映画『罪と女王』©2019 Nordisk Film Production A/S. All rights reserved
敏腕弁護士の女性と義理の息子の関係を描き、2020年のアカデミー賞国際長編映画賞デンマーク代表に選ばれるなど高い評価を集める映画『罪と女王』が6月5日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほかにて公開。webDICEではメイ・エル・トーキー監督のインタビューを掲載する。
児童保護を専門にする主人公の女性弁護士アンネは、前妻との息子である17歳の少年グスタフを家族として迎え入れるが、性的関係を持ってしまう。被害者に寄り添い児童虐待の問題に真摯に取り組んできたアンネが、私生活で犯罪を犯してしまい、築き上げてきた地位や家族を壊したくないという理由でグスタフとの関係を断ち切ろうとする。今回のインタビューで語っているように、エル・トーキー監督は年上の女性と若い男性の関係をラブ・ロマンスとしてではなく、複雑なキャラクターを持つ主人公の葛藤と残酷さを中心に据え、誰もが加害者になる可能性を秘めている、という人間の本質を描き出している。
「男性が被害者である場合、性的虐待をより寛容に見る傾向があるため、観客が感じる不快感を作り出すために明示的なセックスが必要でした。そして“セックスシーンの進化”を作りたかったのです」(『罪と女王』メイ・エル・トーキー監督)
小宇宙である家庭での権力構造
──この映画を撮ろうとしたきっかけを教えてください。
家族の秘密というテーマに魅かれました。ほとんどの家族が少なくとも1つは秘密を持っているからです。 家族の秘密が作られる過程を描き、秘密を育むのにどんな要素が必要なのか知りたかったのです。 また、小宇宙である家庭での権力構造にも興味がありました。 私は、権力に伴う責任についての映画を作りたいと思いました。
映画『罪と女王』メイ・エル・トーキー監督
──映画のエピソードは実際の事例を基にしていますか?
私と、共同脚本のマレン・ルイーズ・ケーヌは、映画のトピックについて多くの調査を行いました。 弁護士、セラピスト、そして本作の登場人物に似た体験をした人たちに取材しました。 また、たくさんの記事や本を読みました。 私たちは特に、義理の息子を誘惑し、息子が拒否したとき、彼をレイプで告発したギリシャ神話のフェドラに触発されました。また、私たちは生徒とセックスをした女性教師に関するいくつかの記事を読み、それぞれの記事の違いを分析し、年上の男性と若い女性との関係よりも、年上の女性と若い男性との関係の方を、人々が過度にロマンチックに捉える傾向があることを議論しました。 私たちは、父が義理の娘とセックスするということが間違っていることを明確に知っていますが、母と義理の息子の場合、それはグレーゾーンになります。 何が間違っているのか、何が正しいのか定義するのが難しくなります。映画は、このようにあらゆる種類の情報からインスピレーションを得たため、誰にもあてはまり、誰のものでもない物語になりました。
──アンネの非常に複雑なキャラクターを、どのように造形しましたか?
アンネを演じるトリーヌ・ディルホムは非常に早い段階でプロジェクトに参加し、彼女には作成過程の様々な段階で脚本を読んでもらいました。トリーヌには以前の作品にも出演してもらっていたので、私たちは、分かりやすい解答にしないこと、最も複雑でキャラクターに沿った解答の実現を追求するために、できる限りオープンでいようと意識していました。
映画『罪と女王』アンネ役のトリーヌ・ディルホム©2019 Nordisk Film Production A/S. All rights reserved
──トリーヌ・ディルホムは現場でどんな風に役作りを?
トリーヌは役作りで一日中ヒールを履き、毎週ネイルを整えていました。 また、彼女は撮影に使った家を隅々までよく理解しようとしていました。日常生活では意識しませんが、ほとんどの人は、目を閉じたままでも自分の家の中を動き回ることができますし、 キッチンでコーヒーを淹れられます。それと同じように、彼女は演じているアンネの家を知ろうとしているようでした。しかし、基本的にはトリーヌは非常に直感的な女優です。 彼女は何者でも演じることができるという驚くべき才能を持っています。彼女と仕事をすると、その才能によって監督は本物の恩恵にあずかることができます。
内省の余地のある映画
──セックスシーンが、とても強烈ですが、どんな意図があったのでしょうか?
