webDICE 連載『映画『トム・アット・ザ・ファーム』』 webDICE さんの新着日記 http://www.webdice.jp/dice/series/51 Mon, 16 Dec 2024 20:43:07 +0100 FeedCreator 1.7.2-ppt (info@mypapit.net) サスペンスは"割れメガネ"に宿る。福田里香と岡田育が語る『トム・アット・ザ・ファーム』 http://www.webdice.jp/dice/detail/4465/ Wed, 05 Nov 2014 20:52:04 +0100
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より © 2013 – 8290849 Canada INC. (une filiale de MIFILIFIMS Inc.) MK2 FILMS / ARTE France Cinéma


グザヴィエ・ドラン監督&主演作『トム・アット・ザ・ファーム』の公開記念イベントに、お菓子研究家の福田里香さんと文筆家の岡田育さんが登壇し、鋭い視点で本作を解説した。主人公の青年トム(ドラン)が、亡き恋人の葬儀のために彼の実家を訪れるシーンから始まる本作は、その状況や登場人物の心情がほとんどセリフで明言されぬまま物語が進む。「ドラン監督は、脚本を徹底して映像に落とし込み、言葉の外で構造をわからせようとする」と岡田さんが指摘するように、本作を読み解くヒントとなる映像表現がいくつもある。




冒頭の“割れメガネ”が怒濤の展開を匂わせる



「すごくいいメガネ男子映画」だと本作を形容する福田さんは、映画冒頭でトムのメガネが亡き恋人の兄フランシスによって割られるエピソードに対して、「メガネというのは一枚のレンズを通して見るものだから、“私は冷静です”、“私は部外者です”という象徴だったんです。だけどお兄さんに割られたためにトムは焦点を失い、そこから迷走していく」と解説。岡田さんも「メガネは文明や理性の象徴でもある。割れてしまったメガネは、あの農場にとどまる限り、直せないわけです」と、その後のトムが置かれる危険な状況を割れたメガネが表わしていると説明した。




福田里香さん岡田育さん

福田里香さん(左)、岡田育さん(右)



縦線スリットはまるで牢獄の鉄格子!?



トムがフランシスに言われるがまま数週間を過ごす家について、「他の部屋のブラインドは横線スリットなのに、なぜかトムが泊まる兄弟二人の部屋だけ縦線スリット」と、福田さんはブラインドに注目。「縦線スリットは、パッと見ると牢獄の鉄格子に見える。だから観客は無意識下でドアに鍵をかけられたらトムは出られない、と感じてしまう。だけど最後にトムがブラインドをさらっと撫でるシーンを入れることで、全てはトムの心の問題だと象徴していて唸らされました」と話した。





トムトーク画像

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より © 2013 – 8290849 Canada INC. (une filiale de MIFILIFIMS Inc.) MK2 FILMS / ARTE France Cinéma ©Clara Palardy





イケメン、ドランの噛み散らかした“爪”



この映画は、トムが爪を噛むシーンが何度か出てくる。「爪を噛む音が、我が身を削る音のように響いて、爪ばかり見てしまった」と岡田さんは言う。トムに扮するドランの、噛み散らかした爪については、「もう血まみれ寸前ですよね。単に役作りで噛んでみたってレベルじゃない、普段からずーっと爪を噛んでいる男でないとあんな深爪にはなりませんよ。前作『わたしはロランス』でも主人公が指を噛むような描写がありましたが、ドラン自身もずっと爪を噛みながら創作しているんでしょう。顔はイケメンなのに、爪には天才の狂気が宿っています」と語った。グザヴィエ・ドラン映画は、見落としてしまいそうな細かい描写に、映画を理解するヒントが隠されているのだ。




トムトーク画像2

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より © 2013 – 8290849 Canada INC. (une filiale de MIFILIFIMS Inc.) MK2 FILMS / ARTE France Cinéma ©Clara Palardy








映画『トム・アット・ザ・ファーム』

新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、

渋谷アップリンク他にて公開中、全国順次公開




映画『トム・アット・ザ・ファーム』



恋人のギョームを亡くし悲しみの中にいるトムは、葬儀に出席するために彼の故郷へ向かうが…。隠された過去、罪悪感と暴力、危ういバランスで保たれる関係、閉塞的な土地で静かに狂っていく日常。現代カナダ演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールの同名戯曲の映画化で、ケベック州の雄大な田園地帯を舞台に、一瞬たりとも目を離すことのできないテンションで描き切る、息の詰まるような愛のサイコ・サスペンス。



