映画『消えたフェルメールを探して/絵画探偵ハロルド・スミス』9/27の公開に合わせて来日した監督、レベッカ・ドレイファス氏とスペシャルゲストとの対談を行いました。まずは、第一弾、9/27に行われたレベッカ・ドレイファス監督×岡部昌幸氏のトークの一部をご紹介します。
9/27(土) ゲスト:レベッカ・ドレイファス監督×岡部昌幸氏(帝京大学教授)
── まるで貴族の邸宅?ガードナー美術館
レベッカ: わたしは『合奏』をガードナー婦人に紹介してもらったと思っているんです。イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館はとても小さな美術館で、個人の、かなり個性的なお宅という感じでした。ガードナー婦人の指示によって全てが置かれ、なにも動かしてはならないという細かな指示が与えられている。私が最初に美術館を訪れた当時はまだ『合奏』があったけれど、絵を見る前にまず、彼女自身が作り出した不思議な雰囲気の中にもう飲まれていました。完全に舞台が整っている状態で『合奏』に出逢い、「夢かうつつか」というような衝撃を受けました。
岡部: ガードナー美術館は、外側から見ると普通の家のような感じで、大きいけど美術館の荘重なおもむきがない。瀟酒な形でたたずんでいるんです。この映画を観るとわかるように、外側は質素なんだけれど、中側にベネツィアの宮殿を模したような中庭がある。あと似た様なところに、NYのフリック美術館がある。どちらもヨーロッパの邸宅を模倣して建てられており、ヨーロッパの巨匠達の作品を持っている。両方フェルメールがありましたね。フェルメールの奥深さというのは、ちょっとした邸宅のきれいな壁に一点だけぽつっとある。たまたま部屋の中を歩いていくとそこにあるのがフェルメールだった、という感じの。それが本当の奥深さ。まさにガードナー美術館はこれみよがしじゃない、落ち着いた雰囲気。わたしもガードナー美術館を愛好しているんです。
── ガードナー夫人をめぐる男性たち。ベレンソン、岡倉天心、サージェント
レベッカ: ガードナー婦人というのは日本文化ととても深い関係を持っていたんです。ガードナー美術館の裏にあるボストン美術館に、ちょうど岡倉天心がいて交流があり、日本の文化にも造詣が深かったようです。美術館の1Fから3Fには、「何も一切動かしてはならない」という非常に厳しい遺言書が遺されておりまして、その遺言を破ったら、美術館は即閉鎖、というものなのですが、地下は指定外ということで、ギフトショップを創ってしまった。元々ガードナーは、そこに自分の仏像などを配置して、まるでお寺のような空間を作っていたんです。
岡部: ガードナーと天心の関係は深く、パトロンの一人だったようです。 天心は恋多き人で、いろんな人を好きになってしまう。秘訣は“筆まめであること”なんですね。余計なこと書いちゃうんでしょうね、「愛を込めて」とか。映画に出てくるバーナード・ベレンソン(ガードナー婦人の絵画購入のアドバイザー)とも単純な契約関係ではないですよね。婦人の肖像を描いたサージェントとも関係があるし。しかし彼らのあいだに恋があったかというと、そう深いものではないと思うんですよね。やっぱり芸術があったから。フェルメールをとるかベレンソンをとるかといったらやはり芸術を取るでしょうね。美を追求する仲間だったという気がするんですけれども。
美術館のセキュリティに不備があったか?
