『水を抱く女』© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
『東ベルリンから来た女』『未来を乗り換えた男』のクリスティアン・ペッツォルト監督の新作で、ヨーロッパに伝わる水の精=ウンディーネの神話をモチーフにした恋愛ドラマ『水を抱く女』が3月26日(金)より公開。webDICEではペッツォルト監督のインタビューを掲載する。
主人公はベルリンの都市開発を研究する歴史家で博物館のガイドとして働いているウンディーネ。彼女の前に現れた潜水作業員クリストフと強く惹かれ合うが、かつての恋人ヨハネスが関係をやり直すことを提案され、葛藤するウンディーネはクリストフの前からこつ然と姿を消してしまう。「ヒッチコック『めまい』を彷彿とさせる」という形容もむべなるかな、宿命を背負った女と男の出会いと別れを幻想的に描いている。『婚約者の友人』のパウラ・ベーアがウンディーネを演じ、2020年・第70回ベルリン国際映画祭で女優賞を受賞した。
「今回は愛がどのように発展していき、心にどのように残っていくのかを描きたかったのです。そして、非政治的な物語というものはありえません。政治は常に物語の中に入り込んでいます」(クリスティアン・ペッツォルト監督)
神話の残骸はウンディーネの物語の一部
──あなたの直近の映画はすべて明確な歴史的または政治的背景を持っていましたが、本作は神話を出発点としています。なぜそのような選択をしたのですか?
私にはそれらが全く異なるものと分類してしまって良いのかは分かりません。『東ベルリンから来た女』、『あの日のように抱きしめて』、『未来を乗り換えた男』と同様に、本作は愛についての物語です。しかし、それら過去作は不可能な愛、傷ついた愛、あるいは発展を予想させる愛について語っています。今回は愛がどのように発展していき、心にどのように残っていくのかを描きたかったのです。そして、非政治的な物語というものはありえません。政治は常に物語の中に入り込んでいます。
『水を抱く女』クリスティアン・ペッツォルト監督
──ウンディーネについて無数にある物語をすべて参照しましたか?
私は子供の頃からウンディーネの物語については知っていましたが、あらゆることを間違って記憶してしまっています。そういった虚偽の証言や誤った記憶というのはおそらく脚本を書くための前提条件ですね……。記憶しているお伽話、母親が読んでくれた神話、これらを読み直す必要はありません。それらの世界観は記憶に保存されており、物語を書く段になると、そうしたぼやけた所と明確な部分とが非常に重要になってきます。凝縮や要約はあらゆる伝承の中にあります。グリム兄弟などによって記録されたお伽話は、口伝を繰り返し、あるところは変化していきましたが、いくつかの点は同じままでした。私にとって映画は州立図書館で勉強することよりも、この口承の伝統に似ています。
『水を抱く女』© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
──あなたがこの映画で主人公にしているウンディーネはベルリンの歴史家であり、この街はご自身の作品の中で繰り返し独特の視点で取り上げている都市ですね。
私がこの映画を企画している頃、ベルリン市立博物館に展示されている素晴らしいベルリンの模型を見ました。ベルリンは辺り一帯を排水処理して整地し、沼地に建てられた都市です。そして、神話を持たない人工的で近代的な都市です。かつての貿易都市のように神話を輸入しました。沼地が排水されていくに伴い、旅商人たちが持ち込んできた神話や物語が乾いていく干潟のように、この地に根付いていったと想像しています。同時に、ベルリンはそれ自身の歴史をどんどん消し去っている都市でもあります。ベルリンの特徴的な要素であった「壁」は、非常に短い期間で取り壊されました。ベルリンの過去と歴史に対して私たちは残忍です。フンボルトフォーラムもまた過去の略奪なのです。わたしはこれらの破壊された過去、神話の残骸はウンディーネの物語の一部だと思いました。
『水を抱く女』© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
ベルリンの模型には魔法が宿っている
──水中シーンをどのように準備しましたか?
準備のために沢山の映画を観ました。私が知っている最も魅力的な水中映画は、リチャード・フライシャーの『海底二万哩』です。本作のすべての水中世界は、水を加える前に構築されました。アーチ道、植物、巨大な溝のあるダムの壁、タービンなどの制作にまず取りかかりました。本作に出てくるベルリンの模型のように、物理的で具体的な構築モデルには魔法が宿っています。俳優が水中を潜っていくとき、それは本物でなければなりませんでした。しかし、魚を訓練することは出来ませんから、アニメーションを使ってナマズは追加しました。
『水を抱く女』© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
──パウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキは『未来を乗り換えた男』でも既に共演していました。彼らの何がいちばん好きですか?
『未来を乗り換えた男』の撮影中、映画に出てくるピザ屋でのランチタイムに、私は二人にまだ初期段階の本作の企画を話しました。それは私にとって楽しく、また彼らも物語を楽しんでくれていることに気づきました。彼らの相互作用には大きな信頼があります。これはいままでに、他の俳優コンビの間で感じたことはありません。それがどこから来ているのか分かりません。彼らのあらゆる触れ合い、あらゆる視線、すべてが信頼と尊敬と信じられないほどの解放感に満ちています。
私達はいつでもすべてを一緒に話し合うことが出来ます。パウラ・ベーアは非常に若い女優ですが、他の人が歳をとってからしか経験できないようなことを表現することが出来ます。フランツ・ロゴフスキは確実にドイツで最も重要な俳優です。そして、あのような目線を送れる俳優はそう多くありません。フランツの身体的側面は、彼の手さばき、ものに触れる様の素晴らしさでも見ることができます。フランツと一緒に居ると、彼がフィジカルに世界を捉えていて、それを楽しんでいるという印象を常に抱きます。
(オフィシャル・インタビューより)
『水を抱く女』© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
クリスティアン・ペッツォルト(Christian Petzold)
1960年9月14日ドイツ、ヒルデン生まれ。ベルリン自由大学でドイツ哲学と演劇を学び、その後ドイツ映画テレビアカデミー(DFFB)で映画製作を学びながら助監督を務め、卒業後にいくつかのTV映画を監督した。2000年に「治安」(未)でデビューし、ドイツ映画賞最優秀賞を受賞する。2003年「WOLFSBURG」(未)でベルリン国際映画祭批評家連盟賞などを受賞、続く「幻影」(05/未)ではベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品、ドイツ映画批評家賞を受賞、「イェラ」(07/未)では主演のニーナ・ホスにベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)をもたらした。『東ベルリンから来た女』(12)ではベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞し、『あの日のように抱きしめて』(14) はサンセバスチャン映画祭批評家連盟賞をはじめとする多数の賞に輝いている。『未来を乗り換えた男』では、ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品、トルコ・ドイツ映画祭最優秀賞を受賞した。近年はテレビドラマの脚本、監督を手掛けるなど活躍の幅を広げている。
『水を抱く女』© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
映画『水を抱く女』
3月26日(金)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ
配給:彩プロ
2020年/ドイツ・フランス/ドイツ語/90分/アメリカンビスタ/5.1ch/原題:Undine/日本語字幕:吉川美奈子