監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン

原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール

撮影:アンドレ・テュルパン

オリジナル楽曲:ガブリエル・ヤレド

出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュ、マニュエル・タドロス、ジャック・ラヴァレー、アン・キャロン

公式サイト



▼映画『トム・アット・ザ・ファーム』予告編

[youtube:KDPAri0TYno]
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グザヴィエ・ドランが「世界一の映画音楽作曲家に」とG.ヤレドに依頼したサントラ http://www.webdice.jp/dice/detail/4457/ Wed, 29 Oct 2014 21:38:30 +0100
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より





先週土曜日(10月25日)から公開が始まったグザヴィエ・ドラン監督『トム・アット・ザ・ファーム』



かねてからドランは「音楽は観客との究極の対話」と語り、前3作(『マイマザー/青春の傷口』『胸騒ぎの恋人』『わたしはロランス』)にも音楽への並々ならぬこだわりがうかがえるが、初の原作をもとにしたサスペンスドラマである今作では、音楽面でも作曲家に依頼するという新たな試みを行なっている。



ドランの「できることなら、世界一の作曲家に依頼したい」という希望で、『勝手に逃げろ/人生』『ベティ・ブルー』『イングリッシュ・ペイシェント』をはじめ数多の映画音楽を手がける巨匠ガブリエル・ヤレドに託された。




連載第4回となる今回は、映画音楽専門家の馬場敏裕さんによる、ドラン作品の音楽に関する解説を掲載する。



連載第1回のドランによる原作との出会についてのテキストと、第2回のミシェル・マルク・ブシャールによる物語解説、第3回のカナダ文学専門家・佐藤アヤ子さんによる本作の舞台であるケベック州についてのテキストも、ぜひあわせてお読み下さい。












物語の意図を明確化したガブリエル・ヤレドのサウンド

文/馬場敏裕

(タワーレコード・オンライン サウンドトラック担当)



 『トム・アット・ザ・ファーム』は、グザヴィエ・ドランの監督作品で、初めて、サウンドトラック盤が発売された作品である。その点からも、それまでの三作品とは異なった、〈作品と自分の距離の取り方〉をドランが行った作品といえるが、大きな点で2 つ、ドランの新しい試みがある。

 ひとつは、それまでの、印象的な人生のあるシーンをコレクションして、人間模様の物語を紡ぐスタイルではなく、ひとりの青年が遭遇する恐るべき体験についてのみに絞ってストイックなストーリーテリングでドラマを進行させるという、ミステリー・サスペンスの語り口への挑戦であり、もう一点は、印象的な場面の中で、まるでそのシーンの登場人物たちの脳裏にも、同じ曲がかかっているに違いない、と思わせるほどのタイミングで、ポップス、ロックの名曲や、クラシックの一節が流れたりするスタイル、あの、一種ドラン映画のトレードマーク的なスタイルを抑制していることである。 



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より






 

 スペインのカルテット・レコーズから発売されたサウンドトラック盤のライナーノーツ中のドランの文面によると、当初、ラジオやバーでポップ・サウンドを流す以外のシーンには音楽は入れない考えだったようである。が、シーンをサスペンスフルに意味づける、〈ストリングスを中心としたスコア〉は、それが配置されることで、物語の興味は整理され、観客は〈青年が巻き込まれてしまった謎〉に集中して作品を追うことが可能になる、という役割をつとめている。この物語をどんなジャンルとして見てほしいか、というメッセージは、前半に用意された、サスペンス映画史に残る有名なシーンを想起させる箇所によって明示され、そこから、観客は、そのジャンルの映画として本作の世界にのめりこんでいくことを決心するのだ。

 さて、映画音楽にも関心深いファンは、今回の音楽を依頼されたガブリエル・ヤレドの名を聞いて、どの作品を思い出されるだろう。『ベティ・ブルー』か『カミーユ・クローデル』か。

 ドランは、この作品の次作『Mommy』で、今年(2014年)のカンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞したが、この時に同時受賞した監督がいる。ジャン=リュック・ゴダールである。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より ©Clara Palardy





