映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』より
写真家ホンマタカシ初の音楽ドキュメンタリー映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』がアップリンク吉祥寺にて7月27日(土)、28(日)の2日間限定上映。27日には現代美術家の山川冬樹さん、28日には西武鉄道をはじめ秩父に造詣が深い原武史さんを迎え、上映の前にそれぞれホンマタカシ監督とのトークも実施される。
また、新作の公開を記念して、ホンマタカシ監督による写真、映画、インスタレーションと作品形態や発表の場を変化させながら探求を続ける「ニュードキュメンタリーシリーズ」4本がアップリンク・クラウドにて8月18日(日)まで配信中。
webDICEでは、アテネ・フランセ文化センターにて3月9日に実施されたホンマタカシ監督と美術評論家の椹木野衣さんの対談を掲載する。
アヤクーチョとは、南アメリカで話されているケチュア語で「死者が集まる場所」という意味で、ペルー南部・アンデス山脈の山中に位置する町の名前だ。埼玉県・秩父に移り住んだアヤクーチョ出身の歌手イルマ・オスノは、7年ぶりに里帰りを決意する。帰郷によって浮かび上がるのは、かつてその地域を暴力で支配した極左武装組織「センデロ・ルミノソ」による傷跡と、社会の現状に対して音楽で抵抗した人々の姿だ。ホンマタカシ監督は、ペルーと秩父というまったく無縁であるはずの二つの土地を結ぶ一人の女性の屈託の無い生き様を鮮やかに映し出し、音楽とともに強く生きるアヤクーチョの人々の姿をありありと描いてる。
異世界秩父、“ニンゲン”という導入
ホンマタカシ(以下、ホンマ):椹木さんは秩父出身で、この『アヤクーチョの唄と秩父の山』に出ているイルマ・オスノさんと笹久保伸さんとも交流がありますね。僕の秩父のイメージは、関東平野の端っこですよね、ドンつきくらいにある感じで。
椹木野衣(以下、椹木):秩父はすでに平野ではないですね。
ホンマ:平野ではなく、盆地。池袋から出ている西武線の特急レッドアロー号、それの終点駅が西武秩父ですよね。
映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』より
椹木:西武鉄道が池袋から西武秩父まで延長されたのが、僕が小学1年生の時だったので、1960年代の後半ぐらいですかね。それまでの秩父というのは山に囲まれた陸の孤島で、とにかく不便な場所でした。東京に行くには、まず反対の熊谷に出て高崎線で大宮を経由し上野に出る、お金も時間もかかる経路です。だから、西武鉄道が開通した時は、秩父にもようやく「文明開化」がもたらされたという感じでした。僕も東京に出るようになって、いかに秩父という場所が特殊かを知ったという。
ホンマ:そうですね。レッドアロー号という存在が大きい、僕は少年野球団に入っていたんですけど、その名前がレッドアローだったんですよね。小学校の時に西武球団ができたり。だから、西武沿線に育った人たちは、結構親戚な感じがあります。
椹木: 秩父までのルートは、途中から秘境感を醸し始める瞬間があります。僕が学生のとき、大学の友人を秩父へ連れていく機会があったんです。池袋から出発して入間(イルマ)っていう地名あたりで、不穏なものを感じるらしくて、それで突然「“ニンゲン”っていう街がある!」っていうんです。見たら“入間”のことを指している。イルマさんではありませんが(笑)。
ホンマ:ニンゲン(笑)。
椹木:それで皆ちょっとざわざわしてきて、駅名も“仏子”とか“元加治”とか“飯能”とか謎の地名が登場し始めて、奇妙な感じになる。それに飯能に着いたら、進行方向が逆になって東京に戻り始めるんです、電車が。
ホンマ:そう、突然電車が反対に動くっていうのがだいぶショッキングでした。僕も最終電車で秩父に行ったら、電車が反対側に動いてから周りが真っ暗で、そのとき偶然、宮沢賢治の銀河鉄道を読み返していたから、すごい“死者の電車”っぽいんですよね。
椹木:ニンゲンっていう誤認をする駅名が出るあたりから、何かこう逆転現象とか起きて、異世界感が出てくるわけですよ。
