骰子の眼

cinema

東京都 千代田区

2019-05-17 15:00


フレデリック・ワイズマンが描く"民主主義の柱"、ニューヨーク公共図書館

「図書館は、多様性、機会均等、教育といったトランプが忌み嫌うすべてを象徴する」
フレデリック・ワイズマンが描く"民主主義の柱"、ニューヨーク公共図書館
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』フレデリック・ワイズマン監督 自身の事務所ジッポラ・フィルムズにて

ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン監督がニューヨーク公共図書館に集まる地域住民や研究者、スタッフたちの姿を描く『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が5月18日(土)より公開。webDICEではワイズマン監督のインタビューを掲載する。

デジタル化にも迅速に対応し、知識を未来に受け継ぐこと、子どもたちにどんな未来を残すかを徹底して追求している司書やボランティアたちに目を見張る。このインタビューでも語っているように、ワイズマン監督は市民の生活に密着し運営されているこの図書館の日々の活動を追うことで、単に知の宝庫ではなく、セーフティーネットであり、集いの場であり、異なる思想を持つ者が討論を交わす場であることを描く。エルヴィス・コステロやパティ・スミス、リチャード・ドーキンス博士といった著名人も登場するが、ワイズマン監督は、イギリス人のコステロが、英サッチャー首相を「墓の上の土を踏みつけてやりたい」と歌詞のなかで批判した1989年の曲「トランプ・ザ・ダート・ダウン」について「彼女が死んだ今だからこそ歌うべきだ。民主主義だから言う」という発言を抜き出す。アメリカ社会でいかに民主主義の考えが大切にされているかを浮き彫りにするドキュメンタリーだ。


「ニューヨーク公共図書館は、多様性、機会均等、教育といったトランプが忌み嫌っているものすべてを象徴する存在だ。その存在自体、そして日常の活動によって、すでにトランプに対抗している。5歳児並みの語彙力と思考力をもったナルシストのトランプよりも、ニューヨーク公共図書館の方がアメリカを代表する存在としてはるかにふさわしい」(フレデリック・ワイズマン監督)


映画をつくるたびに、人間の営みについて発見できる

──1967年の『チチカット・フォーリーズ』以来、50年以上にわたって素晴らしい作品を発表し続け、本作『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』はドキュメンタリー作品としては41作目、2本の劇映画を加えると43作目ですが、今に至るまで1~1年半に1本のペースで作品を作り続けていることに驚嘆します。その原動力は何なのでしょうか?

この仕事が、自分に合っているんだよ。重い機材を背負って歩き回り、たくさんの素材を撮影し、撮った素材をなんども見ながら構成を考え、編集し、仕上げをする。やっていることは50年以上前に仕事を始めた時と変わらない。ただし、昔よりも、うまくなっていると願いたいけどね。この仕事の素晴らしいところは、映画をつくるたびに、人間の営みについて発見できるし、学ぶことができることだ。その好奇心は尽きないよ。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

──今も、監督自身が音声を担当し、あとはカメラマンとアシスタントの3人だけの撮影クルーというのは変わらないそうですが、今年89歳になられて、失礼ですが、音声マイクを担いで現場を歩き回るのは、とても好奇心だけでできるとは思えません。

毎朝、40分、自転車に乗るという習慣はずっと続けているよ。

──今回の題材、ニューヨーク公共図書館に関心を抱いたきっかけは何だったのでしょうか。

昔から「公共」の図書館が好きだった。それである朝ふと「あれ、まだ図書館の映画をつくってなかったな」と思った。そして、ニューヨーク公共図書館の上層部に知り合いがいる友人を思い出し、橋渡ししてくれるよう頼んだ。そうしたら、すぐに館長のトニー・マークスと面会ができて、この図書館の映画を撮りたいと彼に説明すると、二つ返事で了解してくれたんだ。

公共図書館には、階級も人種も民族も性別も問わず、たくさんの人間が集まってくる。そして公共図書館は、そうした人々に分け隔てなくサービスを提供する施設だ。私はこれまでも多くの施設を題材に映画をつくってきたが、公共図書館は、アメリカの精神の最良のものを表している施設のひとつだと思う。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

あらゆる意見や思想に開かれている

──まさに「公共」という意味を考えさせてくれる映画でした。映画で描かれているこの図書館の活動の幅広さには驚かされますが、撮影前からニューヨーク公共図書館をよく知っていたのですか?

いや。ボストンとパリに家があるので、ボストンの公共図書館やパリの議会図書館にはよく行っていたが、ニューヨーク公共図書館についてはよく知らなかった。もちろん42丁目にある素晴らしい本館のことは知っていたがね。この映画を作ってはじめて、この図書館の奥深さや領域の広さ、本館を含む4つの研究図書館だけでなく88もの分館があり、地域の住民たちに幅広いサービスを提供していることや、様々な分野で助けを求めてやってくる人たちにスタッフが本気で熱意をもって相談に乗っていることを知ることができたんだ。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

──撮影の許可がおりてから、すぐに撮影に入られたのでしょうか?また撮影には何か制限のようなもの、たとえば、ここは撮ってはいけないとか、そういうものはありましたか?意見が対立している会議シーンなど、随分と立ち入った場面があってスリリングですが……。