 単なる縁だけではきっとないだろう、と思ったことがある。それは、ヤレドの映画音楽デビュー作こそが、唯一のゴダールとの仕事である『勝手に逃げろ/人生』である、ということだ。そこでは、ヤレドは、その後の自身の代表的な作風として認識される流麗なオーケストラのサウンドではなく、アヴァンギャルドで、メロディアスではないエレクトロを展開したのだった。

 先述のサントラのライナーにおいて、ドランは、ヤレドによる、今回の音楽的解釈として、「ロマンティック・パニック」という表現を使っている。すでに不在の男をめぐって、エスカレートした愛情が引き起こすパニック、それが今作と考えた場合、そのドラマはジャンルとしてありうるひとつのパターンである。ヤレドのフィルモグラフィを追う限り、そのドラマのパターンは、ヤレドの得意ジャンルであることに気づかされる。それが「ロマンティック・パニック」である。先述の『カミーユ・クローデル』『ベティ・ブルー』しかり、他の代表作と記憶される多くは、行き過ぎた愛が引き起こす悲劇の物語なのだ。ヤレドのサウンドによって、一層、この物語の意図は明確化されたといっていいだろう。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より




 ところで、ドランの選曲の妙は、前半で選曲された2 曲で楽しむことができる。冒頭、クルマを走らせながら、おそらく自身も口ずさんでいると思われる描写で流れるのは、1968年の映画『華麗なる賭け』の主題歌「風のささやき」(ミシェル・ルグラン作曲。歌唱はノエル・ハリソン)。オリジナルは英語詞だが、フランス語でカナダの女優カトリーヌ・フォルタンが歌っている。また、葬儀の際に流れるポップソングはロビン・ベックの1989年のヒット曲「ティアーズ・イン・ザ・レイン」。ケベックの男性シンガー、マリオ・ペルシャが歌っているが、こちらもオリジナルが英語のところをフランス語詞に換えている。

 前述の、登場人物の心の中で流れているようなポップソングの手法は、ラストで使われる。英語詞で、ルーファス・ウェインライト(※)の2007年のアルバム『リリース・ザ・スターズ』からの「ゴーイング・トゥ・ア・タウン」である。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より




 主人公の青年が、自分を見失わざるを得ない状況に陥っている時間には、ポップソングは流れない。ポップソングは、〈心のよりどころ〉としてラストで流れる。それは、〈監督としてのドラン〉の、今までにない〈サスペンスに満ちたエキサイティングな実験〉から、まさに〈わが街〉に戻った安堵とも取れるのだ。

 余談。ガブリエル・ヤレドの代表作『カミーユ・クローデル』が製作されたのは1988 年。翌年1989 年にグザヴィエ・ドランは生まれている。



※Rufus Wainwright:1973 年、米国ニューヨーク州生まれ。3歳の時、両親の離婚により母親とカナダのケベック州モントリオールに引っ越し、幼少時代を過ごす。米国とカナダの二重国籍を持つ。2012 年にドイツの芸術家ヨルン・ヴァイスブロットと同性結婚している。







映画『トム・アット・ザ・ファーム』

2014年10月24日(土)より全国順次公開



恋人のギョームを亡くし悲しみの中にいるトムは、葬儀に出席するために彼の故郷へ向かうが…。隠された過去、罪悪感と暴力、危ういバランスで保たれる関係、閉塞的な土地で静かに狂っていく日常。現代カナダ演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールの同名戯曲の映画化で、ケベック州の雄大な田園地帯を舞台に、一瞬たりとも目を離すことのできないテンションで描き切る、息の詰まるような愛のサイコ・サスペンス。



監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン

原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール

撮影:アンドレ・テュルパン

オリジナル楽曲:ガブリエル・ヤレド

出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュ、マニュエル・タドロス、ジャック・ラヴァレー、アン・キャロン

公式サイト



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映画『トム・アット・ザ・ファーム』



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

オリジナル・サウンドトラックCD



作曲:ガブリエル・ヤレド

発売日:2014/03/20
製造国:スペイン(輸入盤)

レーベル:Quartet Records

規格品番:QR144

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グザヴィエ・ドランの故郷、カナダの“フランス文化圏”ケベック州とは? http://www.webdice.jp/dice/detail/4449/ Thu, 23 Oct 2014 17:13:26 +0100
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より ©Clara Palardy





