映画『CLIMAX』©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS - WILD BUNCH - LES CINEMAS DE LA ZONE - ESKWAD - KNM - ARTE FRANCE CINEMA - ARTEMIS PRODUCTIONS
フランスの鬼才ギャスパー・ノエ監督が22人のダンサーたちの狂乱の一夜を描く映画『CLIMAX クライマックス』が11月1日(金)より公開。webDICEではノエ監督のインタビューを掲載する。
舞台となるのは1996年、有名振付家の呼びかけで選ばれた22人のダンサーたちが、アメリカ公演のための最終リハーサルの後、打ち上げパーティで提供されたサングリアに何者かが混入したLSDの効果により、ダンサーたちがトランス状態になっていく過程がDJのプレイするダンス・ミュージックとともに描かれる。セリフよりもダンサーたちの肉体とその変貌により登場人物の混乱や焦燥が描写されるため、ストーリーを追うというよりも、舞台となる廃墟にダンサーたちと迷い込んでいるような“体感”を味わうことができる。ノエ監督が選んだという楽曲たちも、登場人物のテンションをトレースしたような高揚感を与えている。
「ストーリーの中では確かにドラッグが使われている。だが今回の目的は、視覚効果やサウンドを通して意識変容状態を主観的に描くことではなく、その逆に主人公たちを外部の視点からずっと観察することだった」(ギャスパー・ノエ監督)
自分の夢や悪夢の一部をスクリーン上で表現する
──この映画は1996年に実際に起きた事件から着想を得たそうですね。制作のきっかけから教えてください。
一つの時代を象徴するような出来事が起きることがある。
そうした出来事は、自ら、あるいはその他の力によって爆発し、最終的に法執行機関が関与することになる。
一部の出来事は情報として大規模に広められてゆき、それによって新しい様相を帯びる。すなわち、情報の発信者や受け手によって拡大されたり、縮小されたり、誤って伝えられたり、消化されたり、消化されなかったりする。栄光に満ちた人生だろうと恥ずべき人生だろうと、最終的には同じように紙面に載せられたのち、瞬く間に忘却のかなたに消え去ってゆく。
映画『CLIMAX』ギャスパー・ノエ監督 ©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS - WILD BUNCH - LES CINEMAS DE LA ZONE - ESKWAD - KNM - ARTE FRANCE CINEMA - ARTEMIS PRODUCTIONS
存在とは、我々一人ひとりが墓場までもってゆく束の間の錯覚にすぎない。
我々が伝記を読むとき、あらゆる事柄とそれに反することが述べられる。このことは、どんな出来事やニュースが明らかにされる場合でも同じだ。そしてこの20年間に普及した新しいコミュニケーション・チャンネルによって、客観性というものが以前にもまして幻影的になった。
人間は、動物同様、誕生して生きて死ぬ。
その痕跡は、草原の真ん中に咲いている一番小さなデイジーが残す痕跡と変わらない。喜びや痛み、功績や失態はバーチャルな観念であり、彼らの記憶にのみ存在する現在だ。
1996年に見出しを飾った百万ものニュースは、今ではもう忘れられているし、明日になればさらに忘れ去られる。1996年に生まれた、あるいは1996年に生きていた人々の中には、今も生きている人もいる。しかし、心臓の鼓動が止まってしまった人々の大多数に関しては、残っているものは何もなく、墓場に刻まれた名前あるいは、地下室の奥のどこかに埋もれている古い新聞に書かれた名前になる。
そうした大きな虚無を忘れさせてくれるのが、今現在味わう強烈な喜びだ。建設的なものであれ、破壊的なものであれ、喜びやエクスタシーは、虚無に対する解毒剤としての役割を果たす。愛、芸術、ダンス、戦争、スポーツは、地球上での短い滞在時間を正当化してくれるようにも思える。
映画『CLIMAX』©2018 RECTANGLE PRODUCTIONS - WILD BUNCH - LES CINEMAS DE LA ZONE - ESKWAD - KNM - ARTE FRANCE CINEMA - ARTEMIS PRODUCTIONS
それらの気晴らしの中で、昔から僕を何よりも幸せにしてきたのがダンスだ。だから映画を作るとしたら、僕を魅了する才能豊かなダンサーたちに関する実際のニュース記事をもとにしたものを作ったら楽しいだろうと思った。
このプロジェクトでも、僕はまたしても、自分の夢や悪夢の一部をスクリーン上で表現することができた。1996年はまるで昨夜のようだが、携帯電話もインターネットもなかった。それでも今朝聴いた音楽の中でも最高の曲はすでにあった。この年、フランスではダフト・パンクが一枚目のレコードをリリースし、映画館では『憎しみ』が公開され、雑誌「HaraKiri」は再起不能状態になっていた。太陽寺院信者たちの集団殺人はオカルト勢力によって抑えられた。そして、野蛮な戦いがヨーロッパ内に広がる一方で、力強くて平和的なヨーロッパを築き上げることを夢見た者たちもいた。
戦争は移動を促し、人口も信条も生活様式も変化させる。そして神と呼ばれるものは常に、最強の武力を有する者の側にある。過去に起きたことは未来にも起きる。コンマの位置は変わったとしても、文章のエッセンスは永遠に変わらない。
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ダンスについて語ることは、音楽について語ること
──そうした着想から、どのような映画にしようとしたのでしょうか?
