骰子の眼

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東京都 中央区

2020-07-08 19:00


魂をゆさぶる〈プレイリスト・ムービー〉『WAVES/ウェイブス』A24最新作

カニエ・ウエスト、ケンドリック・ラマー、フランク・オーシャンらの楽曲が物語を彩る
魂をゆさぶる〈プレイリスト・ムービー〉『WAVES/ウェイブス』A24最新作
映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

『イット・カムズ・アット・ナイト』のトレイ・エドワード・シュルツが気鋭の映画制作会社A24と3度目のタッグを組み完成させた映画『WAVES/ウェイブス』が7月10日(金)より公開。webDICEではシュルツ監督のインタビューを掲載する。

シュルツ監督は2015年の長編デビュー作『クリシャ』でジョン・ウォーターズ監督によるその年のベスト映画に選ばれるなど注目を集め、続く『イット・カムズ・アット・ナイト』でその手腕を絶賛された。今作ではある夜を境に幸せな日常が崩れてしまった兄妹の姿を中心に、恋人や厳格な父親との関係を通して、若者の心のなかにある葛藤や親子・家族の絆を描いている。そうした普遍的なテーマを、カニエ・ウエストやフランク・オーシャンといった人気ミュージシャンの楽曲のリリックで主人公の心情を語らせるような手法は、今回のインタビューでシュルツ監督が名前を挙げているスコセッシ監督『グッドフェローズ』を彷彿とさせる。ただしシュルツ監督はそのスタイルを極めてパーソナルな物語の、感情の機微を表現するために用いる。タペストリーのように組み合わされる音楽により増幅されるエモーショナルなタッチは、主人公たちに訪れる悲劇とその先の希望をまばゆく照らし出している。


「脚本は主演のケルヴィンからのコメントを参考にして改訂を重ねていった。それは他のキャストが加わってからも同じだ。それを作品に反映していったんだ。だからキャスト全員にとって、半自伝的な内容に仕上がったと思う。全体の8割は、各々が生きてきた人生なんだ」(トレイ・エドワード・シュルツ監督)


ティーンと音楽というテーマ

──『WAVES/ウェイブス』のアイデアはどこから生まれたのですか?

10年以上前から漠然と考えていたアイデアなんだ。でも最初から映画を作ろうと決めていたわけではない。高校時代、映画『バッド・チューニング』、『ブギーナイツ』、『グッドフェローズ』、『アメリカン・グラフィティ』などにハマり、ティーンと音楽というテーマで何かを作りたいと思ったのが原点だった。でも当時は、ストーリーなんてまったく組み立てていなかった。『WAVES/ウェイブス』は僕の体験がもとになっている半自伝的な作品なんだけど、この10年の間にストーリーは進化を繰り返していき、やっと映画としての枠組みができたのさ。

映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
映画『WAVES/ウェイブス』トレイ・エドワード・シュルツ監督 ©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

──サウンドトラックがとにかく素晴らしく、各時代の名曲が使われていますが、どのように選曲したのですか?

高校時代、音楽は僕にとって欠かせないもので、常にいいサウンドを探し求めていた。ラジオから流れてくる曲だけじゃない。10年前の曲、5年前の曲、2年前の曲など、とにかく幅広く聴き漁っていた。今でもそれは変わらないね。その頃から、いつか使えそうな曲を集めて、プレイリストを作っていったんだ。各キャラクター、各シーンに使う曲を厳選し始めたのは、脚本の執筆を始めてからだ。主人公のタイラーとエミリーも、僕と同じように時代を選ばず曲を聴くはずだと感じ、最近の曲だけではなく10年以上前のものも用いることにした。彼らも純粋に心に響く音楽に惹かれるタイプだと思ったんだ。曲はそれぞれストーリーを語っている。映画の物語と共鳴しているのが分かるはずだ。

この映画について、ミュージカルみたいだと誰かに言われたんだけど、僕はカメラがダンスをしていると思っている。そのアイデアがすごく気に入っているんだ。

──映画で使った曲の中で、特に思い入れが強いものはありますか?

ロードトリップのシーンで、フランク・オーシャンの「Seigfried」が流れるんだけど、彼の『Blonde』は僕が最も好きなアルバムの一つで、「Seigfried」は僕の恋人が最も好きな曲なんだ。そのシーンを見事にとらえていて、正直でありつつも脆い。そこが美しいと思った。あのアルバムはいつ聴いても素晴らしいね。フランク本人が誰かに聞いた物語、もしくはフランク本人が歩んできた人生を体験しているような気分になる。

「Seigfried」を用いたシーンでは、主人公が好きな人と旅に出て、自由を肌身で感じるんだ。納得がいくまで何度も編集していたら、最後は僕も泣き崩れてしまった。音楽とビジュアルが見事にシンクロして、心を強く突き動かされたからだ。

映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
映画『WAVES/ウェイブス』 ©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

主人公は僕とケルヴィン・ハリソン・ジュニアを融合させた

──『WAVES/ウェイブス』は監督にとってパーソナルな内容ですが、今の若者たちをとらえています。リサーチはどのようにしたのですか?

