映画『リル・バック ストリートから世界へ』©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
世界的ダンサー・リル・バックの驚異的なダンスの秘密と彼が育った街メンフィスを描いたドキュメンタリー映画『リル・バック ストリートから世界へ』が、2021年8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開となる。メンフィスに育ち、メンフィス独自のストリート系ダンス“ジューキン”にバレエを融合して、唯一無二の世界的ダンサーとなったリル・バック。彼の軌跡を追ったこの映画は、ダンサーを志す若者だけでなく、何を目標にすればいいのか立ち止まっている人にも勇気をくれる。コロナ禍の今も国内のダンスフェスティバルや映像制作に忙しいリル・バックが、映画の公開に合わせ、ZOOM取材に応じてくれた。
「『僕がやってきたことは夢物語ではなくて、君たちにもできるんだよ』と伝えたい」(リル・バック)
僕のダンスの根幹にあるのは、メンフィスのストリートダンス、ジューキン
──この映画の制作は、あなたがすでにヨーヨー・マとの共演やジャネール・モネイのPV、マドンナとのツアーなどで有名になってからだと思いますが、忙しいスケジュールにも関わらず、映画のオファーを受けた理由は?
監督のルイと会ったのは、バンジャマン・ミルピエと短編のダンス作品を作ろうとLAのダンススタジオにいる時だった。バンジャマンは知っての通り、パリ・オペラ座の振付やLAダンスプロジェクトなどをやっているアーティストで、ルイとは以前に仕事をしていたので、彼からルイを紹介されたんだ。ルイは、会ってすぐカメラを回し始めていたけど、しばらくして「君を題材に映画を撮りたい」と言ってきた。それで、彼のいくつかの映画を見せてらってとても素晴らしかったので、オファーを受けることにしたんだけど、僕は映画を作ることには大きな意味があると思っていた。
その頃、僕はアートの世界で注目されるようになって色々な仕事が来ていたんだけど、多くの人は僕のことを「ヨーヨー・マと“瀕死の白鳥”をやったダンサーだよね」って。だから、僕のダンスの根幹にあるのは、実はメンフィスのストリートダンス、ジューキンなんだと知って欲しかった。映画を作るというアイデアは、それにぴったりだと思った。
重力を感じさせない驚異的なダンス(写真:リル・バック提供)
──小さな頃からダンスに夢中だったのですか?最初に憧れたダンサーは?
最初に憧れたのは、やっぱりマイケル・ジャクソン。まだシカゴにいた頃だけど、姉とマイケルのダンス映像を一生懸命見て、その振り付けを真似ようと一生懸命だった。でも、マイケルのダンスは神業のようで、僕には手が届かないものだと思ってた。でも、メンフィスへ引っ越した後、12、3歳のころだったかな、初めてジューキンを見たんだ。僕と同じ年頃の子でも物凄く上手で、中には、マイケル以上と思うほどのテクニックを見せる子もいた。本当にびっくりした。「この重力に逆らっているようなダンスは何なんだ?!」ってね。しかも若い子たちがプロ意識を持っていて、そんなに簡単なダンススタイルじゃないのに一生懸命練習していた。カルチャーショックだった。それから僕もジューキンにのめり込んでいったんだ。
映画『リル・バック ストリートから世界へ』©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY"
──その後、メンフィスのニュー・バレエ・アンサンブル(NBE)でクラシックバレエを学びますね。ストリートダンスをやっていた人がバレエを学ぶのは、珍しいことなのでは?
確かにそういうところはあるとは思う。音楽も全く違うし、特に男の子はタイツを履いて女の子をリフトしたりすることに、抵抗を感じるかもしれない。でも僕はとにかくダンスが上手くなりたかった。人と同じことだけしていたら、人より上手くなることはできないから。バレエダンサーの爪先(トゥ)で踊るテクニックをなんとかものにしたいと思ったし、それに彼らがダンスを訓練する姿勢はとても勉強になった。そしてバレエをやることで、ダンスはアートなんだと意識するようになっていったんだ。
映画『リル・バック ストリートから世界へ』©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
ストリートダンスはファインアート
──NBEで「瀕死の白鳥」を踊ってみないと言われて、最初に曲を聴いたときはどんな印象を持ちましたか?
