webDICE 連載『特集:パティ・スミス『ジャスト・キッズ』『無垢の予兆』』 webDICE さんの新着日記 http://www.webdice.jp/dice/series/43 Mon, 16 Dec 2024 20:33:08 +0100 FeedCreator 1.7.2-ppt (info@mypapit.net) 「彼女の詩を現実として感じることができた」パティ・スミス被災地仙台、念願の広島公演を富永よしえが追う http://www.webdice.jp/dice/detail/3798/ Sun, 24 Feb 2013 15:27:39 +0100
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2012年、ニューアルバム『バンガ』そして初の自叙伝『ジャスト・キッズ』と詩集『無垢の予兆』をリリースしたパティ・スミスが、単独公演としては10年ぶりの日本ツアーを行った。2013年1月22日から1月31日まで全8公演、そのなかには震災後の仙台、そしてかねてから訪れたかったという広島公演が含まれていた。今回は、彼女を撮り続けてきた写真家・富永よしえによるレポートをお届けする。











この冬は全くといっていいほど寒いと思わなかった。なぜならパティ・スミスと彼女のバンドが日本にきてくれたからだった。昨年のクリスマスは日本語で出版された『ジャスト・キッズ』を読みふけり、『無垢の予兆』はツアーを同行させてもらっている間に詩を吟味しながら読ませていただいた。同行している最中には彼女の詩の場面がたびたび現実として感じることができ、ポートレートを撮影している時、ロバート・メイプルソープが撮ったパティのシャッターチャンスを感じることができる。私はロバートがパティを撮影した写真の数々が大好きだから、彼女のポートレートを撮影する時は夢心地である。と同時に、恐れ多いが、それをも追いつかねばというアーティストとしての使命感がある。だから、プレッシャーを持ち、心身燃やされる撮影はこの上ない喜びである。

偉大なアーティスト、パティ・スミスとロバート・メイプルソープに感謝と愛を込めて。



2013年1月22日/仙台 Rensa



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仙台から始まるツアー、それはパティが望んだことで、早朝に東京を発ち被災地に足を運び、祈りを捧げた。その後リハーサルと地元の取材を済ませ、募金を始める前に、ライブ会場に来場した福島県児童養護施設青葉学園の先生に寄付を行った。






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一息つく間もなく、ステージ直前のパティとメンバー。



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無二の親友、レニー・ケイ。40年以上彼がパティを支える寛容と守護は天使のようだ。
来日してくれるたびに、パティと同様レニーの姿を見るのは嬉しい。









2013年1月23、24日/渋谷AX、オーチャードホール



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パティ・スミスとバンドにオフィシャル・フォトグラファーとしてシャッターを押さねばならない日だったが、ライブ中盤ほどで不覚にも涙が止まらなくなった。私だけではなくライブ中に泣いている人は何人も見かけながら、「夢ではない」と現実を感じるためシャッターを心魂込めて押し続けた。人生をたくましく生きぬいてきた、おおらかで真摯なパティの声は、心の扉の鍵をいつでも開けてしまう。パティとメンバーが奏でる音は人を喜ばせ、自身と向き合わせ、その人を目覚めさせている。




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東日本大震災チャリティは、各コンサート会場で集められ、震災で親を亡くした子供たちがいる、福島の児童擁護施設・青葉学園へ直接渡される。写真は寄付をして抽選でドラムカバーが当ったファン。ドラムカバーにはメンバーのサイン、アルバムタイトル『BANGA』と『絆』と書かれている。チャリティの制作は全て、ツアーマネジャーのパートナーであり今回のツアーを支えてくれていた、ユキさんの手によるもの。





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ファンからの贈り物、「パティ、東京に来てくれてありがとう」のメッセージ付きのケーキと黒沢明監督の『乱』のサントラ。






2013年1月30日/広島記念公園 広島クラブクアトロ



仙台から始まったひとつの旅が終わろうとしている。

パティをはじめとするメンバーがホテルから5分ほどの、広島平和記念公園に向かって歩いていく。そう、それは彼女が幼い頃にお父様に聞かされた、人間性を犯した大罪、原爆が落とされた広島だった。2002年にパティがフジロックのフィールド・オブ・ヘブンで朗読の前に「広島と長崎の原爆投下」、そして「先祖にかわって謝ります、深く謝ります」というその一言で私達の張りつめていた心は砕け散り、観衆の中からすすり声があちらこちらから聞こえるほどだった。アメリカの人からこんなにも真っすぐに謝られたことはなかったと思った。私はあの時ほど日本人であることを感じた時がなかった。

あれから10年が経ち「平和の道」と名付けられた通りに私達は立っていた、憐れみの念を持ち「正義」に辿り着いた瞬間だった。公園の奥、原爆ドームに着くとパティは慰霊碑にひざまずき頭を下げ、亡くなられたお父様の約束のお祈りを捧げた。その彼女の誠実な姿を見た時、2002年と同じく私の目から涙がこぼれ落ちた。





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以前の来日でお父様について話をしてくれたことを思い出した。「父は日本への懺悔の気持ち、日本の人達が町や人を失った後、立ち上がり、町を立て直し、さらに新しい文化を創ってきたことへの敬意を語った。人生はどんな試練があっても、自分を奮い立たせて生き続けなくてはならない。日本の人達の力は偉大で、私の人生の手本になっているのよ」。

日本という小さな島国で天災や人災の不安や恐怖を乗り越え生きていられるのは、勤勉な気質からだろうか、現在も東日本大震災での津波、原発爆発と地球規模の問題がまたもや課された。パティ・スミスは「日本人は、真実を世界中で話し合い、立ち上がり、〈平和の道〉を先導し進まなければならない」と、この来日の取材で言っていた。





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私にとってこの旅は、日本人としての生き方をあらためて考え、目覚めた過程だった。

パティといると「自分が何者か」と覚醒していく、アーティストというのはこのような人のことを言うのだなと心底思う。それは彼女が自己の人生に忠実で、それを臆せず話すからだろう。だからこそ、真実が永遠に光輝き、亡き夫フレッドともに作った 「People have the Power」という言葉は世界中の観衆の心に刻み込まれ、人々に伝わっているのだろう。これからもきっと永遠に。






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新しい年が明けた間もない寒い季節の日本に、2冊の本の出版とツアーをした66歳のアーティスト、パティ・スミスの多大なエネルギーは私達を心身熱くし驚嘆させた。来日でたくさんの取材を受けていた話の中で一番に心に残ったのは、