基本的には僕の高校時代、僕の恋人の高校時代、ケルヴィン・ハリソン・ジュニアの高校時代の経験を参考にしている。体験自体もそうだし、周囲からのプレッシャーや悩みなど10代特有の感情もそうだ。また今の10代を理解するために、SNSやウェブサイトなどを徹底的に調べた。実際に若者と会って話し、脚本を読んでもらって、率直なフィードバックを基に修正を加えていった。今の10代も僕たちの頃とさほど変わらないことが分かった。違うのはインスタグラムなど使うツールだけだ。

映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

──作中の若者たち、特にタイラーは大きな重圧がのしかかっています。今の10代もご自身と同じようなプレッシャーに苦しんでいると感じたのでしょうか?

そうだね。歩んできた道のりや観点によっても異なると思う。主人公のタイラーは僕と、タイラーを演じたケルヴィン・ハリソン・ジュニアを融合させたような人物だ。僕たち2人は、とてつもないプレッシャーの中で育ってきた。両親の期待が大きく、重い責任を担っていたんだ。

僕に関して言うと、高校時代にレスリングをしていて、タイラーのように肩を痛めたんだ。さらに両親の仕事を手伝い、勉強も決して手を抜けなかった。周囲からは大人として扱われるし一杯一杯だったのさ。身動きが取れず、かわす方法もないから、何でもストレートに受け止めてしまっていた。失敗は許されないと、常にストレスを抱えていたのを覚えているよ。 ケルヴィンにとっては、それが音楽だった。ニューオーリンズで生まれ育ったケルヴィンは、素晴らしいミュージシャンと歌手を両親に持っている。だから彼も音楽の道を進むのが当然の流れだった。両親の期待も相当で、神童のように育てられたらしい。

──ケルヴィン・ハリソン・ジュニアを起用した理由は?本作では黒人の家族が描かれていますが、それもケルヴィンの視点を参考にしたのでしょうか?

そう、ケルヴィンだ。『イット・カムズ・アット・ナイト』に出演してもらって、彼の才能にぶっ飛んだんだ。まだ若いのに頭が切れるし、この子は最高だと思った。これ以上の役者はいないとね。それが数年前で、今では親友の一人さ。人間的にもすばらしいし、才能にもあふれている。最近はますますよくなっているし、しっかりと考えて役を選んでいるし、さらに進化しているよ。世界中に彼の才能を知ってもらいたいんだ。

本作のアイデアをケルヴィンに話した時、彼はタイラーの役にすぐ共感したらしい。それからはテキストメッセージを送ったり、電話をしたりして、互いの過去のこと、両親や恋人との関係のこと、当時感じていたプレッシャーなどについて語り合った。そのやりとりを僕たちは”セラピーセッション“と呼んでいんだんだけどね。だから脚本を書きながら、ケルヴィンの黒人としての視点を取り入れるのは、ごく自然の流れだった。ケルヴィンは脚本の第一稿を読んだ数少ない人物の一人だ。撮影に入る8か月前だった。それ以降もケルヴィンからのコメントを参考にして改訂を重ねていった。それは他のキャストが加わってからも同じだ。僕は、”みんなの意見は聞いているよ。一緒に作っていこう”とスタンスだった。みんなの話に耳を傾け、それを作品に反映していったんだ。だからキャスト全員にとって、半自伝的な内容に仕上がったと思う。全体の8割は、各々が生きてきた人生なんだ。

映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

──

主人公に共感し、没入していくタイプの作品

──その他のキャスティングについても教えてください。タイラーの妹エミリー・ウィリアムズ役のテイラー・ラッセルはどのようにして決まったのですか?

テイラーは従来の方法でオーディションを行った。彼女から届いたテープを見て、大きな衝撃を受けた。内側でいろんな感情が渦巻いているような気がした。表情だけで心情をあそこまで表現できるのは、すごいことだと思う。複雑で奥行きのある演技だった。その後、スカイプで話したんだけど、ルーカスと同じように特別な繋がりを感じた。その後、テイラーはLAでケルヴィンとルーカスと顔合わせをしたんだ。彼女とテイラーの相性はばっちりだったね。ロードトリップのシーンも、まるでドキュメンタリーを撮っているようだった。テイラーは役に女性的視点も加えてくれて、おかげで格段によくなった。

映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
映画『WAVES/ウェイブス』テイラー・ラッセル ©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

──エミリーに思いを寄せるルーク役のルーカス・ヘッジズについては?

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』が大好きで、特にルーカスのファンだったんだ。彼も僕の作品を観てくれていて、彼から連絡してきてくれたのさ。会った瞬間に意気投合した。うまく説明はできないけど、どこか深いところで繋がっている気がしたんだ。バーガーを食べながら、楽しく話したのを覚えているよ。

映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
映画『WAVES/ウェイブス』ルーカス・ヘッジズ ©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

──画面比が変わったり、360度カメラを使ったり、ユニークかつ多様なスタイルを用いていますが、それはどこからくるのでしょうか?

