手段がローライダーだったんですか?



ローライダーだけでなく、音楽のなかに、外からは簡単に理解できない複雑な仕掛けが内包されていたのです。不良と政治と愛が絡み合った世界です(笑)。そこにはスペイン語もあり、英語もあり、でもアメリカ人にもメキシコ人にもなりきれない。ひとつのボーダーの上に両足でまたいでいる感じ。複数の要素をもっていることでそこで混乱を起こしているもの、今でもそういうものに惹かれるんですよね。






アーティストはインターネットではなく、現地の口コミで発掘



── リリースするアーティストはどのように探しているんですか?



元ウィンダム・ヒルのスタッフが創立したシックス・ディグリーズ・レコード、USラテンを中心に新しいラテン音楽を専門にするナシオナル・レコード、またトルコのダブルムーンなど契約しているレーベルのものを優先しながら出しています。あとは、自分で四~五ヶ月に一回はアメリカに行っているので、そこで現地で話題になっているもの、アーティストから紹介をうけたもの、また町の小さなCDショップに行ったり。インターネットで見つけるよりも、現地で見つけるようにしています。



── YouTubeで見つけたりしないんですか。



YouTubeでは絶対見つけないです。僕の場合は興味のあるCDを確認することにおいてmyspaceを使うことはありますが、そこでいいミュージシャンを見つけるということはほとんどしないです。現地にいって、評判が耳にはいってくるもの、口コミですね。



レイ・サンドバル『ナトゥラレーサ』(BG-2002)


── 今まで手がけたアーティストの中でとく印象に残っているアーティストは?



レイ・サンドバル。何もないところから始まっているから。



── 彼が無名だったということですか?



チカーノという音楽を今まであった文脈とは違うところに位置づけることができた。既存のイメージとは異なるスタイル、メンタリティの部分でチカーノ性みたいなものを音楽を通して紹介できた気がします。



写真:レイ・サンドバル『ナトゥラレーサ』。ナイロン弦ギターの響きが、ピアノ、チェロ、タブラなどと奇跡的に融和した感動のアコースティック・アンサンブル








売れるものではなく、音的に文化的に共感できる音楽を紹介したい



── 今後はどんなプロジェクトが控えているんでしょうか?



エドマール・カスタネーダ『エントレ・クエルダス』(BG-5071)



まだ出したばかりですが、コロンビア人のハープ奏者でエドマール・カスタネーダという人がいます。



写真:南米ハープでジャズ~ラテンを奏でるエドマール・カスタネーダの最新アルバム『エントレ・クエルダス』


── 名前を知ったきっかけは?



トルコのミュージシャンの関係者だったんです。彼のホームページからコンタクトをとろうとしたら全然うまくいかなかったので、直接ニューヨークまで会いに行きました。そこで自分達のやっていることを説明して、取引が成立して、今、アルバムの二枚目をリリースしたところです。彼はまさにやりたいアーティストのタイプの一人で、今までの既存のイメージやスタイル、常識を覆すような、新しいことをやろうとする人。オマール・ソーサも「こいつは天才だ」と言っていますね。









チオ・アリン『ニワニワ』(MCN-2003)



あと、ロマ、ジプシーの人たちがいるトルコの音楽を紹介したいです。あれだけの長い歴史をもっている人たちですから、複雑でいろんな音楽があります。それからチオ・アリン。キューバで二年間ピアノと歌をやっていた日本人アーティストで、キューバ音楽を吸収した上に現代音楽やアフロ・キューバンが内包された音楽をやっています。



写真:キューバ経由の日本人ピアニスト/シンガー、チオ・アリンのデビューアルバム『ニワニワ』







チカーノで言えば、今年8月にミスターB & ザ・スティンガーズのCDを出します。これはアリゾナのミュージシャン、アンディ・ゴンサレスが架空のバンド名を使って、チカーノバリオで50年代~70年代に流れていたソウルミュージックとメキシカンミュージックを再現しています。単なる再現ではなく、そこにはちゃんとハートがあって、何よりコミュニティのなかで生きている音という存在感が、僕らのような外部の人間にも感動として伝わってきます。テクニックのことなんかは超越した職人的な演奏家です。日本にもずいぶんチカーノ音楽が広まっているんですけど、ローライダーとかやっている若い子たちに、彼らの音楽を伝えることによって、チカーノ文化の深みの部分を知ってもらいたいと思っています。アメリカでもここまでチカーノ音楽をちゃんとまとめてやっているレーベルはないんですね。おかげさまでミュージックキャンプは、カリフォルニアのチカーノ系のミュージシャンに随分知られてます。





── 逆にチカーノ系のミュージシャンから会いたいという連絡がくることもあるんですか?



それはよくあります。以前、ライ・クーダーからも突然メールがきて。チカーノ音楽が好きだと聞いているが、スタジオに来いというので、スタジオに行きました。



── 用件はなんだったんですか?



単に挨拶ですね(笑)。



── ライ・クーダーと一緒にやるようなプランはありますか?



ライ・クーダーがプロデュースしたアルバムをミュージックキャンプから出したいという話があったんですけど、日本の権利を別の大手レコード会社が持っていたので、残念ながら実現しませんでした。この間はカルロス・サンタナの弟、ホルへ・サンタナの家に行って遊んできましたね。ミュージシャンだけでなく、チカーノと接して来た経験が我々の財産です。共感できるもの、音的にも文化的にも、そして人間的にも。大変な思い違いや勘違いなんてこともよくあるんですけどね…(笑)。



── 今、注目している音楽はありますか?



コロンビアの音楽ですね。今年の11月にはコロンビアのボゴタから、『ボンバ・エステーレオ』という新しいクンビア・バンドを呼びます。メンバーは、エレクトロニカに親しんできた新世代です。最新のサウンドを吸収したうえに、クンビアという一種泥臭い伝統の素養を巧みに融合しています。ラテン音楽ファンだけでなく、クラブ世代にも受け入れられていくと思います。



ボンバ・エステーレオ「フエゴ」PV↓


[youtube:Td1hajshtGA]




(取材:小倉富規子 / 構成:牧智美)









■宮田信PROFILE


1962年東京生まれ。大学卒業後。西武百貨店、WAVE、BMGジャパンに勤務。1999年にMUSIC CAMP, Inc.をスタート。チカーノ音楽の他、ワールド、ヒップホップ、ジャム系まで、人種、スタイル、ジャンルを超えてオルタナティヴなラインアップを揃える音楽レーベルを展開中。雑誌ローライダー・マガジン・ジャパンでは創刊時より17年続くコラムを担当し、チカーノ文化の紹介を続けている。

ミュージックキャンプ 公式サイト

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キャルヴィン・ジョンソンのように草の根的なスタンスで:レーベル『7.e.p.』インタビュー http://www.webdice.jp/dice/detail/1367/ Mon, 16 Mar 2009 14:14:49 +0100

ビート・ハプニング、ダブ・ナルコティック・サウンド・システムの中心人物であるキャルヴィン・ジョンソン率いるアメリカのインディーレーベル「Kレコーズ」。カート・コバーンも影響を受けたという話からも伺えるように、80年代よりアンダーグラウンド界を支えてきた重要なレーベルである。そのKレコーズの音源を日本でリリースしているのは、「7.e.p.」(セブン・イーピー)というレーベル。海外レーベルと密接な関係を持ち、また日本では基本的にモールスの音源しかリリースしていないという徹底したスタンス。今年で7周年を迎え、キャルヴィン・ジョンソンらの来日ツアーがいよいよ始まるなか、共同主宰者の斉藤耕治氏に話を訊いた。







ビッグヒットを狙わず、環境づくりを重視したから続けられる



── 7.e.p.を始めたきっかけを教えてください。



7e.p.ロゴ


98年に僕は音楽雑誌「snoozer」で仕事をしていて、そこを辞めるときにレベル・ビート・ファクトリーというレーベルから手伝ってほしいと言われて入ることになったんです。そのレーベルは、いま僕らが扱っているようなKレコーズ(以下、K)とかモールスを出していたところで。そこが経営難になったため、僕と一緒に働いていたモールスのベーシスト、有泉と独立して2002年に7.e.p.を立ち上げたんです。



── キャルヴィン・ジョンソンとの最初の出会いはいつだったんですか?


