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2021-07-16 08:00


女性監督エリザ・ヒットマンが描く、望まない妊娠をした少女の未来『17歳の瞳に映る世界』

「#MeToo運動や前進しているけれど多くの女性が非力さを感じている問題と繋がっている」
女性監督エリザ・ヒットマンが描く、望まない妊娠をした少女の未来『17歳の瞳に映る世界』
映画『17歳の瞳に映る世界』 ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

注目を集める女性監督エリザ・ヒットマンが第70回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した映画『17歳の瞳に映る世界』が7月16日(金)よりロードショー。webDICEではヒットマン監督のインタビューを掲載する。

感情を表に出さず、友達も少ない17歳の高校生オータムはある日、妊娠していたことを知る。未成年者は両親の同意がなければ中絶手術を受けることができないペンシルベニアに住む彼女は、スーパーで一緒にアルバイトをしているいとこのスカイラーとともに、同意が必要なく手術を受けることができるニューヨークへ向かうことを決意する。『ブルックリンの片隅で』でもニューヨークを舞台に自身の性的嗜好に悩む若者の葛藤を描いたヒットマン監督は、前作に続き、アニエス・ヴァルダやクレール・ドゥニといった女性監督との仕事で知られるエレーヌ・ルヴァールを撮影監督に起用。#MeTooを始めとするムーブメントが高まるなか、台詞や言葉でことさらに政治性を訴えるのではなく、ニューヨークをさまよう少女の姿をを通して、望まない妊娠と中絶を選択した女性たちの心情を捉える。


「私はこの映画が『#MeToo運動』や、前進しているけれど多くの女性が非力さを感じている問題と繋がっていると思っています。この映画のエンディングは複雑で、より現実的です。私は『17歳の瞳に映る世界』のエンディングが別の物語の始まりだと感じています」(エリザ・ヒットマン監督)


女性たちの語られざる旅の物語

──『17歳の瞳に映る世界』の制作に至った経緯を教えてください。

アイルランドで中絶ができなかったために亡くなったサヴィータ・ハラパナバルさんの記事を読んで、本当に落ち込みました。そして、インターネットでアイルランドとその中絶法について、妊娠中絶が違法とされている現状を学んだのです。私は思いました。これこそ私が作りたい映画だと。女性たちの語られざる旅の物語です。初めに書いたシノプシスは、アイルランドが舞台でした。でも、私はアイルランドで映画を作りたいわけじゃない。もし、この物語がアメリカで起こったとしたら、と考えました。中絶手術のためにニューヨークにやってきて、夜ベンチで寝なければならない女性の記事を読みました。手術が高額で、女性たちにはどこにも泊ることができなかったのだそうです。その後、自分自身も妊娠し、『ブルックリンの片隅で』の製作・上映を経て、トランプ大統領就任時にウィメンズマーチに参加しました。そして、また企画を練り直したいと思ったのです。

映画『17歳の瞳に映る世界』エリザ・ヒットマン監督 ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『17歳の瞳に映る世界』エリザ・ヒットマン監督 ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

──シナリオを書くにあたって、ソーシャルワーカーや医師などの話を参考にしましたが?

ええ、大勢の人たちと話し、取材とシナリオ開発を行いました。いくつもの小さな町へ出向き、私がこの登場人物だったら、この窮地にどこに行くだろうか、と考えました。小さな町には、どこにでも妊娠センターがありますが、そこはあてになりません。なぜなら、一見、医療施設に見えるけれど、免許を持った医師はそこにはいないのです。話に行くと、温かく迎えてくれました。彼女たちはいい人たちでした。でも彼女たちの持つ情報は限られており、その意図は明白でした。繋がりのある支援先や養子縁組の情報を提供するのみです。私はそのセンターに入って、妊娠検査を受け、そこにいる女性たちと会話をしました。台詞のいくつかは、彼女たちとの会話をそのまま使いました。

ニューヨークでは、多くの病院と全米家族計画連盟と、個人経営のクリニックにも行きました。多様な視点を持つことが重要だと思ったのです。

──主人公のオータムが妊娠に気づいたとき、誰が父親なのかはっきりと明示されません。ただ、ひとつ確実なのは、彼女のホームタウンであるペンシルベニアでは、彼女は中絶ができないということのみです。

