『低開発の記憶-メモリアス』より ©Action Inc
メキシコ人俳優のガエル・ガルシア・ベルナルが「人生で最も刺激を受けたうちの1本」と言わしめたキューバ映画不朽の名作『低開発の記憶-メモリアス』が、9月5日にDVDとして発売される。その発売記念イベントを開催する配給元の有限会社「アクション」代表・比嘉世津子氏に、作品やラテンアメリカのについて話を訊いた。
── ラテンアメリカ映画の配給・宣伝を始めたきっかけを教えてください。
それだけで、30分以上話せるけど(笑)。ずっとスペイン語の通訳をやりながら、芝居をやっていました。2003年に大きな舞台があったんですけど、急に公演中止になってしまいまして、腹いせに(笑)キューバの映画祭に行って「もし、いい映画に出会ったらアクションを起こそう」と思い、『永遠のハバナ』(※1)に出会いました。
ラテンアメリカ映画専門の配給会社「アクション」代表の比嘉氏
※1『永遠のハバナ』・・・キューバ映画界で活躍するフェルナンド・ペレス監督が、ハバナに暮らす人々の生活を観察し、深い愛を持って映し出した24時間の物語。スターでも俳優でもない、普通の人々を描き出すことによって、それぞれのちょっとしたドラマが、心地よい驚きを呼ぶ。
── 賭けみたいですね。
心の中で、もしいい作品に出会えるならその道があるだろうし、出会えなかったら「もうやめとけ」というお告げなんだという覚悟で行きました。ちょっと行き当たりばったりですけど。1998年の会社設立の時から、芝居をやりつつ事業内容に映画配給を入れていました。実際、映画配給を始めたの2003年ですけど。
── 初めての映画祭で『永遠のハバナ』にめぐり合えるなんて、いい出会いでしたね。
私が行った2003年のキューバ映画祭は粒ぞろいでした。実際に『永遠のハバナ』を見たときは、「これかな、これかも、これだな」と思ってすぐに連絡先を調べてアタックしました。
── 初めての買い付けで、戸惑いませんでしたか?
戸惑いました。舞台と映画は全然違いますから。でも、あれこれ悩まずに私一人で行って、まずその作品を売ってくれるかを試してみたかった。一生懸命交渉したらOKになったんです。契約してから「どうする?」みたいな事になったんですが、少しづつ人に聞きながら進めていきました。それでも、作品を買う前からユーロスペースで公開して、人が並んでいる姿を想像していましたね。── その夢は実現されたのではないですか。
確かに、満員で立ち見も見たけど、もっと並んでほしかったです(笑)。
── 映画の買い付けではラテンアメイカの何処の国に行かれるんですか?
主に行くのはキューバとメキシコのグァダラハラです。グァダラハラはきっちりとした商談という感じですが、キューバに関しては映画祭にお客さんの立場で行って「面白かったら買う」という気持ちで行ってます。買い付け目的で行くと勘が鈍る感じがしたんです。
── ラテンアメリカ映画の魅力は?
エネルギーです。
── 国柄ですか?
いえ、それは映画に関わる人の姿勢や情熱だと思います。もちろん、ハリウッドに売り込もうとか、儲けに走る人もいますけど、「どうなるかわからないけど、今これを作りたい」というエネルギーを感じますね。やりたいことを成し遂げるいうエネルギーがあります。
── なぜ、ラテンアメリカの映画を専門に配給しているのですか?
学生の時、メキシコに1年住んでいて、その時に自分の視点が変わりました。当時、ペソ(メキシコ通貨)の大暴落があって、みんな一文無しになってしまって。ただ、皆貧しいんだけど、例えば廃棄になった列車に住み込んでギターの先生(当時ギターを習っていた)と卵一個を3人で分けた事があって、日本も昔はそうだったんだろうけど、体験してみて私自身ありがたかったんです。自分がこれだけあったら、このくらい分け合えると考えられる、人々の生きる事への貪欲さと愛情を感じました。どんな人にも居場所がある、という事を教えてくれたんです。日本だと、ちょっと道を外れたらダメになったり、そう扱われたりしますけど、ラテンアメリカの人はそれでもしぶとく生きるしつこさがあると思いましたね。そこが原点だったのかもしれません。
── 日本では、まだまだラテンアメリカの映画が紹介されていないと思います。レベル的に問題があるからでしょうか?
いえ、それは程度が低いからではないと思います。テーマ性が日本からは遠いものと思われているからかもしれないし、日本がアメリカしか見てないからだとも思います。でも、80年代にはラテンアメリカブームがあったんですけどね。アカデミー賞外国語映画賞をとったアルゼンチン映画『オフィシャルストーリー』も日本で1987年に公開されましたが、その時もカタイ映画とか難しい映画と思わたかもしれません。一つの国をとってもテーマが多様なので紹介の仕方が難しいのだと思います。
── 今回の『低開発の記憶-メモリアス』も世界中から名作と言われ、日本でも劇場公開やソフト化が望まれていました。どういった経緯で実現されたんですか?