2001年7月に、ワシントン州のオリンピアという小さい都市で毎年おこなわれていたイベント『ヨーヨー・ア・ゴーゴー』(アメリカのインディ・ロックの祭典)に、モールスが出演することになって一緒についていったんです。そこでキャルヴィン・ジョンソンと、前のレーベル同様に音源を扱いたいといったミーティングをして一緒に仕事していくことになって。でも、自分たちでレーベルをやるのは初めてのことで準備に時間がかかるので拠点が必要なので、とりあえず広めの家を借りて同居人を探したりしましたね。






── 6年前にはキャルヴィンがソロとして初来日してツアーをされたそうですね。


キャルヴィンとザ・マイクロフォンズとリトル・ウィングスを招聘して、モールスと一緒に全国をまわったんです。それが僕らがやった一番最初のツアーです。ほとんど手弁当で始めましたね。いまもそうですけど、ツアーで各地に行く場合は、基本的にホテルには泊まらず人の家に泊まらせてもらっています。日本だと、ちょっと売れたらすぐに囲い込まれて、ホテル泊まりで、打ち上げもセッティングされて、イベンターも付いて、知らないうちにローディもついちゃって、というパターンが多いですけど(笑)。

Kとかもそういう草の根っぽい感じでやっているので、こっちもじゃあ、僕らが出すものは1万枚売れるものが出せるわけではないので、そのスタンスでとりあえずやってみようかと。ずっとそんな感じでやっています。



calvin

元祖USオルタナティヴ=ビート・ハプニング。元祖インディ・ダンス・バンド=ダブ・ナルコティック・サウンド・システム。ダグ・マーシュ(ビルト・トゥ・スピル)との双頭ポップ・ユニット=ザ・ヘロ・ベンダーズ。3つの名グループ、プロデューサー(ベック、モデスト・マウス、ジョン・スペンサーetc)、そしてKレコードのオーナーとして数々の伝説を築いてきたキャルヴィン・ジョンソン


── 商売ありきではないと。


僕は音楽雑誌で働いていたし、広告営業も当然やらされていたし、一番メジャーな某音楽雑誌だとレビューのページより上は、必ずお金がかかるというのがあります。そういうのは僕が個人でレーベルをやるんだったら意味がないことです。ほかの大手メーカーがやればいいことですし。



── モールスとの付き合いはどれくらいになるのですか。


モールスとは、僕はプロデューサーとして2001年から関わっていましたが、7.e.p.からはリリースしていなかったんです。他のいくつかのレーベルからリリースしていて、会社っぽいレーベルから出してみたら、予算もそんなにあったともいえないし、CDも売れないし、もうこうなったらメジャーの気もあまりないし、スタティックにやっていくのが面白いかなって思ったんです。全部管理できますし。だから、マネージメントまですることになったのは2005年から。



それで、2006年に7.e.pからアルバム『モチーフ返し』をリリースしたんです。2007年には、レーベル5周年、モールスが結成10周年だったので、リイシュープロジェクトみたいなことをやりました。廃盤になっていた過去のモールスの音源に、ボーナストラックを追加してマスタリングして、まとめて2枚組を2タイトルリリースしたんです(『ポエット・ポートレイツ・イヤーズ』、『レベル・ビート・ファクトリー・イヤーズ』)。10周年のワンマンライブ、リイシュー、ボーカルの酒井君が出した歌詞集『モールス歌詞集』で三連発やりました。



── 歌詞をまとめた本というのはあまり見かけないですね。



モールス歌詞集


しかも、あのセールスの枚数のバンドが、って(笑)。ちょこちょこ売れてきてますけどね。アメリカのインディーシーンと交流があるのに、あれだけ日本語の歌詞に気を遣う人がバンドにいるっていうのは面白いと思います。あんまり制限なく、いいものだけをつくりたいっていうのでずっとやってきたから、そうしたかったんでしょうね。

売れ枚数で考えると、僕らはジャケットの紙に金を使いすぎているという部分があります。出版をやっていた人間からしてみれば、毎回ちゃんと紙を選んでいて当たり前なんですけどね。個人レベルじゃなくても、インディーでやっているレーベルで全部コート紙のペラペラでやってるのもどうかなって思うんですよ。手弁当でやるんだったら、もうちょっと工夫した方がいいですよね。





アメリカだとシルクスクリーンを持っていたりするんです。Kは昔、ものすごく大きい工場の跡地を借りていて、一階は体育館みたいな広さの倉庫で、二階はスタジオとKのオフィスとアーティストのラボもあって、何人かがシェアしていて、共有できるシルクスクリーンとか。こりゃすげえなと思って、こういうのやったら面白いなって。僕らは東京で土地もない、生まれが東京でずっと東京なので他の土地に移る選択肢はなかった。じゃあ東京の高い家賃でどうやって家をつくろうかとやってきて。やっぱりジャケットの紙とかはリリースごとに考えています。






── こだわりがありますね。他に日本では7.e.pのようなレーベルはあるんですか?


個人レベルでも海外のものを何枚か出してるってところはあるんです。でも、それを5年以上続けている人たちはあまりないと思います。考えてみたらこの手のジャンルのもの出してるのは、一番大きいインディーレーベルでP-VINEさんだと思うんですけど、もろに会社ですよね。予算がなくてくやしいけど出せないっていう思いはあまりしていないと思うんですよね。



見渡してみたら、個人レベルで、ライセンスのレーベルで、この手のジャンルっていうのはあまり長続きしていない。たぶん、仕事であるとか、結婚であるとかといった環境の変化が一番大きいと思いますね。僕らの場合はビッグヒットを狙わず、環境をつくる方でやってきたから、まだできてるんだろうなと思います。モールスだって、全員現在30代半ばで12年もやっていて。でも定期的にツアーもできる。しかもエージェンシーを通さない。いままで一緒にやってきたバンドもそうです。お金の力を使わない代わりに、環境づくり。そういう方向で得てきたものがあるので。



インディー・ロックがやりたいわけじゃない。文化的なものを見せたいだけ



── いよいよ、キャルヴィン・ジョンソン、カール・ブラウ、テニスコーツをフィーチャーした「7e.p. 7 Years Anniversary Tour」が始まりますね。


5周年のときからキャルヴィンになんとか来てくれないかと頼み続けて、やっと今年の春ならいけるっていうので。じゃあ、カール・ブラウも呼ぼうよって。どうせだったらバンド系じゃないし、自由な弾き語り的なのがいいなと思って、テニスコーツ(さや+植野隆司)しかないかなと。で、こうなって気づいたら7周年でちょうどいいなって(笑)。





── 7.e.pからリリースしたことのないテニスコーツを、今回ツアーに加えたのはなぜですか?