そこで、オータムは支えてくれる従妹のスカイラーと共にニューヨークへ向かいます。親の同意なしに手術を受けられるクリニックがあると希望を抱いて。そして、地下鉄の駅で眠る日を含めた数日間の旅が始まります。地下鉄で出会う男、何度も繰り返されるクリニックへの訪問、下心のある男との時間に耐えなければいけなくなるのです。私はペンシルベニアのいくつかの小さな街に行き、バスに乗り、ポートオーソリティへ向かいました。そして、彼女たちが何を観るか、自分自身に問いかけました。

──これまではご自身の生まれ故郷でもあるブルックリンを舞台に映画を撮ってきましたが、本作ではペンシルベニアを舞台にしました。

ペンシルベニアの中央部はニューヨークからたった2、3時間の距離ですが、時代をさかのぼるような気持ちになります。小さな炭鉱町に心惹かれました。石炭業とともに発展し、炭鉱の閉鎖とともに、こうした小さな町は無の中に置き去られています。インスピレーションを求めて、こうした町の若い女性たちを眺めました。どこで働き、何に興味があるのか。映画の中で具体的な地名には言及しませんが、脚本を書く際に、土地柄は大事なのです。

──『17歳の瞳に映る世界』で描かれるニューヨークは、これまでの映画で描かれてきたニューヨークとは異なったアプローチです。

映画の中でニューヨークにやってきた人は、たいていニューヨークを好きになります。しかし他の場所からニューヨークに来た人が、必ずしもニューヨークを好きになるとは限りません。ニューヨークは、移動しようとすると厄介な街なのです。私が捉えようと思ったのは、まさにそういう面でした。

映画『17歳の瞳に映る世界』©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『17歳の瞳に映る世界』 ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

主人公オータムが孤独な物語を抱えていることを感じ取ってほしい

──オータムとスカイラーの絆がとても心に響きました。スカイラーはオータムが妊娠していると気づいた瞬間に、何も言わずに行動します。脚本上でふたりのつながりをどのように構成していったのでしょうか。

まず、観客がオータムの行動を通して彼女を理解することが重要だと思いました。彼女が孤独な物語を抱えていること、それが暗闇であることを観客に感じ取ってほしいのです。スカイラーはある意味オータムの引き立て役です。彼女は無垢で、楽観主義者。彼女にも状況を打開する具体的な解決策はない。でも彼女のエネルギーのおかげで、彼女たちは一緒に旅を成しとげられるのです。

執筆はなかなか思うように進みませんでした。オータム自ら「妊娠した」と言ったり、なぜ妊娠したのかを説明するシーンを書くと、なんだかひどく不正解のように感じたのです。直感的に、そのこと(妊娠)を直接告げるとチープになってしまう、と思いました。オータムとスカイラーは従妹同士であり、その繋がりがあるなら、繊細な方法でコミュニケーションが取れると信じて私はリスクがあっても、語らない方法を選びました。私は作品の中で、タブーや説明しづらい話題について追及する傾向があるような気がします。

映画『17歳の瞳に映る世界』©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『17歳の瞳に映る世界』 ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

──オータム役シドニー・フラニガンをどのようにキャスティングしたのでしょうか。

私たちは別のドキュメンタリーでたまたま見かけたシドニーのビデオに魅了されていました。そこには本物の十代の女性らしさ、その哀しみ、脆さといったものが映っていたのです。オータム役のために網を大きく広げてはいたのですが、会ってみても、自分が作ろうとしている映画が見えなかった。私は「このシドニーみたいな女の子を探しているのよ」と言い続けていました。結局、(編集でエリザのパートナーでもある)スコット・カニンガムと私はシドニーに手紙を書いて、出演交渉が始まったのです。

──シドニーのためにシナリオを書いた部分もあるのでしょうか?