男性が被害者である場合、性的虐待をより寛容に見る傾向があるため、観客が感じる不快感を作り出すために明示的なセックスが必要でした。そして“セックスシーンの進化”を作りたかったのです。 まず、セックスは表情に欲情が表れます。純粋に体の欲求のみで心はありません。それから次第に親密になり、人物たちの膨らんでいく感情の流れを反映し象徴するように描きたかったのです。 セックスシーンも、例えば会話のシーンと同じように、観客に何か新しいことを伝え、洞察を与える場合にのみ、映画に含めるべきだと思います。 それ以外の場合は、ストーリーを進めることもなく、理解を深めることもなく、その力を失い、ただ冗長になります。
映画『罪と女王』©2019 Nordisk Film Production A/S. All rights reserved
──この映画はサンダンス国際映画祭での観客賞やロバート賞での9部門での受賞など、国内外で高く評価されていますが、その理由は何だと思いますか?また、デンマークで公開された時の、観客の反応はどんなものでしたか?
私とスタッフたちは、内省の余地のある映画を作るために精いっぱい取り組みました。 観客が自分の考えや経験で余白を埋めるスペースを与えたかった。 そして観客はそれを好んでくれたのだと思います。 私自身、すべてが埋め尽くされた方法で手渡されるものより、余白があるほうが好きです。それが、映画が国内外で評価された理由の1つであると信じています。
デンマーク国内の観客も多くの人が映画を気に入ってくれたようです。 そして、多くの議論も生まれました。 映画に関して様々な人々の異なる認識を読んだり聞いたりするのが本当に楽しかったです。なぜなら、登場人物の行動を解釈するには多くの方法があり、解釈が私自身の見方と異なっていても、真実はないからです。映画は公開されたら、監督の手から離れるのです。 それはすでに観客のものです。
映画『罪と女王』©2019 Nordisk Film Production A/S. All rights reserved
──男女平等な社会というイメージが強いデンマーク(北欧)の映画界でも男女差別を感じることはあるのでしょうか?
デンマークの映画産業には、機会均等があります。ただし、統計にすべてが表示されるとは限りません。 そして、私たちはその中で原因を理解しようとしています。どうして成功する男性監督の方が女性監督より多いのか?どうして男性監督の方がもっと稼いで、もっと多くの賞を獲得するのか? 私は日常的に不平等を感じていませんが、不平等があることは分かります。なので、私たちはそれをどのように変えるか一生懸命に努力しています。その責任は業界の女性と男性の両方にあると私は信じています。うまくいけば、近い将来にその答えと解決策が見つかるでしょう。
(オフィシャル・インタビューより 2020年4月16日、メールによるインタビューへの回答)
メイ・エル・トーキー(May el-Toukhy)
1977年8月17日デンマーク シャーロテンルン生まれ。長編デビュー作「Lang historie kort」(2015)で、本作と同じく主演したトリーヌ・ディルホムにデンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)主演女優賞受賞をもたらし、自身もデンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)監督賞や脚本賞にノミネート。長編2作目の本作で、サンダンス映画祭観客賞、女性初のデンマーク・アカデミー賞作品賞ほか9部門受賞など数え切れないほどの映画賞に輝き、北欧を席巻し、大ブレイクを果たした・
映画『罪と女王』
6月5日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田 他にて公開
監督・脚本:メイ・エル・トーキー
共同脚本:マレン・ルイーズ・ケーヌ
製作総指揮:ヘンリク・ツェイン
製作:キャロライン・ブランコ 、ルネ・エズラ
撮影:ヤスパー・J・スパンニング
音楽:ヨン・エクストランド
出演:トリーヌ・ディルホム、グスタフ・リン、マグヌス・クレッペル、スティーヌ・ジルデンケルニ、プレーベン・クレステンセン
2019年/デンマーク スウェーデン/デンマーク語・スウェーデン語/127分
原題:Dronningen (英題 Queen Of Hearts )
配給:アット エンタテインメント