僕は昔から、路上での喧嘩騒ぎであれ、向精神薬によって人々がハイになっているシャーマニズムの集会であれ、過剰なアルコール摂取によって参加者が自制心を失ってどんちゃん騒ぎするパーティーであれ、突如としてカオスや無政府状態が広がる状況に魅了されてきた。
僕が映画を撮影する場合も同様だ。
事前に何かを書いたり準備したりせず、ドキュメンタリー作品のように、自分の目の前でできる限り自然に物事が起きていくときに、僕は最も大きな喜びを感じる。そこにカオスが起きると、さらに嬉しくなる。そんなときは演劇よりも現実により近い、本物のパワーを持った映像が生まれるとわかっているからだ。
こうした理由から、僕はこの作品の土台として、きちんとした脚本ではなく、頭にこびりついて離れない不快なストーリーの概要を選んだ。
ダンサー集団が、あるパフォーマンスの準備をするために廃墟に集まる。そして彼らが最後のリハーサルを終えた後にカオスが起きる。わずか1ページ分の概要からスタートすることで、真実の瞬間をとらえ、一連の出来事をまとめて映像で伝えることができた。
ダンサーや役者、あるいはアマチュアの人たちに、カオス的に身体や言葉を使って自己表現してもらいたいときに必ず必要になるのが即興だ。この映画の最初のシーンは振付されているが、それ以外では、ダンサーたちに各自のランゲージで自由に自己表現してもらった。
彼らはしばしば無意識に近い状態で、それぞれの心の中にある混乱をさらけだしてくれた。ヴォーギングやワッキングやクランプといったダンススタイルでは、誰もがその優れた身体能力を驚くほど伸び伸びと披露している。
一番うまいダンサーたちのそれはとりわけ素晴らしい。時系列で撮影していくことにより、信頼感と競争心が生み出され、ダンサーたちのパフォーマンスはさらにサイコティックなものになっていった。ダンスの一つ一つのステップがあらかじめ決められているような通常の描き方とは逆に、僕は本作の主人公たちに、宗教儀式でのトランス状態で見られるような、何かに取りつかれた感じを模してもらうようにした。
ストーリーの中では確かにドラッグが使われている。
だが今回の目的は、視覚効果やサウンドを通して意識変容状態を主観的に描くことではなく、その逆に主人公たちを外部の視点からずっと観察することだった。
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──では登場人物たちが訪れるこの廃墟については?
ひとつルールとして決めたのは、ユニークなセットで撮影することで、素早く、そしてロングショットで撮影するということだった。
このおかげで、2018年2月の2週間ですべてのショットを完成させることができた。とはいえ、振付された最初のシーンに関しては、ダンサーたちと一緒にリハーサルをした。そしてそれ以外のダンスシークエンスへの準備として、すでに選曲していた音楽をダンサーたちに聴いてもらった。ダンスについて語ることは、音楽について語ることだ。この物語の舞台となる時代に敬意を払うために、作品で使用している曲は、エレクトロニクスからメロディアスなものまで、すべて90年代半ば以前の曲だ。そして観客に懐かしい気持ちになってもらい、幅広い層に訴える曲を使うよう努めた。
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──セルヴァ役のソフィア・ブテラ以外は演技経験のないプロダンサーを起用していますが、その理由は?