いよいよ明日10月25日(土)公開のグザヴィエ・ドラン監督『トム・アット・ザ・ファーム』。本作は、物語の舞台もさることながら、ドラン含め主要キャストとスタッフもカナダ・ケベック州出身の、まさに「メイド・イン・ケベック」映画。そこで特集連載第3回目となる今回は、フランス語が公用語とされているケベック州の歴史的背景、および本作の原作者である劇作家ミシェル・マルク・ブシャールについて、カナダ文学専門家の佐藤アヤ子さんに解説していただく。連載第1回のドランによる原作との出会についてのテキストと、第2回のミシェル・マルク・ブシャールによる物語解説も、ぜひあわせてお読み下さい。












ケベック州の歴史的背景と原作から見える社会構造

文/佐藤アヤ子(明治学院大学教授・日本カナダ文学会会長)



カナダには、英語とフランス語の二つの公用語がある。これは、カナダの歴史と大いに関係している。1534年、フランス王フランソワ1世の命で探検家のジャック・カルチエが、セントローレンス湾を横断してガスペ半島に上陸。そこに「フランス国王万歳」と彫り込んだ十字架を建て、この地をフランス領と宣言した。これが、北米におけるヌーヴェル・フランス(フランス植民地)の始まりである。以降、この地が北米におけるフランスの植民地活動の拠点となっていく。しかし、ヨーロッパ人の到来よりはるか数万年前にアジアからやってきた先来の、「First Nation」と呼ばれる先住民の存在がカナダ史にあることを忘れてはならない。



フランスがフランス植民地を建設していたころ、イギリスもまた北米大陸で勢力圏を拡大していた。1755~63年には、フレンチ・インディアン戦争が起きた。北アメリカ大陸の領土支配をめぐって,英仏両国がそれぞれの植民地と先住民をまきこんで戦った最後の英仏の植民地戦争である。イギリスが勝利し、1763年にはパリ条約が締結された。カナダにおけるフランス支配は終わりを告げた。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より




 

しかし、イギリス領ケベック植民地では、英国議会が制定したケベック法により、フランス民法典やローマ・カトリックの存続が認められ、フランス色が残った。このため、カナダは英語とフランス語を国の公用語としている。しかし、ケベック州では今日までフランス語が公用語となっている。



ケベック州は、経済基盤は農業中心であった。そして、植民地化された当初から、カトリック主義が極めて強い社会であった。「教会あってこその人生、神の教えあってこその生活」と言われるほど精神的支えはカトリック教会であった。そしてその教えは、「伝統の固守、内面生活の尊重、土地への愛着」となって、フランス系カナダ文化を深く支えることになった。



しかし、そのようなケベック社会の環境は、1960年から始まる「静かな革命」によって変革がもたらされた。中世的なカトリック教会の閉鎖的精神から抜け出し、現代につながるケベック社会の真の近代化である。「今や変化の時」をスローガンに、イギリス系市民と同等の権利・機会の実現、カトリック教会支配からの解放、教育相の設置による教育の近代化と民主化、電力会社の州有化、アメリカ資本・イギリス系資本からの自立等様々な変革を遂げることになった。本作の原作者である劇作家ミシェル・マルク・ブシャールも、この「静かな革命」の時代のエートスを反映した戯曲『孤児のミューズたち〔原題/ Les Muses Orphelines〕』(筆者の訳で彩流社より2004 年刊)を発表している。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より





ミシェル・マルク・ブシャールは1958 年、ケベック州サン・ジャン湖に近い小さな村の生まれ。オタワ大学で演劇を学び、これまでに25本以上の戯曲を書き、北米はもちろんのこと、ヨーロッパ、南アメリカ、日本、韓国などで上演され、翻訳出版されている。映画化された作品も多く、仏語系カナダを代表する劇作家として注目される。



『Les Feluettes, ou La répétition d'un drame romantique〔ユリのように汚れのない者たち、またはロマンティックなドラマの再演〕』(カナダ初演1987年)は、ホモセクシャルにテーマを得たブシャールの出世作。嫉妬と宗教と偏見によって悲しい結末を迎えた許されざる愛の物語で、国内外を問わず数々の賞を受賞。カナダ人監督ジョン・グレイソンにより『Lilies〔邦
題/百合の伝説 シモンとヴァリエ〕』というタイトルで映画化もされ、ブシャールの地位を不動のものとした。日本でも劇団「スタジオライフ」によって過去4回上演され、好評を博した。2009年には本劇公演に合わせてブシャールが初来日している。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より