「人生のもっとも美しい瞬間は耐えたとき、そしてその結果、そこからでられたときなんです」(webDICEより)。



それは青虫が蝶々の変貌を成し遂げた時の一瞬を彷彿させ、何時も試練に乗越えていけそうな心強い話だった。

そして同行させてもらった情景を思い出しながら、頭の中に言葉が浮び上がってきた。


 

バンザイ

バンザイ

書くのがよい

そして死ぬのが

千の祈りと

思い出が

土器深くにしまわれる

わたしたちはその壷を

棚から引っ張り出し

わたしたち自身の

別れの酒を飲む

そして王となるか

浮浪者となるか

葦はいまだ葉を鳴らし

心は今も鼻歌を歌う




──「書く者の歌」(『無垢の予兆』収録)より



広島のライブ終了後、5分程のホテルまでパティと私達は歩いて帰った。月光りのなか立ち止まり、夜空を見上げるパティ。ライカでシャッターを押した。写ろうが写ってなかろうが構わなかった、ただただシャッターを押したかった。それからパティは鼻歌を歌いながら歩き始めた。





(写真・文:富永よしえ)








富永よしえ プロフィール



1968年生まれ。2000年、ROCKET「Yoshie Tominaga Photograph Work」写真展、写真集出版。2002年、FUJI ROCK FESTIVALにパティ・スミスが出演した際、彼女から唯一撮影を許可される。2003年、PARCOギャラリー「Patti Smith」展参加。2008年、Undercover Paris Collection Documentary『The Shepherd『出版。2009年、THCギャラリー「Patti Smith / Scene of Life」展参加。2013年、 Blankey Jet City『break on through』出版。

http://www.femme-de.com/artists/tominagayoshie/index.html











【関連記事】

パティ・スミスとロバート・メイプルソープ、街に抱かれた「ただの子供」たちのイノセントな栄光

パティ・スミス初の自叙伝『ジャスト・キッズ』湯山玲子、小野島大、山崎まどか各氏によるブックレビュー(2012.12.30)

http://www.webdice.jp/dice/detail/3742/



原発事故の真実を明らかにすれば日本は変革をリードしていくことができる

初の自叙伝『ジャスト・キッズ』を刊行、来日したパティ・スミスが語る震災と原爆(2013.1.29)

http://www.webdice.jp/dice/detail/3774/



ロバートは10代で自分のアートを見出したけれど、私は66歳でいまだに探し続けています

『ジャスト・キッズ』『無垢の予兆』パティ・スミスインタビュー(2013.2.1)

http://www.webdice.jp/dice/detail/3778/














『ジャスト・キッズ』

著:パティ スミス



ニューヨークを舞台に

写真家ロバート・メイプルソープとの

出会いから別れまでの20年を綴った、

パティ・スミスによる青春回想録。



発売中

翻訳:にむらじゅんこ、小林 薫

ISBN:978-4309909707

価格:2,499円

版型:192×136ミリ

ページ:472ページ

発行:アップリンク

発売:河出書房新社











『無垢の予兆』パティ・スミス詩集



亡き夫や、弟妹たちなど、

愛する者たちへ向けた、

やわらかなまなざしに満ちた詩の数々。

1980年代から2007年までに書かれた28篇を収録。




発売中

翻訳:東 玲子

ISBN:978-4309909714

価格:2,000円

版型:218×138ミリ

ページ:160ページ

発行:アップリンク

発売:河出書房新社







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アップリンク パティ・スミス 公式ページ http://www.uplink.co.jp/pattismith/

















最新アルバム『バンガ』



発売中

12曲収録/歌詞・対訳付き

SICP-3562

2,520円(税込)

ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル



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原発事故の真実を明らかにすれば日本は変革をリードしていくことができる http://www.webdice.jp/dice/detail/3774/ Mon, 28 Jan 2013 15:39:57 +0100
初の自叙伝『ジャスト・キッズ』を日本で刊行したパティ・スミス (c)yoshie tominaga


60年代から70年代にかけてのニューヨークを中心にしたカルチャー・シーンの重要人物であり、現在に至るまで数多くのクリエイターからリスペクトを寄せられているパティ・スミスが現在来日中。初の仙台・広島公演を含むライヴツアーを敢行中の彼女が、TBS「報道特集」キャスターの金平茂紀氏のインタビューに答えた。昨年日本語版が刊行された初の自叙伝『ジャスト・キッズ』について、そして東日本大震災被災地への思いや、原発、原爆、ウォール街デモについて、忌憚なく語った。




震災と原発事故は日本だけでなく、地球規模の問題です




──今回で来日は何回目ですか?



5回目かしら。FUJI ROCK FESTIVALに数回出演していますし、日本でツアーを行ったこともあります。映画『ドリーム・オブ・ライフ』のために訪れたこともあります。今回の来日は特別で、仙台、広島など初めての場所を訪れるので、とても楽しみにしています。



──今回の日本ツアーは、仙台からスタートするそうですが、仙台を選んだ理由は?



東日本大震災の被災者のためにライヴをしたいと思いましたし、人があまり足を向けない場所を訪れたいと思ったからです。被災した皆さんとお会いし、学校や、子供たちのために、集めたお金を寄付したいと思っています。自分が暮らす町が破壊された方々が今どんな暮らしをしているのかを理解するのは、とても大切なことだと思います。



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パティ・スミスと金平茂紀氏 (c)yoshie tominaga



──私は記者として、被災地を訪れ取材をしましたが、信じがたいほどひどい状態でした。今も、大変苦労されています。



ええ。だからこそ、自分の目で見てみたいんです。実際に被災地を訪れて思いを届けたいんです。私が訪れたところで、何かが変わるわけではありませんが、少なくても、街のみなさんを励ましたいと思っています。



──私たちは、あの震災を3.11と呼んでいます。アメリカの人々が、9月11日に起きた同時多発テロを9.11と呼んでいるのと同じです。ニューヨークの方々は、東日本大震災について、どのような思いを抱いているのでしょうか?



ニューヨークの人々も、震災のことを、とても気にかけています。そして、今なお放射能汚染や土壌汚染の被害で苦しんでいる人たちがいるのではと心配しています。こうした災害が起きた時は、国際社会全体で問題の解決に取り組むべきだと思います。これは、日本だけでなく、地球規模の問題です。一つの災害から教訓を学び、協力しながら克服するべきです。みんな、いかにひどい震災だったか、そして、今なお苦しんでいる人がいることも、震災の後遺症がいかに深刻なものかも、よく理解しています。



昨年10月にニューヨーク州、ニュージャージー州、ペンシルバニア州フィラデルフィアを襲ったハリケーンは、各地に深刻な被害をもたらしました。私が暮らす街、また沿岸の街の状況から、自然災害がいかに深刻な被害をもたらすかは、よく理解しています。



日本で起きた震災による被害がいかに深刻なものが、想像するだけで胸が痛みます。ですから、ぜひ日本に来たかったのです。日本を訪れ、みなさんからお話を聞き、みなさんのことを気にかけていることを伝えたかったのです。




アメリカが犯してきた罪は重い



──あなたのニューアルバム『バンガ』には、「フジサン」という歌が収録されています。富士山に、日本の復興を願う気持ちを込めたと伺っていますが、日本人にどのようなメッセージを伝えたいのでしょうか?特に、被災して今も苦しんでいる人たちには、何を伝えたいですか?



