映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
イギリスのマイク・リー監督が19世紀にイギリスで起こった民衆弾圧事件「ピータールーの虐殺」を映画化した『ピータールー マンチェスターの悲劇』が8月9日(金)より公開。webDICEではマイク・リー監督のインタビューを掲載する。
舞台となるのは、1819年、ナポレオン戦争後で混迷を極めるマンチェスター。貧困問題の改善を訴え、政治的改革を求める非武装の民衆に対し、鎮圧のため派遣された政府の騎馬隊が突入し、多くの死傷者を出した。イギリスの民主主義の転機となり、ガーディアン紙創刊のきっかけとなったこの事件を、マイク・リー監督は自ら脚本も手掛け描いている。監督が類型的な描写にならないよう腐心したという戦闘シーンのリアルさはもちろん、注目してほしいのは、抵抗する市民たちが語る数々の言葉だ。「判事や治安官の仕事は市民の生活を守ることだ。だが彼らは権力者にへつらい、不正に知らん顔をする。金持ちから賄賂をもらい、庶民を虐げる」「会議も腐敗している。我々が自分の代表者たちを選び、政治に声を反映すべきだ」といった、当時、選挙権を持てなかった市民の声や、「我々が穏やかに思慮深く行動すれば、敵が嘘つきだと証明できる。我々は権利を懇願しに行くんじゃない。これは政府に与えてもらう権利じゃない。我々が英国人として生まれつき持っている権利だ。武器は捨てていけ」と非暴力でデモを行った人の声に投影されたマイク・リー監督の信念は、日本の観客にも届くに違いない。
「製作開始から今に至る2019年までの5年間で、ますます色々な事件が起きた。ブレグジット(イギリスのEU離脱)があったり、トランプが大統領になったり、世界各地で極右が台頭したり、香港で民衆が抑圧されたり、世界中で正気の沙汰ではないことが起こってる。この映画は民主主義についての映画だ。民主主義について、権力を持っている人、いない人についての疑問をこの映画を通じて考えてもらえればと願っている」(マイク・リー監督)
事件から200周年、今こそ映画化すべきだと思った
──「マンチェスターの虐殺」といわれるこの事件を当初、監督は知らなかったそうですね。映画化するに至った経緯を教えてください。
私はマンチェスターで生まれ育ったが、育っていく過程では、この事件については知らなかった。しかしこの事件に関する本を初めて読んだ時に、「この事件は現代につながっている、誰かがこの事件を映画化するべきだ」と思った。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』マイク・リー監督 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
1819年の英国では、不動産のない人々、つまり土地や家を持っていない人々には選挙権がなかった。マンチェスターの真ん中に、セント・ピーターズ広場と呼ばれる場所があった。そこでは政治集会などの集会が、長年にわたって行われていた。政府は、そのセント・ピーターズ広場での選挙権を求める大規模なデモを法に反して鎮圧した。負傷者の数は700名にものぼり、死者も、正確な人数はわかっていないが、16か17名出た。この事件はピータールーの戦いと呼ばれるようになった。ウォータールーの戦い(1815年にベルギーで起こったプロイセン軍、英蘭連合軍とフランス軍の戦闘)がこの事件の4年前に起こっており、この事件はウォータールーの戦いに並ぶ虐殺であると考えられたからだ。
この事件を題材にした映画があるのではないかと思ったのは、ずいぶん昔のことだった。だが自分の手で映画化することを真剣に考え始めたのは、ここ数年のことだ。2019年はこの事件が起きてからちょうど200年にあたることに、ふと気づいたんだ。そして民主主義を求めるこのような行動や、それに対する抑圧は、今の世の中にも通じるものだと思った。
2014年に映画製作の準備を始め、歴史家と一緒にリサーチし、2年半かかった。6ヵ月かけて脚本を執筆、実際の撮影は16週間かかった。
製作を決定してから、今に至る2019年までの5年間で、ますます色々な事件が起きた。私のいるイギリスではブレグジット(イギリスのEU離脱)があったり、トランプが大統領になったり、世界各地で極右が台頭したり、香港で民衆が抑圧されたり、世界中で正気の沙汰ではないことが起こってる。
この映画は民主主義についての映画だ。民主主義について、権力を持っている人、いない人についての疑問をこの映画を通じて考えてもらえればと願っている。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
──この事件が現代に受け継がれてこなかった理由は何だったと思われますか?