『孤児のミューズたち』(カナダ初演1988年/日本公演2007年)は、1965年のブシャールの故郷が舞台。時代はまさに変化の時。社会改革がケベックで進行していた時代である。しかし、産業構造が変わり、生活様式も変わったとはいえ、旧態依然のカトリック教会中心の保守主義的意識は、相変わらず幅を利かせている。そんな人口数百人の小さな村で起こった母親の不倫とそれに続く出奔、父親の自爆的な戦死によって孤児になった四人の子供たち。そして彼らが見たものは……。〈嘘〉でかためられた過去が現在を侵食している。



〈嘘〉のテーマは『トム・アット・ザ・ファーム〔原題/Tom à la ferme〕』(カナダ初演2011年)にも踏襲されている。主人公トムが交通事故で死んだ元同僚で恋人の葬儀に出るために向かったところはケベック州の片田舎の農場。名は明かされていないが、保守的で孤立した地域である。そして時代は今。カナダでは同性婚が2005年に合法化されているというのに、今も同性愛は忌み嫌われる。〈嘘〉は原作者ブシャールの重要なテーマである。嘘と建前。しかし、嘘をつかなければ生きていけないという現実が見えてくる。同時に、人は嘘をついてもつききれない時がある。そんな時、真実が見えてくる。愛欲と残忍性、真実と念入りに描かれたフィクションが次第に融合していくところが、本作品の見せ場だろう。「心理スリラー劇」といわれる理由かもしれない。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より













映画『トム・アット・ザ・ファーム』

2014年10月24日(土)より全国順次公開



恋人のギョームを亡くし悲しみの中にいるトムは、葬儀に出席するために彼の故郷へ向かうが…。隠された過去、罪悪感と暴力、危ういバランスで保たれる関係、閉塞的な土地で静かに狂っていく日常。現代カナダ演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールの同名戯曲の映画化で、ケベック州の雄大な田園地帯を舞台に、一瞬たりとも目を離すことのできないテンションで描き切る、息の詰まるような愛のサイコ・サスペンス。



監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン

原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール

撮影:アンドレ・テュルパン

オリジナル楽曲:ガブリエル・ヤレド

出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュ、マニュエル・タドロス、ジャック・ラヴァレー、アン・キャロン

公式サイト



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映画『トム・アット・ザ・ファーム』
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共犯者グザヴィエ・ドランとの企てを『トム・アット・ザ・ファーム』原作者が語る http://www.webdice.jp/dice/detail/4446/ Tue, 21 Oct 2014 11:34:21 +0100
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より





いよいよ今週土曜日(10月25日)に公開が迫ったグザヴィエ・ドラン監督『トム・アット・ザ・ファーム』。本作の特集連載第2回目となる今回は、原作者ミシェル・マルク・ブシャールによる物語の解説、ドランとの出会い、そしてドランとの脚本執筆の過程についてのエッセイを掲載する。ミシェル・マルク・ブシャールは、これまでにも『百合の伝説 シモンとヴァリエ』をはじめ数多の戯曲が映画化されている、ドランと同じケベック州出身の現代カナダを代表する劇作家である。連載第1回の、ドランによる原作との出会についてのテキストと、ぜひあわせてお読み下さい。












そう、彼らは愛し方を学ぶ前に、嘘のつき方を覚える。

文/ミシェル・マルク・ブシャール



初恋の男を交通事故で失ったトムは、片田舎の見知らぬ人々を訪ねる。亡くなった恋人の家族だ。それまで不幸など味わったことのなかった彼が、その殺風景な自然のなか、うわべだけの真実でできた物語へと身を投じる。



恋人、同僚、息子、兄弟……。名もなきこの死者はひとつの作り話を遺産として残した。十代の頃の彼の日記によれば、それは彼が生き残るために必要不可欠なものだったという。こんなお話だ。かつてその片田舎で、ある日ひとりの若者が、別の若者を愛していたある若者の人生をめちゃくちゃにした。古代悲劇のようにして、この物語は何年ものちにトムの無垢な運命を襲いにやってくる。生きる指標を失い、深い悲しみに沈む彼にとって、嘘は真実となり、衝撃となり、殴られた青あざとなり、またやさしい愛撫となる。