映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』より
その土地の土を食べて、体に取り込む
ホンマ:椹木さんの『震美術論』で、写真家の笹岡啓子さんが秩父の山を湾に見立てて風景写真を撮るということをやっていました。秩父は元々海中から隆起して出来た土地なんですよね。
椹木:秩父では石灰岩が採れます。そのこと自体が、かつて海の底であったということですから。石灰岩は海洋生物の死骸が地下深くの高温高圧下で鉱石化したものです。だから、秩父の地質は独特ですね。以前、イルマさんと話をしたときに、初めて訪れた土地を知るために、その土地の土を食べると話していました。日本にきた時も食べたそうです。
ホンマ:ワインの醸造家みたいですよね。
椹木:土っていうのは生物の死骸です。その土地で死んでいった色んな植物や生物が長い時間をかけて腐敗して砕かれて堆積したものだから、その土地由来の成分が剥き出しに詰まっている。新しく訪れた場所で土を食べるということは、味や香りだけじゃなくて、その土地に宿っているものを体に取り込むという。ペルーから秩父へ移住したイルマさんですが、土地から土地へ移動するっていうことは結局、身体の移動でもあるけども、地面の違いも大きいと思うんですよね。地面から立ち上がってくる気配とか匂いとか。そういう気配の違いが、秩父とアヤクーチョとのあいだでつながりながらも違いを際立たせている。全然違っていたら、そもそも違いなんて分かりませんから。
映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』より
自然破壊の象徴である武甲山
ホンマ:以前に杉本博司さんが人類の終焉がテーマの「ロスト・ヒューマン」という展示の中で、秩父セメントっていう看板がバーンってあって印象に残っています。あの時もやっぱり秩父に繋がってくるのかと思いましたね。
椹木:秩父は、東京に近いけど自然に親しめるみたいなことで宣伝されていますが、実は、東京近郊でも相当に自然破壊が進んだ町ですね。
ホンマ:今でも武甲山では、お昼の12時に爆破されてセメントが運ばれていますしね。
椹木:武甲山というのは、秩父の自然破壊の象徴です。日本が近代都市になっていく上で、石灰岩はビル建設や高速道路とかインフラを固めていくために非常に重要な原材料でした。しかも東京近郊にあって鉄道で結べる、そこに資本が入り込んでくる。今でも秩父には、三菱マテリアルと、それから昭和電工と日本窒素という昭和のコンツェルンが2つも入っています。今も自然破壊が進んでいます。無残って言っていいくらい。秩父は、足尾銅山事件のように歴史的に大きな健康被害が出て、公害闘争なんかが起きたわけじゃないから見えにくいんですけども、その火種っていうのは今でも変わらずあるんですね。
映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』より
芸能と闘争は分けられない
ホンマ:闘争の話がありましたが、秩父には秩父事件という農民の蜂起がありましたね。
椹木:僕が子供の頃は、秩父暴動と言われていました。秩父の農民が武装してとんでもない暴動を起こして、国に鎮圧されて死刑に何人もなったみたいに言われていて、大っぴらに語れない雰囲気がありました。秩父事件と言われるようになったのは、これが暴動ではなく自由民権運動という思想の流れのひとつだと認められてからです。民衆に主権を取り戻すためには、革命も武装も必要だと。だけどやっぱり僕の中では、今でも暴動なのか、事件なのか、革命なのか、その辺の境界がはっきりしない部分があり、どれもが混じり合っていることの方が真実に近いような気がしています。
映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』より
ホンマ:映画ではペルーの反政府組織のセンデロ・ルミノソについて語られます。この映画のもうひとつの隠れたテーマでもあります。秩父事件とセンデロ・ルミノソの蜂起に共通点を感じますか?