僕の場合、音楽を聴くと視覚野が刺激されるというか、情景が浮かぶんだ。この「白鳥」を聴いた時は、肩にのしかかっていた重荷がさーっと溶けていくような感覚があった。音楽を聴くと、自分の人生を重ね合わせることがあるけど、この曲にはそういう感覚があって、聴いていく中で自分の人生の瞬間が色々浮かんできたんだ。だから、(NBEの)ケイティ先生に「どう?これで踊れない?」と言われた時は、できる・できないはさておき、「この曲にのせて踊りたい」という気持ちになった。それで、振りがどんどんと浮かんできた。
映画『リル・バック ストリートから世界へ』©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY"
──ジューキンとバレエ、どちらもやってみてストリートダンスの魅力はなんだと思いますか?
僕は、ストリートダンスはファインアート― ―つまり洗練された芸術だと思っている。コンテンポラリーダンスと何ら変わりがない。コンテンポラリーダンスの「コンテンポラリー」は現代という意味だから、それこそ、ストリートが最も「現代」なダンスなんじゃないかな。技術的にも、バレエなどの伝統的な舞踊と変わりなく、高い技術が必要だ。その上でストリートが素晴らしいと思うのは、ダンスを通して自分自身を発見できること。ストリートダンスの大部分はフリースタイルで、ベースはあるけど、ベースの上に自分の即興をのせていくんだ。だから、ダンスを通して創造性を発揮できる。ダンスを見れば、その動きだけでその人が見えてくる。どういう人生を歩んできたのか、どういう生活を送っているのか、どういう気質があるのか。全てが身体の動きの中に入っているからね。そういう一個人の個性が出てくるというところが、ストリートダンスの魅力なんじゃないかな。
映画『リル・バック ストリートから世界へ』©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
──若い頃のまだ何者でもなかったあなたにとってダンスというのはどんな存在だったのでしょう?そして世界的に有名になった今のあなたにとってダンスとは?
子供の頃、家庭はとても貧しかったし、遊べるようなおもちゃもなかったので、姉と一緒に一生懸命にダンスをする―それが最高の”時間の過ごし方”だったんだ。僕にとって、とても大事な思い出だ。なぜそんなにダンスに夢中になったのかというと、踊っている時だけが真に自由を感じられる時間だったから。誰にも断罪されることなく、誰にも批判されることなく、本当に自分自身の喜びのためだけにやっていることだったから。純粋な時間を過ごして、本当に幸福になれる究極の“自由”がそこにあったんだ。
では今、自分にとってダンスは何なのか、と言われると、まずはこのアーティストとしての活動を通して、ストリートダンスに対する固定観念を崩して、それを広めることができたかな、と思っている。でもそれができたのも、ダンスによって自分が貧困から抜け出せたから。決して当たり前のことではなかった。今、僕にはミッションがあると思っている。後に続くダンサーたちをインスパイアしていきたい。僕がやってきたことは夢物語ではなくて、実際にできるんだよと伝えたい。僕だって何もないところからここまでやってきたんだから、君たちにもできるんだよ、ダンスは何かを達成するための立派なツールになるんだよ、とメッセージし続けたいと思っている。僕もマドンナのツアーに参加させてもらったり、色々なアーティストとコラボレーションさせてもらったりして、それはそれで素晴らしいことだけど、ダンサーはダンサーとして立派な独立したアーティストだということを皆さんに知ってもらいたい。ダンスというアートフォームは、他のアートフォームと同様に深みがあり、それだけで色々なものを創造し、生み出すことができる。エンタテインメントとして消化するだけでなく、例えば経済格差や社会格差を乗り越えさせてくれるものであり、世界を変える立派なツールにもなるんだよ、というメッセージを広めていきたい。だからこそ僕は友人であるジョン・ブーズと一緒に「MOVEMENT ART IS」(M.A.I)という活動を始めた。こういうアクションを通して、複数のメディアを通して自分たちのメッセージを拡散して、ダンサーたちを力づけていきたいと思っているんだ。
映画『リル・バック ストリートから世界へ』
8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督:ルイ・ウォレカン
原題:LIL BUCK REAL SWAN
2019年/フランス・アメリカ/ドキュメンタリー/85分/DCP/カラー