原発の危険性について、日本人だけでなく、世界中の人々に伝えたい。原発がどこに建設されているのか、災害が起きた時、除染作業がいかに困難で、人々にどんな影響を与えるかを、しっかり理解してもらいたい。それに、自然を敬い、大切にする気持ちを忘れないで欲しいと思います。私たち人間の暮らしが、川や、海、大気を汚染し、動物や植物など、様々な生物の命を奪っていることを自覚して欲しい。私たちに与えられた美しい地球を破壊しているのです。だから日本での震災は、ひとつの教訓です。自然災害は、人々の命を奪い、家を奪うだけでなく、土壌を汚染し、そこで育てた穀物をだめにしてしまう。家畜も処分しなければなりません。そうしたことを伝えたくて、私は「フジサン」という歌を作りました。富士山に、その麓で暮らす人々を見守って欲しい、と願いを込めました。そして、人々には、自然保護への意識を高めて欲しいと願いを込めました。いつか、自然から、しっぺ返しをもらわないようにね。自然は、今回のように、時として私たちに猛威をふるうことがあります。



──福島第一原発での事故は、原子力エネルギー開発史上、もっとも深刻な事故となりました。しかし、原子力発電の技術は、もともとアメリカから運び込まれたものです。



ええ。分かっています。アメリカは、日本に随分とひどいことをしているわね。日本は、すでに十分苦しんでいます。私が生まれる前、アメリカは広島と長崎に原爆を落としました。アメリカが日本に対して行ったことの中で、最もひどいことだと思います。日本は、被爆体験など核開発の歴史において、最も辛い思いをしてきました。震災後の原発事故で再び苦しむことになるなんて、悲しいことです。私たちは、新しい技術の開発に取り組む中で、自然とのバランスをないがしろにし、環境を破壊してきました。その意味で、私の祖国アメリカが犯してきた罪は重いと思います。私は、そのことを、心から恥じています。今、環境汚染について、世界中の人々が理解を深めることが求められています。中国での環境汚染は、深刻です。ジャカールで起きた洪水は、河川での汚染が深刻で、川の流れが滞ったのが原因でした。私たちは、目を覚まさなければなりません。




──ソングライターとして、3月11日の震災によって、どのような影響を受けましたか?
震災によって、何か影響を受けましたか?9月11日のテロの後すぐ、あなたは、あの事件から大きな影響を受け「twin death」という詩を書きましたね。あの詩を読んで、とても感動しました。



ですから、3月11日のすぐ後に「フジサン」を書いたんです。震災そのものについては、私自身はその場にいなかったのですから、歌詞を書けないと思いました。実際に経験していないことについて書くべきではないと思ったのです。でも、何かせずにはいられず、祈りの気持ちを歌にしました。「フジサン」はロックによる祈りです。富士山に、日本の人々を守って欲しいと祈る歌です。あの歌が、私の震災に対する思いです。




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渋谷AX公演より (c)yoshie tominaga





──私は、歌や詩、本などの文化が持つ力を信じています。しかし、こうした大災害に対して、音楽は無力だという人たちもいます。そうした声に対するあなたの意見は?



あの歌によって何かが変わることを期待しているわけではありません。政治的なメッセージを込めた歌でもありません。単なる祈りの歌です。私は、これまで様々な問題に対して、自分の意見を訴えてきました。原発事故による被害について訴えるなど、他にも私にはできることがあります。ですが、先ほど話したように、自然を敬う気持ちを持っていますので、今回は、素朴な祈りの気持ちを歌にしました。実際に経験していない出来事でも、私が感じている悲しみは、本物です。ですから、自分の気持ちをシンプルな形で表現したのです。ライヴで歌うと、力強い曲だと実感します。



私たちに求められているのは、新たな革命




──数年前、私はワシントンDCに滞在していました。ブッシュ政権の時でしたが、アメリカはイラクに対して戦争を始めました。その時、ワシントンDCでは、大規模な反戦デモが起きました。



私もデモに参加しました。



──ええ。あなたはあの時、歌を歌いましたね。



「ピープル・ハヴ・ザ・パワー」です。



──私は、あの歌からとても刺激を受けましたし、実際、市民の力を感じました。あの時はブッシュ、今はオバマ政権ですが、今でもなお……。



私たち市民には、力があると信じています。しかし、人類の歴史を振り返ると、政府、軍、企業などの力があまりにも巨大で、私たちは、彼らの前には無力だと思ってしまうことがあるのです。今後、私たちがやるべきことは……数千人規模のデモでは、不十分です。私たちは、世界規模で声を上げなければなりません。1万人が原発に反対するデモをしても、十分とはいえません。1,000万人規模のデモが必要です。



世界は、今、大きな危険にさらされています。気候変動、水質汚染、大気汚染、癌に冒される子供たちの増加、それらは、すべて事実です。そうした状況を変えるには、世界中の人々が手をたずさえて解決に取り組むべきですし、多くの犠牲も受け入れる覚悟が必要です。特に物質面では、その必要があります。たとえば私が『ジャスト・キッズ』の中で描いたのは、貧しくて、ほとんど何も持っていないけれど、仕事への高い意識を持っている若者の姿。アーティストを目指し、世の中を変えたいと思っている。今、私たちに求められているのは、新たな革命。技術革新、ネット革命などはすでに実現しましたが、もっとシンプルに生きるための革命が必要です。私たちの身の回りには、素晴らしいものがあふれていますが、本当に必要なのは何なのかを考え直すことが、今求められています。




高い技術ではなく、きれいな水、きれいな空気、安全な食べ物、自由、創造力、病から身を守る術が必要。そうしたことを、もっと多くの人々が理解するようになります。億万長者になったり、有名になっても、大気汚染などにより癌などの病気におかされたら、何の意味もありません。今こそ、基本に戻るべき、自然に返るべきです。そんな思いを込めて、「フジサン」を書きました。富士山は、自然がつくり上げた、とても清らかで美しい山ですから。




大切なのは物質的なものではなく、

志、行動、そしてエネルギー



──『ジャスト・キッズ』の話をしましょう。日本語版も、昨年の12月に発売になりました。



ええ。とても楽しみにしていたんです。



──非常に興味深い本でした。もちろん、英語で書かれたオリジナル版も読みましたが、正直、日本語版のほうが素晴らしかったです。



あなたのような感想を頂けて嬉しいわ。翻訳者が良い仕事をしてくれたのね。優秀な翻訳者は、作者のメッセージを、しっかりと伝えてくれる。



──デリアという少女が、ロバート・メイプルソープさんの遺品だった机の前にいる写真が、とても興味深かったです。これは、最初のハードカバー版にはなかったんですよね?



