骰子の眼

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2019-06-26 11:27


藤井道人監督が語る映画『新聞記者』―政治に興味がない世代だからこそ描ける官僚の葛藤

10年後生きていられるのか?ということを同世代は共感してくれるはず
藤井道人監督が語る映画『新聞記者』―政治に興味がない世代だからこそ描ける官僚の葛藤
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

韓国の女優シム・ウンギョンと松坂桃李のダブル主演により若き新聞記者と内閣情報調査室の官僚との対峙を描く映画『新聞記者』が6月28日(金)より公開。webDICEでは藤井道人監督に取材を行った。


現在進行形の社会問題をストーリーに取り込み、政府の内側やCIA、FBIの活動を描くのはアメリカ映画やドラマではよくあるジャンルだが、日本の内閣情報調査室を舞台とした日本映画は初めてではないだろうか。
試写会場を出た後、テレビでよく見かけるアナウンサーの方が宣伝スタッフに真顔で「内調の圧力はないのですか、ここまで描いて大丈夫ですか」と語っているのが耳に入ってきた。
自分の反応はといえば、そんなオーバーな、面白いテーマだけど、ここまでフィクションとして面白くしすぎると、政府が気にするわけないだろうと思った。
まず描かれるのは、内調内のパソコンが40台くらい並ぶ部屋で伊藤詩織さんをモデルにした女性が野党のハニートラップだというデマをツイートする松坂桃李演じる主役のエリート官僚の姿。さらに海外ドラマではおなじみの生物兵器まで出てくるとなると、荒唐無稽すぎるのではと反応してしまった。
という僕のような感想に対して河村プロデュサーは雑誌「創」のインタビューでこう答えている。
「加計学園園をめぐる騒動の中で、獣医学部と生物兵器の話が出ていましたが、それもこの映画のモチーフになっています。脚本を作る段階では、そういう話は荒唐無稽と思われるのではないかという声もありましたが、私はそう思っていません。学問の発展は戦争と隣り合わせだというのは歴史的事実だし、私自身、ありえない話ではないと考えています。今の時代の不条理を描くためには、そういう現実にありそうなことがリアルに反映されていることが必要だと思っています」(2019年7月号)
試写後、6月7日にNETFLIXで配信開始されたアメリカ大統領の内幕を描いたドラマ『サバイバー:宿命の大統領』シーズン3を一気見した。シーズン1で議事堂が爆破され、大統領以下議員が全員亡くなり、万が一の時の指定生存者だったキーファー・サザーランドが大統領に就任するという『新聞記者』の100万倍荒唐無稽な話なのに、シーズン3を観終わった自分は、アメリカの現在を反映したものすごく面白いドラマだと満足していた。
自分の中で同じ現実をフィクションとして描いた邦画と海ドラに求めているものは、何が違うのだろうか。東京新聞の記者望月衣塑子さんの著書『新聞記者』にインスアパイアーされたという触れ込みの映画に、映画にも事実としての正しさを求めていたのだろうか、映画としての面白さよりも。再現ドラマとしてリアルさを求めていたのだろうか、フィクションとしての面白さよりも。僕は、映画の中の新聞記者シム・ウンギョンの編集部でのやり取りは観ていて嘘くさいなと思ったのだが、あとで藤井監督に聞くと、実際の東京新聞の編集部で撮影し、記者の人の徹底した監修のもとにシーンを作ったという。自分の中のリアリティと映画の中のリアリティに誤差が生じてきた。
そんなことを映画『新聞記者』を観たあと反芻していたのだが、いつのまにか社会派映画のあら捜しをし、リアリティという思い込みの上に成り立つ正しさを求めていた自分に気づいた。その気づきの後は、試写直後の感想は反転し、この映画は面白いではないかと思うに至った。 信じたい情報にアクセスして信じたいことを信じるのに便利なメディアがネットだとしたら、映画はもっとオープンな間口があるはずである。俳優のファンで観客を映画館に引き込み、恋愛抜きの政治サスペンスというエンタメを作り上げ、そのうえで、今の日本はこれでいいのかと問う映画製作陣の心意気を受け止めようではないか。
(文:浅井隆)


政治に興味がない世代の人間が撮ったらどうなるか

──『新聞記者』はどういうタイミングでお話が来たのですか?

