「アップリンク・アースライフシリーズ 上映+トークイベント」より、トークゲストのアクアスフィア・水教育研究所代表・橋本淳司氏(右)と、聞き手のアップリンク代表・浅井隆(左)
「アップリンク・アースライフシリーズ 上映+トークイベント」は、映画で「問題提起」、トークで問題解決の「実際例」、そして「考え、行動する」新しいイベントシリーズです。7月13日(土)にはアップリンク渋谷にて映画『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』の上映と橋本淳司さん(アクアスフィア・水教育研究所代表)のトークを実施しました。
2008年公開の本作で触れられた諸問題のアップデートと、日本の水問題の現状、なかでも改正水道法により今後どのような変化が起こるか注目を集める「水道事業」についてお話をお聞きしました。
『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』は、学校・公民館・カフェ・イベントスペースなどでの自主上映を受付中。詳細はアップリンク自主上映のページをご覧ください。
また、『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』はアップリンク・クラウドにて500円にて配信中です。
「水道」をきっかけに、
水の流れてくる元と流れていく先について考えていく
浅井隆(アップリンク代表 以下、浅井):今回4回シリーズで上映イベントの開催を計画していて、先週は「子供の保育の問題」、今日が「水道」、次が「権力とメディア」最終回は「遺伝子組み換え作物」というテーマを予定しています。
「水道」というと、なかなか話題になることがありません。日本の法律が変わったことも 。
橋本淳司(アクアスフィア・水教育研究所代表 以下、橋本):去年ですね。僕もだいぶ騒ぐようにしていたんですが、力及ばずということもありました。法改正の直前になって、ようやくテレビなどでも取り上げられるようになったんです。遅いですね。
浅井:今ご覧いただいた『ブルー・ゴールド』は2008年の作品です。日本の今の視点でアップデートしていただけますか。
▼映画『ブルー・ゴールド』予告編
橋本:今観ても、すごい情報量の映画ですね。観ていてドキドキしてしまいました。じゃんじゃんとファクトが出てくる。こんな映画なかなかないと思います。
僕の正直な感想としては、2008年に観たときよりも、今のほうが水の環境は悪くなっている、ひどくなっているという感想です。
浅井:それは、世界の水と、社会と、人々の状況がということですか。
橋本:はい。「気候クライシス」の問題がこの映画のあと非常に大きくなっています。
水って温度によって動くので、1度気温が上がると、空気中の水蒸気量が7%上昇するといわれていて、これによって水のあるところとないところがはっきりしてくるんです。
水の少ないところは、どんどん蒸発してしまい、干ばつ地帯ができる。
一方、水の多いところは、豪雨災害が起きやすくなってしまう。
日本でもこの問題が大きくなっています。
この3年間、7月の第1週は判で押したように各地で豪雨災害が起きていますね。今年は九州南部、昨年は平成30年7月豪雨、平成29年7月九州北部豪雨と続いてしまいました。
浅井:なるほど。今日は「水道」の問題を、と思っていたけど、もっと広く考えないといけないですね。
橋本:改正水道法によって「水道事業」の形態が変わるというビビットなテーマがあるから、まず「水道」をきっかけに、水の流れてくる元のところと、流れていく先についても考えていくのがよいと思っています。
浅井:「民営化」というと民主主義の「民」が入っているからちょっといいような気になってしまうんです。でも、映画では「民営化」と訳してはいるけど、オリジナルは「privately=私企業化」ですね。
「民営化」といえば、小泉首相のときに民営化が実行された郵政事業の、かんぽ生命の問題がちょうど出てきています。けっきょくがん保険は、アフラックが入っていますよね。
橋本:郵政民営化の議論のとき、反対者から「日本の高齢者層が持っている多額の貯金が狙われる」という意見が出ていましたが、現実になってしまった。
生命保険の切り替えで、新たな手数料が発生する。知らぬ間に条件の悪い保険に替えられている、ダブルで保険料を徴収されるなど、ちょうどあのときに懸念されていた「民間企業に委ねることのマイナス点」がみえてしまっているかたちですね。
部分的な民営化=コンセッション方式
浅井:ライフラインにもろにかかわる「水道事業」を私企業化するというと直感的には反対したくなりますが、ここで新しいことば「コンセッション方式」が出てきました。
僕ら映画館を運営していると、飲食販売するところを「コンセッション」「コンセ」って言うんですよ。で、調べてみると「コンセッション・スタンド」て「売店」という意味でして、けっこうバカにならない売上なんです。
ここでは水道事業で使う場合の「コンセッション方式」を教えてほしいです。
結論から言っちゃうと、「民営化」なんですか?それとも、なんなんですか?
