映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
ギャスパー・ノエ監督の最新作『ルクス・エテルナ 永遠の光』が1月8日(金)より公開。webDICEでは公開にあたり、ノエ監督のインタビューを掲載する。
『ルクス・エテルナ 永遠の光』ファッションブランド、サンローランのクリエイティブディレクター、アンソニー・ヴァカレロが「様々な個性の複雑性を強調しながら、サンローランを想起させるアーティストの視点を通して現代社会を描く」というコンセプトでスタートさせたアートプロジェクト「SELF」のプロジェクト作品として制作された。『ニンフォマニアック』のシャルロット・ゲンズブール、『ベティ・ブルー』のベアトリス・ダルが主演を務め、とある撮影現場で繰り広げられる悪夢のような出来事を描いている。
「映画が悪魔的になり、観客をシャーマンのトランスのように魅了してほしいと思います。トニー・コンラッドやケネス・アンガーの幻惑的な作品を見るのは本当にスリリングです」(ギャスパー・ノエ監督)
“テストステロン(男性ホルモン)嫌い”の映画
──本作のプロジェクトは、アンソニー・ヴァカレロ依頼のサンローランのための短編映画から始まりました。どのような経緯を辿って、中編『ルクス・エテルナ』となったのですか?
2019年の2月中旬の午後、アンソニーが話したいアイディアがある、と電話をしてきました。会った時に「サンローランで”Self”というプロジェクトがあって、アーティストに依頼して、写真展やパフォーマンス、撮りたい映画を撮ってもらうんだ。Self 01は写真家の森山大道、02はコンセプトアーティストのヴァネッサ・ビークロフト、03では小説家のブレット・イーストン・エリスが短編映画を撮った。Self 04のために、映画を撮る気はないか?」と言われたのです。もちろん、でも条件は?と答えました。「資金は全部持つが、ブランドの顔である人を起用してほしい。また、衣装は最新コレクションのものを使ってもらいたい。それだけだ。」そして、彼に「短編映画を撮るなら、カンヌ映画祭に間に合わせるのが理想的だ。どんな映画でも愉しんでくれるからね。」と言いました。1週間後、3行で映画のアイディアをヴァカレロに戻し、2カ月半後のカンヌに間に合うと安心させました。そのためには全てを急がなければなりませんでした。プロダクション、ロケハン、キャストとスタッフのキャスティング、衣装選び…。そして短編が段々と長いものになっていき、最終的にティエリー・フレモーによるカンヌ映画祭オフィシャルセレクションに選ばれ、ミッドナイト部門で上映となりました。
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』ギャスパー・ノエ監督
──ベアトリス・ダルが監督する映画で、シャルロット・ゲンズブールが魔女を演じます。ウィッチクラフトについてのカルト・サイレント映画『HAXAN 魔女』(ベンジャミン・クリステンセン監督、1922)の一部を冒頭で引用していますね。テーマのフェミニスト的な観点に興味はありますか?また、映画が観客にもたらす魔力についてはどうですか?
映画『HAXAN 魔女』はヨーロッパ中で1世紀の間広く行われた魔女狩りについて描くその後のどんな映画にも勝る傑作です。今日ではこの虐殺を“セクソサイド”と呼ぶ人もいます。なぜなら処刑された人の8割が女性だったからです。同題材のもうひとつの傑作は『怒りの日』です。『ルクス・エテルナ』の本編中でその恐ろしい映像の引用がこちらも見られます。この題材について、いつか映画を撮ってみたいです。しかしこの時代の再現には製作費がかかります。また、このジャンルの題材を当時の極端な残虐性を和らげることなく語る方法が今日にはないと思っています。ある種の宗教への狂信やここ数年、ヨーロッパの外で問題となっているセクシストにとても良く似ています。ベアトリス・ダル演じる女性監督が監督作に失敗することは、今日の商業映画製作の枠組みの中である種の主題を描くことが不可能であることを示しています。ある日、ベアトリスが監督をやりたいと思ったら、本当のベアトリスは『サイダーハウス・ルール』並の傑作が撮れると思いますよ。私の『ルクス・エテルナ』がフェミニスト映画だというのは大げさですが、”テストステロン(男性ホルモン)嫌い“(testosterophobe)ではあるでしょう。男性の登場人物はみな揃って哀れにも横柄ですからね。最後の質問ですが、もちろん映画が悪魔的になり、観客をシャーマンのトランスのように魅了してほしいと思います。トニー・コンラッドやケネス・アンガーの幻惑的な作品を見るのは本当にスリリングです。彼らの作品にはセリフが詰め込まれ、物語の筋が止むことなく浴びせられますからね!
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
過度となった人間同士の対立がユーモアになる
──本作も自由に映画を撮られていますが、サンローランのメゾンと親しい人やミューズをキャスティングするということを除いてですね。どのようにしてベアトリス・ダルとシャルロット・ゲンズブールというキャスティングに行きついたのでしょうか?またなぜベアトリス・ダルに監督役をやらせたのですか?
