骰子の眼

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東京都 渋谷区

2020-01-16 22:12


キャリア女性が仮想恋愛に溺れる『私の知らないわたしの素顔』 J・ビノシュ主演作

「主人公は複雑で逆説的な一種の"アンチヒロイン"なのです」サフィ・ネブー監督語る
キャリア女性が仮想恋愛に溺れる『私の知らないわたしの素顔』 J・ビノシュ主演作
映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES

ジュリエット・ビノシュがSNSの世界でバーチャルな恋愛に溺れていく50代の大学教授を演じるサスペンス『私の知らないわたしの素顔』が1月17日(金)より公開。webDICEではサフィ・ネブー監督のインタビューを掲載する。

物語は、主人公の大学教授とクレールが精神分析医ボーマンに自分の体験を語るという構成で進んでいく。クレールは年下の恋人と別れてしまった腹いせに、Facebookで24歳の「クララ」になりすまし、元恋人の友人アレックスとつながろうとする。お互いに惹かれ合うようになり、現実と虚構の区別がつかなくなるほどのめりこんでいくクレール。決して直接会おうとしない「クララ」に不満を募らせるアレックスに、クレールはある行動にでる……。

物語は、主人公の大学教授とクレールが精神分析医ボーマンに自分の体験を語るという構成で進んでいく。クレールは年下の恋人と別れてしまった腹いせに、Facebookで24歳の「クララ」になりすまし、元恋人の友人アレックスとつながろうとする。お互いに惹かれ合うようになり、現実と虚構の区別がつかなくなるほどのめりこんでいくクレール。決して直接会おうとしない「クララ」に不満を募らせるアレックスに、クレールはある行動にでる……。SNS上の恋愛をきっかけに内面的にも外面的にも輝きを取り戻すという設定はメロドラマ的ではあるのだが、歳をとることの恐れや葛藤、感情の浮き沈みを経て自らが透明な存在であることを自覚していく女性を体現するビノシュの演技がとにかく見事。ネブー監督がヒッチコックの『めまい』を引き合いにだし、主人公を“アンチヒロイン”と形容しているように、後半の物語の急展開の果て、ラストに待ち受けるクレールの表情に観客は血の気が引くことだろう。

黒澤明『羅生門』、ヒッチコック『めまい』が頭に浮かんだ

──原作であるカミーユ・ロランスの小説とは、どのようにして出会ったのですか?

ガリマール出版社のニュースレターでこの小説の宣伝文句に惹かれ、いち早く読みたいと出版前にお願いしたんです。入手して貪り読み、どっぷりその世界に入り込みました。読んでいくうちに私の脳裏に浮かんだのは黒澤明の『羅生門』でした。登場人物が順番にそれぞれの話を語っていくあの傑作映画です。また、ヒッチコックの『めまい』やマリヴォーの『偽りの打ち明け話』ラクロの『危険な関係』、ボルヘスやルイジ・ピランデルロも頭に浮かびました。

映画『私の知らないわたしの素顔』サフィ・ネブー監督
映画『私の知らないわたしの素顔』サフィ・ネブー監督

──映画のテーマが切実な気がします。

実は私もSNSで女性に騙されたことがあるのです。まさにアフェアだったのですが、それは『私の知らないわたしの素顔』の脚本を書いているときに起こったことでした。信じられないでしょう。私は3ヶ月間にわたって“成りすまし”とコンタクトしていたんです。この経験から脚本に必要な多くのインスピレーションを得ましたし、いくつか実際にあったことも入っています。

──もうひとりの自分を作り上げる寂しい主人公、クレールが映画を動かしていきますね。

クレールは他の誰かになることによって対立を解決しようとします。私が彼女に心動かされたのは、まずは50歳以上のほとんどの女性が持つ、象徴的な透明人間でしかない立場です。私はそれに対して徹底的な抗議をしたいわけではなく、過激なアプローチを考えていたわけでもありません。私にとって、クレールは複雑で逆説的な一種の「アンチヒロイン」なのです。彼女の悲劇的な次元はそれゆえに破壊的な罪悪感を帯びています。しかし、彼女はもうひとりの自分を通して自分の生命力を表現し、それによって彼女の屈辱と悲しみを克服していくのです。つまり、彼女は苦しみを抱える、現代社会の犠牲者であると言えるでしょう。自分の旬を過ぎ、拒絶されたという感覚は、女性に限らず普遍的なことではないでしょうか。

映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES
映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES

ビノシュは年齢を冷静に直視している

──フランス窓(天井から床まであるタイプ)、鏡、スクリーンなどを使って重層的に映すような視覚効果を多用していますね。

人間は始終、象徴的で遊び心ある、比喩的な表現を繰り返しているものです。たとえば、コンピュータの画面は、自分の顔を向けるだけでなく、〈自分のイメージを反映するもの〉だし〈仮想世界に没頭すること〉で現実を隠すことも目的としてあります。映画ではこの鏡の効果が効いています。さらに、物語は常にクレールの現実の世界と彼女のネット上の仮想生活の間で行ったり来たりします。私は、撮影監督と芸術監督とともに、この二つの世界をつくりあげていきました。私たちは新しい建築や都市部などパリの現代的なビジョンを好んで用い、非常に意識的な方法で身体とその周囲の空間を作り出しました。特にクレールのアパートは窓に囲まれたモダンな高層ビルで、彼女は言わばガラスの箱に住んでいます。夜になると、彼女が大きな窓に反射して映り、彼女の二重像が効果的に表現されています。その像は幽霊のようでもあるのです。

映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES
映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES

──主人公のクレールには、最初からジュリエット・ビノシュを考えていたのですか?