tenniscoats


テニスコーツは誰からの協力も得ないで、自分たちのレーベルmajikik(マジキック)を12年もやっているんですね。このスタンスは僕らに一番近いのでお願いしたんです。2004年頃から二階堂和美(*1)さんを通して親しくなって、すごく自然な人たちで。僕らはアメリカが多いんですけど、彼らはヨーロッパでの交流も多い。お互いにいろいろな話ができて面白いですね。単発ではよく出演してもらったんですけど、がっちり組むのは今回が初めてです。



写真:さや(Vo,Key)と植野隆司(Guitar,Sax)を中心とした不定型ユニット「テニスコーツ」

(*1)二階堂和美…ギターを使った弾き語りスタイルのシンガーソングライター。天真爛漫~自由奔放というイメージから神秘的、叙情的、そして狂気!な雰囲気までも併せ持つ



こういう招聘もののツアーで、各地でフロントアクトをつけるのって多いですよね。ただそれだけだとやっぱりそのあと深まらない。7.e.p.の場合、海外からの招聘アーティストと日本人アーティストのスプリットという形にわりとこだわってきました。たとえば、モールスが他のアーティストと一緒にまわって、ツアーが終わるときにはそのアーティストのバックをやるとか。それは信頼しあっているからできることで。こういう形でずっとやってきましたね。






── 面白いですね。そうやって次から次へとつながっていくんですね。


karl


今回東京と広島で共演する二階堂和美さんは、もともとモールスと同じレーベルだから交流はあって、最初キャルヴィンたちを呼んだ時に見せたいアーティストだと思ったんですね。二階堂さんをアメリカ人がみたらビックリするだろうなと(笑)。お互い感化されますし。日本ツアー後にザ・マイクロフォンズがどうしても二階堂さんを呼びたいといって、一ヵ月半くらいアメリカをまわって。それにモールスもついていって最初の一週間を一緒にまわりました。そういうふうに人脈をどんどん広げていった。ただ呼んでツアーしても、仲良くなるのは僕だけっていうのはあんまり意味がない。それで、モールスや二階堂さんを見て、若手のアーティストが感化される。やっぱり10年近くもやっていると、いろいろ直接言われますからね。高校生のときにモールスを見ていたような子たちが、いま手伝ってくれてたりとか音楽やってたりとか。



写真:Kレコーズ移籍第一弾『ビニース・ウェイヴス』でポップ・センスとアレンジ能力の手腕を、昨年の日本ツアーで演奏者としてのずば抜けた実力を示したKきっての鬼才カール・ブラウ





── 全国をまわるとなると予算もかかってきますよね?


このツアーは予算的にも大会場は使いません。ライブハウス的なところは、仙台、東京、名古屋くらいですね。あとは基本的にギャラリーやカフェなので、会場代があまりかからないんですよ。一昨年、モールスでアメリカツアーに行ったときも、カフェでやるとお金のバックがよくって。それは日本でも同じで、入場料はほぼ全部入ってくるので。僕らがやっているのでは堅苦しいロックバンドはあんまりないから、どこでもできる(笑)。あとは協力関係のある場所でやると。そうやって今までいろいろ学んで鍛えてきたなという感じですね。



── ギャランティはどうされているんですか?


基本的にギャラ保証することはあまりないです。要はブレイクイーブンで、リクープできたら割ろうじゃないかと。景気払いです。そんなに大物を呼ばないですからね。モールスもアメリカに行ったときにそうしていて、ツアーの上がりで出来高だったり、物販で稼いだり。その現状を知っているから、「アーティスト様」じゃないんですよね、誰にでも。ものをつくって、音楽をやって、一緒にCDを売って、その場で話して…で続けていくっていうのを基本的にやっているので、他の洋楽レーベルとちょっと違うかもしれませんね。



── なるほど。


基本的にポップ・ミュージックを出している気がしてなくて、フォークかなって(笑)。なんか伝承文化みたいな。ものをつくっている人に伝えて、それが文化に伝わって。インディー・ロックがやりたいわけじゃなくって。単純に文化的なものを見せたいだけ。余白や濁りのあるところから見る人や聞く人が感じてくれればいいだけ。で、なんとかお金が上げられれば。メジャーで稼ぐなら、それはそれでいい。バンドが考えればいいことだから。以前Kからリリースしたモデスト・マウスが面白いのは、メジャーに行って全米1位になっても常に著作権や印税がメンバー均等割りなんですよ。著作権も歌詞も含めて全部。それは、キャルヴィンのやり方に似ているかなって。そういうのを少しでも伝えていけたらいいなと思います。



レーベルの看板に頼る必要はない



── 現在リリースしているのはKや他の海外レーベル、そしてモールス。他の日本人でリリースはしないのですか?


う~ん、日本人はまた難しいですよね。無責任なことできないから。日本人はものすごく時間を使うんですよ。だから、おいそれと「君らいいから出してあげるよ」って言ってポイっていうのはできない。モールスと僕は9年の付き合いだけど、なかなかマネージャーをやるとは言えなかった。日本のインディーで問題なのは出しっぱなしなんですね。はい、さようならみたいな。出しただけで何もしない。あとで金の面でブーブーいったりとか。過去のアルバムを物販で売ろうにも、レーベルが送ってくれないとか、揉めちゃったからとか。それはアーティスト・キャリアとしても恥ずかしいだけですよね。

モールスは、この売上枚数のバンドで今までリリースしたすべての音源を物販に並べられる、しかも全部自分たちにお金が入ってくる。12年インディーでやってるバンドで、こういうのは他にないんじゃないかと思います。



moools

1997年の結成以来、その卓越した日本語詞、多様性/独自性ともにずば抜けたソングライティング、遅速/硬軟自在のグルーヴ感溢れる演奏が見事に溶け合った唯一無二のパフォーマンスにより、国内外を問わず多くのアーティスト達を魅了してきたモールス。酒井泰明(Vo、G)、内野正登(Ds)、有泉充浩(B)の不動のトリオ


── 音源の売り込みなどはありませんか?


なんだか敷居が高いと思われたみたい(笑)。昔は送られてきたり、メールがあったりしたんですよ。でも、あまりに日本人を出さないし、海外のものとここまで関係がはっきりしているので。いきなり地方でバンドを見つけて、「面白かったから出そうよ」となっても、面倒みられないから。可哀想でしょ。だからライブ協力とかはしていますよ。別のバンドをプロデュースをしたりとか。



── 自分たちでやったほうが早いということですか。


だって、いまCDって安くつくれるでしょ。なにもレーベルにいて、「これだけお前らに金使ったから、これ以上払えない」と言われるよりは、自分でやった方がよっぽどいい。モールスの場合は、ずっと一緒にやってきているから僕のことを信用してくれているし、プロデュースもしてクオリティコントロールもしてるし、だからやっていける。で、若い世代が僕らを見て、やっていってくれれば。いまは看板に頼る必要はないと思います。いくらでもやり方は教えてあげるから、自分でやった方が絶対いい。最初から会社と絡んでも、あとあと損する。お金もそうだし、制作の面でもそうだし、自分たちで仕組みをわかっておかないと。簡単に1万枚売れるよりも、音楽家として考えた方が幸せですよね。



── これからも7.e.p.は草の根的なスタンスで続いていくと。


自分の中で区切りながらやっていますけどね。でも、ここの段階までいるんだって思うとビックリしますね。7年も続くなんて思わなかったし。基本的になんの専門教育も受けずに、自分で覚えていったことばかりなので。人の縁と、自分の努力というか。経験値だけでやってきたから。ほんとにここまで続いているのは人の縁が大きいと思います。



(取材・文:牧智美)





「7e.p. 7 Years Anniversary Tour」

キャルヴィン・ジョンソン+カール・ブラウ+テニスコーツ

2009年3月19日~4月3日全国ツアー



重い腰をあげて遂に6年振りの来日となるUSインディーの伝説キャルヴィン・ジョンソン(正直次の来日にイエスと言ってくれるのがいつの日になるか分かりません)に加え、現在のKレコードきっての異才であるカール・ブラウ、そして日本代表という言葉に偽り無しのテニスコーツ。さらに各地の共演も、二階堂和美、マヘル・シャラル・ハシュ・バズ、モールス、カバディ・カバディ・カバディ・カバディ(Kのグループ、ユメ・ビツのフランツ・プリチャード所属)など、キャルヴィン+カール+テニスの3者に縁の深いアーティストから注目の若手まで粒揃い。実に実に濃ゆいラインナップ!

