1970年代末のポーランドを舞台に、12歳の少年が体験するある夏の出来事を描く映画『メモリーズ・オブ・サマー』が6月1日(土)より公開。webDICEではアダム・グジンスキのインタビューを掲載する。
『メモリーズ・オブ・サマー』というタイトルの通り、今作は少年ピョトレックの回想という構成をとっているが、いわゆる「ひと夏の経験」をテーマにしたオーソドックスな少年の成長物語とは異なるタッチを持っている。母親ヴィシャと少年ピョトレックの関係、そしてピョトレックが思いを寄せる少女マイカとの関係は次第に不穏な雰囲気を帯びてくる。大人の世界を背伸びして覗こうとする少年が感じる混乱、それが美しいポーランドの田舎の光景のなか映像されていると言っていいだろう。ドラマチックな劇伴を極力廃し、登場人物の息遣いだけで人間関係が育まれる過程で必ず訪れる不安を、グジンスキは確かに作品のなかに閉じ込めている。
「今のポーランドの映画はかなり危機的な状況にあります。多くの映画は、観客の好みを求めて、よりたくさんの観客を呼び込もうと、コマーシャルな映画がどんどん増えてきているからです。私はそうした作品とは少し異なり、もっと微妙な、個人的な映画言語で語りたいと考えています」(アダム・グジンスキ監督)
人の不在がより肉体的に感じられる70年代を舞台に
──『メモリーズ・オブ・サマー』の舞台は、1970年代末のポーランドの田舎町ですが、この時代を選ばれた理由を教えていただけますか。
はじめに、ある男の子と母親のドラマにしようと考えました。ふたりの関係は父親がいないことによって徐々に複雑なものになってくる、そういう物語にしようと思っていました。ではポーランドにおいて父親の不在が強く感じられる時代はいつか、と考えていった。現代でも、親のどちらかが外国へ行っているという状態は珍しくありませんが、電話やネットなどのコミュティツールが色々あるので、たとえ家にいなくてもコンタクトを取ることは容易です。それに対して70年代末は、誰かがその場にいないということが、より強く、もっと肉体的に感じられる時代だった。当時は電話自体があまり普及していなかったし、たとえ電話があっても月に一度向こうからかかってくる程度でしたから。そこから物語がつくられていきました。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』 アダム・グジンスキ監督
──ピョトレックたちが住む家のインテリアも素晴らしいものでした。
ピョトレックたちが住む家はすべてセットでつくりあげました。セットをつくるうえで、当時撮影された色々な家の写真が大きな役割を果たしました。当時は社会主義下だったので、どの家もよく似ていたんです。外観も、家のなかの家具などもそれほど差異がなかった。私たちが資料に使った写真は、映画の全体的な色彩にも大きな影響を与えました。当時のポーランドでは、ドイツ製のORWOというフィルムがよく使われていたのですが、そのフィルムで撮影したものは、全体的に黄色系統で、落ち着いた色のものが多い。そこで、この映画でもこうしたフィルムと同じような色調でいこうと思いました。セットに物を配置するうえで気をつけたのは、あまり数を増やさないこと、そして色は目立たない暖色系にしようということでした。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』 © 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi
スター俳優とプロではない少年の間にある距離感を縮める
──俳優たちも素晴らしい演技でした。特に少年ピョトレックを演じたマックス・ヤスチシェンプスキは本作に出演するまでまったく演技経験はなかったそうですが、どのように彼を発見したのでしょうか。
彼を見つけるまでには、ずいぶん長い時間が必要でした。私の頭の中には、ピョトレックという少年のイメージがあまりにも強くあったからです。オーディションもたくさんやりましたがうまくいかず、自分でいろいろな学校を訪ねては、役を演じてくれる少年を探しました。何百人、何千人という子たちに会ったと思います。結局、主演俳優を見つけるために2年もの時間を費やしました。そうしてワルシャワの小学校でようやくマックスを発見したのです。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』ピョトレック役を演じたマックス・ヤスチシェンプスキ © 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi
マックスが見つかり、それから両親役の俳優たちを選びました。母親を演じたウルシュラ・グラボフスカは、ポーランドではたいへん有名な俳優です。私たちがまずしなければいけなかったのは、このスター俳優とプロではない少年の間にある距離感を縮めることでした。そこで彼らになるべく長い時間を過ごしてもらおうと、撮影に入る前に、3か月間にわたって、週一度、2、3時間ずつ、ふたりで過ごす時間をつくってもらいました。母と息子として演じるよりも、まずはふたりでトランプをしたり、一緒にアイスを食べたり、お互いのことを理解し合う時間をつくることが先決でした。こうした時間をつくることによって、カメラの前でも、彼らの関係性が忠実に再現できたと思います。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』母親を演じたウルシュラ・グラボフスカとピョトレック役のマックス・ヤスチシェンプスキ © 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi
作家の映画が非常に生きづらい時代
