骰子の眼

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東京都 渋谷区

2020-02-27 13:00


現実は複雑、対立する住民と警官どちらの立場にも善と悪がある―映画『レ・ミゼラブル』

長編デビュー作でカンヌ映画祭審査員賞、ラジ・リ監督インタビュー
現実は複雑、対立する住民と警官どちらの立場にも善と悪がある―映画『レ・ミゼラブル』
映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

2019年(第72回)カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞、 2020年(第92回)アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされた『レ・ミゼラブル』が2月28日(金)より公開。webDICEでは編集長の浅井隆によるカンヌ国際映画祭開催時のレビュー、そしてラジ・リ監督のインタビューを掲載する。

2018年7月、革命記念日とサッカーのワールドカップ優勝が重なり熱狂が醒めないパリ。ビクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の舞台で知られ、現在は移民や低所得者が多く住む郊外のモンフェルメイユで、ロマ人のサーカスからライオンの子供が盗まれた事件が大きな騒動に発展してく過程が描かれる。犯罪防止班、団地の少年グループ、この地を仕切るリーダーなど、様々な境遇の人々の間の解決することない対立そして混乱を冷徹な眼差しで追っていく。


善悪を二つに分けて描かない、2019年カンヌのベスト1

文/浅井隆
(初出:映画秘宝2019年8月号[洋泉社])

商売上、毎年カンヌ映画祭に行くが、蝶ネクタイがドレスコードのコンペの正式上映は、気取っているので苦手だ。スクリーンには難民問題が映し出されているのに、客席は正装した観客というギャップに居心地が悪くなる。昨年、そんなコンペ上映でこれだけはどうしてもと観たのは、スパイク・リーの『ブラック・クランズマン』だった。黒人白人コンビの刑事がKKKに潜入捜査するブラックコメディで、客席は笑いの渦が起きていた。リー監督はエンディングにニュース映像をブッこんで来た。カンヌのワールドプレミアから9ヵ月前、バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義団体とその反対派が衝突し30人以上が死傷した事件の映像だ。その瞬間、黒人がほとんどいない正装の観客席は水を打ったようにシーンとなった。個人的には、昨年のカンヌでのベスト1は『ブラック・クランズマン』だった。

今年のカンヌで、そんなスパイク・リーを尊敬するという、ラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』を、長編新人監督なので予備知識ゼロで観た。フランス郊外の団地を舞台とし、いわゆるエッフェル塔の近くの白人のフランス人が住む地域ではなく、移民のフランス人が住む地域、映画で言えばマチュー・カソヴィッツの『憎しみ』('95)が描いた世界だ。両親がマリからの移民で、'80年パリに生まれ、幼い頃にモンフェルメイユに移住したリ監督は、『憎しみ』に大きく影響を受けたという。

さて、本作のテーマは社会派ではあるが、物語はそこの住民を主人公とするのではなく警官を主人公としたアクション・サスペンス。一人は白人警官のクリス、もう一人は黒人警官のグワダ、そして主役となる新しく配属された警官ステファン(タハール・ラヒム似のイケメン)の3人だ。スパイク・リーを尊敬するだけあって、監督の言いたいことはてんこ盛りだが、作りは完全にエンタメの体をなす。舞台がフランスのバンリュー(郊外)でなく、ニューヨークのブロンクスだったとしても映画の構造として成り立つ、警官の不正ものとして普遍性のある作品だ。団地を仕切るグループは複数あり、アラブ系やロマ系が大きな勢力で、そこに少年たちのグループが絡んでくる。ある日、3人の警官は少年たちの暴動に巻き込まれる。身の危険を感じた黒人の警官が無防備な少年の顔めがけてゴム弾を打つ。 少年は幸い一命を取りとめるが、団地に住む少年が操作するドローンのカメラにより一部始終が撮影されていた。