すべてシナリオにあったものです。どの稿でも、映画の冒頭は文化祭から始まります。私は、このような小さな町の高校を紹介するいい方法だと思いました。シドニーが歌う曲は彼女の勧める音楽を選びました。シドニーはどんな曲をオータムが演奏したいと考えるかについて、とても強い意見を持っていたのです。それで私は彼女に、彼女の直感にどの曲がぴったり合うか、選択肢を与えました。

映画『17歳の瞳に映る世界』©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『17歳の瞳に映る世界』オータム役のシドニー・フラニガン ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

──シドニー・フラニガンでなければ成立しない映画でした。彼女の演技にはとても心を動かされる。これが本当に初めての演技だったのでしょうか?

そう!私たちの撮影の初日が彼女の人生で初めて演技をした日なんです!彼女はとても素晴らしいミュージシャンであり、パフォーマーですが、それまで演技をしたことはなかった。でも映画製作とバンドで演奏するのとはあまり違いはないのではないか、と思います。自分の仕事をしているひとはみんな、それぞれ自分の楽器を演奏しているようなものだから。

──スカイラー役のタリア・ライダーはどのように決まったのでしょうか。

シドニーと陰陽のマジックを起こせる、対照的な性格の女性を求めていました。タリアが部屋に入ってくると、すぐにふたりの間に絆が生まれました。どちらもバッファロー出身だったからです。タリアはシドニーより少し年下ですが、シドニーを補い、物語を動かしてゆく明るさがありました。いいコンビです。

映画『17歳の瞳に映る世界』©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『17歳の瞳に映る世界』スカイラー役のタリア・ライダー ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

──シドニー・フラニガンとタリア・ライダーの関係性はどのように構築したのでしょうか?

リハーサルは1日しかありませんでした。私のアパートに彼女たちに来てもらって、一緒に過ごすことで絆を作ろうとしました。私は、ふたりにノートを渡して、とてもパーソナルな内容を書いてもらいました。「もっとも幸せな幼少期のバケーションは?」など、とても個人的な質問です。ふたりとも父親と複雑な関係なので、最後に父親に会った時について書いてもらい、それをふたりだけで共有してもらいました。彼女たちにとって、ロケセットではない場所でふたりの歴代の秘密を共有したことは、とても重要でした。

──オータムのとある秘密が明かされる、NYのカウンセリングのシーンには打ちのめされました。このシーンをどのように思いつきましたか?

シナリオのために取材をしているときに、クイーンズにあるチョイシズ・ウーマン・メディカル・センターに勤めるケリー・チャップマンをはじめ、多くの人と話しました。ケリーの言葉は私の胸を刺しました。「エリザ、中絶は決してただの危機ではないの。家の中で起こっている秘密は、20分では解決できない」。妊娠、セクシュアルヘルス、パートナーによる暴力、暴力から安全を確保する方法、すべてが絡み合っているのだと。そこで、私はこの話を物語に取り入れました。主人公のリアクションに対し、見る人たちも自ら選択するような感覚を持ってもらいたかったのです。

ケリーはとても共感力の高い優しい人で、あの場面のような会話をこれまで何度もしてきています。私は、映画が信頼できるものであってほしいと思いました。もちろん、中絶手術のプロセスを完全に描く映画を作っているわけではありません。徹頭徹尾、その過程を通して登場人物が感じていることを描く映画です。でも、できるだけ真実であることを保証してくれる人がいたことは心強かった。私は彼女を映画にカウンセラー役として、キャスティングすることにしました。

映画『17歳の瞳に映る世界』©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『17歳の瞳に映る世界』 ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

──映画を観たほとんどの人がもっとも惹きつけられるシーンでした。あのような張り詰めたシーンの撮影のために、どのようにシドニーに安心して演技をさせることができたのでしょうか。

私は撮影中も撮影前も、いつもプロデューサーに「俳優たちが準備するための静かな場所を確保して欲しい」と頼みます。自主映画の製作ではメイクルームや着替える部屋すらないこともしばしばです。そういった撮影の混乱に気を散らしてほしくなかったのです。あのシーンの撮影の日、私はシドニーがひとりで待機できる部屋があることを確認しました。照明や走り回る人々の騒ぎを彼女に晒したくなかったのです。ただ彼女には静かな場所にいてほしい、と思いました。その部屋で本読みをしました。