ええ。私がこの本を書き上げた後の出来事でしたから。この本の中でロバートの机に関する話を書いたのは、とても悲しく思ったから。机が、結局どうなったのか、気になったんです。ある少女がこの本を読んでくれたのですが、彼女の母親が、競売で、この遺品の机を買ったんです。そして、少女の母親が買ってくれたその机が、私の本に登場することに気がついたんです。それで母親も私の本を読んで、私に連絡をくれました。その少女が、私が子供の時と同じように、ロバートの机で書き物をしているのだと思うと嬉しかったです。




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『ジャスト・キッズ』より © 2010 Lynn Goldsmith. Used with permission.


──すてきなお話だと思います。私は、この本を読んで、ノルタルジックになりました。60年代後半から70年代初めが舞台ですからね。私は、今年59歳になります。




あなたなんて、まだまだ赤ん坊よ。私なんか66歳よ。



──私はあなたより6歳年下ですが、日本という東アジアにある小さな島国でも、文化的、政治的、そして社会的に、とてもエキサイティングな時代でした。



だから私も、この本が、何らかの形で若い人たちの役に立つことを願っています。60年代後半、私たちは何も持っていませんでした。お金もほとんど持っていませんでしたし、クレジットカードもありませんでした。お腹を空かしている時もありました。でも、頭の中は、様々なアイディアであふれていて、何かを創り出すことにエネルギーを注いでいました。文化的な爆発です。音楽、芸術、そして政治的にも、とてもエキサイティングな時代でした。インターネットや、携帯電話、ファックス、クレジットカードも、何もない時代でしたけれどね。今の若者は、経済的には苦しいのかもしれませんが、生き方は、他にもたくさんあることに、ぜひ気がついて欲しいと思います。大切なのは、物質的なものではなく、彼ら自身の志、行動、そしてエネルギー。それらが、その人の人間性を決めるのです。おしゃれなデザイナー・ブランドのバッグや携帯電話ではなく、その人の内面こそが大切なのです。



──この本に出てくる『俺たちに明日はない』、『真夜中のカーボーイ』、ゴダールの『ワン・プラス・ワン』など、私は同じ映画をみています。ジョン・コルトレーン、ドアーズのファースト・アルバムや、ジム・モリソン……同じ経験を共有していたんです。日本への言及は、この本の中に2回出てくるのですが、その一つはロバートの……。



彼は、神風隊員の軍服が好きだったの。ロバートは、白いシルクのスカーフを神風特攻隊員の白いスカーフに見立てて、いつも首に巻いていたわ。彼は、それがカッコイイと思っていたのよ。



──神風特攻隊員のストイックなところが気に入っていたのかもしれませんね。戦闘に出かける前、白いスカーフを丁寧に畳んでいたといった、折り目正しい姿にあこがれていたのでしょう。その他にも、この本には興味深いエピソードがたくさん記されています。私はニューヨークで2年間暮らしていました。ですから、アラトン・ホテルやコニーアイランド、ワシントン・スクエアで「彼らは、アーティストではなく、まだほんの子供(ジャスト・キッズ)だよ」とを言われる場面など、本の中に登場する地名をみると、ノスタルジックな気持ちになります。ステファニーの話や、ロバートの書店でのエピソードや、ロバートが草むらで靴を探す話……ウェルフェア・アイランドも登場しますよね。



標本を見つける場面ね。私は記憶力が良く、それが今回は幸いしました。ロバートは、私に手紙を何通もくれました。そして、私は若い頃、いつも日記をつけていました。だから、日記を読めば、私がロバートの髪をロカビリー・スターのように切ってしまったとか、今日はジャニス・ジョプリンに会ったとか、今夜は満月だったとか、日々どのように暮らしていたか、どんな服を着て、何を食べたか、どんな悩み事を抱えていたか、どんな作品を作ったかなどを感覚として思い起こせるんです。




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『ジャスト・キッズ』より (c)Judy Linn. Used with permission.



放射能の被害に対し理解を深め、協力しながら、

世界規模で話し合うことが大切




──ところで、昨年のウォール街を占拠したデモについて、どう思いますか?



抽象的な、何を訴えたいのかがはっきりとしない運動だったと思います。でも、自分の意見をはっきりと訴えるのは、よいことだと思います。ウォール街でのデモの問題点は、規模が小さすぎたこと。現代では、レコードを発売しても全く売れないか、ミリオンセラーとなるかの、いずれかになるように、文化が大衆化しており、少人数では、大した影響力をもちません。何万人もの人々が協力して、大きなうねりを作らなければなりません。数百万規模で、デモを行わないと効果がありません。



例えば、今のアメリカでは、全国民を上げて、銃規制の必要性を訴える必要があります。世界中の人々が一つになり、様々な問題に取り組むべきです。それが、現代の文化です。今は、政府や企業の力が巨大化していますから、私たちも数で対抗しなければなりません。でも、それは可能です。ガンディーが、そのいいお手本です。ガンディーの説得に答え、数百万の人々が立ち上がり、大英帝国の支配に終止符を打ちました。そのためには、みんなが、真の意味で心を一つにしなければなりません。



──あなたは、ガンディーに負けないくらいパワフルですね。私が、あなたのライヴを初めて見たのは、ワシントンDCにいた時だと思います。「ガンディー」という歌を歌っていました。ステージで裸足になって歌っていましたね。原発の話に戻りますが、広島や長崎への原爆投下については、アメリカの人々は様々な意見を持っていると思います。原爆投下に謝罪の気持ちを持っている人は、少数派だと思うのですが?