僕らは、フランス在住あるいはフランスに来ることのできる最高のダンサーたちと一緒にこの映画を作ろうと最初から考えていた。
肉体表現を中心にした映画を作るため、 セルジュ・カトワールと僕が探し求めたのは役者ではなかった。その代わりにパリ一帯で行われているクランプダンスバトルやヴォーギング・パーティーに行ったり、ネットに投稿されているダンスビデオを見たりしてダンサーを探しまわった。どのダンサーを選べば素晴らしい一座と映画ができるか、僕らはかなり早く、直感的に理解することができた。
拙作『LOVE 3D』(15)で共同製作を務めてくれた大胆不敵なエドワール・ヴェイユ (レクタングル・プロダクションズ)とヴァンサン・マラヴァル(ワイルド・バンチ)の説得に成功したことで、この低予算映画作りが始まった。リア・ヴラモスのゲストとして初めてヴォーギング・パーティーを訪れたときに、大物DJ・ミュージシャンのキディ・スマイルと出会い、ステージからダンスバトルを見せてもらった。
セルジュも僕も、青春時代に見たデモの暴動以来、パリでこれほどのエネルギーが発散されているのを見たことがなかった。幸いなことに、僕らに夢を見させてくれたダンサーたちに連絡をとることができ、事前に決められた「台詞がなく、ストーリーだけが決まっている」この映画について彼らに話をした。思いがけなく、チャンネルARTEがこのプロジェクトに関心を寄せてくれた。
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キディは僕らの“ゴッドファーザー”として、友人のヴォーグダンサーたちに連絡をとり、しかも彼らを説得してくれた。そんな彼にDJダディの役をオファーするのは当然のことだった。
それと同時に、僕は以前一度だけ会ったことのある、ロサンゼルス在住のレジェンド、ソフィア・ブテラに、振付師の役をオファーしようと思いついた。
僕は彼女のダンスビデオにも彼女自身にも魅了されていた。彼女はしばらく前から演技に力を入れており、長編映画にも何度か出演していた。多面的で極端な役である振付師役を演じるのに必要な力と狂気を、彼女になら期待できると僕は確信していた。彼女はオファーに応える前に、この映画の振付を担当するのに最適な人として、ニーナ・マクニーリーを推薦してくれた。その素晴らしい提案にここであらためて感謝したい。
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すでに参加を決めたダンサーたちが、さらに他のダンサーたちを引き寄せ、複数の小グループも僕らの提案に前向きに応じてくれた。幸いなことに、ワッキングやクランピングのパフォーマー、そしてエレクトロダンスのグループ(ロメイン・ギラーミックとテイラー・キャッスルなど)が、トランス状態をシミュレートしたダンスをすぐに録画して送ってきてくれた。嬉しいことは続くものだ。1月になって、僕の一番大切なコラボレーターたちとコンタクトをとったところ、皆スケジュールを空けてくれた(ブノワ・デビエ、ラザレ・ペドロン、ケン・ヤスモト、ロドルフ・シャブリエ、パスカル・メイヤー、フレッド・カンビエ、ドゥニ・ベドロウ、マルク・ブクロ、トム・カン、ローレン・ルフロイ)。そこにトーマ・バンガルテルが加わり、さらに美術監督のジャン・ラバッセと第一助監督クレア・コルベッタ=ドールの二人が新たに仲間入りした。
記録的短時間で、僕らはヴィトリーにある廃墟を見つけ、僕が使いたいと切に願っていた曲の権利問題もクリアできた。撮影開始の二日前、僕らは女優で曲芸師のスエリア・ヤクーブと出会い、カメルーンの驚異的な曲芸師スタラウス・サーペントに参加してもらうための就労許可を確保した。コントロールされていない状態での衝突を何度も経験することを栄養とし、楽しい雰囲気の中で進んだ撮影では、ダンサーたちの即興による踊りや会話に目を奪われた。二か月後、楽しくも悲しい現実を再現したこのささやかな作品を提供することを嬉しく思う。
(オフィシャル・インタビューより)
ギャスパー・ノエ(Gaspar Noe)
1963年12月27日、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。父は画家のルイス・フェリペ・ノエ。子供時代の数年間をニューヨークで過ごし、1976年フランスに移住。パリのエコール・ルイ・リュミエールで映画を学んだ後、スイスのサースフェーにあるヨーロッパ大学の映画科の客員教授となる。短編映画「Tintarella di luna」(85/未)、「Pulpe amere」(87/未)を経て、94年に馬肉を売る男とその娘の愛を独特の雰囲気で描いた中編映画『カルネ』で、カンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞。続編で初の長編映画となる『カノン』(98)はアイエス.bの資金援助を得て完成、カンヌ映画祭でセンセーションを巻き起こす。その後、モニカ・ベルッチがレイプシーンを体当たりで演じた『アレックス』(02)もカンヌで正式上映され、更なる衝撃をもたらす。その後も、彼の愛する街TOKYOを舞台にしたバーチャル・トリップ・ムービー『エンター・ザ・ボイド』(10)、若者の性と情熱を観客の心に完全に再現することを試みた意欲作『LOVE 3D』(15)など世界の映画ファンを驚愕させ続けている。
映画『CLIMAX クライマックス』
11月1日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
監督・脚本:ギャスパー・ノエ
出演:ソフィア・ブテラ、ロマン・ギレルミク、スエリア・ヤクーブ、キディ・スマイル
2018/フランス、ベルギー/スコープサイズ/97分/カラー/フランス語・英語/DCP
/5.1ch/日本語字幕:宮坂愛/原題『CLIMAX』
配給:キノフィルムズ/木下グループ