『レ・ミゼラブル』は、単純に善悪を二つに分けて描かないところが秀でている。これは、ドキュメンタリーを多く撮ってきたラジ・リ監督の社会を見る目が生きているのだろう。映画の中よりも現実は複雑だ。その複雑な社会を、フィクションとして誰かを大きく際立たせるでもなく、フラットに観察するのでもなく、エモーショナルに全てに肩入れして描くというリ監督の手法に魅せられる。観客にその結末を委ねるオープン・エンディングはあまりにも強烈で、いつまでも脳裏に焼き付いている。今年のカンヌのコンペ作品を全て観たわけではないが、個人的には圧倒的にベスト1である。


様々なバックグラウンドの人々が暮らす地域のありのままを描いた

──本作は監督にとって初めての長編映画ですが、映画監督としては15年ものキャリアをお持ちですね。 何がきっかけでこの世界に入られたのですか?

私が8歳か9歳だったころに、キム・シャピロン(フランスの脚本家・監督)に出会ったことがきっかけですかね。彼はクリスマスの時期によくモンフェルメイユにクラブ活動に来ていて、そこで仲良くなったんです。彼が15歳の時、ロマン・ガヴラス監督やトゥマニ・サンガレ監督と共にKourtrajmeというアーティスト集団を立ち上げました。私はその時17歳。ちょうどデジタルが出てきた頃で、初めてカメラを買い、それからずっと撮り続けています。あらゆるものを撮影し、すべて経験しながら学びました。私たちは若くてクレイジーだったんです。今はクレイジーさは少しなくなりましたが、常にある程度の奇抜さは必要だと思っています。箱の中に閉じ込められていたくないのです。でも残念ながらそれがシネマの世界ではよく起こり得ることなのですが。

映画『レ・ミゼラブル』ラジ・リ監督
映画『レ・ミゼラブル』ラジ・リ監督

──監督は『365 Days in Clichy-Montfermeil(原題)』『365 Days In Mali(原題)』などのWebドキュメンタリーで高い注目を集めましたが、どんな経緯で作られたのですか?

2005年の暴動の最中に撮った『365 Days in Clichy-Montfermeil』でドキュメンタリーにはまってしまいました。私のビルのすぐ下で暴動が発生し、ずっとカメラを回していたので、たまった映像素材は100時間分くらいになっていました。私の撮った映像が唯一、インサイダーの視点から捉えたものだったので、たくさんのメディアから映像を買いたいとのオファーがありましたが、映像は売らずに、自分で映画を作ることに決めたんです。我々Kourtrajmeのすべての作品はインターネットで無料で見ることができます。私たちはYouTubeやDailymotionよりも先に無料配信を始めたんです。

──本作は監督にとって初めての長編映画ですが、監督のこれまでの経験の集大成的な作品になりますか?

集大成かどうかは分かりません。ゴールというよりは出発地点であって欲しいと思います。確かに、本作では私の人生や経験、私の親戚たちの経験について触れました。本作で描かれているすべてが実際に起きたことに基づいています。ワールドカップ勝利の歓喜はもちろん、地域に新しい警官が来た時のこと、ドローン、盗まれたライオンまですべてです。私は5年間、近所で起きたことのすべてを撮影しました。特に警官たちです。警官の失態を実際に映像に収めるまで、彼らが姿を見せた瞬間からカメラを回し続けました。このような地域の素晴らしい多様性を見せたかったんです。私は今もここに住んでいます。これが私の生活であり、ここで撮影することが大好きなんです。ここが私のセットなんです!

映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

──監督はどんな人にも先入観や偏見を持たないようにしているのですか?

もちろん。なぜなら現実はいつも複雑だからです。どちらの立場にも善と悪があるのです。私はそれぞれの登場人物を偏見なく描くよう心がけています。私たちはすぐに決定的な判断をするのが難しい、複雑な世界に生きています。この地域は派閥があり危険がはらんでいますが、それにもかかわらず共に暮らし、暴走を防ごうと努力しているんです。生きていくために、それぞれが日々対処している。それを本作で描きました。

──すべてが失業と貧困を背景に起きているように思えますが、それらがすべての問題の根源だと思いますか?