もちろん!脚本を書いているときから彼女を想定していました。そして、彼女に脚本を送ったところ、彼女は3時間でそれを読み、即座に「イエス」という返事をくれました。私たちは脚本を一緒に微調整していきました。ジュリエットは一度にすべてを把握し、非常に鋭い視点を持ってくれました。その上、絶えずアイデアを提案してくれたのです。一人の女性として役を超えた何かがありました。彼女はまさにストラディバリウスのような稀な存在です。寛大で、自分自身を危険にさらしたり露出させたりすることを恐れない。彼女は年齢を冷静に直視しています。これこそが彼女を輝かせる理由であり、また彼女を撮影することは私にとって非常に大きな喜びでした。

映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES
映画『私の知らないわたしの素顔』若い恋人アレックスを演じるフランソワ・シビル ©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES

──騙された若い恋人役のフランソワ・シビル、そして精神分析医役のニコール・ガルシアが、美しい強度で画面を満たしますね。

フランソワは非常に才能のある若手俳優です。私は彼の仕事についてよく知らなかったのですが、スクリーニングテストをした結果、たちまち私にとって明白な選択になりました。彼はかなり謙虚にそして敏感にキャラクターに入り込んでくれました。映画の前半、彼は電話を通して多くの感情を表現しなければなりませんが、それは容易なことではありません。実際の状況に可能な限り近くすべくジュリエットとフランソワは順撮りし、セットでの撮影までは二人を会わせずにおいたことがうまくいきました。ニコール・ガルシア、彼女は私にとって夢でした。今では珍しい、女優であり才能のある監督でもあります。ガルシアは精神分析医ボーマンのキャラクターに、彼女の患者であるクレールに過度に共感してしまう脆弱さと繊細さを加えてくれました。

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映画『私の知らないわたしの素顔』精神分析医ボーマン役のニコール・ガルシア(左)©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES
(オフィシャル・インタビューより)



サフィ・ネブー(Safy Nebbou)

1968年4月27日、フランス・バイヨンヌ生まれの作家、映画・舞台監督。アルジェリア人の父とドイツ人の母を持つ。弟は『マダム・イン・ニューヨーク』(12)等に出演している俳優メーディ・ネブー。2004年に初の長編映画「The giraffe’s neck [Le cou de la giraffe]」を監督。この作品で、『私の知らないわたしの素顔』と同じく精神的に追い詰められた中年女性をサスペンスタッチで描いた。また2008年、世界の巨匠監督たちの子供時代を映画化したアンソロジー映画「Enfances」でイングマール・ベルイマンのパートを担当した。 2010年、ベルリン国際映画祭出品作のジェラール・ドパルデュー、ブノワ・ポールブールド共演「The other dumas [L’autre dumas]」を監督。2012年、シャルル・ベルリング出演作「Bad seeds [Comme un homme]」を監督。2016年6月に公開された5作目では、旅人作家として知られるシルヴァン・テッソンの著書In the forests of Siberia [Dans les forets de Siberie]を映画化。本作はイブラヒム・マーロフが手掛けた音楽でセザール賞音楽賞を受賞した。その後、ベルイマン監督作『ある結婚の風景』の舞台化に着手し、レティシア・カスタとラファエル・ペルソナを主演に迎えた本作は、2017年2月に上演された。現在はダニエル・ペナックの原作をマリー・デプレシャン(アルノー・デプレシャンの姉)との共同脚本で映画化する新しい長編映画「L’il du loup」を準備中。他に、国内外の多数のブランドのCMも手掛けている。 




映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES
映画『私の知らないわたしの素顔』©2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINÉMA-SCOPE PICTURES

映画『私の知らないわたしの素顔』
2020年1月17日(金)より
Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

監督:サフィ・ネブー
出演:ジュリエット・ビノシュ、ニコール・ガルシア、フランソワ・シビル、マリー=アンジュ・カスタ
脚本:サフィ・ネブー、ジュリー・ペール
原作:カミーユ・ロランス 「Celle que vous croyez」
音楽:イブラヒム・マーロフ
撮影:ジル・ポルト
編集:ステファヌ・ペレイラ
原題:Celle que vous croyez
英題:Who you think I am
配給:クレストインターナショナル
2019年/フランス/101分/シネスコ/カラー

公式サイト


▼映画『私の知らないわたしの素顔』予告編

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