シルヴァーノ・アゴスティ『人間大砲』
イタリア映画の翻訳、配給、本、絵本の翻訳などを中心にイタリア文化を紹介する団体・京都ドーナッツクラブが『イタリア映画界の異端児、シルヴァーノ・アゴスティ監督特集』と題し、6作品を12月17日(木)からオンライン映画館アップリンク・クラウドにてオンライン上映を開始する。webDICEでは配信にあたり、京都ドーナッツクラブのメンバー・二宮大輔さんにアゴスティ監督の作品の魅力、そして見どころを解説してもらった。
「映画人は自らの映画館で自らの作品を上映すべきだ」(アゴスティ監督)
映画は身近になったのか。コロナ禍で世界的にオンライン上映が増え、動画配信サービスも乱立し、各々コンテンツを充実させようと躍起になっている。この一年絶好調のNetflixでは2020年末までに全世界の会員数が2億人に達するという。そう考えると、確かに映画は身近になったのだろう。ただ、オンラインを通して映画が近くに、たくさんありすぎるがゆえに、いわばゲシュタルト崩壊のような感覚に陥り、「これは本当に映画なのか」と自問することも、また増えた。
そんな今だからこそ、シルヴァーノ・アゴスティに立ち返りたい。日本ではあまり知られていない、北イタリアのブレーシャ生まれの映画監督だ。1962年、数々の映画人を輩出したローマの国立映画学校の監督コースを首席で卒業。1965年に、後に巨匠と呼ばれるマルコ・ベロッキオの処女作『ポケットの中の握り拳』の編集に携わる。明らかにイタリア映画界のスターダムに上り詰める道筋が見えた彼だったが、スポンサーなどの干渉を受けて創作活動を行うことをよしとせず、独自の道を歩みはじめる。彼の理念はこうだ。「画家は自らの画廊で自らの絵画を展示し、音楽家は自らのホールで自作の音楽を奏でるべきである。ならば、映画人は自らの映画館で自らの作品を上映すべきだ」。夢のような絵空事に思われるかもしれないが、アゴスティは実際にそれを実行しているから驚きだ。自ら映画製作・配給会社を創設し、1983年からは映画館の経営も始めた。彼の映画館アズッロ・シピオーニは、現在もローマ有数の名画座として多くの映画ファンが集う場所となっている。
そんな彼の映画は、どれも詩的でかつ、現代社会を批判する強いメッセージを放っている。その理念ゆえに、決して名前がメジャーになることはないアゴスティ作品のうち、6本をアップリンク・クラウドで公開する運びとなった。ここに年代順に紹介していこうと思う。イタリア映画界の異端児アゴスティの作品を鑑賞して、いまいちど映画の意味や可能性に思いを巡らせてほしい。
『快楽の園』(1967年)
『快楽の園』
まずはアゴスティの長編第一作『快楽の園』。公開当時、法的に離婚が認められていなかったカトリック国イタリアで、検閲が入り20分がカットされ、R18指定となった問題作。過激なその内容は、新婚カップルがハネムーンで滞在したホテルでの出来事を描いている。新郎カルロは宗教色の強い結婚式を嫌い、妊娠中の新婦カルラと気持ちの隔たりを感じている。ホテルに泊まったその夜、カルラが眠りにつくと、カルロは敬虔で厳格な家庭で育った幼少時代を思い出し、暗鬱とした気分になる。気晴らしに部屋の外に出ると、見知らぬ女性に誘われるまま関係を持ってしまう。タイトルは16世紀フランドル派の画家ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」から。
『天の高みへ』(1976年)
『天の高みへ』
カトリック教会を痛烈に批判した『快楽の園』の9年後、丸くなるどころかさらに先鋭化した形で、同じ主題を扱ったのが『天の高みへ』だ。田舎町の病院関係者たちが法王に謁見する機会に恵まれる。喜び勇んでヴァチカン宮殿にやってきたのは、マルクシズムに傾倒するイエズス会神父、世渡り上手の町の名士、地位に固執するカトリック組織の代表などの面々だ。法王謁見の間に通じるはずエレベーターに乗り込んだ一行だったが、そのエレベーターが緊急停止。閉じ込められた密室のなかで長時間過ごすことで、主義主張の異なる人々が、本質的な人間の醜さをむき出しにしていく。
『クワルティエーレ~愛の渦』(1987年)
『クワルティエーレ~愛の渦』