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7.e.p.公式サイト

モールス公式サイト










7.e.p. リリース作品



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キャルヴィン・ジョンソン 『Before the Dream Faded...』 (epcd 028)



calvin johnson


全編弾き語り&アカペラの文字通りの「ソロ」だった前作から一転、ミラー、フィル・エルヴラム(マウント・イアリ/ザ・マイクロフォンズ)、ケーラ・マリシッチ(ザ・ブロウ)らKファミリーを曲ごとに共同プロデューサーに起用し、アダム・フォークナー(ユメ・ビツ/ヴァージョン)を始め多くのゲスト・プレイヤーを招いて制作。ビート・ハプニング以降の全キャリア中最も多彩な楽曲が並ぶカラフルな作品。本作のレコーディング風景を中心にして、新旧KファミリーからThe Evens(イアン・マッケイ)ら旧友たちまで、大半をキャルヴィン自らが撮影したフォト・アルバムをエンハンスト仕様にて収録。

Morgan Fisher - Morgan's Organ 05












カール・ブラウ 『Nature's Got Away』 (epcd 049)



karl


Kきっての鬼才カール・ブラウの第二弾は、来日公演で共演したマヘル・シャラル・ハシュ・バズら日本人アーティストから受けた刺激を原動力として、来日後にダブ・ナルコティック・スタジオで制作。アメリカーナからサイケ、カリブ、ソウル、アフリカにまで到る多彩なエッセンスが滲み出る、とんでもなくドープでいながら実に滋味深い作品集。二階堂和美の大名曲“脈拍”の英語詞カバーも収録。日本盤のみテニスコーツ、二階堂和美らがゲスト参加した日本ツアー最終公演から6曲を追加収録。

Morgan Fisher - Morgan's Organ 05











モールス 『モチーフ返し』 (epcd 033)



mools


2003年11月のUSツアー時に録音されたEP/DVD『Dub Narcotic Session』を間に挟み、前作『モールス』から約3年振りとなる4thフル・アルバム。多彩なゲストを迎えての前作から一転、テニスコーツの植野隆司(sax、hca)をフィーチャーした数曲を除き極力ゲストを排し、ベーシック・トラック&ヴォーカルを一発録りライヴ形式にて録音。安易なジャンル分けをすり抜ける楽曲ごとの振れ幅の広さはこれまで以上ながら、フレッシュ&ソリッドな空気が全編を包む、グループ史上最もダイレクトで焦点の絞られた傑作。

Morgan Fisher - Morgan's Organ 05










ミラー 『(a)spera』 (epcd 050)


Mirah


リッキー・リー・ジョーンズ、ブロッサム・ディアリー、ノラ・ジョーンズにも通じるソフト&テンダーなコケティッシュ・ヴォイスを基盤に、さらに熟成されたソングライティングと、スペクトラトーン・インターナショナルとのコラボレーション・アルバムで展開されたトラッド、アフリカン、ジャズ、クラシックら様々なエッセンスが溶け合うアコースティック・サウンドとが見事にブレンド。世界各地の楽器で彩られた、キャリア史上最も滋味深いタイムレス&エリアレスな傑作。

Morgan Fisher - Morgan's Organ 05










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Coa Records:疾走し続けた10年間のドキュメント「まだまだ満足できない」 http://www.webdice.jp/dice/detail/1121/ Mon, 08 Dec 2008 22:10:01 +0100

CDジャケットや本の装丁、舞台の宣伝美術など様々な分野でデザイン、アートディレクションを手掛けている「Coa Graphics」の音楽レーベル部門として、98年より活動を開始した『Coa Records』。初期はギターポップ色の強いレーベルイメージから始まり、いまでは様々なジャンルの良質な音源を多数リリースする優良レーベルとして厚い支持を受けている。

今年で10年の節目を迎えるにあたり、Coa Records初のベスト盤『Coa Records Anthology』をリリース。レーベル設立当初から関わっている山本貴政さんに話を訊いた。






音楽の「繋ぎ役」が重要なんだと思った



CoaRecords


── Coa Recordsを立ち上げたきっかけを教えてください。


最初に、デザイン事務所Coa Graphicsの代表の藤枝くんがレーベルをやりたいと言い始めて、その話が共通の友人を通してあったんです。じゃあ一緒にやろうか、という感じで。厳密には、僕がCoa Recordsに加わったのは二作目からですが。



写真:Coa Graphics代表の藤枝さん(左)と山本さん


── 山本さんは以前別のレーベルを運営されていたとか?


いや、してないですね。バンドをやっていたことはありますけど。基本的にバンドをやめるときに、ミュージシャンじゃないんだったら、リスナーが一番幸せなんだろうなっていうのをずっと思っていたんです。それでいいやって思って。






── では、レーベル運営の経験なしで立ち上げたと。


右も左もわかんないままで。ただ、当時はサラリーマンで営業をやっていたので、取り扱うものが変わるだけで流通の仕方や飛び込み営業は慣れていたんです。だから媒体でのプロモーションまでやりながら動いていきましたね。レコード屋の営業に関しては、アポ無しでも怒られない話しかけ方に慣れてたので(笑)。当時のレコード屋は、バイヤーが気に入ったものを自分で仕掛けて売ろうという自由がまだ残っていたので、ちょうどやりやすかったんですね。



── どういったコンセプトでレーベルを立ち上げたんですか?


まず、それ以前のことをいうと、勤めていた会社が自由に休める環境だったんですね。毎年8月は1週間くらいしか出社しなかったし。その間に自分で好きなものを作っていたんです。ジョナス・メカスが好きだったので8ミリフィルムで日記映画をつくっていたこともありました。メカスが初めてカメラを手にしたのが27歳で、僕もちょうど27歳だったので(笑)。ピントが合っていないのは君の個性だとメカスも言ってたから、それでいいんだって(笑)。

最初、Coa Recordsに誘われたときは迷っていたんです。特に、この生活に不満がなかったから。二回目に誘われたときが、ちょうど空気公団をリリースするということで、バンドもいいし、売れそうだし、やってみようかなって思ったんです。80年代初頭に、イギリスのインディーズレーベル「チェリーレッド・レコード」から出ていた若い無名のバンドばかり集めた『PILLOWS AND PRAYERS』という低価格のコンピレーションがあって、それを聴いたたくさんの若い子たちが感化されてバンドを始めるんですよね。だから、そういう「スピリットの繋ぎ役」を担う人が重要なんだろうと思い直したんですよ。CDを聴いた田舎の子が俺もバンドやろうと思って次の日にギターを買いにいくぐらいのレコードを作ろうと。その中から誰かがまた、次に繋がっていくような名曲書けばそれでいいのかなって。で、そういう作品を作ったらやめようと思っていました。





HARCO

daisuke_mizushima





HARCO(左) / daisuke mizushima(右)




KIMONO MY HOUSE


KIMONO MY HOUSE


── Coa Recordsはさまざまなジャンルの音楽を扱っていますが、基本的にどのようなバンドを選んでいるんですか?


