映画『ハニーランド 永遠の谷』©2019, Trice Films & Apollo Media
アカデミー賞の歴史上初めて、ドキュメンタリー映画賞部門と国際映画賞部門のダブル・ノミネートを果たした映画『ハニーランド 永遠の谷』が6月26日(金)よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほかにて公開される。webDICEではリューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ監督のインタビューを掲載する。
ギリシャの北に位置する北マケドニアの首都スコピエから20キロほど離れた、電気も水道もない故郷の谷に住む女性ハティツェ・ムラトヴァは、寝たきりの盲目の老母ナジフェと暮らしている。ヨーロッパ最後の自然養蜂家である彼女の住む地域に、突然トレーラーでやってきた家族との交流をきっかけに、はちみつを採る際に必ず半分はを蜂のために残すことで自然を守り、持続可能な生活を営んでいた彼女の生活に変化が訪れる。リューボ・ステファノフとタマラ・コテフスカ監督は3年の歳月と400時間以上の撮影から、自然とともに生きることの大切さとともに、ひとたびそのバランスが崩れたときにどんな喪失があるのという残酷な現実を捉えている。
「どの国で上映しても、その国で一番強い社会問題を通して、物語のそれぞれのレイヤーに繋がることができました。それは世界にどんなレイヤーがあるのかということを知ることができる、とても意義深いものでした。」(リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ監督)
特定の時間や地理に縛られない超自然的な光景
──このドキュメンタリーの舞台について説明をお願いします。
『ハニーランド』の物語は、人間がこの地に住み着くずっと以前から始まっていますが、私たちの物語は、この地の最後の住民であるハティツェと母親のナジフェから始まります。働き蜂が巣を離れることのない女王蜂の世話をして生涯を過ごすように、ハティツェは盲目で麻痺のある母親の世話に自分の人生を託し、倒壊しそうな小屋を離れることはできませんでした。この映画の舞台は、特定の時間や地理というものに縛られない超自然的な光景を呈していて、通常の道路では到達できないのですが、最も近い近代的な都市からわずか20キロしか離れていないのです。
映画『ハニーランド 永遠の谷』リューボ・ステファノフ監督 ©2019, Trice Films & Apollo Media
映画『ハニーランド 永遠の谷』タマラ・コテフスカ監督 ©2019, Trice Films & Apollo Media
──撮影中のエピソードがあれば教えてください。
二人は古代トルコ語で話していて、映画は対話よりも視覚的なナレーションによって進められます。キャラクターは、ボディランゲージと彼らの関係性、そして感情によって理解されるのです。この視覚的そして直感的なコミュニケーションによって観客は主人公に近づき、さらにもっと重要なことは、自然に近づくのです。それは、私たち人間が、同じように環境から影響を受ける多くの種の中の一つに過ぎないという感情を生み出します。
実は、最初の編集バージョンでは基本的に音をミュートして編集し、その間にふたりの会話を翻訳したのです。最初のバージョンの後で、私たちはその言葉を映像に合わせていきました。映像だけでは想像もしていなかったような台詞が出てきたことに、大きな驚きを覚えました。
映画『ハニーランド 永遠の谷』©2019, Trice Films & Apollo Media
映画『ハニーランド 永遠の谷』©2019, Trice Films & Apollo Media
生物多様性を尊重しないことのリスク
──この映画を通して、生物の多様性についてどんなメッセージを提示したかったのでしょうか。
国連生物多様性条約(CBD)である名古屋議定書が1993年に発効し、天然資源へのアクセスに関するグローバルガイドラインが確立されました。その目的は資源すなわち土地、植物、動物と、ユーザーすなわち人間との公正で公平な利益の共有促進が目的でした。遺伝的多様性や生物多様性によって人々は環境変化や気候変動に適応し、資源の保全と持続可能性に貢献できるのです。この映画における「ハニークライシス(蜂蜜危機)」は、こうした協定の無視と生物多様性を尊重しないことのリスクを描き出しています。
ハティツェの物語は、自然と人類がどれほど密接に絡み合っているか、そしてこの基本的なつながりを無視した場合にどれほどのものを失う可能性があるかという、大きな命題の縮図なのです。
映画『ハニーランド 永遠の谷』タマラ・コテフスカ監督 ©2019, Trice Films & Apollo Media
──世界各地の映画祭で上映されましたが、観客からの反応は?
どの国で上映しても、その国で一番強い社会問題を通して、物語のそれぞれのレイヤーに繋がることができました。それは世界にどんなレイヤーがあるのかということを知ることができる、とても意義深いものでした。例えば香港では、ハティッツェの孤独と母親との関係に質問が集中しました。香港の社会では、このような孤独や親子の断絶が問題視されていたからです。そして、初めてニューヨークで上映したときには、ひとりの観客が、トレーラーでやってきた家族がハティツェの育ててきた蜜を奪ってもまったく気にしていないことに対し「これは私たちと同じだ」と表現しました。消費主義において西洋社会が問題となっていることに対し「私たち」と表現したのです。
(オフィシャル・インタビューより)
リューボ・ステファノフ(Ljubo Stefanov)
1975年スコピエ生まれ。環境問題、人間開発に関連するコミュニケーション概念とドキュメンタリーの開発・制作において20年以上の経験を持つ。
タマラ・コテフスカ(Tamara Kotevska)
1993年プリレプ(北マケドニア)生まれ。スコピエのFaculty of Dramatic Arts映画監督コース卒業。初めてのプロフェッショナルな環境下で共同監督と脚本を担当したドキュメンタリー『Lake of Apples』(2017)が、フランスの国際自然ナミュール祭で環境賞、オーストリアのインスブルック映画祭で特別推奨、チェコのブルノT映画祭でペルセウス賞受賞。現在はスコピエ在住でフリーの映画監督。
映画『ハニーランド 永遠の谷』
6月26日(金)アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺他全国順次公開
監督:リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ
プロデューサー・製作:アタナス・ゲオルギエフ
撮影:フェルミ・ダウト、サミル・リュマ
サウンドデザイナー:ラナ・エイド
字幕:林かんな
配給:オンリー・ハーツ
2019年/88分/北マケドニア/トルコ語・マケドニア語・セルビアクロアチア語
原題:Honey Land