『デイアンドナイト』を試写で観られた河村光庸プロデューサー(株式会社スターサンズ)から急に会いたいと。映画のオファーだ、と意気揚々と行って渡された脚本が『新聞記者』だったんです。

映画『新聞記者』藤井道人監督
映画『新聞記者』藤井道人監督

──河村さんは藤井監督の『デイアンドナイト』のどこに惹かれたのでしょう?

それは僕も分からないのですけれど、権力というものと底辺の人間のぜったい相容れない善悪みたいなところに、なにかを見出してくれたのかなと思います。脚本を読んだときに、オファーは嬉しいけれど、僕は新聞を読んで育ってきていないし、政治に対しての興味もほとんどなかったし、強い思想があるわけでもなかった。最初は「これは僕じゃない人が撮ったほうがいいんじゃないですか」とはっきり言って、お断りしたんです。そうしたら「いやでも、それでもやってほしい」と言われて。それで自分がやることになったことを念頭に置いて再度読んでみたときに、ちょっと怖くなったんです。この題材を勉強して、映画にする時間と興味、そして失敗したらどうしようといろいろなことを考えて、もう一回お断りしました。そうしたら3回目に、河村さんと腹を割って話したときに、「俺たちみたいな反政権の気持ちが強い人間が集まってこの映画を届けるんじゃなくて、お前たちの世代が、政治に興味がない人間が撮ったらどうなるか。だからこそ撮るべきだと思うんだ」と説得されたんです。「一緒に心中してくれ」と、親子ほど歳の離れた70歳の河村さんから言われたときに、賭けてみようと。ただし、いくつか条件を伝えました。実名だらけの、ほぼドキュメンタリーの台本は変えていいですか、ということ。それから、今決まりごととしてあることを、一回ぜんぶ忘れてほしい。ゼロから脚本を作るくらいの気持ちでやらせてください、ということをはっきりと言いました。

──最初の台本はどんな内容だったのですか?

実在の新聞記者と官僚が中心のモキュメンタリーのような作りで、杉原の元同僚に前川喜平さんがいて、吉岡の先輩に望月衣塑子さんがいて、再現インタビューがあって、という構成でした。

──面白いかもしれないけれど、観る人にリテラシーを求める構造ですね。

森友・加計の問題とかがもっと大きく扱われていて、観る人が観れば分かるかもしれないけれど、より難解で、もっと政治色が強いものでした。

映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

──脚本はそこからどう進めていったのですか?

脚本をワードのデータでいただいて、自分が分かるホンにしました。新聞記者がいかに闇を暴こうとしているのかが中心で官僚である杉原の葛藤がほとんど描かれていなかったのを、杉原と新聞記者の吉岡の葛藤の話にしたほうがいいと思いました。だから、インタビューのシーンはぜんぶテレビの番組内に置き換えました。そして最初に、官僚に取材を申込みました。同級生から辿って官僚の知り合いを探して、官僚の人間にあたって「実はこういう映画を作ろうと思っている」と取材を申し込みました。映画って官僚の方々からしたらちょっと遠いもので、自分がお茶している間になにか得になるなら、という思いですごく協力してくれて。

──官僚たちもいろいろ言いたいことがあったのですね。

最初は今までやってきたことや海外での経験について話していたのですが、「望月さんや、前川さんのことをどう思いますか?」と僕が探りを入れた瞬間に、パチンとスイッチが入って、「あいつらはガンだ」「僕らからするとすごい迷惑なんだ」と。僕もびっくりして、「ネットを見ていると、望月さんはすごい悪口を書かれている。何が悪いんですか?」と聞くと、官僚の人たちは「憶測で書かれているものを統制するにはカウンターする必要があるんじゃないですか」と真摯に答えてくれたんです。「記者たちは『報道の自由と真実を届ける』と言ってるわりにはそうじゃない。だからそれに対しての対抗措置なんです」と。どこか自分たちの善を肯定するために、誰かを敵とみなすということを潜在的にしている。「国を守る」という言葉もたくさん使っていました。