誰かを失うこと。それは1本の糸が切れること。私たちを誰かにつなぎ止めていた糸。だがその人はもういない。トムの人生の切れ端、また死者の母の人生の切れ端、死者の兄の人生の切れ端は、本能的に別のなにかに、つまり別の切れ端に結びつくよう求める。どうやって結びつくかは重要ではない。空虚を埋めねばならないのだ。他者とは必然的に、もうそこにはいない人を指すことになる。つまり兄にとっての弟であり、母にとっての息子であり、トムにとっての恋人だ。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より




人生における青春時代の特徴とは、子供の人格から大人の人格への発展にある。それはまず性的な成熟から始まり、社会的な成熟で終わりを迎える。まさに個の実存にとって決定的なこの時期、“普通であること”の強制がもっとも激烈にマージナルな存在たちを襲いにやってくる。



来る日も来る日も若き同性愛者たちは、学校の廊下で、自宅で、職場で、攻撃を受ける。都市だろうが田舎だろうが同じだ。来る日も来る日もその若者たちは、罵られ、排除され、犯され、馬鹿にされ、侮辱され、傷つけられ、殴り倒され、物を盗まれ、汚され、孤独に追いやられ、脅され、愚弄される。うまく乗り切る者もいれば、そうでない者もいる。まやかしの人生をうまく手に入れる者もいれば、見せ物の動物になる者もいる。



tom44

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より




いまどき同性愛者たちへの憎しみなんて存在しないと、そう信じたがる人々もいるが、そんなことはないのだ。そしてその中には、もうそれについて聴くのに飽き飽きした人々や、メディアの報道を見れば「どうせ他人事だ」と考えるような、そんな人々もいる。東ヨーロッパやアフリカで起きた最近の事件は、この世界におけるLGBT(訳注:レズビアン、ゲイ、バイ・セクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を取った、セクシュアル・マイノリティを指す単語)の悲劇的な現実を改めて思い出させる。いまでも80以上の国が彼らのことを犯罪者扱いしているのだ。



そう、彼らは愛し方を学ぶ前に、嘘のつき方を覚える。けなげな嘘つきたち。まさにそんな事実を前にして、私は『トム・アット・ザ・ファーム』を書かねばならないと考えた。ある日ひとりの若者が、殴られ、拒絶されるのを避けるために、自分の家族に嘘をつき、女性との嘘の恋愛関係をでっち上げた。そしてそのごまかしを悟られないまま死んでしまい、最後の恋人に嘘を引き継がせた。



私はこの戯曲に合うタイトルをずっと探していた。『複製のでっちあげ』『死者のフィアンセ』『コヨーテの森』『嘘の美しさ』『未亡人という少年』。結局は『トム・アット・ザ・ファーム』になった。牧歌的で善良な少年を思わせるタイトルだが、戯曲を読めばわかるように、あくまでもそれはうわべだけだ。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より






2011年冬、モントリオールでの『トム・アット・ザ・ファーム』舞台公演のときだった。グザヴィエ・ドランが私に近づいてきて、この戯曲を映画化したいと言ったのは。やると決めたときの彼の意志の強さと迅速さは見事なものだ。彼は単刀直入にこう断言した。「僕はこの戯曲を映画化する!」



彼の映画はデビュー作から知っていた。その激しい感情のほとばしり、その語りの才能、その美学と形式の探求に、私は魅了されていた。デビュー作『マイ・マザー』(2009)には心を奪われた。強烈な印象を与える作品だ。だから自分の作品がこのスケールの大きな、飛ぶ鳥を落とす勢いの若きアーティストと共鳴したことに、とても心打たれた。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より




すぐさま、2人でやり取りしながら共同で脚本を書こうと話し合った。どちらが書いたものであれ、脚本が進むごとにその都度、2人で作業をした。舞台から映画への移行の際に重要な事柄に関して、私たちの意見は一致していた。まず物語を大きく章立てした。モノローグ、説明的な語り、傍白、言い返しや会話といった、いかにも演劇的で、戯曲の言語に特有のものに関しては、捨てることにした。トムは心情や出来事の注釈を語るのを禁じられることで、より沈黙が多く、より観察者としての色合いが強い登場人物になった。



私たちはトムをつねに前面に置き、この物語の特権的な証言者に仕立てようと決めた。そのため、戯曲のなかで彼がいないシーンは削除した。舞台では物語の筋が大きく12シーンに分けられているが、映画では100以上になっている。そして農場、特にその孤立した様子そのものがひとつの登場人物になるはずだと、私たちは考えた。もちろんこうした作業ではどちらかの妥協が必要な場合もある。たとえばラスト。戯曲のラストに比べて、映画のラストにはずっと大きな希望が託されている。