私はそうは思いません。先ほどお話をしたように、私は第二次世界大戦のすぐ後に生まれました。私の父はヨーロッパ戦線ではなく、日本との闘いに参加しました。父は、自分は正しいことをしていると信じていました。でも原爆が投下された時、これは戦争ではなく、人類に対する犯罪だと、とても胸を痛めました。ですので私は、原爆投下はずっと悲しい出来事だと思ってきました。原爆のことは、いつも話していますし、アメリカでは、機会あるたびに、この話をしています。私たちが日本に対して行ったことを、決して忘れてはいけないのです。今では、原爆の投下を正当化する彼らこそが少数派だと思います。人間性、家族や人を愛する気持ちがわずかでもある人なら、原爆投下は、あってはならない残虐な行為だと感じているはずです。



──原子力発電所については、いかがですか?



人々の間で認識は高まってきていると思いますが、もっと急がなければなりません。もう一つの問題ですが、チェルノブイリで原発事故が起きた時、ロシアはそれを隠ぺいしました。政府が事実を隠したことが原因で土壌汚染が拡がり、多くの人が癌に冒されました。政府は、国民への情報提供を怠ったのです。日本は、今、ユニークな特殊な立場にいます。日本が、原発事故で何が起きたのか真実を明らかにすれば、土壌汚染や、子供や女性にどのような影響を与えたかなどを公表すれば、日本は、原発について変革をリードしていくことができます。現時点において、原発事故の実態について知っているのは日本だけなのです。私たちには、何が起きたのか、正確には分かりません。私たちは、お互いに対し正直であるべきです。これは、日本だけでなく、世界のすべての人に関わる問題です。自分が知らない出来事が何か起きた時、私は、人から聞いた話やメディアや専門家からの情報で、理解するように努めるしかありません。でも、もし、放射線による影響を受けた子供たちがいるのだとしたら……。




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(c)yoshie tominaga





子供たちは皆、私たちみんなの宝です。私も母親ですから、もし影響を受けた子供がいるのだとしたら、それは私の子供が影響を受けたのと同じです。私たちそれぞれが理解を深め、協力しながら、世界規模で話し合うことが大切です。恥じたり、経済への影響を心配する余裕などありません。これは、経済よりもずっと重要な問題で、人類の未来がかかっているのです。危険から目をそらさずに、事故が起きた時の除染や、事故を防止する対策などを考えるべきです。もっと深刻な事故が起きる可能性もあります。



複雑な問題であることは理解しています。私たちの世界では、時として事実が隠ぺいされます。河川の汚染や放射能汚染についても、事実が隠ぺいされましたが、いずれ、隠す場所がなくなってしまうでしょう。それが私たちの暮らす世の中となってしまうのです。お互いに心を開き話し合うべき時がきています。これまでの過ちを認め、環境に関する知識をあらため、協力し合うことが大切です。今を犠牲にしても、子供たちの未来のために保護しなければなりません。




若い方々に生き方を見直してもらいたいと

『ジャスト・キッズ』を書いた




──まったく同感です。日本で起きていることについてお話しましょう。3月11日の震災から、もうすぐ2年が経ちます。日本では、昨年12月に総選挙がありました。その選挙で、有権者は、非常に保守的な党を選びました。



ええ。存じています。



──その党は、あれだけの事故があったにもかかわらず、今後も原発推進の方針です。生活を支えるために、有権者は、経済を優先したのです。私は、ジャーナリストの一人として、その結果に苛立ちをおぼえました。原発の問題は、あなたの国アメリカの政策と深く関わっていると考えています。



ええ。私も、よく理解しています。これは複雑な問題だと申し上げたのは、ご指摘の点を十分理解しているからです。例えば、ニュージャージー州では、化学物質が川に投棄され、深刻な環境汚染が広がっている地域があり、そこでは癌になる人の数が増えています。若くして亡くなる女性もいます。生まれてくる赤ちゃんに異常がみられることもあります。小児癌患者の数も増えています。河川に投棄された化学物質によって、土壌や水が汚染されたことが原因だと分かっているのに、みんな、仕事を失いたくないと、工場の閉鎖を求めたり、工場に抗議しようとはしません。しかし、その仕事によって、子供たちの命が奪われていくのです。当事者は難しい立場に置かれていると思います。時計の針をリセットするのに似ています。考えを一新して、経済的にしばらくは厳しくなっても、変化を起こすんだという覚悟が必要です。それが、私たち自身、私たちの子供たち、そして私たちの未来を救うことになるのです。難しいのは十分分かっています。川に薬品を流している工場に抗議すれば、仕事を失うのではと心配するのは分かります。でも放置すれば、癌になって、化学療法を受けることになるかもしれません。どこかで、汚染を止めなければならないのです。



世界中で、ストライキを行うべきです。世界中の人が「もうやめよう」と一緒に声を上げることを、私は期待しているのですが、実際はどうでしょう?私の祖国、アメリカでは、ブッシュ大統領が、再選されました。イタリアではベルルスコーニ首相が再選されたり、保守勢力が支持されるのは、なぜでしょう?みんな怖いからです。経済への影響を心配しているのです。経済は、いまや、世界を動かすうえで、中心となる原動力となりました。しかし、信条に関わることでも、創造的でもなく、物質的な豊かさをもたらすだけです。物しか残りません。



私がこの『ジャスト・キッズ』という小さな物語を書いたのは、若い方々に、生き方を見直してもらいたいと願っているから。犠牲と伴うこともあるでしょう。犠牲を伴うと辛いこともありますが、その犠牲とみかえりに大きなごほうびがあるはず。マスクをしなくても、自由に空気を吸うことできます。このままでは、常にマスクをしていないといけない時代が来ます。そんな生活、誰も望んではいません。きれいな空気を吸う生活を、誰もが望んでいるはずです。神様が私たちに与えてくれた恵みはパソコンではなく、新鮮な空気なのです。神様が私たちに与えてくれた恵みは車ではなく、きれいな水なのです。



──ありがとうございました。『ジャスト・キッズ』は、日本人にとって大きな励みになると信じています。とても勇気づけられました。



ありがとうございます。



──最後に、被災者の方々にメッセージをお願いします。



私は、地震が起きたその日から毎日、被災された方々や子供たちのことを思い、土壌汚染や大気汚染、水質汚染などを心配しています。私はアメリカにいますが、遠くからいつも、みなさんのことを思っています。今こそ、お互いのことを思いやる時です。私には何もできませんが、みなさんを愛する気持ちだけでもお届けできたらと思います。



(インタビュー・掲載協力:金平茂紀)

