うって変わって1987年の『クワルティエーレ~愛の渦』は、ローマの日常を舞台に、映像美を押し出した詩的な作品になっている。4つの短編からなるこの作品の主人公は、それぞれ若い姉妹、少年たち、老いに差し掛かった男、そして老人。人生における4つの段階にある主人公たちが織りなす孤独と愛の物語だ。タイトルの『クワルティエーレ』は「地区」を意味するイタリア語。アゴスティの住むローマ市内のなかでも治安がいいとされるプラーティ地区の社会に違和感を覚え、はみ出してしまった人々に、アゴスティならではの優しいまなざしが向けられている。1987年のヴェネツィア国際映画祭のコンペにもノミネートした名作。
『カーネーションの卵』(1991年)
『カーネーションの卵』
50過ぎのシルヴァーノが、息子とともにブレーシャの田舎にある生家を訪れる。すでに廃墟と化したその家を見ていると、幼少期に自らが体験した第2次世界大戦の思い出が蘇ってくる。ローマから敗走しつつも北部で勢力を保っていたファシスト党だったが、パルチザンの抵抗と連合軍の侵入で、徐々に分が悪くなっていく。作中では戦争に生きる人々の矛盾と虚しさが、子供の目を通して描かれている。アゴスティの自伝的な要素を含んだ代表作。タイトルの『カーネーションの卵』は、戦時中に子供たちの間で流布していた言い伝えから来ている。夕暮れ時にだけ見つかる魔法の卵で、枕の下に入れて眠ると夢が現実のものになるというもの。
『人間大砲』(1995年)
『人間大砲』
仕事を転々としてきた謎の男が、ついにサーカスに自らの居場所を見出す。彼の役回りは大砲の筒に入り、吹き飛ばされる曲芸を見せる「人間大砲」だ。恋仲にあるアシスタントや、サーカス団の仲間たちと楽しく過ごしていた主人公だったが、恋人に裏切られたことで精神的危機に直面する。サーカスと聞いてすぐに連想するのは、もちろんフェデリコ・フェリーニなのだが、本作は他にもさまざまな映画へのオマージュが凝縮されており、「芸術としての映画」を発明したジョルジュ・メリエスに捧げられている。いかにもアゴスティらしい作品となっている。
『ふたつめの影』(2000年)
『ふたつめの影』
最後は、イタリアの精神医療に革命を起こした医師フランコ・バザーリアの実話に基づく『ふたつめの影』だ。清掃員のふりをして精神病院に潜入したバザーリアは、患者たちが縛られ、電気ショックを与えられている現状を目の当たりにする。このように現場では、患者たちはひどい扱いを受け、人権が無視されていたのだ。そこでバザーリアは、社会と患者たちとのあいだを隔てる精神病院の壁を、文字どおり解体する活動を、患者たちとともに推し進める。患者の一人は言う。「病院の医師と看護師が、看護という名目で私を苦しめるとき、私はふたつめの影に身を隠しました。そうするともう何も感じなくてすむのです」。精神医療もまた、アゴスティが長年追いかけている重要な主題の一つだが、本作でその頂点を極めた。
以上、カトリック批判からローマの日常、戦争体験から精神医療まで、四方に興味をまき散らしながら突き進むアゴスティのキャリアがわかる6本を選んだ。私の所属する京都ドーナッツクラブでは、結成当初の2005年ごろにアゴスティと知り合い、彼の寛大さによって、日本でその作品群を配給する幸運に恵まれた。まさに、アゴスティあっての京都ドーナッツクラブなのである。2016年、同じ6本を円盤化した際、友人で現在はソファー輸入会社Gocciaを設立した水田州一くんに、日本版DVDジャケットの制作を依頼した。彼の緻密な点描画によるジャケットは、いずれも狂気と静謐さを同時に感じさせる名作で、今回のアップリンク・クラウドでも使用させてもらうこととなった。改めて彼に感謝の意を表するとともに、読者の皆さんが、水田くんのジャケットで魅力が増幅されたアゴスティの世界を堪能してくれることを願ってやまない。
『クワルティエーレ~愛の渦』DVDジャケット
『快楽の園』DVDジャケット
『カーネーションの卵』DVDジャケット"
『人間大砲』DVDジャケット
『ふたつめの影』DVDジャケット
Goccia公式instagramアカウント
https://www.instagram.com/goccia_japan/
京都ドーナッツクラブpresents
『イタリア映画界の異端児、シルヴァーノ・アゴスティ監督特集』
12月17日(木)よりアップリンク・クラウドにて配信
公式サイト ※ 12月17日(木)14:00より配信開始
https://www.uplink.co.jp/cloud/features/2817