お金があれば他人との生活も楽にできますが、お金がないと事態はもっと複雑です。妥協や取り決め、取引などが必要になり、生き残りをかけた問題になってきます。警官も同じです。彼らも厳しい環境にいるので、サバイバルモードなんです。本作は裏社会を支持しているわけでも、警官を支持しているわけでもありません。できる限り公平に描くよう心がけました。初めて警官に職務質問されたのが10歳の時だったと言えば、どれだけ私が警官のことをよく知っているか、どれだけ長く彼らの近くで生きてきたかが分かるでしょう。彼らのような警官の多くは十分な教育を受けていません。彼ら自身も同じ地域で、厳しい環境の中で暮らしているのです。

映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

──本作は個人を批判するのではなく、住民も警官も同様に誰もが被害者になってしまう体制を暗に非難しているという点において、人道的、あるいは政治的な作品と捉えていいでしょうか?

まさにその通りで、責任は政治家にあります。事態は更に悪化しているとも言えるでしょう。にもかかわらず、30カ国に及ぶ多国籍の住民たちが助け合い、このような地域で共に暮らす術を学んできたのです。この地域での生活はメディアが伝えるものとはるかにかけ離れたものです。実際に私たちを知ることなく、また、私たちがどのように暮らしているのかを知ることなくして、一体どうして政治家が解決策を見出すことができるのでしょうか?

──本作で描かれている、固定観念に反したもうひとつの現実というと、民族性の描写ですね?

はい、ありのままを描きました。様々なバックグラウンドの人々が共に暮らしています。人種差別主義の白人警官クリスと、黒人で地域住民の代表格“市長”との関係は複雑です。彼らは憎み合いながらも、同時に互いを必要としているため、2人の間にはある種の“協定”があります。警官にとっては地域住民との間で妥協せざるを得ない状況が多々あるんです。でなければ永久に戦争状態となってしまうでしょう。

映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
映画『レ・ミゼラブル』 © SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

いつもフランス人であると自覚している

──役者たちについて聞かせてください。ジェブリル・ゾンガ(グワダ役)はどこの出身ですか?

(パリ郊外の)クリシー=ス=ボワです。彼は元々モデルだったので、役者としては認知していませんでした。オマール・シーやジャッキー・イド以外に黒人の役者は片手で数えきれるくらいしかいないので、ぴったりの役者を見つけるのに手こずっていたのですが、私がキャスティングをしていると知ったジェブリルの方から連絡をくれたんです。ジェブリルが役者をしていたことを知らなかっただけでなく、彼はとてもハンサムで、実はこの警官役にはもっとルックスの悪い人を捜していたので、あまり期待せずに彼をオーディションしてみたら、大当たりでした!

──人種差別主義者でクセのある警官クリスを演じたアレクシス・マネンティは?

彼はKourtrajmeのメンバーで長い付き合いです。確かにこの役は簡単ではありませんでした。彼が演じたキャラクターは本当に嫌な奴ですが、でもどこか人間味があるところを描きたかったんです。アレクシスが見事に演じてくれたので、憎らしい一面があるキャラクターでも観客は次第に彼に感情移入していくと思います。

映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
映画『レ・ミゼラブル』クリスを演じたアレクシス・マネンティ(中央)、グワダ役のジェブリル・ゾンガ(左)、ステファン役のダミアン・ボナール(右) © SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

──ダミアン・ボナールは知っている方も多いかと思いますが、新人のステファンを演じましたね。

私は彼を全く知らなかったんです。アレクシスが以前彼と仕事をしたことがあり、彼に会うべきだと勧めてくれて、セッティングしました。初めて会った彼は劇中のステファンと同様、他の惑星から来た人のように見えました。彼は郊外に来たことがなかったので、その現状にとてもショックを受けていました。その感情がスクリーンでも見て取れるでしょう。彼は非常に的確で、心を動かされます。彼がキャストに加わり、3人の警官が揃いました。あとは“市長”役のスティーヴです。彼は既に多くの作品に出演している役者で、キャスティングの過程で目に止まりました。それ以外のキャストは、街で見つけた人々です。