キャスティングは即決でした。アンソニーが挙げた中に元々入っていましたし、映画を撮り始めた時から、私も彼女たちのことは大好きでした。出演する映画のチョイスにしても、演技にしても、そしてテレビでばかな人たちに応答する時の彼女たちの素晴らしい存在感といったら。中編映画をこんなにも短い期間で即興することは、とてつもない集中力を必要としますから、アクションはベアトリスとシャルロットに集中させることにアンソニーと合意し、アビー・リーやミカ・アルガナラズといったサンローランの他のミューズ、フェリックス・マリトーのような俳優を加えることにしました。それからカール・グルスマンや何人かの親しい友人に他の役を演じてくれるよう提案しました。
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
──作中の会話や表現がとても新鮮に映る箇所が作中にあります。どの部分が即興でどの部分が書かれていたものだったのでしょうか?
会話は生です。何のセリフを書く時間もなかったですから。それに、役者に彼らのイメージやボキャブラリーを採用させる時、私は彼らをとても信用しています。例えば、ベアトリスのフランス語は私のフランス語より豊かです。リファレンスに溢れ、必要とあらば汚い(フランス語)です。言葉は服のようなものです。綺麗なシャツより気に入る言葉があるのに、心地悪いと思っている人に無理強いしたくありません。冒頭のシャルロットとベアトリスの会話は「この映画の撮影について、魔女について、他の撮影について話してください。名前の引用は避け、最大限に楽しんで。良いところは残すし、良くないところはカットします。頑張って。20分後にまた!カメラ、アクション!」とだけ指示をして最終日に撮った長い即興です。20分撮影して、12分をキープしました。カリスマ性に満ちた女優たちと仕事をする喜びはまさにこれです!他の出演者たちも、役者・非役者に関わらず、皆私を驚かせてくれました。5日間の撮影の本当に楽しいところでした。
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
──作品の中ではユーモアがしばしば描かれ、それがドラマを超えていますよね。コメディや風刺ともとれるのが明白です。どうしてこのようなトーンにしようと思ったのですか?
本作は必ずしもドラマではありません。『忘れられた人々』や『自由の代償』もそうであるように……。日常的な人間の対立を描くために、現実的な題材を選ぶこともできます。意図的であろうとなかろうと登場人物たちの特徴を撮影の現場で伸ばしながら。私の場合、ほとんどを即興で撮ったことが、大いにそれを可能にしました。この過度となった人間同士の対立が、面白くなるのです。自分でもよく驚くのですが、最近最も笑った映画は怖い映画です。恐らく私のユーモアのセンスは、平均的なものよりちょっとだけ残酷なのでしょう。『ルクス・エテルナ』では、一番おかしいシーンはほとんど全て役者からのアイディアです。(ベアトリス、シャルロット、カール、ヤニック、マックスなど)私に採用の許可すら求めていませんよ。
──フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』ジャン=リュック・ゴダール監督の『軽蔑』、フランソワ・トリュフォー監督の『アメリカの夜』、さらにはデヴィッド・リンチ監督の『インランド・エンパイア』、多くの偉大な映画人が映画撮影現場の映画を作っていますね。あなたの考えではどうしてこういう欲求がおこるのだと思いますか?
第七芸術が生まれる前に、画家が制作中の画家を描き、作家が苦難の小説家についての小説を書いたのと一緒です。監督がある日最も人生に似ているもの:監督の人生を撮りたいと思うのは普通です。私は『LOVE 3D』では既に学生監督の主人公を撮りましたし、今回はスタッフの管理がちょっと支離滅裂な女性監督を撮りたかった。これは映画を撮る時の私の恐れを反映しています。夢に願望が、悪夢に恐れが反映されるのと同じですね。撮影現場を駄目にしてしまうというのは、実に私が他のあらゆる監督と同様にもつ、無意識のうちの、しかし自然な恐れです。このような悪夢が撮りたかったのです。
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
──この作品ではあなたのシネフィルな部分も表現されていますよね?とりわけ冒頭の抜粋シーンや偉大な映画人たちの引用など。ドライヤー(カール・Th・ドライヤー)、ファスヴィンダー(ライナー・ヴェルナー・ファスヴィンダー)、ゴダール(ジャン=リュック・ゴダール)、ブニュエル(ルイス・ブニュエル)……これはあなたなりの彼らに対するオマージュの方法なのでしょうか?下の名前しか記載していませんね。まるで友人のような親しさでは?
引用した監督の下の名前しか記載していないのは、クレジットでベアトリス、シャルロットとローマ字で名前しか記載していないことにあわせています。古代ローマでは、カエサル、マルクス・アウレリウス、ピラト、クレオパトラと名前で呼び、役に立たない名字では呼びませんでした。役者やパートナーの全員が下の名前しか記載されないことを承諾してくれて嬉しかったです。引用した監督たちに関して、カール・Th、ジャン=リュック、ライナー、そしてルイス、確かに彼らは私にとって友人のようです。
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
ストロボ光は本当に幻惑的
──フレームワークに関して、本作であなたは映画の歴史の流れの3つの画角を用いていますね。1.33、パノラマ1.85、そしてシネマスコープ2.35。これは“映画の歴史”の中でこの作品を描きたかったのでしょうか?
