骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2019-11-29 20:40


台湾現代史と少女の成長重ね描く“台湾版ちびまる子ちゃん”『幸福路のチー』

「自分のアイデンティティと向き合う作業だった」監督インタビュー
台湾現代史と少女の成長重ね描く“台湾版ちびまる子ちゃん”『幸福路のチー』
映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

ある女性が幼少時の思い出を振り返りながら自分を見つめ直す姿を描き、第55回電影金馬奨で最優秀アニメーション映画賞受賞など話題を集める映画『幸福路のチー』が11月29日(金)より公開。webDICEではソン・シンイン監督のインタビューを掲載する。

このインタビューでも触れられているように、シンイン監督は自身の体験をもとに制作した12分の短編をベースに、4年の歳月をかけて完成させた。舞台となるのは、台北郊外に実在する「幸福路」。アメリカ在住の主人公の女性チーが少数民族である祖母の死をきっかけに台北に戻り、子ども時代の出来事を回想しながら、夫とのすれ違いが続く自身の人生について葛藤する。台湾語が禁止され中国語(北京語)を強制させられていた当時の生活や、学生運動など台湾の現代史とチーの個人史が重ね合わされる。シンイン監督の思いから生まれた、ルーツを踏まえ、これからの人生をどう生きるか、という普遍的なテーマがファンタジックな描写を通して浮かび上がる。子どもたちが『ガッチャマン』の主題歌を歌いながら戯れるシーンなど、日本のアニメーションからの影響も数多くうかがえる点にも注目してほしい。


「政治と社会情勢の変化の影響を受けて成長するような物語なら私にもあると、『幸福路のチー』を書き上げました。蒋介石の教育とは、『(台湾にいる)私たちは中国人だ』ということ。中国に行ったこともないのに、台湾より中国のことに詳しい、そんな自分のアイデンティティと初めてきちんと向き合いました」(ソン・シンイン監督)


自分のアイデンティティと初めてきちんと向き合った

──何がきっかけで、自分の物語で脚本を書こうと思ったのですか?

2008年にアメリカで通っていたコロンビア・カレッジ・シカゴで、私の専門は劇映画でした。当時フィクションとは、物語を創造することだと思っていたのですが、先生から「もしあなたが優れたストーリーテラーを目指すなら、個人の体験、自分の声に耳を傾けるべき。ただ物語を作り出そうとせずに、自分の体験を書いてみなさい」と言われました。私はすごく平凡な人生を歩んできたと思っていましたが、宿題だからと無理やり自分の人生を振り返り、ひとつずつ記憶を掘り起こしていきました。その頃アメリカでは、イランのマルジャン・サトラピ監督の『ペルセポリス』がとても流行っていて、クラスメイトはみんな原作漫画も読んでいました。私はその様子を見て、「そういう話なら私にもある」と思ったんです(笑)。つまり、政治と社会情勢の変化の影響を受けて成長するような物語なら私にもあると。それで『幸福路のチー』を書き上げました。それまで気付いていなかったけれど、自分が受けた教育は特殊だったんですよね。蒋介石の教育とは、「(台湾にいる)私たちは中国人だ」ということ。中国に行ったこともないのに、台湾より中国のことに詳しい、そんな自分のアイデンティティと初めてきちんと向き合いました。

映画『幸福路のチー』ソン・シンイン監督
映画『幸福路のチー』ソン・シンイン監督

──台湾での映画化までの道のりを教えてください。

2010年に台湾に帰国したときは、この物語を実写映画で撮ろうと思っていました。でもテレビ局で働く先輩と話していて、私は急にアニメーションが良いかもしれない、と思ったんです。まさにひらめきでした。主人公は妄想が好きだし、人の成長には暗さや残酷さ、痛さもある。アニメーションにすればそれはファンタジーの要素を帯び、童話のような味わいが出て見やすくなるのではと。

2013年に、まず12分の短編アニメーション「幸福路上/On Happiness Road」を作りました。台湾版ちびまる子ちゃんを目指してシリーズ化を想定していたのですが、それは叶いませんでした。それから長編に向けてアニメーションスタジオを立ち上げ、キャラクターデザインとアニメーションディレクターに入ってもらい、完成までに4年を費やしました。

映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

「これは私の故郷の景色だ」と共感してもらえる

──初挑戦のアニメーション制作というイバラの道を支えたものは?何が監督をそこまで駆り立てたのですか?