──官僚たちは、自分たちの敵を描く映画だと思ったということですか。

でも僕は「違うんです、僕はそのことを描きたいわけじゃない」と言いました。もともとの企画はそういう匂いが強いかもしれないけれど、僕が撮るなら、官僚の人たちが葛藤していることをちゃんと描くべきだと。「いたしかたない」という言葉をよく使っていたのが印象的でした。

そして次に、望月さんに取材をしました。望月さんが菅さんに質問しているところの本当の思いを聞くと、「なぜこの国がいまおかしくなってしまっているのか」という望月さんの思いと、「しっかり国民に届けなければいけない」という熱意とかすごく分かりました。

けれど、このふたつ、官僚の思いと記者の思いは相容れないものだな、ということなんです。何回討論しても溝は埋まらないということを、政治を知らない僕が思った、ということなんです。

──官僚の思う葛藤が杉原という役に反映されているのですね。

政治的に自分の思いを強く持つ監督だったら、官僚のことは取材する必要ないという人もいるかもしれないですが、僕は政治が分からない自分だからこそすごく気になったところなんです。

映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

──最初の脚本では杉原は主役になっていなかったのですか?

ダブル主演なんですけれど、もっと薄い存在でした。全員が悪のなかで自分はこんなことをしていいんだろうかと悩む青年という位置づけで、それが悪いこととして描かれていて。それが本当に悪いことなのかを僕自身が審議する必要があった。

──彼らは彼らで、日本を支えるという意思を持って官僚の仕事をやっているということですね。

政権が変わっても、彼らは変わらないというのも印象的で、民主党に変わったときも基本的にやることは変わらない。国を守るというベースは同じだった。政権を批判されたときに自分たちも巻き添えを食うということに対してのアレルギーを感じました。

──今の安倍政権は与党の責任を全部官僚に押し付けてしまっていますが、そういうことは彼らはどう思っているのでしょう?

どちらかというとそこからヒューマニズムのほうに振っていたので、そういう聞き方はしなかったです。でも、同じ質問を官邸前に立っている警察官にしました。彼の横でずっとデモをしている方がいて、一般人として「これどう思います?」と聞いたら、「半分は『これは言い過ぎだろ』と思うけど、半分は分からなくもない」と。

──その杉原を松坂桃李さんが演じることで映画に広がりが出ましたね。

僕が監督をやることが決まった同時期に松坂さんも出演を決めてくださって、後押しになりました。

映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

日本がどうあるべきか、というより、自分たちは自分たち

──新聞記者への取材は望月さんの他にも行ったのですか?

望月さんがいろんな人を紹介してくれたので、東京新聞や朝日新聞の記者にも取材をさせて頂きました。

──そういう人からは「反権力の映画を作るんでしょ」と言われましたよね?

「一緒にやっちゃいましょう」という気持ちを感じました(笑)。でも僕は元の台本から松坂くんの演じる杉原という役をどんどん立てていったので、新聞記者を鼓舞する映画じゃないのか、と言われると思ったのですが、そうした感想はあまりなかったです。

──望月さんと前川さんが登場する場面をテレビの討論番組にするというのは藤井監督のアイディアなんですね。そこでしゃべっていることは、彼女たちが経験していることなんですよね。