日本でも70年代に映画祭で上映しているはずですが、私自身は1981年にメキシコに行った時に作品の事を聞いて、「低開発」というワードが気になっていました。ただ、メキシコでは田舎にいたので観る機会がなかった。ずっと頭に引っかかりながら、2003年にキューバでVHSを見つけてやっと観ました。
『低開発の記憶-メモリアス』予告
── それで、「これだ!」と思われたんですか?
いえ、実は世界中で名作だとは言われていますが、果たして日本で受け入れられるかなと慎重な思いでした。日本でも研究者以外、知っている人は少なかったし。いろいろ試行錯誤しながら、2006年のキューバ映画祭で一緒に上映しました。
── 反応はどうでしたか?
立ち見も出たし、思っていたよりも良かったです。特に若い人の反応が良かったですね。年配の人も観に来てくれましたが、50代以降の人からは「難しいですね」という反応もありました。逆に若い人からは、どっちつかずで「俺と同じじゃん」みたいな主人公のセルヒオに共感してました。それを自分に置き換えたりしながら、とても自由に観てくれました。
── 確かに『低開発の記憶』では、当時のキューバの喧騒の中で主人公セルヒオが“革命か亡命か”の中に一人取り残されているけど、周りに流されずにしっかりと自分の考えで行動している姿が浮かび上がってきてますね。同じ監督の『苺とチョコレート』(※2)も言ってみれば多様性ですよね。
多分、これはキューバに残ったけど、当時の情勢に違和感を覚えていた数少ない知識層が表現したかった事でしょうね。『苺とチョコレート』も共産主義を信望する青年と芸術を愛するゲイ青年の視点があって、相反する2人をお互い認め合おうとする思想が見えます。『低開発の記憶』もそうですが、あの時期に、革命か亡命かしかない時に、どっちも違うと考える、違和感を覚える主人公を描いた作品を受け入れたキューバの懐の深さ、多様性の認識に文化レベルの高さにを感じますね。色々な選択肢があるのに、例えば郵政民営化では賛成か、反対かしかない日本の窮屈な雰囲気を違った視点で見て欲しいと思って公開しました。二者択一に流されることを否定し、孤立しながらも考え続けることも必要なのじゃないか、と。
※2『苺とチョコレート』・・・『低開発の記憶』のトマス・グティエレス・アレア監督作品。キューバ作家のセネル・パスの短編小説を原作に、90年代のキューバをポジティブな視線で「人間」を真摯な眼差しで描く感動作。
── 9月2日(火)のアップリンク・ファクトリーでのイベントには、作家の戸井十月さんとのトークがありますね。意気込みについてお聞かせください。
戸井さんから「早く質問考えろ!」って言われてるんですよ(笑)。戸井さんがイベントでトークショーに出演することは、あまりないですからね。『チェ.ゲバラ遥かなる旅』とか、カストロに会いに行ったまでの顛末を描いた『カストロ、銅像なき権力者』の著書で知られる戸井さんが何故ゲバラやキューバにそこまで心頭するのか、戸井さんから見るカストロとかキューバの情勢とか聞いて見たいですね。一人の人間としてなぜ戸井さんがキューバに関心あるかを掘り下げていくと、描いていることもスタンスもそこから見た映画もわかってくると思ってます。戸井さんの色々な引き出しを空けるべく軽快に行こうと思ってます。
■『低開発の記憶-メモリアス』DVD発売記念イベント 上映+トークショー&キューバ産ラムと葉巻を愉しむ夕べ
日時:
9月2日(火) 開場19:00/開演19:30
9月15日(月・祝) 開場14:30/開演15:00
会場:アップリンク・ファクトリー
(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F)[地図を表示]
料金:両日共1,500円 ※9月2日は1ドリンク付
ゲスト:
9月2日(火)…戸井十月(作家)、比嘉世津子(有限会社アクション代表)
9月15日(月・祝)…太田昌国(編集者・民族問題研究者)、岡田秀則(東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員)
■『calm style magazineヒュミドールpresents~キューバ産ラムと葉巻を愉しむ夕べ』
日時:9月15日(月・祝) 開演18:00
会場:カフェレストラン・タベラ(アップリンク・ファクトリー横)
(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F)[地図を表示]
料金:2,500円(ラム、葉巻、チョコレート付)
【チケット予約方法】
下記項目を明記の上、件名を『(日付記入)低開発の記憶予約』とし、メールにてお申込みください。
※『キューバ産ラムと葉巻を愉しむ夕べ』をご希望の方は件名にタイトルを記載ください。
(1)お名前 (2)予約人数(3名様まで) (3)電話番号 (4)ご住所
factory@uplink.co.jp
映画『低開発の記憶-メモリアス』 DVD発売中
1996年に亡くなったキューバの巨匠、トマス・グティエレス・アレア監督(「苺とチョコレート」)の長編劇映画としては5本目の作品。キューバの不朽の名作と言われ、68年に製作されたにもかかわらず、未だに欧米でビデオ上映やテレビ放映が行われてる。
監督:トマス・グティエレス・アレア
キャスト:セルヒオ・コリエリ、デイジー・グラナドス、エスリンダ・ヌニュス
1968年/キューバ/97分+予告編3本
価格:4,725円(税込)
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