驚くべきことに、ピータールー事件がどういうものか知らない人、その名前を聞いたことすらない人が、この英国でも非常にたくさんいる。偉大なる大英帝国の栄光の話ではない、伝統的な話ではないからかもしれない。ヘンリー6世には奥さんが6人いて、ということは学校では習うが、ピータールーの大虐殺は習わない。それはイギリスの体制にとって汚点だからだろう。
この映画からは、民主主義、人権、そして許容などの明らかなメッセージ以外にも、さまざまな角度からさまざまなことを受け取ることができる。観客が、それぞれ微妙に異なる反応ができるように作られているんだ。これまで見てきた反応もさまざまだ。衝撃を受ける人もいれば、感動する人も、また泣く人も、怒る人もいる。とにかく、さまざまな反応が起こりうる。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
さまざまな立場の人たちを並行して描く
──どのように物語を組み立て、撮影していったのですか?
当時、ジョン・リーという男がいたことが知られている。彼はホールデン出身で、ウォータールーの戦いを生き延び、ピータールー事件にも参加した。彼をモデルとして、デイヴィッド・ムーアストが演じるキャラクター、ジョセフを造型した。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』ジョセフ役のデイヴィッド・ムーアスト © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
主要な登場人物は何人かいるが、労働者階級の家族に焦点を合わせている。だが本作のカンバスは大きく、1人の主人公を中心に描かれていくものではない。さまざまな立場の人たちを並行して見ていくことが重要だからだ。
──活動家ヘンリー・ハントを演じたロリー・キニアのキャスティング理由を教えてください。
ヘンリー・ハントは、ウィルトシャーの地主だが、急進派なんだ。使命に燃える熱血漢であり、自惚れ屋であり、また、かなりの頑張り屋でもあったと思う。ロリー・キニアは素晴らしい俳優だ。シェイクスピアの役をやっているのでスピーチができるので、ハント役にぴったりだと思いました。彼はキャラクター俳優で色々な役ができる。彼自身もヘンリー・ハントについてリサーチしてくれて、ハントが非常にスピーチが上手でリーダーシップがあるのと同時に非常にナルシストで自己中心的だったということを理解し、それを表現してくれた。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』ヘンリー・ハント役のロリー・キニア © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
治安判事のうち5名は、実在した人物をそのまま描いている。彼らは権力がすべての偽善者だ。権力が脅かされていると思いこみ、軍隊を出動させる暴挙に出た。
──戦闘シーンについては、どのように進めていったのでしょうか?
ウォータールーの戦いを語るなら、どのような戦いだったのか経験できるようにしなければならない。この戦いを再現するのはすごいことだ。だが、肝心部分だけを手短に簡潔に描くことが必要だった。それを念頭に置いて、我々は撮影を進めた。そしてあの、兵隊たちが歩いて帰っていくシーンを撮った。全く信じられない。それぞれが独力で帰らなくてはならなかったなんて。イギリスに帰る方法を自分でみつけなければならなかったんだ。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
実を言うと、私はどの作品においてもアクションシーンを撮るときは、アクション監督やスタントマンを使うのはできるだけ避けてきた。そういった人たちは、型にはまったスタントをしようとするからだ。俳優たちに従来のスタントの経験がなかったわけではない。だが、彼らと私で協力し合って、お決まりの戦いのシーンにはならないようにできたんだ。
本作は扱っている事柄の規模があまりにも大きく、そこが難しかった。だが、怖気づくことはなかったし、不可能だとも思わなかった。どのセクションも、自分たちの仕事を1つ1つ着実にこなしてくれた。映画製作はチームワークだ。今回のチームが集まれば、どんなことだってできる。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
19世紀の街をリアルに再現
──Amazonスタジオ制作ですが、どういう経緯でamazonと仕事をすることになったのですか?
私たちからamazonにアプローチをして、参加してくれた。コンセプトや映画の上映時間に関しても全て任せてくれたので、わたしたちが作りたい作品を完全にサポートしてくれた。
──時代考証とリサーチについては、どのような苦労がありましたか?