そうです、あれは朝の10時から19時くらいまでずっと回しっぱなしで、カットかけなかったら、永久にしゃべっていたでしょうね(笑)。だから編集はすごい大変でした。カットしてしまったんですが、前川さんがすごくいいことを言っていて、「今の若者たちがなぜ政治に興味がないのか、ヨーロッパでは若いときから自分たちがどの政党を支持しているか授業でディベートして、先生も自分の支持する政党を伝える。それが異なっていたとしても、お互い受け入れ合って、まず政治に対して意識を持つことが大事だ。かたや日本では、選挙でどの政党に投票したか言うな、と言われている。そんな政治に無関心にさせるような教育を国がさせている時点で、若い人たちが政治に興味を持つはずがない」と。確かにそうだ、この映画でこういうことをやりたいんだ、と思いました。圧倒的に多い、自分たちに関係ない、と思っている人にどう届けるか、ということです。

映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

──新聞記者の吉岡については、最初の脚本からどうキャラクターを肉付けをしていったのですか?

望月さんによる原案で葛藤の部分はかなりしっかり描かれていたので、バックボーンや、彼女がアメリカ出身で日本に来た理由は肉付けしましたが、大幅に変えた部分は特になくて。自分が真実を暴き出そうとするけれど、そこには圧力があって、トップダウンで「この記事を出すな」とかいうことがある。実際の望月さんの取材の内容が、そのまま反映されていました。

──シム・ウンギョンのキャスティングについては?

すごく良かったと思っています。彼女が存在が不安定であればあるほど、言葉や存在というものの曖昧さにより意味を込められると思ったんです。そこには自分が台湾3世であることもリンクしている部分はあります。僕自身も育ったのは日本ですが、僕たちの世代は日本国民であるという自覚すらそんなにない。日本がどうあるべきか、というより、自分たちは自分たち、みたいな。20代から30代は圧倒的にそういう考えの人のほうが多い。

僕はアメリカで4歳まで育って、台湾3世だからといって、自分のナショナリズムがどこにもない、とは思っていなくて。今の若い子たち全体がそうなんじゃないかって感じます。政治の話なんてぜったい出てこないし。

映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

──脚本には藤井監督、プロデューサーの高石明彦さんに加えて、詩森ろばさんがクレジットされていますが、どのようなバランスだったのですか?

最初の脚本で骨子となる部分を書いてくれたのがろばさんです。実は10年くらい前から知り合いで作品を観てきて、ろばさんが初長編を書くということも知っていたのですが、まさか自分が参加するとは思っていなかった。ろばさんは劇作家・演出家で、人権問題など社会的な演劇がすごくうまい方で、これをやるのは納得でした。僕はセリフが多い部分を映像的に分解していきました。

──ろばさんからバトンタッチしたものを藤井監督がすべて仕上げたのですか?

いえ、僕が書いたものをろばさんに送ってラリーをして、僕らがセッションしたものに河村さんも加わって議論をしながら、4人で書いていきました。ろばさんが舞台に入ってしまったので、最終稿は僕が受け継ぎました。

映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

──プロデューサーの河村さんは仕上がりをどう思っているのでしょうか?

完成したものは満足してくれましたけれど、制作中は「ここは残してくれ」と言われても、僕がバッサバッサ切っていったので、どう思っていたのかは分からないですね(笑)。「望月さんが菅官房長官に質問している場面をもっと入れてくれ」と言われても、「俺はニュースを作りたいわけじゃないから」と拒否しました。

──藤井監督がエンタメの要素をかなり足したわけですね。

河村さんはホンを書けないけれど、「思いついちゃったよ、ここのセリフ」って、今まで付き合った彼女よりも電話かかってくるんですよ(笑)。それが河村さん的にも珍しいことだったんだなっていうのは、あとから周りから聞いて知りました。これまでの作品では、企画を作ったら、あとは監督にまかせて、どう売るかというのを考えていたんだと思いますが、今回はすごい現場も来ていましたね。「楽しくてしょうがなかった」と言っていました。河村さんは熱くてオフェンシブだから、他の作品では誰も言い返さないだんろうなって。「あなたが何を言っても俺はこうする」って戦えたのが嬉しかったですし、認めてくれたのかなぁと思います。僕も彼をすごい好きだし、歳の離れた師であり友である関係だと思っています。

──いま香港は「逃亡犯条例」改正案に反対する市民のデモが起きていますが(取材は6月14日に行われた)、台湾は政治とのコミットの仕方はどうなのですか?