岡部: ガードナー美術館に初めて行ったとき、わたしは既に美術館建設の仕事をしていたんですが、随分とのんびりしたスタッフと警備だなと思っていたんですよ。それで思い出したのが、パリのマルモッタン美術館、こちらも貴族の邸宅だったところなのですが、そこも同じ様なのんびりした監視の人がいました。もっとピリピリした監視のところもありますよね。ピカゾのゲルニカがある、マドリッドのソフィア王妃芸術センターとか。何重もの防弾ガラスのところに、筋肉隆々とした男女が何人も見張っている。それはもう芸術という感じがしなかったですね。それに比べるとガードナー美術館とマルモッタン美術館は非常に品がよかった。でもその後、両方とも作品が盗まれたんですよね。私が犯人ではないんですが、これは狙えるな、と。危ないなと思った。
レベッカ: ガードナーが美術館を作った当時は、もっと人の気持ちを信じられた時代だったと思います。美術館というのは変化に対して最先端というわけではないので、セキュリティに関しても、取り残されていたという状況だと思います。映画の中にもありますが、学術員は高給をもらっているのに、ガードをする人たちは非常に安い賃金、時給10ドル以下で働いている。今はかならずしもそうではないですが、美術館が持つ矛盾がそこにはあった。
岡部: 研究をする学芸員が重要なんじゃなくて、本当は作品を守っていく人達が大切なんですよね。その辺が盲点だったという。
レベッカ: セキュリティをする人の芸術に対する造詣の深さとか・・・そうしたギャップも作用してしまうのかもしれません。
岡部: 本物か偽者か、とか、絵画が盗まれたとかいうのは、人ごとだと面白おかしく感じますが、美術館のスタッフの一員だと、こういったトラブルの話はしたくないんですよね、汚点なんです。「なんでも鑑定団」とか、見ている人は何となく偽物であることを期待してしまうというか、がっかりするのを望んでるところがある。でもそれは大変なことなんですよね。
ゲスト紹介
レベッカ・ドレイファス
NYに生まれ育ち、少女のころガードナー美術館で『合奏』に魅せられ、絵を見るためにボストンに通い詰める。SUNYのパーチェイス・カレッジで映画の学士号を取っており、彼女の最初の受賞長編作『Bye-Bye Babushka』は、ニューヨーク及び ロサンジェルスの批評家たちの絶賛を浴び、合衆国のPBSを含む、世界25カ国以上のテレビ局で放映された。二つの短編『The Waiting』と 『Roadblock』も、世界中で賞を受け、国内外でテレビ放映されている。現在彼女が取り組んでいるのは、ロマンチック・コメディだ。
岡部昌幸
1957年神奈川県生まれ。帝京大学文学部助教授、美術史家。特に写真史、ジャポニズム、世紀転換期のアメリカ美術を研究。『盗まれたダ・ヴィンチ』(青春出版社)、『すぐわかる画家別西洋絵画の見かた』(東京美術)、『世界美術大全集・第24巻』(共著・小学館)など著書多数。
作品解説
一体誰が盗んだのか?フェルメールの名画『合奏』をめぐり、絵画探偵、美術収集家、美術品泥棒、フェルメール愛好家・・・それぞれの想いが交錯する美術/探偵ドキュメンタリー!
1990年に、ボストンの美術館からフェルメール作『合奏』ほか12点が盗まれた。フェルメール作品は全部で30数点と少ないため、被害総額はアメリカ美術品盗難史上最高額5億ドルにもなったという。10年以上経っても事件が解決されないことに業を煮やした監督は、美術の世界では高名な絵画探偵ハロルド・スミスとともに事件を追う。事件に関わった者として、有名な美術品泥棒、映画『ディパーテッド』のフランク・コステロ役のモデルと言われている、アイリッシュマフィアのボス、ホワイティ・バルジャー、そして米国上院議員、元大統領などの名があげられ、日本人コレクターによる依頼だという説もあったという。「合奏」に魅せられた人々と、事件の顛末、そして生涯をかけて『合奏』を追った絵画探偵ハロルド・スミスのドキュメンタリー!
『消えたフェルメールを探して / 絵画探偵ハロルド・スミス』
監督・撮影: レベッカ・ドレイファス
脚本:: シャロン・ガスキン
出演:ハロルド・スミス、グレッグ・スミス
2005年/アメリカ/83分
配給:アップリンク
字幕監修:朽木ゆり子
イベント情報
2008年10月4日(土)
13:00の回上映終了後
ゲスト:安藤紘平氏(早稲田大学教授、『フェルメールの囁き』監督)
* フェルメールの大ファンであり、98年に『フェルメールの囁き』を監督した早稲田大学教授の安藤紘平さんによるフェルメールトーク!ご自身の作品についてもお話いただきます。
2008年10月5日(日)
13:00の回上映終了後
ゲスト:小池寿子氏(國學院大学教授)×Tak氏(BLUE HEAVEN、青い日記帳 管理人)
* フェルメール作品を全点ご覧になったというTakさんの“フェルメール巡礼”や、何故フェルメール作品は日本で人気があるのか、盗まれた絵画が所蔵されている美術館のセキュリティの問題など、なかなか聞けないフェルメール対談!
2008年10月18日(土)
上映+トークイベントあり!
開場/開映:14:00/14:30
ゲストは公式サイトにて発表いたします。
会場:アップリンク
入場料は、通常の映画料金に準じます。
一般:¥1,500/学生¥1,300/シニア¥1,000
【関連リンク】
『消えたフェルメールを探して / 絵画探偵ハロルド・スミス』公式サイト
イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館