映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved
大河・富春江が流れる街・富陽に暮らす大家族をめぐる人間模様を描き、2019年・第20回東京フィルメックスのコンペティション部門で審査員特別賞を受賞した映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』が現在公開中、2月19日(金)からは大阪・テアトル梅田など、2月26日(金)からはアップリンク吉祥寺でも公開が始まる。本作が長編デビュー作となる中国のグー・シャオガン監督のインタビューを掲載する。
今回のインタビューでは、アニメやコスプレが好きだった高校時代を経て映画監督を志すことになった経緯や、中国山水画の絵巻から影響を受け四季のなかで移り変わる四季を捉えた撮影時のエピソードなどが語られている。
「実は最初に書いた脚本だと5時間の映画になりそうだったんです。今回、芸術コンサルタントとしてメイ・フォン先生(ロウ・イエ監督作で知られる脚本家)の名前がクレジットされていますが、脚本が文学的すぎる、もっと短く、とダメ出しされました(笑)。でも、メイ・フォン先生は最初の文学みたいな脚本もとても評価してくれてはいました」(グー・シャオガン監督)
将来の目標もなくコスプレを楽しんでいた高校生が
世界で注目される映画監督に
── まず最初に監督ご自身のプロフィールについて伺います。ご出身はどちらですか?
実は生まれたのは、(映画の舞台の)杭州ではなく、江蘇省なんです。5歳の時に母方の親族が暮らす杭州の富陽に移って、それから今まで、この映画を撮影した富陽で暮らしています。
映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』グー・シャオガン監督
──大学では服飾デザインとマーケティングを学んだと聞きましたが、なぜそのコースを?
富陽は杭州の行政区域の一つで、僕は杭州理工大学に進学しました。最初の希望はアニメや漫画のコースだったんですが、点数がちょっと足りなかったので(笑)。希望コースはダメだったんですが、大学側からファッションのコースなら入学できると言われて……。その頃は周りの友達も皆、将来というものをよく考えていなくて、自分も大学で何を学んで将来どうしたいなんて考えてなかったです。僕は高校生の時アニメとかコスプレが好きだったんですが……。
──コスプレ!?
はい(笑)。中国のコスプレって個人じゃなくてグループでやるんですよ。サークルで衣装担当とか決まっていて、年越しパーティーでみんなで踊ったり。それでファッションは割と親しみのある分野だったので……。
──映画は好きだったんですか?
僕の映画鑑賞デビューは遅くて……。映画を見るようになったのは高校3年生の時。なぜかというと、僕が育った時代の富陽には映画館がなかったんです。海賊版のVCDやDVDは流行ってましたが、記憶でいうとチャン・イーモウ監督の『HERO』あたりを最後に映画館が閉まってしまったので映画を見る習慣がなかったんですね。それで高校3年の時にできた友達がプレイステーション・ポータブルの中に映画を入れて見てたので僕も一緒に見せてもらうようになり……。岩井俊二監督の『ラブレター』や『リリイ・シュシュのすべて』にすごく感動しました。そこから映画を見るのが好きになりました。
──それからはどんな映画を?
名作と言われる作品を片っ端から見ました。中国には、全部の映画をアップロードしているサイトがあって(笑)、そのサイトの「名作トップ100」とかのリストを上から順番に全部見たりしてました。大学に入ってからは、見る作品もジャンルも増えて、アート系の作品も見るようになりました。その中で特に印象に残ってるのは、セルゲイ・パラジャーノフ監督の『ざくろの色』です。
映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved
『アバター』を見て映画を作りたいという衝動に駆られ……
一人でカメラを持ってドキュメンタリーを撮り始めた
──それから映画作りに関心を持ったのですね?
僕は大学時代に、短い期間ですがヒンドゥー教を勉強してたんです。信仰していたわけではなく海外の宗教や人々の信仰心への興味だったんですが。そんな時ジェームズ・キャメロンの『アバター』が公開されて驚いたんですよ。技術やCGに対する驚きではなく、キャラククターや物語にヒンドゥー教の文化や思想が反映されているということに驚いたんです。普通の中国人にとっては親しみのない宗教なのに、映画という大きなパッケージでその文化や思想を、国境を超えて感じさせ、しかも大衆性を持たせられるということにびっくりしました。その時、映画が持っている力に気がついて、「僕も映画を作りたい」という衝動に駆られたんです。
──すぐ行動に?
とにかく何かしなきゃって。だからその時に身近にいたヒンドゥー教の人たちを記録したいと思いたって、カメラを買って、彼らの生活や日常を撮り始めました。映画の作り方も学んだ方がいいだろうと思って、通っていた理工大学には学べるところがなかったので他の大学へ映画の授業を聴講しにも行きました。本格的に行動に移したのは大学3年生の時でHAFF(杭州アジア青年映画フェスティバル)がドキュメンタリー映画を募集していたので、撮りためていたヒンドゥー教の人々の映像を編集して応募したら採用されたんです。その時、映画という大きな扉の前に立ったんだという感じがしました。
──ドキュメンタリーの経験は劇映画に生かされましたか?