どんな映画を作るときも、リサーチを行ってきた。『ピータールー』で使う物はすべてが古い時代の物で、しかも膨大な数だ。だが我々は素晴らしいチームに恵まれた。知識も創意も豊かで、熱心なスタッフが揃い、どんなに小さな細部に至るまで、リサーチを行って製作した。そしてどんな物を作るときも、細部まで徹底的にこだわった。そうやってできあがった物がうまくとけ合い、当時の生活を再現できたんだ。
ジャクリーヌ・ライディング博士は美術を専門とする歴史家で、『ターナー、光に愛を求めて』でも協力してもらった。彼女はどこでどうやってリサーチをすればいいのか助言を与えてくれ、さらには参加者全員に目を配り、サポートしてくれた。
ロンドンなどの多くの街と同様にマンチェスターにも、19世紀初めは、そして19世紀末になってもまだ、エリザベス朝時代の外面真壁造りの建物がたくさんあった。だが、そのような建物はずいぶん前になくなってしまっている。だから我々は、リンカンで撮影した。このような町があって、ほんとに助かった。ヨークシャーとランカシャーの境でも撮影した。バーンリーにある防虫剤の工場でも撮影したんだが、この工場は厳密には博物館なんだ。スタッフたちはいろんな機械の使い方を知っていて、おかげで当時の工場がリアルに適切に再現できた。そしてセント・ピーターズ広場のシーンは、ティルベリーで撮影した。入り江の古い要塞で撮ったんだ。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
本作を作りあげたチームは、カメラの前であっても後ろであっても、いずれも非の打ちどころのない、信頼のおけるチームだった。計画的で創意あふれる人たちが、この歴史的出来事の世界に入り、リサーチを行った。非常に頼り甲斐があり、仕事熱心な人ばかりだ。彼らがいなければ、この作品を作ることはできなかったよ。
全部ロケーション撮影で、スタジオ撮影はない。一番大きな問題は、大虐殺が起こった場所をどこにするかということだった。実際の事件はマンチェスターだが、今は、都会になっている。ティルダーポートというロンドンの東で撮影した。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 © Amazon Content Services LLC, Film4 a division of Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2018.
──長年タッグを組まれているディック・ポープの撮影については?
1991年の『ライフ・イズ・スイート』以来ずっと一緒に仕事をしています。本作でも色々な話をして、歴史的なビジュアルの見え方などを相談した。
私たちは、波長が合い、お互いが刺激し合い、妥協せずに境界線を広げていける。彼は天才です。私たちはストーリーボードを作らずに、その場でどうやって撮影するのかを決めていくという有機的な方法をとっているんだ。
(オフィシャル・インタビューより)
マイク・リー(Mike Leigh)
1943年2月20日イギリス、グレーター・マンチェスター、サルフォード出身。王立演劇学校とセントラル・アート・スクールおよびロンドン・フィルム・スクールで学び、71年に“BleakMoments”で長編映画監督デビュー。同作でロカルノ国際映画祭金豹賞やシカゴ国際映画祭グランプリを受賞。以降、舞台を中心に活躍する傍ら、ケン・ローチ、スティ-ブン・ブリアーズらと共にBBC製作のTV映画を製作。88年に『ビバ!ロンドン!ハイ・ホープス』で映画界に戻り、『ネイキッド』(93)でカンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞。『秘密と嘘』(96)ではアカデミー賞作品賞、監督賞他5部門ノミネート、カンヌ国際映画祭パルムドール、最優秀女優賞を受賞。『ヴェラ・ドレイク』(04)ではヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞。『ターナー、光に愛を求めて』(14)ではアカデミー賞4部門ノミネート、カンヌ国際映画祭主演男優賞、芸術貢献賞を受賞。名実ともに、イギリスを代表する名匠の一人である。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』
8月9日(金)TOHOシネマズ シャンテ他 全国順次公開
監督・脚本:マイク・リー
出演:ロリー・キニア、マクシーン・ピーク、デヴィッド・ムースト、ピアース・クイグリー
原題:PETERLOO
2018年/イギリス/カラー/ビスタ/5.1ch/155分
字幕翻訳:牧野琴子
配給:ギャガ