今回ドキュメンタリー『Fragment』が2008年8月25日にDVD発売される。さらに発売記念特別上映として、ダライラマへの取材とチベットの美しい風景と人々の暮らしを描く、ドキュメンタリー『チベットチベット』との併映、両監督によるトークショーイベントがアップリンク・ファクトリーで8月26日(火)に開催される。そこで、『Fragment』の監督、佐々木誠氏にこの映画について訊いてみた。
── この映画を創り始めたきっかけを教えてください。
「9.11」です。それまで映像は仕事でしか制作してきませんでした。自主制作第一弾作品が『Fragment』でもあります。ちょうど「9.11」の前後にNYと東京で同時進行で行うライブパフォーマンスのプロジェクトの映像の仕事をしていたんですが、あの事件が起きて急遽中止になってしまったんです。そのときにスタッフや出演者が動揺している様子を、はじめて仕事ではなく自分の意志で撮影したのはひとつのきっかけでした。なにかこの事件について自分なりに記録を残しておこう、みたいな。その後、連日TVなどのニュースで報道されているものは、なんか僕が感じているモノとはちょっと違うなぁと考えているときに友人のタレント井上実直が久々に連絡してきて「タレントやめて実家の六本木のお寺を継ぎました。その前にNYに旅行に行ったときグラウンドゼロにも訪れ衝撃をおぼえて「修法師」になってここで祈祷したいと思い、日蓮宗100日荒行に入ることにしました」ということを言い、これを記録して映画にしようと思ったのが製作の始まりです。
(写真)NY、グラウンドゼロで祈祷を行う井上実直と井田宝俊上人
その後、100日荒行を経た井上は再びグランド・ゼロに訪れた。凄まじい吹雪の中、白装束を付け祈祷するシーンは圧巻だ。井上の視線の先には大掛かりなフェンスと以前巨大なビルが聳えたっていた、今は何もないがらんどうの空間。祈祷の様子をみて、得体の知れない東洋人に白い目を向け、罵倒する人々。それでも彼らの何人かは、その東洋人たちに何かを感じたようだった。
── 映画の中の大きなターニングポイントでもある、日蓮宗100日荒行を簡単に教えてください。
世界三大荒行のうちのひとつで、毎年、千葉の中山寺で行われています。100日間一日2時間の睡眠、お粥をすするだけの食事で死者も出すくらいの厳しい修行をおくります。生きて出てくると「修法師」(祈祷師)として認められ、住職でありながら祈祷の活動もできます。
── 映画の主人公、井上実直さんは実際にこの100日荒行に入られますよね。入る前、入った後に記録をしつづけていて、何か強烈な変化など感じましたか?
彼本人は「変わりたい、強くなりたい」という強い意志を持って入ったんですが、正直出た直後はそんなに劇的に彼の何かが変わった、とは思いませんでした。体重は20キロ近く減っていましたが。そんなに急に「変わった!」とか「それを撮った!」という方が嘘くさい感じがします。
(写真)100日荒行の中で行われる修行のひとつ水行
── 今年も、実直さんは荒行に入られたとか。
その模様は、DVDの特典映像に付いてくる「その後のFragment」に描かれています。ですので、是非特典映像を見てください。でも、住職として修法師としての意識が『Fragment』のラストからこの3年間でずいぶん強くなったと感じます。じゃなきゃ、あんな厳しい荒行に2度も入ろうなんて思わないでしょう(笑)。
── 初めての公開作品がドキュメンタリーですが、ドキュメンタリーについて、佐々木監督が影響された映画を教えてください。
新しいカタチのドキュメンタリーというか、映画として面白いものは作りたいと思っていました。自分が面白い映画を観るのが好きなただの一観客なので。ドキュメンタリー映画はそんなに詳しくないので今まで観てきた好きな劇映画の影響はなんだかんだで出ていると思います。『スターウォーズ』やガス・ヴァン・サント、ヘルツォークの作品とか。あ、ドキュメンタリーだと足立正生監督の 『略称・連続射殺魔』は好きですね。基本的に自分が観たい映画を作る、というのもひとつの動機だったので普通の映画好きは観に来るだろう、気に入るだろう、なんて楽観的に思っていました。実際は映画関係者がほとんどスルーしていきました。それは計算外でした(笑)。商業映像の世界はかなり長くいますが映画の世界は初めてなのでそれも勉強になりましたね。
── 具体的にはどんな感想があったのですか?