橋本:部分的な民営化です。
映画のなかで、イギリスのサッチャー首相が水道を「民営化」したことが描かれていますが、あれは水道施設も民間が所有し、運営もする、完全な「民営化水道」です。公共事業の民営化は水道に限らず、さまざまな公共インフラで実施されました。その後、1980年に部分的な民営化手法であるPFIがイギリスで発明され、各国に広がっていきました。こちらは施設は公が所有したまま、運営権を民間に長期売却する形です。
「コンセッション」というのはもともとPFIという方式の一形態です。「未来投資会議」という安倍首相を議長として、竹中平蔵氏などが主導して民間が活躍しやすい社会を作ろうという考えに基づいた提言をおこなっている会議が導入を主導しました。
浅井:ここにも竹中氏が出てくるんですね。
浅井:こちらに水道管の絵がありますけど、この状態で飲める水が流れてるわけですよね?安全なんですか?
ちょうど僕、今朝健康診断に行ってきたんですけど、この水道管、人間でいえば動脈硬化、脳溢血寸前みたいじゃないですか。
橋本:はい。これ鉄分が付着してるんですね。どこもだいたい50年くらいたつとこうなってるわけです。日本の多くの水道は高度経済成長期に敷設されたので、老朽化した水道管がたくさんあります。
一定のスピードで水が流れている場合、水質には問題ないです。ただ、地震のときに壊れやすかったり、穴があいたところから周辺の汚水などを引き込んでしまったりする危険性があります。
本当は更新しなければいけないですけど、ここで財源不足という問題が出てきます。だいたい1キロ補修するのに1億円から2億円かかるといわれています。ですから、1キロの範囲でどれだけの人がいるかによってメンテナンスしやすいかどうか決まってしまう。
浅井:コンセッション方式になったら、だれがメンテナンスするんですか。
橋本:これがグレーなんです。個別契約は企業と自治体が結ぶので国が立ち入らない。
浅井:穿った見方をすると、企業に入ってもらいたいからグレーにしときましょってことにみえるけど。
橋本:事例をいち早く作りたいから参入しやすくしているということは言えます。
政府は非常にうまい宣伝をしていて、水道事業の経営は厳しい・使用量は減っているから使用料を上げざるを得ない・メンテナンスの必要もあるという厳しい状況だからこそ、企業の創意工夫でやっていくしかないよね、だから参入しやすくしましょう。という流れを作っています。
たとえば、浜松市はすでに下水道をコンセッション方式にしています。
映画で二大巨頭として登場した水メジャーのひとつ「ヴェオリア」が株主になって「浜松ウォーターシンフォニー株式会社」という組織をつくりました(他の株主は、JFEエンジニアリング株式会社、オリックス株式会社、須山建設株式会社及び東急建設株式会社)。
「ヴェオリア」も、もう一社の水メジャー「スエズ」もパリからはすでに撤退しています。
浅井:日本の原発産業と似ているなと思いました。自国では商売できなくなって日本に来るわけですか。
橋本:日本に限らないですが、スペインやイタリアなどEU内では経済的に豊かでない国に進出しています。
日本でも実はヴェオリアみたいな組織を作りたいという動きがありました。というのは日本は公が水道をやっているから実績を作れず、海外の仕事がとれないという不満がありました。コンセッション方式導入により経験を積めば、海外でも入札に参加できることになるのです。
浅井:とはいっても、日本の水道が儲かるようには思えないですけど。
橋本:内閣府の資料を読むと、「コンセッション方式」に適している地域は人口20万人以上と表記されています。つまり契約期間30年といっても人口があまり減らない地域のみ「コンセッション方式」が推奨されているんです。将来にわたり利益が見込めるということです。さらに重要な点は、管理監督の責任と災害時の責任は行政に残っていることです。たとえば事業運営中に大地震がおきて施設の修繕の必要が生じた場合、お金は地方自治体が負担するわけです。これでますます企業は参入しやすいわけです。浜松市もそうですが、次のターゲットは宮城です。
日本は、「水が人権である」ということに批准していない国です。
つまり水が投資対象(ビジネス)として見られています。
浅井:水があたりまえのようにある。井戸を掘れば出て来るし水に困ることはあまりないという意識はありますね。
橋本:水に対する意識が緩い。つまり海外から見るとルールが穏やかで、ビジネスしやすいところと考えられています。
浜松では今、住民の反対でコンセッションが凍結されています。
浅井:でも、そもそも反対する必要があるんでしょうか。
橋本:コンセッション方式は10年以上たたないと結果がみえてこないんです。水道事業が自分たちから遠いところで運営されてしまうと、管理監督が行き届くのか、経営の透明性が保たれるのかという心配があります。