これまでの経験が積み重なった結果だと思う。長編デビュー作『クリシャ』から始まっている。『イット・カムズ・アット・ナイト』はより客観的な作りだから、どちらかと言うと本作は『クリシャ』に近いかもね。主人公に共感し、没入していくタイプの作品だ。20代の時、テレンス・マリック監督の下で働いていたんだけど、彼の影響は大きい。彼は彼にしかできない映画作りをしていて、独自のスタイルを確立しているから、彼のマネをしても無駄なだけだった。だから僕にできることを見つけなければいけなかった。その後、短編で失敗を繰り返しながら模索していき、『クリシャ』でやっと僕のスタイルを発見できた。周囲もそれに反応してくれたんだ。登場人物の心情を表すためにはどう撮るのがベストか、本作でも常に意識していたよ。

カニエ・ウエストの伝記映画を作りたい

──音楽についてもう少し教えてください。カニエ・ウエストの「I Am A God」を使用していますね。

僕はずっと前からカニエのファンなんだ。とてつもなく魅力のある人物だと思う。音楽の天才だし、彼の作品はどれも好きだ。タイラーのシーンで『I AM A GOD』を使ったのは、ある意味リアルだったからだ。彼の頭の中では、あのような音楽が流れているに間違いないし、頭から溢れ出して周囲まで浸してしまっているんだ。 タイラーの部屋に『THE LIFE OF PABLO』のポスターが貼ってあるのは、このアルバム自体が自分と闘っている男を表しているからさ。『THE LIFE OF PABLO』のリリースは、タイラーや友人たちにとってもビッグな出来事だったはずと想像したんだ。 カニエは尊敬しているし、彼の精神はこの作品にあらゆる形で映し出されている。

カニエ・ウエストの伝記映画を作りたいという夢がある。彼が僕の作品を観て、もし気に入ってくれたら、彼の脳みそを覗かせてくれて、彼という人間が分かる今までになかったような伝記ができるかもしれない。彼は本当に追究しがいがあると思う。カニエとリラックスして、最高の作品を作れたらうれしい。この映画のことは、きっと彼も気に入ってくれると思うよ。

映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
映画『WAVES/ウェイブス』 ©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

──ケンドリック・ラマー、フランク・オーシャンといったアーティストの楽曲の使用についてはどのように進めたのですか?

この作品は様々なリスクを伴っていたが、思い切って挑戦してみたかったんだ。キャンプファイアーのシーンでケンドリックの曲を使うことは最初から決めていたから、他の曲で撮ることなんて考えもしなかった。もし曲使用の許可が出なかったら、代替案はそのシーンをカットすることだった。もしそうなっていたら、本当に悲惨だったね!

フランク・オーシャンの楽曲は5曲使いたかったけれど、これまでに5曲も使用を許可したことがなく、彼を説得するのに何か月もかかった。最初は彼のチームに、今は創作活動に没頭しているから難しいと言われたんだ。その後、1曲に減らせないかと提案された時はパニックに陥ったよ。でも僕から手紙とラフカットを送ったら、時間を割いて見てくれて、全曲使用していいと言ってくれたんだ、それも減額してね。

(オフィシャル・インタビューより)



トレイ・エドワード・シュルツ(Trey Edward Shults)

1988年、アメリカ・テキサス州生まれ。子供の頃から映画製作を始め、ビジネス・スクールに在籍後に映画界に飛びこむ。撮影アシスタントとしてテレンス・マリック監督の『ツリー・オブ・ライフ』(11)、『ボヤージュ・オブ・タイム』(16)、『Song to Song』(17・未)に撮影アシスタントとして参加している。映画監督としては短編『Mother and Son』(10・未)、『Two to One』(11・未)を製作。そしていとこのアルコール依存症が感謝祭での家族の再会でぶり返すという実話を基にした物語『Krisha』(14)がサウス・バイ・サウスウエスト映画祭で審査特別賞を受賞。翌年に本作を長編として完成させ、カンヌ映画祭批評家週間を含む多くの映画祭での上映を経て2016年にA24より公開された。同作でインディペンデント・スピリット賞のジョン・カサヴェテス賞、ゴッサム賞のビンガム・レイ新人監督賞、LA批評家協会賞のニュー・ジェネレーション賞、ニューヨーク批評家評価協会賞の最優秀初監督映画賞などを受賞。2作目は同じくA24製作の『イット・カムズ・アット・ナイト』(17)。一家を脅かす戸口の外の邪悪でミステリアスなものから何があっても妻と息子を守ろうとする父親の物語をホラー映画の要素を織り交ぜて描いた。




映画『WAVES/ウェイブス』©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

映画『WAVES/ウェイブス』
7月10日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ
出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー
音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス
原題:WAVES /2019年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/135分/PG12

公式サイト


▼映画『WAVES/ウェイブス』予告編

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