シドニーは長い撮影になることも16ミリで撮影することも理解していたと思います。それはデジタルで撮影するリスクとは違うことを意味します。彼女はシーンの長さにはじめは緊張していたはずです。私は、「すべての質問に、ただあなた自身の家族について答えてほしい」と伝えました。心臓病やその他の質問に対してシナリオどおりでなくていい、と。あのシーンの後半部分に集中するために、シドニーのよりパーソナルな自分の話をするところから始めたのです。

観客も彼女の世界に没頭するもの

──この映画は1970年代の物語のようにも思えます。意図的だと思いますが、とても時代設定が不明瞭なのです。なぜなら、70年代にも90年代にも現代にも感じられて、とても時代を超えた自然なものだからでしょう。

もちろん意図的です、特にペンシルベニアのパートは。私はこの映画の時代設定を観客が感じないようにさせたかった。だから1950年代の曲による文化祭から始めることにしました。時間と場所が限定された時代劇のようかもしれません。それこそが、この映画に現れる考え方や政治の混乱が、現代のこの国に感じるものなのです。

映画『17歳の瞳に映る世界』©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.
映画『17歳の瞳に映る世界』 ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

──この映画は“イシュームービー(問題提起の映画、論争となる映画)”としばしば定義されています。しかし、「女性の選択権」というテーマとともに「ある個人の物語」でもある。バランスを取るのは難しいことでしたか?

私の政治的な見解はとても明確ですが、観客に対して説教くさくしたくはなかった。この映画はオータムが経験する旅を通して、観客も彼女の世界に没頭するもの。私はいつも映画を詩的な冒険旅行として考えていて、問題提起の映画とは思っていません。もちろん潜在的な問題はあります。それは詩的な部分と政治的な部分でバランスをとっています。

──オータムが安堵するエンディングですが、一方で帰った後の彼女に何が待ち受けているかを考えると苦しい気持ちにもなります。ただのハッピーエンドにしなかった理由はなぜでしょうか?

私はこの映画が「#MeToo運動」や、前進しているけれど多くの女性が非力さを感じている問題と繋がっていると思っています。この映画のエンディングは複雑で、より現実的です。オータムが家に向かうバスの中、観客も安らぎを感じ、彼女もついに眠りにつく。しかし、同時に、彼女はすべての問題が待つ家へと向かってもいます。私は『17歳の瞳に映る世界』のエンディングが別の物語の始まりだと感じています。

(オフィシャル・インタビューより)



エリザ・ヒットマン(Eliza Hittman)

1979年、アメリカ、ニューヨーク州ブルックリン生まれ。カリフォルニア芸術大学で美術学修士を取得。2013年、『愛のように感じた』(7月公開予定)を製作。サンダンス国際映画祭NEXT部門でプレミア上映され、ニューヨーク・タイムズ紙の批評欄で取り上げられた。17年に製作した「ブルックリンの片隅で」(Netflix配信)は、サンダンス国際映画祭ドラマ部門のコンペティションでプレミア上映され、監督賞を受賞。さらにゴッサム・インディペンデント映画賞でブレイクスルー俳優賞を受賞するなど各国の映画祭を賑わせた。本作が長編映画三作目、日本劇場初公開となる。




映画『17歳の瞳に映る世界』©2020 FOCUS FEATURES, LLC. All Rights Reserved.

映画『17歳の瞳に映る世界』
7月16日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

監督・脚本:エリザ・ヒットマン
出演:シドニー・フラニガン タリア・ライダー セオドア・ペレリン ライアン・エッゴールド シャロン・ヴァン・エッテン
プロデューサー:アデル・ロマンスキー、サラ・マーフィー
製作総指揮:ローズ・ガーネット、ティム・ヘディントン、リア・ブマン、エリカ・ポートニー、アレックス・オーロブスキ、バリー・ジェンキンス、マーク・セリアク
2020年/アメリカ/101分/ユニバーサル作品
配給:ビターズ・エンド、パルコ
原題:Never Rarely Sometimes Always

公式サイト


▼映画『17歳の瞳に映る世界』予告編

キーワード:

エリザ・ヒットマン


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