台湾と香港は似ています。マカオ・香港のような特区だったり台湾など、自分たちの生き方に抗っている人たちはぜったい選挙に行くんですよ。高田馬場の中国語教室に通っていたんですが、先生たちが全員いなくてコマが取れないときがあって、彼らは選挙のために帰国する。みんな政治にすごく熱心だし、デモを見ていると若者が中心なんです。香港の雨傘革命もそうでしたが、日本になるとSEALDsのような局地的なものになってしまう。

映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ
映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

──この映画を10代の若い人が観てくれるでしょうか。

そこはすごい考えました。ぶっちゃけ、10代の子は観ても届かないかもしれない。実際に試写で20代の子に観てもらったときに、ストーリーがどうこうではなく、政治のことが分からない。映画でモチーフとなっている伊藤詩織さんの話もモリカケの話も、ニュースを観ていないから分からない。でも僕は、25歳から35歳の働いている人たちには届くと信じて撮っています。僕も結婚して3歳の子どもいるのですが、自分と同世代で、子どもを持つようになって結婚したときに、今までは夢だの目標だの言ってたけれど、家賃だ税金だといろんなしがらみがある。そんななかで、集団のなかにいる方が楽だけれど、ほんとうに合ってるの?10年後生きていられるのか?ということを、同世代は共感してくれるだろうなと、肌感覚では感じています。

日芸映画サークルのメンバーで設立した
制作プロダクションBABEL LABEL

──アップリンクでロングラン上映となった『青の帰り道』は藤井監督が所属する制作プロダクションBABEL LABELの制作クレジットが入っています。BABEL LABELは、どのような経緯で立ち上げられたのですか?

BABEL LABELは日大芸術学部の同級生と作ったチームで、大学3、4年に在籍していた映画サークル「ズッキーニ」のメンバーが母体です。いまは200人くらいいる大きなサークルになっていますが、もともとは10人くらいしかいない小さいサークルでした。他のメンバーは全員社会人になったのですが、僕だけ就職しないでフリーランスで、かっこつけてBABEL LABELと名乗って自分たちで小さい劇場を借りて公開をずっとしていたんです。そうしたら次第に他のメンバーも会社を辞めてそこに集まるようになって。3年目のときに会社にして、来年で10年になります。

──BABEL LABELという名前の由来は?

海外に行きたいという気持ちが最初から強かったので、言語を飛び越えた映像集団にしたいと、メンバーの志真(健太郎)がBABELと提案してくれたんです。そこに、当時RALLY LABELという音楽レーベルが大好きで、LABELってつけたらかっこいいんじゃない、ということでこの名前になりました。

現在30人の社員がいて、僕も肩書は社員です。1年目の社長は僕だったんですけれど、フリーランスの延長で会社経営していたものだから、1年目で四谷の税務署に怒られて、第2期目からは経営に興味がある人間を入れて実権を預けたら色々なトラブルが起きてしまい1000万円くらいの借金を負ってしまったんです。

これまでか、というときに、大学の同級生でAOI Pro.のCMプロデューサーだった山田(久人)がBABELに移って3期目の社長になってくれて。予算管理とかをやってきた人なので、彼の手腕でどんどん業績が伸びて。30人のうち監督は7人ですが、映画を撮っているのは僕とあと2人くらいしかいなくて。あとはCM、ミュージック・ビデオのディレクターです。実は彼らも映画をやりたくてBABELに入ったんですけれど、映画がそんなに撮れないから映画の企画を持ちながらCMやミュージック・ビデオを撮っていたら軒並みそっちで賞を獲って。ミュージック・ビデオに関してはヒップホップの部門では知名度はありますね。そのほかは、13人くらい制作部、あとは経理が2人、エディターが5人、デザイナーが2人という構成で、組織化されていますが、最近は働き方改革の波に揉まれています(笑)。かなり大きくなっているという実感はあります。

──最初のCMの仕事はどう営業したのですか?