藤枝くんと僕の共通項はメロディがちゃんとしている、つまりメロディメーカー。と同時に、僕らはパンクレーベルではないけど、82年くらいのパンクな感じなので(笑)、そのスピリットが感じられるバンドを選んでいます。音はそのバンドの個性ということで、ジャンルが違っても気にはしていないです。



── バンドはどうやって見つけてくるんですか?


送られてきたデモテープに対する返事は1年に1回くらい。あとは、ライブを見て偶然っていうのもひとつだけで。最初の頃は僕らが遊びに行っている周辺の人たちがやってるバンドが多かった。あと、一番確立が高いのは、僕らのことを知っている人から、いいバンドがいるよって教えもらったバンドですかね。



── 売り込みは多いんですか?


一週間に4〜5本はデモテープが届いています。なぜか年齢層は高いですね(笑)。それも1回2回バンドが終わっている人たち(笑)。バンドのいざこざが面倒くさくなって一人でやっている。そういう人のは、なかなかリリースされないと思うんですけど、Coa Recordsはしそうなイメージがあるらしくて。でも、そんなことはないですよ。ただ、年だからとか、このジャンルだからダメとか、そういう些細で表面的なことを気にしていないというスタンスが、伝わっているということかも。良く解釈すると(笑)。



D.I.Y精神で、ぬるいことはもうしない



── 10周年のベスト盤『Coa Records Anthology』に収録されているバンドはどのようにして決めたんですか?


こういうときはおめでたいことなので全バンド入れるものなんですけど、入れていないですね。この並びがベストだと思ったから。漏れた人は、入ってなくても悪く思わないでねとも思うし、お互いに何かが足りなかった。10周年用の新曲も入れていないんです。普通、既存曲だけのコンピレーションだとレコード屋はなかなか注文してくれない。だけど、それも敢えてしなかった。クールじゃないし、これが現時点でのCoa Records10年間のドキュメントだから。



── では、かなりベストな曲ばかりを集めたと。


そうですね。歌モノが多いですけど、ノンストップミックス的な曲順で繋いでいます。アウトロとイントロのイメージで繋ぐと。歌モノレーベルのつもりでやってきたのではないので。要は、作品ありきという視線で選曲をしました。だからはずれる人にははずれてもらった。情が入って作品がぬるくなっちゃうのはもうやめたので。

年代順に並べてもらえば、ここ10年のある一部のカルチャー・シーンにおける音楽史になっていると思います。地方のカルチャー・シーンの話ではないですが、東京のそれの移り変わりとそんなにズレてない。





on-button-down

TOMMY_THE_GREAT




on button down(左) / TOMMY THE GREAT(右)



狐の会


狐の会


── ジャケットデザインがレコード盤のようですね。


10周年コンピのジャケットは、初期のチェリーレッドみたいなストイックな硬質なイメージ。僕と藤枝君の最初のイメージからズレがなかったので、藤枝君がバッチリなものを作ってくれましたね。パブリックイメージでは良質でポップな音源を出しているレーベルだと思われがちなので、はっきり主張していかないと。パンクだと(笑)。そこはかとなく漂わせてもダメだなと10年たって思いました。



── レーベル設立から10年がたって、いまどのようなお気持ちですか?


この作品自体が、僕らから見た10年間のドキュメント。地方の子にも聴いてほしいんですけど、これは地方の話ではないんです。青森の話でもない。長崎の話でもない。東京のある一部のカルチャー・シーンと、そこにいた若者たちにとって、こういうことがありました、という記録です。

レーベル初期の頃は、リリースするだけで楽しかった。ディレクションもマネージメントもしないし、仲のいいバンドの曲できたからレコーディングして、リリースして、レコ発して、打ち上げして。また新曲できたら、もってきてよって。そのうち、それだけで満足できなくなったし、タイトルが20〜30と集まってくるうちに、もう後にはひけないと思った。楽しいだけじゃすまなくなったなと。




── 仕事として本格的にやらないといけないと?


仕事じゃなくてもいいんです。でも、遊びじゃなくなった。ちょうど、インディーズのCDなら目新しいというだけで買ってもらえたり、媒体に取り上げられたり、レコード屋に並べてもらえたりする時期を経験して、それに乗ってコマーシャルな展開をしてみた時期があったり。そういうことを経て、結局僕らが学んだのは、メジャーメジャーしたことはレーベルとしてはやらない。ビジネスとして成立しつつ、ちゃんとD.I.Y精神でかっちりやる。ぬるいことはもうしないようにしたいし、バンドに対しても同じ方向を見て絶対これだ、これが楽しいっていう共通認識を持てる人たちとだけやろうと思っています。



── もちろん10年間でレーベルの方向性も変わってきた?


学校の先生みたいにアレコレ教えないといけないという、育成が必要な人はもうやめようと。ちゃんとアーティストはアーティストで、いろんな意味で自立できている人の方がいいですね。



── 4年前に発行したフリーペーパー『COA RECORDS MAGAZINE』に、山本さんが「バンドはレーベルに頼るな」的なことを書かれていましたね。


こっちもバンドに依存しないようにと思っています。そこはお互いイーブンな関係のほうが健全ですよね。いまはそういう動きができる人が絶対面白いですし。そういう人はクレバーでちゃんとわかっているので、好きなことを実現できると思います。やれる範囲からですが。わかんない人は何回言ってもわかんないから。10年の間にレーベルもバンドもお互い成長したんだと思います。



── レーベル運営で大変だったことはありますか?


そんなにないですね。ちょっとお金が必要かな、というときはぱっと稼げる仕事を作りますし。悩んでもしょうがないので、そういう動きは早いですね。基本的に僕は自分で生活はなんとかしろというのがあるので、バンドに対してもそうあってほしいです。お金が無いからツアーできませんとか、しょぼいことはいうなと(笑)。じゃあ、やらなきゃいいじゃんっていう。やる人って、ほっといても自分でなんとかするじゃないですか。そういった行動力がないと結局ダメですよね。



── 音楽配信はしていますか?


ほとんどしていないです。今の配信はシングル盤の流通形態が変わっただけという認識なので。



── いまCDが売れない時代で大変ではないですか?


確かに厳しい時期ですけど、腕に覚えのある人だけ活動できる、という昔に戻った感じがしています。レコード会社もお店も媒体もアーティストも、無駄に多かったから数が減るのはいいことだと思います。配信も面白いものを探しに行こうという形にはなっていない。その割にはデータの更新とか、こっちがやらされることが多くて手間がかかる。そこでやっても無意味かなと。ネットはネットで否定はしてなくて。かっちり聴いてもらえる動きや、面白いテキストや動画を掲載できたら、リスナーをひっぱってこれると。まずはそこから始めないとダメ。そういう意味では、来年からいよいよWEBに力を入れようと思っています。とにかくここにくればワクワクする、というものを作りたい。

いまの若い子は、データ化した音楽は無料で手に入ることがわかったので、なかなかお金を払わない。そういう彼らに思いを届ける方法をちゃんと考えないといけないと思いますね。



── ベスト盤のリリースに書かれている“「絶望」と「希望」の交錯する奇跡の一枚”、とはどういう意味が含まれているのでしょうか?


この10年に関しては満足していない。出してきた音源に関しても、もちろんよかったところもあるけど両手を挙げて万歳はまだまだ、ということです。悔いもありますし、ある人たちへは「さよなら」を伝えているものです。ここから始まる、という気分ですね。



── 何年くらいで万歳、満足すると思いますか?