『ジャスト・キッズ』

著:パティ スミス



ニューヨークを舞台に

写真家ロバート・メイプルソープとの

出会いから別れまでの20年を綴った、

パティ・スミスによる青春回想録。



発売中

翻訳:にむらじゅんこ、小林 薫

ISBN:978-4309909707

価格:2,499円

版型:192×136ミリ

ページ:472ページ

発行:アップリンク

発売:河出書房新社











『無垢の予兆』パティ・スミス詩集



亡き夫や、弟妹たちなど、

愛する者たちへ向けた、

やわらかなまなざしに満ちた詩の数々。

1980年代から2007年までに書かれた28篇を収録。




発売中

翻訳:東 玲子

ISBN:978-4309909714

価格:2,000円

版型:218×138ミリ

ページ:160ページ

発行:アップリンク

発売:河出書房新社







★購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。






アップリンク パティ・スミス 公式ページ http://www.uplink.co.jp/pattismith/













PATTI SMITH AND HER BAND JAPAN TOUR 2013



2013年1月30日(水)広島CLUB QUATTRO

2013年1月31日(木)福岡DRUM LOGOS



ツアーに関する問合せ SMASH 03-3444-6751

http://www.smash-jpn.com
















最新アルバム『バンガ』



発売中

12曲収録/歌詞・対訳付き

SICP-3562

2,520円(税込)

ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル



★購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。




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パティ・スミスとロバート・メイプルソープ、街に抱かれた「ただの子供」たちのイノセントな栄光 http://www.webdice.jp/dice/detail/3742/ Sat, 29 Dec 2012 21:26:57 +0100
『ジャスト・キッズ』より (c) Judy Linn. Used with permission


2013年に来日公演を控えるパティ・スミス初の自叙伝『ジャスト・キッズ』が詩集『無垢の予兆』とともに12月21日、発売された。ニューヨークを舞台に写真家ロバート・メイプルソープとの出会いから別れまでの20年を綴った、パティ・スミスによる青春回想録だ。ウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、ジャニス・ジョップリン、ジミ・ヘンドリックス、アンディ・ウォーホル、サルバドール・ダリ、サム・シェパード、ジム・キャロル、トッド・ラングレンらとの出会いを瑞々しい筆致で描く今作の発刊にあたり、湯山玲子、小野島大、山崎まどか各氏によるブックレビューを掲載する。





表現者パティの正しいブライドの持ち方

──湯山玲子



パティ・スミスの『ホーセス』が日本でも話題になった頃の私は10代の後半。ロック、洋楽少女だった。ロバート・メイプルソープが撮影したあのアンドロギュヌス的なジャケット写真も含め彼女の存在は、今と同様、当時から、わんさかいた「こじらせ女子(しかも、文化系)」の心をとらえたが、私はと言えば、バンドを組んでコピーしたのは、ビッチ度満点の商業ロックバンドであるランナウェイズの方。なぜならば、「ランボーやディランのようなアーティストに憧れを抱き、当初はそうした人々の愛人になることを目指してニューヨークに移り住んだ」という、ウィキペディア無き当時でも知ることができたこのくだりに、若い時分の私はン? と思っちゃったんですね。



というわけで、彼女に関しては、「ニューヨーク・バンクを生んだ、カルチャー土壌にたまたま、才能ある不思議ちゃんがいて、有名人の心をとらえ、ちょっと歌ってみたら大成功しちゃました」というような、イメージのウラ読みをしていたのだが、恥ずかしながらこの自伝を読み、遅まきながら評価が180度変わってしまった。



私生児を産み、傷心のまま故郷を後にしてニューヨークに出てきた彼女は、ある時はホームレス同様。ウェイトレスや書店員などの職を転々としているうちに、ひょんなことから、やはり、貧しいアーティストであった、ロバート・メイプルソープと知り合う。先の「愛人になりたかった」という引っかかりは、確かにニューヨーク前の夢見る少女時代にはあったかもしれないが、ふたり寄り添いながら常にアートに対して真摯に、そしてアートと自分たち個人との関係をハードな日常(本当に食べる物にも困っていた)の中で、妥協なく追求していく姿には、霊感を与えるミューズとアーティストといったような紋切り型の男女関係とはかけ離れた、自立し、迫力ある生き様が見て取れる(このあたりの彼らの年齢は実はまだ20代前半。今の日本の同世代を考えるとこのあまりの差に頭を抱えてしまう)。



後にメイプルソーブは、自身のホモセクシュアリティーに目覚め、新しいパートナーの所に行ってしまうが、パティとの関係は、全く壊れず、それどころか、逆にそれらをひっくるめた大きく親密な人間関係をつくっていく。このあたりも非常に魅力的で、彼らが根城にしていた、アーティストのメッカ、チェルシーホテルの生き生きとした描写とともに、当時のニューヨークに花開いたアートの土壌が、いかに自由で信頼に満ちた世界だったかが伺い知れる。



本書で最も私が心打たれたののは、深いアート教養があり、その特異な容姿から何度か、役者として輝きを見せながらも、彼女が音楽というステージで表現を確立するまでには、非常に長い発酵期間があった、ということ。彼女が世に出るまでには、それこそ、彼女が薄給の書店員をしながら書きためた、何作もの詩の草稿があったのだ。才能を「食べるための職業手段」と考えがちであり、そうではなくても、売れないことへの恐怖や失望に、表現や生き方が変節していきがちな今どきの”表現者”にとって、彼女の正しいブライドの持ち方と、強い心は大いに参考になると思う。



「パティ。僕らみたいに世界を見る奴なんて、誰もいないんだよ」



これは、メイプルソープが幾度となくパティ・スミスに言った素晴らしい言葉。そんな関係を実生活で持ちえるか、ということは、才能いかんに関わらず、誰の人生にとっても重要なことのはず、ということも深く考えさせる一冊だ。






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『ジャスト・キッズ』より (c) Linda Smith Bianucci. Used with permission










深く魂のレベルで繋がっていたふたりをめぐる切なさ

──小野島大



なんと美しく切なくロマンティックなラヴ・ストーリーであることか。パティ・スミスと、写真家ロバート・メイプルソープの出会いと別れを描いた物語。死の床にあったロバートに「いつか僕たちの物語を書いてほしい」と乞われ、10年以上もかけて、ようやく実現した。まるで少女マンガのようなふたりの出逢い、共に過ごし、心を通わせた日々を描く言葉の宝石のような輝きが眩しい。



パンクの女王としてパティが華々しくデビューしたのは彼女が28歳のときだった。すでにアーティストとしての自我を完全に確立していたわけだが、その基礎は彼女が1967年の夏、19歳の時に単身NYに出てきて、ロバートと出会い、互いに惹かれ、同居するようになった数年間に出来上がっている。ふたりが出会ったとき、パティはランボーやディランに憧れる文学少女に過ぎなかったし、ロバートもまた、アーティスト志望の無名の若者に過ぎなかった。ふたりを大きく変えたのは、ふたりが滞在したチェルシー・ホテルだった。数々のアーティストたちがたまり場としていたこの歴史的ホテルでの日々が、アーティストとしての彼らを形作ったのだった。アレン・ギンズバーグ、ジャニス・ジョプリン、サルバドール・ダリ、ジミ・ヘンドリックス、サム・シェパードといった人たちとの交流が描かれる「ホテル・チェルシー」の章は、まさしくふたりの青春時代であり、この書のハイライトでもある。