山田から紹介してもらったのですが、メイキングの撮影でもいいからやらせてくれとお願いしました。メイキングは撮影・編集で10万円くらいもらえるんです。それをやって翌日はVコンというCMになる前のコンテをビデオで作る作業に編集マンで参加したり、23歳から24歳のころはなんでもやりました。1月に10案件です。忙しいとバレたら仕事がこなくなるので「仕事なんでもやりますのでください、暇なんです」とこぼれ球をぜんぶ拾いました。それでもお金がなかったので、パチスロの雑誌の付録DVDを作ったりしました。パチスロの雑誌にDVDをつけるのは僕らが最初だったんですよ。そうしたら、雑誌の売上がごぼう抜きで1番になって、かなりの売り上げをあげました。めちゃくちゃ稼ぎましたが、今はパチスロ業界が衰退してしまったので、次はなにをやろうと話しています。

──BABEL LABELでそのほかに制作した作品は?

去年アップリンクさんで上映した『LAPSE』は、すべてBABEL LABELの監督で、お金も出して、僕がプロデューサーで入ってキャスティングもやりました。当初300万円の予算でやろうと言って、結局600万くらいまでいって、配給とかいろんなことで結局1,000万円くらいになってしまいました。

──回収できましたか?

全然です。でもエキシビションだと思っていて。「彼らはCMだけでなく人間をストーリーテリングしている」とドラマや映画にも長けているということをいろんな人に知ってもらえたということがあって。いまはドラマのオファーが会社自体にかなりくるようになりました。去年はそれで、「日本ボロ宿紀行」というドラマをうちの会社で初めて制作しました。

──創設メンバーなのに副社長ではないのですか?

会社を大きくすることにはすごく興味があるんですけれど、どちらかというとお金や資本の面は社長が面倒をみて、僕はディレクターとかクリエイティブの底上げや管理をしています。ドラマのオファーが監督たちに直接くることはないので、テレビ局や制作会社からの「藤井さん、ドラマやりたいんですけれど」という相談を、「こういう企画だったらうちのディレクターがいて」とみんなにチャンスを振り分けるのが僕の役目だと思っています。

──アジアにも進出していくそうですね。

台湾人や中国人のスタッフを入れて、去年BABEL ASIAという別セクションを立ち上げて、HUSHという台湾のアーティストのミュージック・ビデオを撮ったりしました。なるべくアジアの人たちとものづくりをしたい。逆にアジアの人たちにとっては日本での撮影は高いというイメージがあるので、タイや台湾のプロダクションと提携して日本での撮影をスムーズに行えるよう取り組んでいます。

(取材:浅井隆 構成:駒井憲嗣)



藤井道人(ふじい・みちひと)

1986年生まれ。東京都出身。映像作家、映画監督、脚本家。BABEL LABELを映像作家の志真健太郎と共に設立。日本大学芸術学部映画学科脚本コース卒業。脚本家の青木研次に師事。 伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』でデビュー。以降、『7s/セブンス』などの作品を発表する一方で湊かなえ原作ドラマ『望郷』、ポケットモンスター、アメリカンエキスプレスなど広告作品も手がける。2017年Netflixオリジナル作品『野武士のグルメ』や『100万円の女たち』などを発表。2019年『デイアンドナイト』、『青の帰り道』が公開中。『新聞記者』の公開が控える。




映画『新聞記者』 ©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

映画『新聞記者』
6月28日(金)新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー

出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、宮野陽名、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司
監督:藤井道人
脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人
音楽:岩代太郎
原案:望月衣塑子
配給:スターサンズ、イオンエンターテイメント
2019年/日本/113分

公式サイト


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