なんでナレーションや音楽を使わないのか、とか聞かれます。音楽やナレーションを使うことに否定的では全くないのですが、あくまで"記録映画"として完成させたかったので使いませんでした。あと、主人公に共感できない、なんてことも時々言われますが、共感ってそんなに大事かな、と思います。みんながみんな共感していたら気持ち悪いですよ。なんとなく理解しようとすれば良いんじゃないですか。何かを批判したりまた持ち上げたりするのではなくただの"記録"なので正直、メッセージなんかはありません。なのでドキュメント的な感動や笑いなんかも極力排除したつもりだったんですが、繰り返しますと、観に来ていただいた方が笑ってたり泣いてたりするのを見て自分が狙ってやることなんてたかがしれているな、とは思いました。あくまでこれは僕の視点から切り取った「9.11」の記録です。断片です。なのでタイトルは『Fragment』なのです。
── 今後もドキュメンタリーを撮っていきますか?
今回、映画一作目で今まで興味のなかったドキュメンタリーを撮ったのですが、「ドキュメント」というものを考えるキッカケになりました。なので昨年公開された2作目の『マイノリティとセックスに関する2、3の事例』は、僕なりにドキュメンタリーをパロディ化してリアルとアンリアル、虚実皮膜的な映画として制作しました。今後はおそらく、いわゆるドキュメンタリーではなくこうしたドキュメンタリーの存在意義を問うような作品を作っていければ、と思っています。
まったく不思議なドキュメンタリー『Fragment』。いままで多くの斬新なドキュメンタリー作品が作られてきたが、この作品はそれらのどこにも属する事がない。言い換えると構成や編集やテーマのどれ一つとっても、実験的であったりする事がないにも関わらず、ドキュメンタリーの新しい流れを感じる。映画としても、ドキュメンタリーとしてもカテゴライズする事自体が不明瞭になってくる、作品である。DVDの特典にある、住職になった井上実直の姿も気になる所だが、その前にこのドキュメンタリーが何を語っているのか、是非目撃してみては。
(取材・文:鎌田英嗣/構成:山口生人)
■佐々木誠(ささき・まこと)PROFILE
1975年生まれ。高校卒業後、数多くの映像作品にスタッフ・役者として参加。98年よりソニー・ミュージック・エンタテインメントにて数多くのアーティスト・プロモーション用映像を演出する。 現在、フリーディレクターとして音楽PVの他にVP、TV番組などの演出、クラブイベントのVJ、シナリオライターとして国内外で活動。07年、2作目の映画『マイノリティとセックスに関する2、3の事例』(オムニバス映画『裸over8』)が公開された。
『Fragment』
http://fragment-movie.com/
『マイノリティとセックスに関する2、3の事例』
http://over8.com/modules/tinyd01/index.php?id=6
『Fragment』DVD発売記念上映
『チベットチベット』×『Fragment』ドキュメンタリー特集上映+トークショー
日程:2008年8月26日(火)
時間:18:30開場 / 19:00開演
料金:1,500円
会場:アップリンク・ファクトリー(東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F)[地図を表示]
★ご予約方法などはコチラから
世界一周旅行の旅から始まり、チベットの今を知った者。若き僧侶の祈祷の旅に追従し、そこから9.11以降のグランドゼロと第二次世界大戦の断片を感じた者。二人の映画作家は“今、それぞれの場所に降り立って”何かを感じた。ドキュメンタリー『チベットチベット』そして『Fragment』。この二つの作品を通して見える世界とは何か。
DVD『Fragment』
2008年8月25日発売
出演:井上実直
監督:佐々木誠
販売元:GPミュージアムソフト
アメリカ同時多発テロからはじまるイラク戦争の記録。歴史の側面をひとりの若い僧侶の冒険と成長という視点から描く冒険ドキュメンタリー。
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