今、選挙活動の最中ですよね。「コンセッション」の話、ぜんぜんしなくなってますよね。騒がれたくないんです。
自治体が責任を持ち、民間と協力してやっていく
浅井:ここで改めて、改正水道法で何がかわるのかコンセッション方式以外も含めて教えていただけますか。
橋本:はい。こちらの図にあるように5つ変更点があります。
②の「広域連携の推進」というのは、例えば、人口が減り水道経営が疲弊し維持が難しくなっているA市とB市が共同で水道事業を進めていくことを県が調整しなさい、ということです。
③の「適切な資産管理の推進」は、どこに水道管が埋まっているのか、きちんと図面を管理していきましょう、といったことです。
当たり前のことのようですが、極端に公の水道事業担当者が減らされ「ワンオペ水道」でその場しのぎの対応しかできなかったり、業務が属人化されてしまっていて担当者の頭の中にしか図面がないといった現状も実際あります。人とモノとカネがついていってない状況です。
また今後長期的にみると、IoT、スマートシティ構想、つまりコンピューターテクノロジーを使って街を効率化していきましょうという動きもあり、水道事業の担い手が従来とは変わってくる可能性もあります。例えばガスや電気、IT企業なども参入してくるということです。
浅井:映画にでてきたフランスのパリでは、民営化された水道事業が、市直営の半官半民の公営に変更されました。イギリスはどうなりましたか。
橋本:依然として「民営化水道」のままですが、昨年、経営者があまりにも多額の給料をもらっていることが明るみになり、それにもかかわらず企業は赤字決済で税金を払っていない、そして水道代は上昇しているということで、イギリス国民の約8割は公営化に戻すことを支持しているといわれています。
浅井:橋本さんは日本の水道はどういった形でやっていくのがベストと思いますか。
橋本:自治体が責任を持ち、民間と協力してやっていく。水道料金収入は自治体に入っていく業務委託がよいと考えています。
広島、小諸のように独自の方式を進めている地域も出てきています。
浅井:東京都民としてはどういった心構えが必要でしょうか。
橋本:東京都の水道事業はしばらく健全な形でいくと予想されます。 水問題を自分たちのリアルな問題として考える機会が他の地域と比較すると少ないと思いますが、収入減少は続いていますし、都市型の内水氾濫事故も起きるようになっています。 自分の水はどこから流れてきているか、どこに流れていくのかという意識をもつことはとても重要です。
映画『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』より
<対談を終えて>
本日はありがとうございました。
映画のなかで取り上げられているコチャバンバの水紛争は衝撃的ですが、その続きがあります。2017年に再公営化運動のリーダーだったパブロ・ソロン氏(元ボリビア国連大使)に話を聞いたことがあります。
彼は「水道の料金収入が、(企業の役員報酬や税金に使われることがなくなり)水道への投資のみに使えるようなった」と自国の再公営化を評価していました。と、同時に「もっと視野を広げて考えるべきだった。森林伐採や地球温暖化が水資源にこれほど影響を与えるとは思わなかった」と悔やんでいました。
「水に対する人権を実現するには、水そのものの権利を尊重しなくてはなりません。自然の権利を尊重しない限り、人間が持続的な生活を送ることはできません。しかしながら、水紛争後、人々が積極的に水に関与することが少なくなりました。水に関して人々が積極的でなくなったのは大きな問題です」(パブロ・ソロン氏)
「水に対する人権を実現する」というのは、すべての人が安全な水を得られるということです。そのためには、豊かな自然を維持していくことが必要です。
日本では水道民営化に反対する声はありますが、気候危機の対処への動きはほとんどありません。映画のなかで研究者が「水循環を健全にする動きが大事」と語っています。見過ごしがちメッセージなんですが、これが一番大事に思います。
「ブルーゴールド」には多くの重要なメッセージが詰まっていますから、多くの人に繰り返し見てもらいたいです。(橋本淳司)
▼橋本淳司さんのニュースはこちらからご覧になれます。
・アクアスフィア・水教育研究所代表
https://www.aqua-sphere.net/
・Yahoo! ニュース 水から考える日本と世界
https://news.yahoo.co.jp/byline/hashimotojunji/
▼映画『ブルー・ゴールド 狙われた水の真実』自主上映を受け付けています。
自主上映のご案内はこちらからご覧ください。
https://www.uplink.co.jp/film/rental/