日本の皆さん。私の友人であり共犯者であるグザヴィエ・ドランの、映画版『トム・アット・ザ・ファーム』に皆さんが触れることは、私にとって本当に大きな喜びです。気楽な作品ではありません。タフな作品です。しかしこれは、いま私たちに必要な作品なのです。














ミシェル・マルク・ブシャール MICHEL MARC BOUCHARD



Michel Marc Bouchard

©Julie Perreault


1958年、カナダのケベック州サグネ・ラク・サン・ジャン生まれ。現代カナダ演劇界を代表する劇作家。オンタリオ州のオタワ大学で演劇を学び、卒業後、舞台俳優および劇作家として活躍しはじめる。1987年に発表した戯曲『Les Feluettes, ou La répétition d'un drameromantique』でモントリオール・ジャーナル賞、文学サークル優秀賞を受賞。その英語版『Lilies』でドラ・メイヴァー・ムーア賞とシャルマー賞を受賞。彼の代表作となったこの戯曲は多数の言語に翻訳され、日本でも劇団スタジオライフにより『Lilies』として上演されており、1996 年には彼自身が脚本を担当しジョン・グレイソン監督によって映画化された(邦題『百合の伝説 シモンとヴァリエ』)。1989~1991年、オタワのトリリアム劇場の芸術監督を務める。1992年、オタワ大学とケベック大学の教授に就任。2012年、ケベック国家勲章を授与された。戯曲『Tom à la ferme』も米国ラムダ文学賞ほか数々の賞に輝いている。










映画『トム・アット・ザ・ファーム』

2014年10月24日(土)より全国順次公開



恋人のギョームを亡くし悲しみの中にいるトムは、葬儀に出席するために彼の故郷へ向かうが…。隠された過去、罪悪感と暴力、危ういバランスで保たれる関係、閉塞的な土地で静かに狂っていく日常。現代カナダ演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールの同名戯曲の映画化で、ケベック州の雄大な田園地帯を舞台に、一瞬たりとも目を離すことのできないテンションで描き切る、息の詰まるような愛のサイコ・サスペンス。



監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン

原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール

撮影:アンドレ・テュルパン

オリジナル楽曲:ガブリエル・ヤレド

出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュ、マニュエル・タドロス、ジャック・ラヴァレー、アン・キャロン

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男たちの関係は残忍で美しい、ドランが語る『トム・アット・ザ・ファーム』 http://www.webdice.jp/dice/detail/4439/ Fri, 17 Oct 2014 12:08:22 +0100
グザヴィエ・ドラン ©Shayne Laverdiere




グザヴィエ・ドラン監督作品、映画『トム・アット・ザ・ファーム』が2014年10月25日(土)に公開される。



『わたしはロランス』の日本公開で一気に映画ファンの注目を集め、2014年5月に開催された第67回カンヌ国際映画祭では、最新作『Mommy(原題)』がJ.L.ゴダールの作品と共にコンペティション部門の審査員賞に選ばれた、弱冠25歳の美しき天才ドランの監督&主演作である。



10年にわたるメロドラマ『わたしはロランス』とは打って変わり、現代カナダ演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールによる同名戯曲の映画化で、ドランが初めて挑んだサイコ・サスペンスだ。



webDICEでは、いよいよ公開が迫った本作の特集連載をスタート!第1回は、原作との出会いと映画化の経緯についてドラン自身が綴ったテキストを掲載する。














僕が映画化する、と『ブリタニキュス』の皇帝ネロンのような謙虚さで僕は答えた

文/グザヴィエ・ドラン



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より ©Clara Palardy




はからずも"かなわぬ愛"というテーマで『マイ・マザー』(2009)、『胸騒ぎの恋人』(2010)、『わたしはロランス』(2012)という三部作を作ってしまったため、撮る映画の方向性を変える必要があった。映画にできそうなアイデアはいくつか持っていた。机の引き出しには、雑誌で宣伝文句に使われそうなコピーやセリフを思いつくまま書きなぐったポストイットやナプキンが、山のように入っているからだ。