当時から劇映画も作りたかったんですけど、資金もクルーも必要だし、脚本も書かなければいけないし、その頃の自分には難しくて、当時はとにかくカメラを持って撮りたい、自分なりに編集を勉強したいと思っていたので一人でもできるドキュメンタリーで始めたんですが、とても良い経験になったと思います。ドキュメンタリーは作者の価値観ももちろん出ますが、何より自分の考えを整理したり、相手や自分を理解するための時間を経験できるものだと思うんです。当時の僕にとっては自分自身や対象と見つめ合う時間、考える時間をたくさん持つことが大事でした。
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『春江水暖~しゅんこうすいだん』が初めてクルーを組んだ映画
2年の撮影期間があってこそ完成した
──長編の劇映画は、この『春江水暖~しゅんこうすいだん』が初めてということですか?
そうです。僕の感覚としては、クルーを組んで初めて撮った作品、という意識ですね。短編のドキュメンタリー風の劇映画も撮ってはいましたが、それも全て自分一人でやっていたので、クルーを組んだ作品は『春江水暖~しゅんこうすいだん』が初めてです。
──驚きです。すごいことですね。
いやいや、そんなことないですよ。完成させられたのは2年という長い時間がかかっているからです。2年の間にやり方を模索したり、悪いところを修正したりしたんです。今思うと最初の季節を撮った時と最後の季節を撮った時の自分は全然違う人間みたいです。最初の頃なんてクルーやスタッフの把握すらできてなかったんですから。2年という長い時間の特殊性があったからこそ、できたことだと思います。季節ごと、3ヶ月ごとに撮影していくので季節の変わり目に時間が空くんですよね。そこで問題の解決策を考えたり、成長のために反省したりする時間がとれました。
──脚本も2年の間に書き直したりしたのでしょうね。
実は最初に書いた脚本だと5時間の映画になりそうだったんです(笑)。今回、芸術コンサルタントという名前でメイ・フォン先生(ロウ・イエ監督作で知られる脚本家)の名前がクレジットされていますが、先生は、撮影1年目の夏を撮り終えてから参加した映画祭のピッチで審査員をしていて、僕らの企画を気に入ってくれたんですけど、脚本にダメ出しされました。僕の書いた脚本はちょうどその頃読んでいた郁達夫(中国近代の作家・富陽出身)に影響されていて、まるで文学のようで、映画の脚本の常識から外れていたんですね。それで、この脚本ではスタッフは何の準備もできないよ、もっと短くするべきだよ、と言われたんです。それで自分自身で書き直しを重ねました。でも、メイ・フォン先生は最初の文学みたいな脚本もとても評価してくれてはいました。
──クルーどのような人たちですか?
経験豊富なスタッフはいませんでした。アート系映画やネット系のドラマなど劇映画の経験はありましたが、商業的な大きな映画システムに入っている人はいませんでした。経験値が同じくらいなので、1年目はただ撮影が回るように働くだけで精いっぱいでした。でも2年目になると皆に余裕がでてきて、現場でクリエイティブなことをどんどん発展させられるようになったと思います。中国の仕事の出世スピードってすごく早いんですね。映画を志す若者も、どんどん上に行こうとする。そんな中で、2年という長い時間をかけられたことで、皆ゆっくりと自分の仕事を成長させることができたり、経験できたっていうのも良かったと思います。
映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved
山水画の絵巻を映画に―10分53秒の横移動ロングテイク
天地の視点が感じられるように
──中国山水画の傑作「富春山居図」からインスピレーションを受けたそうですね。
「富春山居図」は富陽で描かれた絵画です。故郷の富陽で映画を撮るとなった時、避けては通れない歴史的な遺産が「富春山居図」だったというわけです。地元を描いた素晴らしい芸術が残されているのですから、この偉大な芸術品がここにある意味や、絵に描かれた場所に今生きていることを考えました。そして、山水画を映画に変換して描いたら面白いのではないかと考えついたんです。伝統的な絵巻は右から左へとゆっくり観賞します。巻物を進めるごとに少しずつ、更なるイメージやプロットが見えてくる。それって何だか映画のようだと思いませんか。ただ、脚本を書いている段階では、長い絵巻物を展開していくようなスタイルにできたらいいなと思っていただけで、実際にどうやって撮影し、どうやって絵巻物のように見せるかというのは、クルーと一緒に模索していきました。
──「動く山水絵巻」という表現の中で最も言及されるのが、孫娘のグーシーと恋人のジャン先生の、10分53秒も続く川辺のデートシーンですね。
夏にジャン先生が泳ぐ横移動のシーンは「嚴子陵釣台」をスタート地点にして撮影しました。夏のシーンは釣台の右側の風景を、冬の横移動シーンは釣台の左側の風景を撮影し、この2つの長回しシーンを繋げると、釣台の背後にそびえ立つ「鶴山」の川辺一体が絵巻物となるように考えました。
── あのシーンは何テイク撮ったのですか?
