骰子の眼

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東京都 渋谷区

2019-09-05 17:00


ジャ・ジャンクー『帰れない二人』激動の中国で裏社会を生きる男女の17年間のラブストーリー

「古い世界から新しい世界に入っていく人々の心の変化を描いた映画」
ジャ・ジャンクー『帰れない二人』激動の中国で裏社会を生きる男女の17年間のラブストーリー
映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

中国のジャ・ジャンクー監督が、ある男女の2001年から17年間の物語を描き、今年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門にも選ばれた映画『帰れない二人』が9月6日(金)より公開。webDICEでは、7月に行われた記者会見の発言をもとに構成した、ジャ・ジャンクー監督のインタビューを掲載する。

今回のインタビューで言及されているように、監督は過去に撮影した素材も盛り込み、17年間の女性の物語と急激に変化する中国社会を重ね合わせる。主演は監督の公私にわたるパートナーであるチャオ・タオ。近年『迫り来る嵐』など変貌する中国に翻弄される市民をテーマにした作品が少なくないが、ジャ・ジャンクー監督は、裏社会を生きる男ビンと女チャオの関係をノワール的な陰鬱な描写ではなく、ふてぶてしいまでのふたりの生命力にフォーカスし、観客を17年にわたるラブストーリーに引き込む。


「中国はいま激烈な変化を遂げています。経済、政治などにおける変化が直接的に人々に影響を及ぼす。その中で、どう自分は生きるのか。そうしたことを“マクロな視点で振り返る”という方法を見つけたのです。歴史の中で人を考えるということ。変化する社会状況の中で、より客観的に人間を観て、映画として語るという方法を選んだのです。ですから、17年間という時間は重要でした」(ジャ・ジャンクー監督)


17年間という時間の重要性

──2001年から17年という、中国が急激に変化した17年間を描いた作品ですが、監督の想いを聞かせてください。

私自身、当初は本作のように時間軸の長い作品を撮るとは思っていませんでした。前作『山河ノスタルジア』も、長いスパンの物語で、舞台は未来にも及んでいます。そして、『帰れない二人』も2001から17年間という長い時間で展開している。なぜ、そのような長い時間軸を描かなければならないのか。現代を生きる人々の姿を考えることで、このようになりました。中国はいま激烈な変化を遂げています。情報もあふれていて、社会が平穏であるとも限らない。経済、政治などにおける変化が直接的に人々に影響を及ぼす。その中で、どう自分は生きるのか。そうしたことを“マクロな視点で振り返る”という方法を見つけたのです。長いスパンの中で人間を観察し、歴史の中で人を考えるということ。変化する社会状況の中で、より客観的に人間を観て、映画として語る方法を選んだのです。ですから、17年間という時間は重要でした。

映画『帰れない二人』ジャ・ジャンクー監督 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved
映画『帰れない二人』ジャ・ジャンクー監督 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

ではなぜ、2001年を選んだか。この年は、様々なものが古いものから新しいものへと変わる過渡期でした。ただ単に新しい世紀が始まったということではありません。WTOへの加盟、北京五輪の決定、インターネットの普及。時代的にシンボリックな事象が現れたのが2001年。そういったことが、中国で生きる人々にライフスタイルの変化をもたらしました。同時に、心にも変化をもたらしました。この作品は、ある種ラブストーリーでもありますが、古い世界から新しい世界に入っていく人の心の変化を描いた作品です。主人公のビンもチャオも、古い処世術、社会の原則、人としてのルールを持っていました。そうした2人が新しい世界に入っていったときに、物事に対処する方法の違いが現れます。それは、恋愛にも言えることではないでしょうか。過去作『長江哀歌』では、そうした内面は描けなかったので、本作ではそこを描きました。

映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved
映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

──『青の稲妻』そして『長江哀歌』の要素を作品の中に盛り込んだ点について教えてください。『青の稲妻』は、2001年という年を映すことが重要だったからでしょうか。

脚本の初稿を書いているときに、撮りたいと思っていたのは、現代中国の裏社会の人々の物語でした。現代にも裏社会の人はいて、それは特殊なことではなく、底辺層を構成する人々の一部です。初稿を書き上げたものを読んだときにふと思ったのが、『青の稲妻』と『長江哀歌』の主人公の男女2人を、きちんと描けてなかったことです。たとえば、『青の稲妻』でチャオがどう彼と愛し合ったり、別れたりしたか。『長江哀歌』ではチャオがビンを探しに行くが、離婚する。なぜ離婚したのか。そうした過去2作で描き切れなかったことを、この作品でラブストーリーとして語ろうと思ったのです。この『青の稲妻』『長江哀歌』『帰れない二人』の3本を1本の映画だと理解して、撮ろうと。2001年『青の稲妻』、2006年『長江哀歌』、そして2017年と、17年を生きた普通の女性の物語にしようと。ですから、当初ヒロインを別の名前にしていましたが、途中でチャオに変更したのです。

映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved
映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