何年かはわからないですけど、そう思えるときは、一曲で勝負が付くような気がします。みんなの心に一生残るような曲。



── Coa Recordsが目指していることは何でしょうか?


基本的には自分たちが楽しめることをやる。で、みんなに楽しいと思ってもらえる。さらに若い人が「俺もやろう」って思ってくれるサウンドを送り出していきたいですね。



(取材・文:牧智美)







Coa Records10年目のbest盤。渾身のアンソロジー!!

『Coa Records Anthology』



Coa Records best


疾走し続けた激動の10年間を最高の曲順でコンパイル。世界中の「彼等」と「彼女達」に送る 祈りにも似たメッセージ!!「絶望」と「希望」の交錯する奇跡の一枚。



01.KIMONO MY HOUSE / Empty Room

02.HARCO / 君の髪にふれたい

03.空気公団 / 電信

04.TOMMY THE GREAT / 喜びと悲しみとリズムと星に願いを

05.on button down / She said,HEAVEN

06.残像カフェ / OUR LIFE

07.コモンビル / 100人中99人

08.狐の会 / 秋の夢

09.エクレール / くちなしの季節

10.Quinka,with a yawn / ナポリ

11.maybelle / オレンジ色の煙

12.パウンチホイール / ロミオ&ジュリエット

13.daisuke mizushima / tonight



1,890円(税込) 全13曲






▼ 『Coa Records Anthology』より、試聴できます。プレイヤーをクリックで再生!
















Coa Graphicsの10年間のデザイン仕事をまとめた1st作品集

『Coa Graphics Art Works Archive 1998-2008』



coagraphics.book


疾走し続けた激動の10年間を最高のデザインでコンパイル。アンダーグラウンドポップカルチャーにおけるトウキョウデザインのニュースタンダード!!自ら運営も行う音楽レーベル「Coa Records」のCDジャケットなどのヴィジュアルをはじめ、Spangle call lilli line、FreeTEMPO、クラムボン、HARCO、空気公団、阿佐ヶ谷スパイダースなど数々のアートワークを一挙掲載。数百点にも及ぶグラフィックを全ページオールカラーで全てみせます!!



著者:Coa Graphics

3,150円(税込) B5変形/128頁

発行元:Coa Graphics

発売元:株式会社ブルース・インターアクションズ






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ハイセンス!進化しすぎた九州・福岡のはみ出し者たち : 『ヨコチンレーベル』主宰 ボギー氏(nontroppo) インタビュー http://www.webdice.jp/dice/detail/923/ Thu, 25 Sep 2008 19:58:38 +0100
写真 : 福岡・警固公園にてボギー氏とその息子モンド君。ちなみに5歳にして『ヨコチンレベール』よりカセットテープ音源リリース!


九州、福岡にコンセプトを「進化しすぎた人々の、進化しすぎた人々による、進化しすぎた人々の為のイベント」と掲げた、90回を超え開催されている『ハイコレ』というイベントがある。

"食い合わせの悪そうなキャスティングを意図的に楽しむバッドテイストな感覚と、チープで悪趣味な要素をブチ込んで観客をアッと驚かせるエンターテイメント"と説明されているそのイベントはロックあり、テクノポップあり、弾き語りありのジャンルレス。出演陣は結構エッジな音を鳴らしている…はずなのに、何か変…通しで見るとこれが「エンターテイメント」と呼ぶにふさわしい「祭」っぽさ。このイベントを主催し、自身もバンドnontroppoで活動している、『ヨコチンレーベル』のボギー氏に話を聞いた。







『照和』から「はみ出した」ちょっと変わった人たちを集めた





── では、まずレーベルを立ち上げた経緯を教えてください。


yokotin


1996年に当時活動の拠点にしてたのが『照和』*で、そこから「はみ出した」ちょっと変わった人たちを集めた『ハイセンスコレクションライブ』というイベントをやったのが切っ掛けだったんですけど。その時にレーベル名があった方が格好いいやろうということで、警固公園(福岡市中央区天神)で酔っ払って名前付けたのが『ヨコチンレーベル』(笑)。最初は1回で終わるはずだったんですけど、一年後にロゴマークなんかも用意してイベント名も略して『ハイコレ』としてコンスタントにやるようになったんです。



画像 : 『ヨコチンレーベル』のロゴマーク


* 井上陽水、ルースターズ、海援隊などが活動していた福岡の老舗ライブ喫茶。






HCF-001


ていうのも、当時まだ福岡にいたPANICSMILE、NUMBER GIRLがやってた『チェルシーQ』っていうイベントがあって、それに出たかったんですけど結局出れないままイベントが終わってしまって。その欲求を叶えるために97年に自分で『ハイコレ』を始めたんです。第一回目のキャストはPANICSMILE、ロレッタセコハン、ひなげし(二階堂和美)、当時自分がやってたヒマワリとかで。レーベルって形をとろうと考えたのも『チェルシーQ』が「HEADACHE SOUNDS」ってレーベルやってて、格好いいやん!って、パクったわけ(笑)。



『ハイコレ』ではライブ+αで他と違うことやろうってのは思っていて。イベントの転換時にDJをはさんでるんだけど、当時は自分でラジオのDJ風に嘘のラジオ番組やって、お悩み相談の葉書読んだりしてました。他にも、自分たちでゾンビ映画作ったり、お笑い芸人が出てきたり、ファッションショーやったり…ファッションっていっても、チン○ン出したやつとか、ガムテープで全身グルグルとかやけど(笑)。



画像 : 第一回目『ハイコレ』のフライヤー。イラスト、デザインはボギー氏。





── イベントをはじめて色々な人がだんだん集まって来た感じですか?


そうやね。もともと福岡のどのシーンからもはみ出していた、モノラルセンス、オクムラユウスケ、鈴木拓也、オオクボTなんかと遊んでたわけやけど。県外にも音源を置くようになって、だんだん全国の変な人からデモテープがレーベル宛に届くようになったんです。関西ではオシリペンペンズ、あふりらんぽ、ミドリ、BOGULTA、東京だと毛皮のマリーズとかはそれがきっかけでイベントに出てもらいました。





最近は海外からも、『ヨコチンロックフェスティバル'08』にはN.YからGANG GANG DANCEが、それ以前ではRed Krayolaとか、Of Montrealがイベントに出てくれたり。ジョン・マッケンタイアがヨコチンマークを背にドラムを叩く奇跡とか。ここ数年でそういう繋がりが広がってます。



県外や海外バンドと、福岡の面白いバンドとぶつけるのが面白くて今もイベントを続けてます。でも、これは昔からなんだけど、お客さんはゲストを有難がってしまうんですよね。もちろんゲストも凄く格好いいけど、前後に出る地元のバンドも負けとらんやろって、並列に見せたくてイベントやってるんです。いつでも見れると思っちゃうんだろうけど。いつかバンドは無くなるよってね。今、見とかんと。そういう意味で福岡がもっと成熟した街になると良いなと思います。




GANG GANG DANCE


neco眠る



写真左 : GANG GANG DANCE (N.Y) / 写真右 : neco眠る (大阪)

9/21に福岡VooDooLoungeで行われた、『ヨコチンロックフェスティバル'08』は福岡のバンドに加え海外、関西よりゲストをむかえ、日付を跨ぎ大いに盛り上がり終了した。