ふたりが出会った67年夏は、ヒッピー文化が花開き、フラワー・チルドレンが闊歩した「サマー・オブ・ラヴ」である。そしてスチューデント・パワーやブラック・パワーが吹き荒れた政治の季節でもあった。だがそのふたつともに馴染めぬものを感じていたパティが、60年代的なものを終わらせたパンク・ムーヴメントの到来とともに脚光を浴びるのは当然のことだった。ホモセクシュアルという自分のセクシャリティに気づき混乱したロバートがパティに「サンフランシスコに一緒に来てくれないか。あそこには自由がある。自分が誰なのか見極める必要があるんだ」と迫るくだりがある。サンフランシスコはヒッピーの聖地であるとともにゲイ・カルチャーのメッカでもあった。だがパティは素っ気なく「私は今だって自由よ」と答えるのである。



深く魂のレベルで繋がっていたふたりが、男女の関係ではなくなったことを確認しあうときの切なさ。パティが結婚し、子を孕んだそのとき、ロバートがエイズに感染したことが知らされる。生と死。絶望と希望。死に赴くロバートとパティの最後の交流を描く最終章は、あまりにも美しく、そして悲しい。簡潔にして洗練された文体、よく吟味された言葉は、彼女の書く詩のように印象的だ。



パティがロック・アーティストとして始動した70年代半ば以降はロバートとの交流が少なくなるせいか、物語は駆け足になる。初期NYパンク・シーンや、ロック・スターとなってからのパティについてもっと読みたい思いはあるが、それはまたの機会を待ちたい。



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『ジャスト・キッズ』より (c) Lloyd Ziff. Used with permission









きらびやかな都会を夢見る郊外の少女の視点を失っていない

──山崎まどか



マンハッタンの対岸にあるニュージャージー州は、保守的な郊外文化で知られている。川向こうの輝くザ・シティ(マンハッタンの俗称)は、ワーキング・クラスで育ったパティ・スミスには、まぶしいものだったに違いない。「ヴォーグ」に載ったイーディー・セジウィックに憧れたやせっぽちの少女は、「アーティストになりたい」「アーティストの恋人になりたい」という想いとトランクを抱えて、1967年にニューヨークにやってくる。そして、街に辿り着いたその日に美しい瞳とうずまく髪を持つ宿命のパートナーと出会う。



パティ・スミスの『ジャスト・キッズ』は、「ただの子供」だった頃の彼女とロバート・メイプルソープをこの上なく美しく描いている。貧しいけれど、痛みと輝かしさに満ちたニューヨークの青春に目がくらむようだ。



レッグス・マクニールとジリアン・マッケインが編集した当時のパンク・シーンの証言集『プリーズ・キル・ミー』で語られている二人の姿と大分違う。マックス・カンザス・シティのセレブリティたちの輪に入りたそうに、入り口付近でうろうろしていた野心的でルックスのいいカップルはあの本では大分辛辣に描かれていた。誰がどう見てもゲイであるメイプルソープに、パティ・スミスが郊外的な家庭感覚を押し付けているかのように人々は語っていた。そんな『プリーズ・キル・ミー』によって定説となった自分とメイプルソープの姿を浄化しようとしているのか、『ジャスト・キッズ』ではしばしば正反対の事実が本人の筆で書かれている。



どちらが本当なのだろうか?



メイプルソープのパトロンとして有名なサム・ワグスタッフに関するドキュメンタリー『メイプルソープとコレクター』で二人について話しているパティ・スミスの顔を思い出す。ワグスタッフとメイプルソープと自分の美しき関係を話す彼女は、まるでおとぎ話を夢見ている少女のようだった。映画で描かれているワグスタッフとメイプルソープの関係はもっと複雑で、メイプルソープがワグスタッフに取り憑き、破滅させた面も否定していないのに対し、パティ・スミスはまったく違う世界を見ているかのようだった。



パティ・スミスは、オズの国のようなきらびやかな都会を夢見る郊外の少女の視点を失っていない。二十代の彼女は夢見がちでミーハーだ。フランスのヌーヴェル・バーグ映画に憧れてアンナ・カリーナのファッションを真似、憧れの人々に直に触れて感激する。ニューヨークのシーンを支配するような存在になっても、まだアーティストに憧れているような距離感が彼女の文章にはある。そこでは悪魔的な破滅型のアーティストは無垢な恋人であり、二人の並外れた野心も芸術的な探究心の中で昇華される。そして後に残るのは街に抱かれた「ただの子供」たちのイノセントな栄光だ。私はパティ・スミスの目で見た世界の方を選択したい。



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『ジャスト・キッズ』より (c) Robert Mapplethorpe Foundation, Inc.
Used with permission









書店で働き出してそれほど日数がたたないうちに、ブルックリンで出会った男の子がお店に入ってきた。カトリック学校の生徒のような、白いシャツにタイをしめていた彼は、まるで別人のように見えた。彼はブレンターノ書店のダウンタウン店で働いていて、書店の商品券を持っており、それを使いたいのだという。ビーズや、小さな置物やターコワイズのリングなどを彼は時間をかけて物色していた。

「これがいい」と、ようやく彼が選んだのは件のペルシャのネックレスだった。

「ああ、それは私のお気に入りなのよ。スカプラリオみたいで」と言うと、

「君、カトリックなのかい?」と彼が尋ねた。

「いいえ。ただ、カトリックのオブジェが好きなだけなの」と答えると、

「僕はミサの侍者だったんだ。乳香の香炉を振るのが好きでね」と、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

私が選り出したオブジェを彼も選んだことは嬉しかった。が、同時に少しばかり寂しく思えた。それを包んで彼に渡したとき、「このネックレス、私以外のほかの女の子にはあげないで」と衝動的に口にしてしまった。

口に出した直後、私は気まずい思いをしたが、彼は微笑んで「あげないよ」と言った。

彼が去っていった後、あのネックレスが置いてあった黒いベルベット布の上を眺めた。

翌日、もっと手の込んだ別の商品がやってきたが、あのネックレスにあったようなシンプルな神秘さはなかった。


(『ジャスト・キッズ』より)