アニメーションという手法にインスパイアされた後は、アニメーションこそがこの物語を一番よく表現できると強く信じていました。しかしながら台湾にはアニメーション産業がないので、日本のように一本ずつのリリースだとすぐに消えてしまいます。ちびまる子ちゃんのようにシリーズ化して、時々映画が出るような形でないと商業的に成り立ちません。諦めようと思ったことは何度もありましたが、そんな時にいつも夫が「あなたには才能がある。絶対良い作品を作れるからそのことを信じて」と言って支えてくれました。個人出資者の半分は、法律学者である夫がつないでくれた裁判官や弁護士です。

映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

そしてこの映画は危機に瀕するたびに、〝天使〟が現れてくれました。その一人が、グイ・ルンメイです。長編の元になった短編アニメーション「幸福路上/On Happiness Road」が台北電影奨で賞を受賞したときの審査員の一人が彼女でした。後になって、審査員長のピーター・チャンから、この作品を一番気に入っていたのはルンメイだとききました。長編の脚本を送ったところ後日マネージャーから連絡が来て、シナリオを読んだルンメイが泣いた、ボイスキャストを引き受けると言ってくれました。彼女は中国語圏のシャネルのアンバサダーで英語も流暢。そして外省人で台湾語が下手というのもチー役にぴったりでした。

映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

そしてもう一人が、テーマソングを歌ってくれたジョリン・ツァイです。彼女はグイ・ルンメイに勝るトップスターです。マーケティングチームからテーマソングを誰に頼みたいか訊かれた時、ジョリンが良いと言ったら皆が呆れて黙ってしまいました。でも、台本と短いクリップを送ったら、すぐにOKしてくれました。実はジョリンは幸福路近くの出身で、彼女の人生が主人公の人生とオーバーラップしたそうなんです。そういう人たちが周りに次々と出てきて運命的なものを感じ、諦めたらダメだと思いました。

映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

──映画の舞台となった、実在する「幸福路」。事実・記憶とフィクションについてお聞かせください。

「幸福路(こうふくろ)」は通りの名前です。「幸福路」という名前を使いたくて、ここを映画の舞台にしました。私の故郷は隣町です。

主人公チーの何パーセントが私自身のことかと問われれば、答えは50%です。実は私は、祖母とは仲が良くありませんでした。私が受けた昔の教育では、主流の文化からはずれている原住民族のアミ族は野蛮人だと教えられました。友だちのおばあさんはビンロウもタバコもやらないですし、それがコンプレックスで祖母への気持ちは軽蔑に近かった。母もアミ族の血筋を隠していました。でも台湾もどんどん進歩して、皆の認識が変わってきました。私も反省して、なぜ自分の出身を嫌いなの?なぜ女性はタバコを吸ってはいけないの?などと考えるようになりました。私が自分の出身を見つめなくてはいけないと思い始めた頃には、もう祖母は亡くなっていました。映画の中で「チーにはアミ族の血が4分の1流れている」と言っているのは、祖母に伝えたいという気持ち、祖母へのお詫びの気持ちもこめています。

幸福路の風景は、当時の膨大な写真資料から作り上げたフィクションです。映画を観たひとたちが、「これは私の故郷の景色だ」と共感してもらえるものになっていると思います。

(オフィシャル・インタビューより)
映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.



ソン・シンイン(宋欣穎)

1974年台北生まれ。京都大学で映画理論を学んだ後、コロンビア・カレッジ・シカゴで映画修士号を取得。映画監督になる前には、新聞記者、TVドラマの脚本家、写真家、そして2年間の京大留学時にはカラオケ店の店員など、さまざまな職業を経験。新聞記者時代にカンヌ国際映画祭の取材をしたこともある。監督としては、短編実写映画「The Red Shoes」(09)「Single Waltz」(10)を制作。これらは多くの国際映画祭で上映された。そして2013年に制作した自身初のアニメーション作品、12分の短編「幸福路上」は、第15回台北電影節の台北電影奨で最優秀アニメーション賞を受賞。この短編を基に4年の歳月をかけて長編アニメーション『幸福路のチー』を完成させる。劇中の教師役のボイスキャストは監督自身が担当している。現在、初の実写長編となる「Love is a bitch」を制作中。なお、京都滞在時の思い出を綴ったエッセイ集「京都寂寞 Alone in Kyoto.」の日本語翻訳版が「いつもひとりだった、京都での日々」のタイトルで早川書房より刊行された。




映画『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

映画『幸福路のチー』
11月29日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他
全国順次ロードショー

監督:ソン・シンイン
声の出演:グイ・ルンメイ、チェン・ボージョン、リャオ・ホェイジェン、ウェイ・ダーション
主題歌「幸福路上/On Happiness Road」 歌:ジョリン・ツァイ
台湾/111分/2017年/中国語/1.85:1
協力:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター
提供:竹書房、フロンティアワークス
配給:クレストインターナショナル

公式サイト


▼映画『幸福路のチー』予告編

キーワード:

幸福路のチー / 台湾


レビュー(0)


コメント(0)