椹木:ペルーの抵抗勢力もテロリストなのかどうかは、見る側によって変わってくると思います。その辺の捉え方に多様性を孕んでるところがペルーと秩父は似てるかなっていう気はします。もうひとつ重要なのは、秩父事件は、養蚕農家の蜂起だということです。秩父は土壌が稲作に不向きだったため、養蚕が盛んで、秩父の絹は大変質が高く、横浜に持っていくと高値で売れた。養蚕農家はかなり裕福だったようです。だから、江戸時代からある貧しい百姓の一揆みたいなものではなく、余剰が潤沢にあったということです。横浜でルソーの本なんかを買い付けて、読書会を開いて思想が広がっていく。尚且つ歌を詠んだり歌舞伎をやったり、あるいは花火を打ち上げたりとか、そういうふうに芸能と闘争というのは分けられないんですよね。
ホンマ:芸能と闘争は分けられないってすごいですね。
椹木:芸能は、元々奉納からきているわけだから、その土地と切り離せない。それが土地の抑圧に対する抵抗へと繋がっていく。イルマさんも卓越した踊り手であり歌い手で、尚且つ土地をめぐる闘いがあった場所から出てきた方ですね。そういうものが色々と数珠繋ぎになって切れ目なく続いていくっていうのが、ホンマさんのニュードキュメンタリーっていう方法の1つなのかもしれません。
(2019年3月9日(土)アテネフランセ文化センターにて)
ホンマタカシ
1962年、東京都生まれ。写真家。東京造形大学大学院客員教授。1999年『東京郊外』(光琳社出版)で第24回木村伊兵衛写真賞受賞。2011年から2012年にかけて大規模個展「ニュー・ドキュメンタリー」が国内3ヵ所を巡回。『The Narcissistic City』(MACK)、 『A Song for Windows』(LIBRARYMAN)ほか写真集多数。著書に『ホンマタカシの換骨奪胎―やってみてわかった!最新映像リテラシー入門―』(新潮社)、『たのしい写真 よい子のための写真教室』、『たのしい写真3 ワークショップ篇』(平凡社)など。
椹木野衣(さわらぎのい)
美術批評家。1962年生まれ。主な著作に『増補シミュレーショニズム』(ちくま学芸文庫)、『日本・現代・美術』(新潮社)、『戦争と万博』、『後美術論』(第25回吉田秀和賞)、『震美術論』(平成29年度芸術選奨文部科学大臣賞、いずれも美術出版社)など。現在、多摩美術大学教授、同大学附置芸術人類学研究所所員。
映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』
映画『アヤクーチョの唄と秩父の山』LIVE&トーク付き限定上映
7月27日(土)、7月28日(日)アップリンク渋谷
27日ゲスト:山川冬樹(現代美術家/ホーメイ歌手/遠吠主義者 )
28日ゲスト:原武史(鉄学者/放送大学教授)
17:00トークイベント
17:30上映スタート
18:30主演イルマ・オスノ、笹久保伸によるパフォーマンスLIVE
18:50 終了
https://joji.uplink.co.jp/movie/2019/2564
ニュードキュメンタリーシリーズ
アップリンク・クラウドで期間限定配信中![8月18日(日)まで]
『After 10 Years』 (2016年/日本/101分/カラー/16:9/日英字幕)
『最初にカケスがやってくる』(2016年/日本/68分/カラー/16:9)
『あなたは、あたしといて幸せですか?』(2016年/日本/70分/カラー/16:9/出演:飴屋法水ほか/英語字幕)
『きわめてよいふうけい』(2004年/日本/40分/カラー/4:3/出演:中平卓馬、森山大道ほか/英語字幕/製作・配給リトルモア+スローラーナー/製作協力:オシリス)
https://www.uplink.co.jp/cloud/features/2046/