“映画の歴史”に名を刻みたいなど全く思っていません。もちろん事典の中で過去作品のために名を引用されることは、それが良い文脈であれ、悪い文脈であれ嬉しいですが。むしろこれまで使用しなかった言語の可能性を今回は楽しみたかった、と言えると思います。長回し(プラン・セカンス(plan-sequence))はもう何度もやりました。俯瞰撮影も、3D映画すら撮りました。しかし、憧れのフライシャーやデ・パルマ、モリッシーのように分割画面(もしくは複数画面)の編集で遊んだことは一度もありませんでした。それだけでなく、これまで傑作映画を引用したことや、クラシック音楽だけでサウンドトラックを構成したこともありませんでした。『HAXAN 魔女』や『怒りの日』の映像、監督たちの名前を引用したことは、先人たちの創造から我々も創作しているに過ぎないということの再認識となりました。『ベニスに死す』や『バリー・リンドン』で聞いた音楽を滑り込ませたことも同様です。この映画は作家性の高い映画を撮るということのパッチワークのようなものです。映画と同じくらい散々だった撮影現場に立ち会ったこともあります。実際は、スポンサーによって監督の自由が制限される発注された映画や宣伝映画であることが多いです。私の撮影現場はといえば、これまでいつも滞りなく行われ、短い『ルクス・エテルナ』の撮影でしたが、スクリーンに映し出されるものとは反対に、一番楽しい現場のひとつでした。
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』©2020 SAINT LAURENT-VIXENS-LES CINEMAS DE LA ZONE
──これまでの多くの作品のように、本作でもあなたはまた観客を前にし、映像のできることを試していますよね。とりわけ今回は“フリッカー”と呼ばれる手法を多く用いています(映像と光を急速に変化させる手法)。観客には何を感じ取ってほしいですか?
ストロボスコープ実験映画の最高傑作、そして最も暴力的なのはトニー・コンラッド監督の『The Flicker』でしょう。ポール・シャリッツの作品も素晴らしいですが。ストロボ光(スクリーンもしくはプロジェクターに投影される)が本当に幻惑的なものかもしれません。脳波に作用しますからね。この光のうねりが、彩色されていようといまいと、人によっては不合理な恐怖を感じさせ、一方リラックスした状態や飽満感を感じる人もいます。ちょっとジョイントみたいですね。笑ったり、眠たくなったりする人もいれば、おかしくなる人もいる。私はジョイントはもう何十年も全く吸いませんが……幻覚を見るには、ストロボ効果の方がずっといいですね。
(オフィシャル・インタビューより)
ギャスパー・ノエ(Gaspar Noe)
1963年12月27日、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。父は画家のルイス・フェリペ・ノエ。子供時代の数年間をニューヨークで過ごし、1976年フランスに移住。パリのエコール・ルイ・リュミエールで映画を学んだ後、スイスのサースフェーにあるヨーロッパ大学の映画科の客員教授となる。短編映画『Tintarella di luna』(85/未)、『Pulpe amere』(87/未)を経て、94年に馬肉を売る男とその娘の愛を独特の雰囲気で描いた中編映画『カルネ』で、カンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞。続編で初の長編映画となる『カノン』(98)はアイエス.bの資金援助を得て完成、カンヌ映画祭でセンセーションを巻き起こす。その後、モニカ・ベルッチがレイプシーンを体当たりで演じた『アレックス』(02)もカンヌで正式上映され、更なる衝撃をもたらす。その後も、彼の愛する街TOKYOを舞台にしたバーチャル・トリップ・ムービー『エンター・ザ・ボイド』(10)、若者の性と情熱を観客の心に完全に再現することを試みた意欲作『LOVE 3D』(15)、22人のダンサーたちの狂乱の一夜を描いた『CLIMAX クライマックス』(18)など世界の映画ファンを驚愕させ続けている。
映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』
2021年1月8日(金)より全国順次公開
監督・脚本:ギャスパー・ノエ
製作:アンソニー・ヴァカレロ、ギャスパー・ノエ、ゲイリー・ファルカシュ、クレマン・ルプートル、オリビエ・ミュラー
出演:シャルロット・ゲンズブール、ベアトリス・ダル、アビー・リー・カーショウ、クララ3000、クロード・ガジャン・マウル、フェリックス・マリトー、フレッド・カンビエ、カール・グルスマン、ローラ・ピリュ・ペリエ、ルー・ブランコヴィッチ、ルカ・アイザック、マキシム・ルイス、ミカ・アルガナラズ、ポール・ハメリン、ステファニア・クリスティアン、トム・カン、ヤニッ・ボノ
撮影:ブノワ・デビエ
編集:マルク・ブクロ
音響:ケン・ヤスモト
美術:サマンサ・ベネ
衣装:フレッド・カンビエ
アシスタントディレクター:クレール・コルベッタ=ドール
プロダクションディレクター:ジャン=ピエール・クラパール
編集:ジェローム・ぺズネル
VFX:ロドルフ・シャブリエ
配給:ハピネット
配給協力:スターキャット
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2019年/フランス/フランス語・英語/51分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/DCP