とんちピクルス

INN JAPAN




写真左 : とんちピクルス (福岡) / 写真右 : INN JAPAN (福岡) @9/21『ヨコチンロックフェスティバル'08』




nontroppo


写真 : nontroppo (福岡) @9/21『ヨコチンロックフェスティバル'08』


ダメ面白いとか、バカダサいとか、そういうものに惹かれるんですよね



── 先日、円盤の田口さんにwebDICEのインタビューでお会いしたとき「福岡シーンの楽しむ力が半端じゃない」って仰ってて。アップリンクでやったイベント『円盤上映会』でボギーさん主催のイベントでのカシミールナポレオン*のライブ映像が流れたんですよ。上映されたライブ映像の中であの日、一番お客さんの脳裏に焼きついたのでは…。


あははは!撮ってたもんなー!「OZdisc」の頃からアホな音源とかのリリースがとにかく多いから、田口さんには凄く共感してて。実際、東京にnontroppoで呼ばれて『円盤ジャンボリー』に行った雰囲気とかにもやっぱ共感して。そしたら、田口さんが『ヨコチンレーベル』の紹介を「福岡のOZdisc」って言ってて、やっぱ向こうもそう思ってたんだと(笑)。ダメ面白いとか、バカダサいとか、そういうものに惹かれるんですよね。



* 多分、世界一しょぼいビジュアル系バンド(カラオケだが…)、福岡のKISS



── レーベルとしてイベントをやりつつ、音源のリリースもされてると思うんですけどのようなものを出されているんですか?


はじめた当初は、カセットテープで福岡のバンドを集めたコンピレーションやバンド単体のものをかなりの本数出しました。置いてくれてたのがタワーレコード福岡店とカメレオンレコードとかで。当時はタワレコも今と違って納品書を書いて持っていけば次の日にはお店に置いてくれたんですよ。ヨコチンのカセットテープだけがズラッと並んでる棚がありました。もう、10年以上前の話です。



その後、CDもリリースしてるけど、ここ2年はカセットテープが多いです。今時カセットっていうパッケージの面白さと、あのジャケ入れたカセットそのもの可愛くて好きなんで。まぁ、手間はっきり言ってCD-ROM焼いたほうが早いけど(笑)。お金かけてプレスしてリリースしても宣伝をきちんとしないとレコード屋さんも置いてくれないし、置いてくれてもそんな売れない。むしろ音源を売ろうっていう気はあまり無くて、イベントに人を集めたいと思ってます。今はネットとかで視聴できたりするし、お客さんは音源買わないと思うんです。本当に欲しい人はアンテナ張ってるから、そういう人にライブ会場での物販とか、ネットでの通販とかで届けば良いかなと。



── 福岡という地方都市でレーベルをやり続けるってのは、東京でやるのとまた違うような気がするんですけど、その辺どうですか?


それはもう、レーベル業を本業にしようとかは最初から全く思ってなくて、東京でやるというのも頭に無くて。福岡でもイベントやって暮らせるとは思ってないからね。やりたいことをやってるだけです。



実質レーベル業は制作、運営、企画、雑用まで自分ひとりでやってて、自分の思いついたことは全部やってます。企画とかを頭の中で考えるのが好きで、思いついたらやらずにはいられない。ジャケット作ったり、フライヤー作ったりとかも自分でやってるんやけど、その作業とかめちゃくちゃ好きやから、そういうのは全然苦じゃないです。出したい音源も無いけどかっこいいジャケットができて後から中身作るとか(笑)。でも、ひとりだからとにかく時間がかかる!めんどくさい!



── 東京でのイベント予定とか、レーベルとしての今後の展望などはありますか?


東京の秋葉原GOODMANで『ハイコレ東京』も2年前までやってたんですけど、子供が生まれたこともあって今はやってません。展望は…続けていく、地道に続けていくことかな。まだまだ日本中に、世界中に誰も知らんアホバンドがいると思ので。夢は世界のアホバンドを集めたフジロックみたいなバカでかいのをやりたい!!フジロック行ったことないけど。



(文・写真:大場小麦)





ボギー(nontroppo) プロフィール


福岡在住、『ヨコチンレーベル』主宰。トロピカル・アヴァンダンスグループ、nontroppo(ノントロッポ)でも活動中。



【関連リンク】


ヨコチンレーベル 公式サイト

ヨコチンレーベル 通販ページ

nontroppo 公式サイト

nontroppo MySpace







ヨコチンレーベル リリース作品



全リリース作品一覧はコチラから。




nontroppo|酒池肉林 LIVE AT HAWAII


nontroppo / 酒池肉林 LIVE AT HAWAII (CDR | YC-052)


1,500円

2007年6月に開催したソウルバード(ex.ブルーノート福岡)での3時間半に渡るワンマンライブから厳選した12曲を収録。

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▼ nontroppo / 酒池肉林 LIVE AT HAWAIIより、試聴できます。プレイヤーをクリックで再生!









乱調の美学


V.A / 乱調の美学 (CDR | YC-047)


1,050円 廃盤・在庫希少

全国から集った産地直送の狂った果実を鮮度そのままに真空パックしたコンピレーションCDR。

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参加アーティスト : 石頭地蔵(熊本)、Conti(東京)、HOSOME (大阪)、FLUID(京都)、MACHINE AND THE SYNERGETIC NUTS(東京)、サラダバー(ハワイ)、ブライアンベースボール(福岡)、nontroppo(福岡)、やないけい&ニール・UMA (福岡)、Test Pattern(岡山)、music from the mars(東京)、オシリペンペンズ(大阪)、accidents in too large field(福岡)、香港男祭(山口)、アンダーソン(福岡)







モンド

モンド / モンドのABC (カセットテープ | YC-054)


300円

「モンドが生まれた時に父は25曲入りアルバム「MONDO MUSIC FOR MY SON」を作り上げました。それから4年、今度はモンド自身に楽器を持たせ、歌わせ、強引に息子のデビュー作品を作り上げたのです。はっきりと言いましょう、親バカであると。そしてこれもはっきりと言っておきましょう、ただの企画ものであると。」


→ ヨコチン通販はコチラ







【取り扱い店】



ヨコチンレーベル 通販ページ

ボーダーラインレコード (福岡)

・ プラスチカ (福岡)

サンレインレコーズ (東京)

円盤 (東京)






nontroppo / ナイトオブトロピカリア @『ハイコレ東京』 in 秋葉原GOODMAN


[youtube:ib3VeJPNJNY]






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『目玉レコード』第一弾はMorgan’s Organ-西麻布SuperDeluxeが音楽レーベル始動 http://www.webdice.jp/dice/detail/846/ Wed, 10 Sep 2008 11:41:19 +0100
写真:『目玉レコード』より「Morgan's Organ」のライブ録音をリリースしたモーガン・フィッシャー


今年8月、西麻布のイベントスペース「SuperDeluxe(スーパー・デラックス)」が音楽レーベル『目玉レコード』を立ち上げた。SuperDeluxeはミュージシャンによるライブだけでなく、映像、アート&デザイン、ダンス、演劇などさまざまな公演がおこなわれ、日本のみならず海外の著名なアーティストも利用する実験的な表現スペースとして注目を集めている。

これまで毎晩繰り広げられたSuperDeluxeならではのライブからセレクトし、『目玉レコード』として多彩なミュージシャンの音源をリリース。第一弾は、モーガン・フィッシャーによるソロ・インプロヴィゼーション・ライブ「Morgan's Organ」の第1回目から5回目のライブ録音をiTunes Store、Napsterなどのダウンロードサイトから配信している。

SuperDeluxeと共に『目玉レコード』をプロデュースするマイク・クベック氏に、新レーベル立ち上げについて話を訊いた。






── 多彩なジャンルのライブをおこなってきたSuperDeluxeが、音楽レーベルを立ち上げるのは自然な成り行きだったと思います。レーベルを立ち上げたきっかけを教えてください。また、なぜ今レーベルを始めたのでしょうか?