湯山玲子 プロフィール


著述家。現場主義をモットーに、クラブカルチャー、映画、音楽、食、ファッション等、文化全般を広くそしてディープに横断する独特の視点には、ファンが多い。著作に『女装する女』(新潮新書)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『四十路越え!』(ワニブックス)、『ビッチの触り方』(飛鳥新社)、上野千鶴子との共著『快楽上等! 3.11以降を生きる』等。クラシックを爆音で聴く「爆クラ」を月一ペースにて行っている。

http://yuyamareiko.typepad.jp/








小野島大 プロフィール


大阪府出身。 現在は東京都を拠点に、主に音楽関係の文筆業として活動中。石野卓球や小山田圭吾、ケンイシイといった音楽家にも影響を与えた、80年代の伝説のミニコミ誌『NEWSWAVE』の創刊から休刊までの顛末を描いた書き下ろし最新刊『NEWSWAVEと、その時代』が音専誌から発売中。

http://onojima.txt-nifty.com/







山崎まどか プロフィール


コラムニスト。東京都出身。清泉女子大学卒。著書に『オードリーとフランソワーズ』(晶文社)『イノセント・ガールズ』(アスペクト)、共著に『ハイスクールU.S.A.』(国書刊行会)等。新刊『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)日本版監修の『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』(P-Vine Books)が発売中。

http://romanticaugogo.blogspot.jp/
















『ジャスト・キッズ』

著:パティ スミス





発売中

翻訳:にむらじゅんこ、小林 薫

ISBN:978-4309909707

価格:2,499円

版型:192×136ミリ

ページ:472ページ

発行:アップリンク

発売:河出書房新社











『無垢の予兆』パティ・スミス詩集



亡き夫や、弟妹たちなど、

愛する者たちへ向けた、

やわらかなまなざしに満ちた詩の数々。

1980年代から2007年までに書かれた28篇を収録。




発売中

翻訳:東 玲子

ISBN:978-4309909714

価格:2,000円

版型:218×138ミリ

ページ:160ページ

発行:アップリンク

発売:河出書房新社







★購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。






アップリンク パティ・スミス 公式ページ http://www.uplink.co.jp/pattismith/













PATTI SMITH AND HER BAND JAPAN TOUR 2013



2013年1月22日(火)仙台 RENSA

2013年1月23日(水)東京 SHIBUYA AX

2013年1月24日(木)東京 BUNKAMURA ORCHARD HALL

2013年1月26日(土)名古屋CLUB QUATTRO

2013年1月27日(日)金沢EIGHT HALL

2013年1月28日(月)大阪NAMBA HATCH

2013年1月30日(水)広島CLUB QUATTRO

2013年1月31日(木)福岡DRUM LOGOS



ツアーに関する問合せ SMASH 03-3444-6751

http://www.smash-jpn.com
















最新アルバム『バンガ』



発売中

12曲収録/歌詞・対訳付き

SICP-3562

2,520円(税込)

ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル



★購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。




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新譜『バンガ』を発売したパティ・スミス、プッシー・ライオット釈放を叫ぶ http://www.webdice.jp/dice/detail/3596/ Wed, 08 Aug 2012 23:59:23 +0100
8月3日、ストックホルムの音楽フェスで「FREE PUSSY RIOT」と書かれたタンクトップをかざすパティ・スミス


8月3日、ストックホルムで開かれた音楽フェスで、パティ・スミスが、反プーチン政権ソングを歌い逮捕されたロシアの女性パンク・グループ「プッシー・ライオット」のメンバー3人の釈放を訴えた。



「キリストは他の誰かの罪で死んだ でも私の罪じゃない」という歌詞で終わる『グロリア』を歌った後、「彼女たちを許さないといっている者たちよ。キリストに聞くがいい。彼なら絶対に彼女たちを許す! プッシー・ライオットを釈放せよ!」と叫びステージを去った。



パティ・スミスの他にも、これまでに多数のアーティストがプッシー・ライオット支持を表明しているが、8月7日にモスクワ地方裁判所が3人に禁固3年を求刑したことで、今後さらに世界中でロシア当局への非難が高まりそうだ。



そんなパティ・スミスの8年ぶりのオリジナル・アルバム『バンガ』が、このほどリリースされた。完成に時間がかかったのは、その間に『ゴダール・ソシアリスム』の撮影と、自身の若き日の回顧録『ジャスト・キッズ』の執筆をはさんでいたからだという。本作には、3.11後の日本にエールを贈るために書かれた「フジ・サン」や、友人ジョニー・デップの誕生日を祝った「ナイン」など、全12曲が収録されている。

『バンガ』とは、ロシアのミハイル・ブルガーコフの小説『巨匠とマルガリータ』の登場人物ピラト提督の飼っている犬のこと。



また、写真家ロバート・メープルソープとの出会いと別れを、瑞々しい筆致で活写し、2010年に全米図書賞ノンフィクション部門を受賞した『ジャスト・キッズ』の邦訳が、今年12月に刊行される。加えて、詩集『AUGURIES OF INNOCENCE(原題)』も同時刊行予定。さらには来年1月に、10年ぶりの単独来日公演も決定している。













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■リリース情報






パティ・スミス『バンガ』

発売中


SICP 3562

2,520円(税込)

ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル




★作品の購入はジャケット写真をクリックしてください。Amazonにリンクされています。












■ライブ情報



パティ・スミス・アンド・ハー・バンド



【仙台】

2013年1月22日(火)RENSA 開場18:30/開演19:30

022-256-1000(NORTH ROAD MUSIC)

【東京】

2013年1月23日(水)SHIBUYA AX 開場18:30/開演19:30

2013年1月24日(木)ORCHARD HALL 開場18:00/開演19:00

03-3444-6751(SMASH) 03-5720-9999 (HOT STUFF)

【名古屋】

2013年1月26日(土)CLUB QUATTRO 開場17:00/開演18:00

052-264-8211(CLUB QUATTRO)

【金沢】

2013年1月27日(日)8 HALL 開場17:00/開演18:00

076-411-6121(オレンジ・ヴォイス・ファクトリー)

【大阪】

1月28日(月)なんばハッチ 開場18:30/開演19:30

06-6361-0313(SMASH WEST)

【広島】

2013年1月30日(水)CLUB QUATTRO 開場18:30/開演19:30

082-249-3571(YUMEBANCHI)

【福岡】

2013年1月31日(木)DRUM LOGOS 開場18:30/開演19:30

092-771-9009(TSUKUSU)



料金:前売7,000円

8月18日(土)からチケットぴあ、ローソンチケット、e+、岩盤で発売



協力:ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル

総合問合せ:SMASH 03-3444-6751 http://smash-jpn.com










▼8月3日のストックホルムでのライブ映像


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