方向性を変えるという意味では政治スリラーというアイデア(※後に『The Death and Life of John F. Donovan』というタイトルで脚本化し2015年製作予定)もあったが、この時は込み入ったストーリーの脚本を書く日程的な余裕がなかった。それで、ちょうど『わたしはロランス』の撮影準備をしていた2011年初頭に観に行った、『Tom à la ferme』という芝居を思い出した。



その夜、舞台ではリズ・ロワが──彼女は映画でも同じ役を演じてもらうことになった── 長い間、耐え忍んできた母親の独白の場面を演じた。母親のパスタサラダは評判がいい。だが、息子の葬儀から帰ってくると、彼女は用意してあったパスタサラダをゴミ箱に投げ捨て、長年、彼女にパスタサラダを作らせてきた者たちへの怒りを爆発させる。農場のこと以外、何も知ることなく生きてきた女性の深い悲しみが表れていた。亡き夫や息子との上辺だけの抱擁を思い出しては、泥道を見ては空しさを感じ、さらに悲しみが深まる。このシーンは、皮肉にもあまりに演劇的だったので、映画には入れられなかった。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より ©Clara Palardy





遠回しで描かれた母親の嘆きが心に突き刺さって、車を運転して家に帰る気になれなかった。戯曲を書いたミシェル・マルク・ブシャールは、訪問者と受け入れる側の双方の視点を見事に描いていた。その一方で、都会VS 田舎という、ありがちな優劣構造を避けていた。2人の男性主人公の関係の残忍性が、舞台ではエレガントで美しく、その暴力的な荒々しさを映画でどう表現するかイメージできた。さまざまな感情を引き起こす戯曲だったが、そこで描かれていた恐怖や不安といった感情は映画表現に向いていると思ったし、その斬新さはまさに自分が求めていたものだった。



映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より ©Clara Palardy





舞台が終わり、タバコの煙が立ちこめる劇場入り口のひさしの下で、僕はミシェル・マルクに聞いた。「この演劇を誰が映画にするんだい?」と。すると彼はこう答えた。「そんな話はないよ。なぜだい?誰か当てでもあるのかい?」「あるよ、僕さ」と、『ブリタニキュス』の皇帝ネロンのような謙虚さで僕は答えた。



とにかく、こうして本作は始まった。




映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』より ©Clara Palardy












グザヴィエ・ドラン XAVIER DOLAN



1989年モントリオール生まれ。6歳で子役デビュー。19歳で撮った初監督作品『マイ・マザー』(2009年)、第2作目の『胸騒ぎの恋人』(2010年)、第3作目の『わたしはロランス』(2012年)が、いずれもカンヌ国際映画祭に正式出品されるという快挙を成し遂げた。第4作目となる本作で、2013年のベネチア国際映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞し、多数の批評家から「ドランの最高傑作」と評された。続く第5作目となる『Mommy(原題)』は、2014年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門で、ジャン=リュック・ゴダール監督『Adieu au langage(原題)』と共に審査員特別賞を受賞した。自身の監督作品以外で俳優として出演している映画には、パスカル・ロジェ監督のスプラッター『マーターズ』、2015年に日本公開が決定しているチャールズ・ビナメ監督のスリラー『エレファント・ソング/Elephant Song』などがある。また、マシュー・ヴォーン監督『キック・アス』のデイヴ・リゼウスキ役、アン・リー監督『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』のパイ・パテル役など、映画のフランス語吹替版の声優も数多く務めている。現在は、初の英語作品となる長編第6作目『The Death and Life of John F. Donovan(原題)』の脚本を書き終え、ジェシカ・チャスティン出演で2015年に製作予定である。










映画『トム・アット・ザ・ファーム』

2014年10月24日(土)より全国順次公開



恋人のギョームを亡くし悲しみの中にいるトムは、葬儀に出席するために彼の故郷へ向かうが…。隠された過去、罪悪感と暴力、危ういバランスで保たれる関係、閉塞的な土地で静かに狂っていく日常。現代カナダ演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールの同名戯曲の映画化で、ケベック州の雄大な田園地帯を舞台に、一瞬たりとも目を離すことのできないテンションで描き切る、息の詰まるような愛のサイコ・サスペンス。



監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン

原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール

撮影:アンドレ・テュルパン

オリジナル楽曲:ガブリエル・ヤレド

出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュ、マニュエル・タドロス、ジャック・ラヴァレー、アン・キャロン

公式サイト





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映画『トム・アット・ザ・ファーム』














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