──そして警察署長になりきっていたジャンヌ・バリバール。彼女があなたの作品に出るとは意外でした。

以前、彼女がモンフェルメイユで撮影していた時、当時は面識がなかったのですが、現場で手助けが欲しいと呼ばれて出会い、それから友人になりました。今回は私からこの役をオファーしたところ、喜んで引き受けてくれました。彼女と出会えたことは本当に幸運です。おっしゃる通り、本作に彼女がいるのは驚きですよね…誰もこの地域で彼女に会うなんて思わないでしょう。

映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

──本作のタイトルはヴィクトル・ユゴーの文芸作品のタイトルを引用していますし、映画の冒頭ではワールドカップ優勝の夜のフランス国旗が映し出されます。郊外についての映画を作りたかったというだけでなく、フランスという国そのものについても描く意図があったのですか?

私はフランス人です。私たちはフランス人じゃないのではと言われることもありますが、いつもフランス人であると自覚しています。私は本作の登場人物より少し年齢が上で、1998年7月12日は生涯忘れられない日です。当時18歳でしたが、夢のようなあの日のことは今でも鮮明に覚えています。サッカーが私たちを一つにしてくれました。肌の色も、社会階級も関係なく、私たちはみなシンプルにフランス人でした。まるでサッカーだけが私たちを一つにする力があるかのように、前回のワールドカップでまた同じ感覚を味わいました。それしか人々を繋ぐものがないのは残念なことですが、ワールドカップ優勝の歓喜は、経験するのも、撮影するにも素晴らしい瞬間です。この映画はそこから始まるのです。肌の色、宗教、社会階級に応じた生活を送る人々の日常生活の殺伐とした現実に戻る前に……。

(オフィシャル・インタビューより)



ラジ・リ(Ladj Ly)

フランス、モンフェルメイユ(セーヌ=サン=ドニ県)出身。役者として、また、1995年に彼の幼少期からの友人であるキム・シャピロンとロマン・ガヴラスが起こしたアーティスト集団Kourtrajmeのメンバーとしてキャリアを始める。1997年、初の短編映画『Montfermeil Les Bosquets(原題)』を監督、2004年にはドキュメンタリー『28 Millimeters(原題)』の脚本を、クリシー、モンフェルメイユ、パリの街の壁に巨大な写真を貼ったことで有名になった写真家JR(ジェイアール)と共同で手がける。2005年のパリ暴動以降、クリシー=ス=ボワの変電所に隠れていたジエド・ベンナとブーナ・トラオレという2人の若者の死に衝撃を受け、1年間自分の住む街を撮影することを決意、ドキュメンタリー『365 Days in Clichy-Montfermeil(原題)』(2017)を制作する。その後もドキュメンタリーを撮り続け、2014年には市民軍とトゥアレグ人が戦争を始めようとしている地域にスポットを当てた『365 Days In Mali(原題)』を、2016年には、NGO団体マックス・ハーフェラール・フランスの広告『Marakani in Mali(原題)』を監督する。2017年、初めての短編映画『Les Miserables(原題)』を監督し、2018年セザール賞にノミネート、クレルモンフェラン国際短編映画祭にて受賞。同年、監督・脚本家のステファン・デ・フレイタスと共同で『A Voix Haute(原題)』を監督し、再びセザール賞にノミネートされる。本作はラジ・リ監督にとって初の長編映画であり、その同名短編映画にインスパイアされたものである。




映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
映画『レ・ミゼラブル』© SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

映画『レ・ミゼラブル』
2020年2月28日(金)
新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開

監督・脚本:ラジ・リ
出演:ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、 ジャンヌ・バリバール
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
原題:Les Miserables
2019年/フランス/フランス語/104分

公式サイト


▼映画『レ・ミゼラブル』予告編

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