過去の素材をミックスして構成した理由

──この映画は、2001年から17年までを現実の時間軸で描いている一方で、映像としては時空を超えた作品になっていると思います。『青の稲妻』『長江哀歌』のヒロインが、本作のヒロインに繋がっている。映像についてもすべてが撮り下しではない。過去の映像、今の映像、違った質感の映像をミックスすることでマジックが起きていると思います。手法、ヒロイン像などの部分で、映画として成し得たことはなんですか。

脚本の第一稿は、雀荘から書きはじめました。そこにチャオとビンがいる。その場面を考えているときに、『青の稲妻』を解像度も高くないミニDVで撮影したことが頭に浮かびました。そして、当時撮った作品をここで使うべきだと考えるようになったのです。編集や美術スタッフと相談しても、やはり車、バイク、道までも当時と今では違う。そして、なんといっても人間の顔つきが違う。それはとても重要なことでした。

2001年当時は今よりも、貧しく、みんな痩せており黒っぽい感じがしていたんです。現代の撮影で2001年のシーンを撮影して表現するのは難しい。なので、以前撮った素材を冒頭の2001年パートに持ってくるべきだと考えるようなりました。過去の素材をミックスして使用しようと思ったんです。当時は、解像度も考えずに撮影していたので、映像としては良くないものが多いです。ですから、『帰れない二人』は5種類の機材(カメラ)で撮影しています。それは、過去のそうしたトーンを統一させるため。当時の映像には、質感、歴史的感覚が残っている。それを使うことで、観客にも当時の感覚を納得させることができると思ったのです。

具体的なシーンを挙げると、チャオが奉節に行き、ビンに会えないというシーン。そこで歌唱団が出てきますが、彼らが歌う舞台の上は2006年に撮った素材。観ているチャオは2018年の素材。そうした素材のミックスで良い効果をもたらすことができたと思っています。

映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved
映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

──新疆ウイグル自治区について質問です。劇中で地名では出ますが、映像として描かれていません。それは、撮影許可が下りなかったからでしょうか。何か理由はありますか。

チャオが列車に乗っていて、カラマイ(新疆ウイグル自治区の都市)で雑貨店を営む男と話すシーンで「新疆」という地名が出てきますね。実は、ウイグルでも撮影はしているんです。具体的にはチャオがUFOを見るシーン。あれは、新疆で撮影しました。夜空を撮影しているので新疆だとは思わないかもしれませんが。そこで撮影をしてはいけないということは、ありませんでした。

──製作にクレジットされているホワンシー・メディア・グループは、面白いヒット作を作っている会社だと思います。製作に入ることになった経緯を教えてください。

この会社は、動画配信の会社です。今回の作品に問わず、ほかの映画でもネットで配信する会社を協力スポンサーに入れることが普通になってきています。劇場公開の後にネットで配信する権利があるので、製作にも入っています。

(2019年7月25日、東京での記者会見より)
映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved
映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved



ジャ・ジャンクー(賈樟柯 JIA Zhangke)

1970年5月24日生まれ、中国山西省・汾陽(フェンヤン)出身。北京電影学院文学系(文学部)在学中の95年に55分のビデオ作品「小山の帰郷」を監督、香港インディペンデント短編映画賞金賞を受賞。この時、グランプリを受賞したのがユー・リクウァイの「ネオンの女神たち」。この出会いを通じて、『一瞬の夢』以降、ほぼすべての作品の撮影をユー・リクウァイが手掛けることとなる。97年に北京電影学院の卒業制作として、初長編映画『一瞬の夢』を監督、98年ベルリン国際映画祭フォーラム部門でワールドプレミア上映され、ヴォルフガング・シュタウテ賞(最優秀新人監督賞)を受賞したほか、プサン国際映画祭、バンクーバー国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを獲得、国際的に大きな注目を集めた。06年、三峡ダム建設により水没する古都・奉節(フォンジェ)を舞台にした『長江哀歌』がヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でサプライズ上映され、金獅子賞(グランプリ)を獲得。15年、フランス監督協会が主催する「黄金の馬車賞」を受賞。18年10月、福岡アジア文化賞大賞を受賞。本作『帰れない二人』は5度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。中国人監督でカンヌのコンペに5作品出品されているのはチェン・カイコー監督とジャ・ジャンクーのみ。いま最も、パルムドールに近い映画監督といっても過言ではない。




映画『帰れない二人』 ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

映画『帰れない二人』
9月6日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

監督・脚本:ジャ・ジャンクー
出演:チャオ・タオ、リャオ・ファン、シュー・ジェン、キャスパー・リャン
プロデューサー:市山尚三
音楽:リン・チャン
撮影:エリック・ゴーティエ
編集:マチュー・ラクロー、リン・シュウドン
美術:リュウ・ウェイシン
2018年/135分/中国=フランス
原題:江湖儿女
英題:Ash is Purest White
提供:ビターズ・エンド、朝日新聞社
配給:ビターズ・エンド

公式サイト


▼映画『帰れない二人』予告編

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ジャ・ジャンクー


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