──撮影はアダム・シコラが手がけていますね。彼はスコリモフスキの近作の撮影などでもよく知られていますが、彼と一緒に仕事をするきっかけは何だったのでしょうか。
ポーランドではテレビ演劇というジャンルがあり、劇場で行われる芝居をテレビカメラで映して放映するのですが、そのテレビ演劇作品を私が手がけた際、撮影をアダム・シコラにお願いしたのが最初の出会いです。その後、今度は私が舞台で芝居の演出をしたときに、照明を彼にお願いしました。その当時から、私はすでに『メモリーズ・オブ・サマー』の企画をあたためていました。アダム・シコラともずいぶん親しくなっていたので、「今度こういう映画をつくりたいんだけど」と話をし、彼からもいろいろアイディアをもらいました。ご存じのように、彼はポーランドでは最高の撮影監督のひとりです。にもかかわらず、私たちはとても親しい友人であり、感受性も近いのです。私たちの共同作業は非常にうまくいったと思います。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』 © 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi
──日本の観客にとっては、ポーランド映画というとアンジェイ・ワイダなどをはじめ、政治的な側面の強い映画のイメージが強いと思います。一方で、ここ最近ではまたいろいろな若い監督たちが登場し、そのイメージが変わりつつあります。監督は、ポーランド映画という歴史のなかで、自分たちの世代や、その特徴というものを意識されることはあるでしょうか。
世代という言葉はあまり好みません。本当に世代というものがあったのは、1970年代の「モラルの不安派」(アンジェイ・ワイダやクシシュトフ・ザヌーシ、クシシュトフ・キェシロフスキらが76年から81年までに手がけた作品群と、その代表的な作家たちの流れを呼ぶ)と呼ばれる人たちがいた時代だけです。それは、敵対すべき対象があり、その敵対意識が人々をひとつに束ねていた時代です。でも今は、それぞれの人がどのように映画をつくるか、どういうテーマを描くかについては完全な自由がある。だから世代の声というようなまとまりは表出しづらい。現代は、作家がそれぞれ個人的に発言をする映画の時代だと思います。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』 © 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi
はっきり言って、今のポーランドの映画はかなり危機的な状況にあります。多くの映画は、観客の好みを求めて、よりたくさんの観客を呼び込もうと、コマーシャルな映画がどんどん増えてきているからです。もちろん例外はあります。パヴェウ・パヴリコフスキ(『イーダ』『COLD WAR あの歌、2つの心』)はその例外的なひとりですが、彼をポーランドの映画監督と言っていいかどうかは難しいところです。今はポーランドに戻り作品を発表していますが、彼はもともとポーランドの外で教育を受け、映画作りをスタートした人ですから。また最近では、ヴォイチェフ・スマジョフスキ(『ダークハウス』『ルージャ/薔薇』)のように、非常に強烈で即物的な感覚で現実を描く監督も増えてきています。私自身に関していえば、そうした作品とは少し異なり、もっと微妙な、個人的な映画言語で語りたいと考えています。
他にも例外的な作品作りをする作家はときおり登場します。その人たちを世代という言葉でくくることは難しいけれど、作家の映画が非常に生きづらい時代にある今、こうした例外的な作家たちが貴重な存在であることはたしかですね。
(2019年4月25日、恵比寿にて。聞き手:月永理絵[映画酒場編集室])
アダム・グジンスキ(Adam Guziński) プロフィール
1970年、ポーランドのコニンに生まれ、14歳の頃、父親の仕事の都合で中央部のピョートルクフに移る。ウッチ映画大学でヴォイチェフ・イエジー・ハスの指導を受け、短篇「Pokuszenie」(96)を発表。続いて、父親のいない少年を主人公にした短編『ヤクプ Jakub』(98)がカンヌ国際映画祭学生映画部門で最優秀映画賞を受賞したほか、数々の映画祭で賞を受賞する。本作は、2007年に東京国立近代美術館フィルムセンター(現国立映画アーカイブ)で開催された「ポーランド短篇映画選 ウッチ映画大学の軌跡」でも上映された。短篇「Antichryst」(02)を手がけた後、2006年、初の長編映画となる「Chlopiec na galopujacym koniu」を発表。作家の男とその妻、7歳の息子の静かなドラマを描いたこのモノクロ映画は、カンヌ国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門に正式出品された。『メモリーズ・オブ・サマー』はグジンスキ監督にとって長編2作目となる。
映画『メモリーズ・オブ・サマー』
6月1日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺
ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:アダム・グジンスキ
撮影:アダム・シコラ
音楽:ミハウ・ヤツァシェク
録音:ミハウ・コステルキェビッチ
出演:マックス・ヤスチシェンプスキ、ウルシュラ・グラボフスカ、ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ
原題:Wspomnienie lata /2016年/ポーランド/83分/カラー/DCP
配給:マグネタイズ
配給協力:コピアポア・フィルム