全部で30回くらいでしょうか。実はあのシーンは1年目の夏に撮影したんですが、最初はジャンさんが泳ぐ速度とグーシーが歩く速度が合わなかったり、なかなかうまくいかなくて何度もやり直しました。資金集めが遅れたこともあって、撮影が2年にわたったので、それで、次の年の夏に、“あのシーンをもう一度撮ったら、前よりきっとうまく撮れるな”と思ったんです。その時も何回か撮り直しはしました。川で遊んでたり、川辺にいる人たちの何人かは、 “この辺りでこうしていて”と頼んだ人たちなんですが、何回目かのテイクで大きな犬を二頭連れた全く通りすがりのおじさんがやってきて、犬たちを川で遊ばせ始めたんですよ。それが撮れた時、初めて“これだ!”と思って、そのテイクを使いました。
──映画を見た人の中には「神の視点」があるという方もいます。
すごい言葉をいただいてしまって驚くばかりです。中国では神という言葉はあまり使わないのですが、神の意志的なことを“天地”というんです。見えざる天地によって人々は導かれているということが潜在的に、市井の人々には根付いていると思います。山水画は元々天地の全てや宇宙観、時間と空間の無限を表そうとしているもので、「富春山居図」の画家、黄公望は常に絵画の焦点を変化させました。それによって鑑賞者は絵画の中を流れいき、立ち止まって大地を感じたり、自分も空に浮かんで飛んでいるような気分になったりするのですが、それを映画で表したいと思いました。
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市井の人々の民族誌を絵巻のように―
素人のキャストだから映った真実
──この映画では、日常生活の中の風習も丁寧に描かれていますね。
先ほど「富春山居図」の話が出ましたが、「清明上河図」という絵からも着想を得ていて、その絵画では当時の人々の姿や風俗が精緻に描かれているんです。それで自分としては「山水絵巻で描く市井の人々の民族誌」というか、市井の人々の生活を長い絵巻物のように見られるような映画にしよう、という側面も考えていました。今残されている絵巻物を僕たちが見て、過去に想いを馳せるように、10年後、20年後にこの映画を見たときに、当時の人々はこういう生活をしていたのだ、ということも描きたいと思ったんですね。それで、現代の風俗や習慣を意図的に入れるようにしたんです。
──キャストの皆さんは監督のご親戚や地元の知り合いの方たちだと聞きましたが、その理由は?
製作費を節約できるという理由がもちろん大きなものでしたが、富陽のある瞬間をリアルに浮かび上がらせるために、また市井の人々の情感を映像に入れるために、実際にそこで生きている人に演じてもらうことが大事だと思ったんです。おばあさんの役と、グーシーはお芝居の経験のある方ですが、長男夫婦は実際にレストランをやっている伯父さん夫婦だったり、次男夫婦は本当の漁師だったり、三男の伯父さん役と息子は本当の親子だったり、僕らクルーの現場での合言葉は「真実を映そう」というものでしたが、それができていたとしたらキャストのおかげでもあると思います。
──映画の最後は「巻一完」となっていますね。
はい。三巻ものの絵巻のように完成させたいと思っています。第二巻には、第一巻の人物も一部登場しますが、新しい人物の話になると思います。タイトルは『銭塘茶人』で、今度は富陽ではなく西湖のある杭州の物語で“お茶”が大きなモチーフになります。今は脚本の段階で、今度は一緒にやってくれる脚本家もいて、この前は銭塘江の川辺でディスカッションをしました。1年かけて脚本を練って、順調にいけば2022年に撮影が始めたいです。自分の会社を作ったので、資金繰りも自分の会社でやろうと思っていて、キャスティングについても違う挑戦をしてみたいと思います。
インタビュー:武井みゆき(ムヴィオラ) 通訳:湯櫻
映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved
グー・シャオガン(Gu Xiaogang)
1988年8月11日生まれ。浙江理工大学に進学。最初はアニメ・漫画コースに行きたかったが、希望のコースに行けず、服飾デザインとマーケティングを学ぶ。その後、映画作りに目覚め、北京電影学院社会人コースなどを聴講。ドキュメンタリーや短編劇映画に着手。初長編映画となる『春江水暖~しゅんこうすいだん』は2年に渡る撮影期間の後、完成し、デビュー作にして2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれて、大きな話題となる。現在も、映画の舞台である浙江省杭州市富陽に暮らす。
映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved
映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』大ヒット公開中!
アップリンク吉祥寺では2月26日(金)より上映
監督・脚本:グー・シャオガン
音楽:ドウ・ウェイ
出演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン
字幕:市山尚三、武井みゆき
字幕監修:新田理恵
配給:ムヴィオラ
中国/2019年/150分