2002年にSuperDeluxeを初めてから、その場限りの素晴らしいライブ演奏を幾度も目にしてきました。そういった素晴らしいライブのレコーディングが年月を重ね序所にたまっていき、ちょうど時代がCDから音楽配信に変わるタイミングにもさしかかっている現在、音楽配信という方法を基本として考え、SuperDeluxeでのライブアーカイブをリリースするこのレーベルを立ち上げるに至りました。実は2年程前からレーベルを立ち上げる企画はあったのですが、普段の業務が忙しく、なかなか進展させる事が出来なかったという事も現在のタイミングになった理由としてはありますね。



── 『目玉レコード』のコンセプト、テーマを教えてください。



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SuperDeluxeでおこなった素晴らしいライブを、少しでも多くの人々に聴いてもらうことです。そして、気になるアーティストをより多くの人に知ってもらいたいです。



写真:『目玉レコード』のロゴマーク


── 『目玉レコード』ならではの特徴は何ですか?



実際にSuperDeluxeで行われたライブレコーディングであるというところですね。スタジオ録音と違って、レコーディングのプロセスを出来るだけ意識させないところもウリだと考えています。全てのライブをリリースするつもりはないです。何か特別なマジックを感じる音源を選び出してリリースしていきたいと考えてます。その時、その空間だったから生まれた音、しかもその場に居合わせなかった人も録音された音楽を通じて何かを感じていただく事ができるのでは、と思われる音源をリリースしているつもりです。











── モーガン・フィッシャー氏のソロ・ライブ「Morgan’s Organ」をリリース第一弾としたのはなぜでしょうか?



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モーガンは4年間以上、ほぼ毎月SuperDeluxeでライブをやっていて、立ち上げ早々から支えてくれたアーティストの一人です。また、「Morgan's Organ」はゆっくりと聴いてもらいたいと考えています。部屋でゴロゴロしている時や公園で散歩している時、または寝る前や移動中などに是非試していただきたいですね。即興の演奏ですが、とても落ち着きのある音楽です。モーガンは「耳のための映画」とよく言ってますね。よくよく考えるとライブ会場ではなくて、聴き手にとって一番居心地のよい場所で聴いてもらった方がよい音楽だとも言えます。もちろんその場で演奏を繰り広げているモーガンと時間を共有できるのはライブならではの醍醐味ですが、音源をリリースすることによって新しい楽しみ方も体験していただけると思っています。




写真:オルガン・キーボード奏者、モーガン・フィッシャー氏のライブ風景。1985年より日本に在住し、喜納昌吉、細野晴臣、ブームらとの共演、オノ・ヨーコのアルバムをプロデュースしている





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写真:六本木界隈のカルチャースポットとして、SuperDeluxeでは毎晩さまざまなイベントがおこなわれている



── CDでのリリースではなく、音楽配信のみにされたのはなぜでしょうか?



音楽配信の魅力は手軽にローコストでリリースする事が可能ですし、CDより安くお客様の元に音楽をお届け出来る点にあります。レーベル側も音楽配信であれば在庫を抱える事なく運営できる訳で、管理する場所も人手もかかりません。そうやって、レーベルを運営して行く事で、アーティストにできるだけ多くの利益を還元したいとも考えています。そして配信の魅力にはなんと言っても、海外への販売を行いやすいということがあります。インターネットに接続できれば、購入可能ですし。特に第一弾リリースの「Morgan’s Organ」のモーガン・フィッシャーは本国イギリスでの輝かしいキャリアの持ち主でもありますし、海外にお住いの方々で欲しいと思っていらっしゃる方々も多いのでは、とも考えました。



── レーベルを運営する上で苦労したこと、そして大切なことは何だと思いますか?



まだ始まったばかりで、何とも言えないというのが正直な所ですね。しかし、今後、継続して行くことが大事だと思っています。



── 例えば、音源以外にDVD映像をリリースするお考えはありますか?



映像を中心のイベントも沢山おこなっているので、映像もリリースしたいですね! しかし、どの様な形がベストかはまだまだ検討中です。



── 今後、どれくらいの間隔でリリースをされていく予定でしょうか?



「Morgan's Organ」のシリーズに関しては一ヶ月おきに5タイトルをリリースしていきたいと考えてます。第二弾は11月ぐらいになりそうです。そして、モーガン以外のライブも毎月、レギュラーにリリースしていきたいと思ってますが、どれぐらいのペースでリリースが可能かはまだ検討が必要な段階ですね。希望としてはできれば毎月2~3タイトルを出したいと考えています。SuperDeluxeを始めた時もそうだったのですが、全てを手探りで進めていくしかないんですよね。



── 『目玉レコード』からリリースしてみたいアーティストはいますか?



ものすごく沢山います! しかし、現在は過去に出演していただいたアーティストと色々相談しているところので具体的な名を現在あげられないですね。すみません!



── レーベルが目指していることを教えてください。



会場としてのSuperDeluxeはジャンルを関係なく、いいものや面白いものを少しでも多くの人に知ってもらうことを心がけてますが、『目玉レコード』もその延長です。まず一番には東京在住ではなく、普段なかなかSuperDeluxeに足を運べない人たちに SuperDeluxeで行われている音楽を届けたいです。そこでそのアーティストの活躍がより広く知られることになればとても嬉しいです。『目玉レコード』のリリースがきかっけとなって、そのアーティストの他の音源やライブなども聴きたくなるようなお客さんが居たら最高ですね。また、実際にライブに来てくれた方が「良かったな!もう一度聞きたい!!」と感じた時に、その日のライブ音源を購入していただけるようなレーベルを目指していきたいです。



(インタビュー・文:牧智美/協力:SuperDeluxe














SuperDeluxe主催レーベル『目玉レコード』第一弾

Morgan Fisher - Morgan’s Organ 01~05



iTunes、Napsterなど各種ダウンロードサイトにて同時5タイトル販売中!詳しいアルバム解説・リリース情報はこちら。(English



▼ Morgan Fisher - Morgan's Organ 01より、試聴できます。プレイヤーをクリックで再生!







MorganFisher_MorgansOrgan01s

Morgan Fisher - Morgan's Organ 01



┗ track list: MO-01-1 (39'31"), MO-01-2 (22'29")

Morgan Fisher - Morgan's Organ 01






MorganFisher_MorgansOrgan02s

Morgan Fisher - Morgan's Organ 02



┗ track list: MO-02-1 (17'14"), MO-02-2 (7'29"), MO-02-3 (6'22")

Morgan Fisher - Morgan's Organ 02







MorganFisher_MorgansOrgan03s

Morgan Fisher - Morgan's Organ 03



┗ track list: MO-03-1 (22'44"), MO-03-2 (11'59")

Morgan Fisher - Morgan's Organ 03






MorganFisher_MorgansOrgan04s

Morgan Fisher - Morgan's Organ 04



┗ track list: MO-04-1 (29'47"), MO-04-2 (13'52)

Morgan Fisher - Morgan's Organ 04








MorganFisher_MorgansOrgan05s

Morgan Fisher - Morgan's Organ 05



┗ track list: MO-05-1 (20'41), MO-05-2 (7'53), MO-05-3 (10'22"), MO-05-4 (24'10)

Morgan Fisher - Morgan's Organ 05









Morgan's Organ 080515 live @SuperDeluxe


[youtube:R43x-oG7XaM]




【関連リンク】


Morgan Fisher(myspace)

Morgan's Organ 01~05 リリース情報

SuperDeluxe

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