撮影に入ったのは2ヶ月くらい後だった。幸いにしてスタッフの一人、キャリー・ウェルチが窓口になってくれて、彼女は私のこれまでの映画を見ていて、その2ヶ月の間にすべての部署に撮影の根回しをしてくれた。撮影中に困ったことがおきた時も、すぐに対応してくれたよ。

撮影中は開館時間内であればずっと図書館にいてかまわなかったし、検閲もなかった。ニューヨーク公共図書館は、どんな形でも検閲なんてことは考えないだろう。彼らのコレクションには、相反するあらゆる意見や思想を表現したものが収蔵されている。相入れないものに攻撃的な意見がくることもあるだろうが、あらゆる意見や思想に開かれているのがニューヨーク公共図書館だ。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

構成をどうするか決めるのが一番大事だった

──いつも事前にリサーチはせず、撮影しながら発見していくと言っていますが、今回も同様ですか?92もある図書館で膨大なプログラムがある中で、何を撮ろうと、まったく決めずに撮影を始めたのですか?カメラ位置をテストしたりすることもないのでしょうか?

これまでと同じやり方で事前にリサーチはしなかった。本館や、グリニッジヴィレッジ、スタテン島やブロンクスの分館を見てまわったくらいだ。撮影を始めてからは、たとえば、何かを撮っていて、誰かから来週こんな会議があるとか、こんなプログラムがあると聞いて、興味を持てばそれを撮りにいく。だから、人からの情報はとても大事だ。映画にはエルヴィス・コステロのような有名人のトークライブも入っているが、あのシーンもテストでカメラを回したりして、「はい、ここから本番」なんてやっていたら、つまらないものになってしまっただろう。(音声をやっている)私がまず音を録り始めたら、カメラマンも反応してカメラを回す。もう長年やっているからね、その呼吸はわかっているんだ。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

──この映画は12週間の撮影と約1年の編集期間を経て完成したと聞いています。編集作業はどのようにすすめたのでしょう?2009年の『パリ・オペラ座のすべて』から編集がデジタルになりましたが、デジタル編集になって何か変化はありますか?

いや、変わらない。アナログとデジタル編集の違いについて世間で言われていることの多くはでたらめだ。デジタルになっても、編集にかかる時間はアナログの時とさして変わらない。仕事は脳みそがするのであって、機械がするんじゃないからね。ほんの少し時間が短縮できる程度のことだ。

今回の映画では、構成をどうするか決めるのが一番大変な仕事だった。150時間ほどの撮影素材を6週間から8週間かけて全部を見て、ノートに気になったことをメモしていく。あまり重要でないと思ったものを一時的に外して見て、素材を半分くらいに絞り込んだら、それぞれのシークエンス作りに取り掛かる。これにおよそ半年くらいはかかる。こうした作業で、撮影したものをより深く理解できるんだ。それからどのような流れで全体を構成していくかになるが、私がそこで見たこと感じたことをいかに「語る」か重要だ。なぜこのシークエンスの後にこのシークエンスが来るのか、冒頭の10分と最後の10分はどんな関係性を持っているのかを何度も自問しながら、自分自身が納得できる「語り方」ができなければ、また見直しをする。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

──映画の中で、監督にとって最も印象的なシークエンスを教えていただけますか?

選ぶのは難しい。でも最後近くにハーレムの図書館のシークエンスがあるが、あそこが好きだな。とても感動的だった。自分たちの生活に何が必要なのかを訴える住民がいて、それに耳を傾けているスタッフの姿があり、その関係がとても大事なものだと思う。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

トランプよりもューヨーク公共図書館の方がアメリカを代表する存在

──「図書館は民主主義の柱だ」という作家トニ・モリソンの言葉が引用されていましたが、監督も同意されますか?

ニューヨーク公共図書館は本を探したり、資料を閲覧しに行ったりするだけの場所じゃない。市民のための重要な施設だ。貧しく、移民が多く暮らす地域では特にね。分館のスタッフは、コンピュータの講座、文学や歴史や起業についてのセミナー、移民たちのための英語講座、学校の授業を補完するような子ども向けプログラムなど多種多様な活動を通して、あらゆる年齢、あらゆる社会階級の人々の力になれるようにと仕事をしている。この図書館は、すべての人に対して門戸を開くという、非常に民主的な考えを体現している場所だ。そう考えると、図書館が「民主主義の柱だ」という表現は大げさだとは思えない。

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

──オリジナルのプレス資料で、ニューヨーク公共図書館はドナルド・トランプに対抗するものだという監督の言葉がありました。

ニューヨーク公共図書館は、多様性、機会均等、教育といったトランプが忌み嫌っているものすべてを象徴する存在だ。この映画を撮影したのは2015年秋だから、トランプのことはまったく頭になかった。ただ単にいいテーマだと思って作ったにすぎない。ところが、編集を終え、映画が完成して2日後にトランプが大統領になったんだ。もともとの選択とは関係ない理由から、ニューヨーク公共図書館がその存在自体、そして日常の活動によって、すでにトランプに対抗していることをこの映画は見せている。5歳児並みの語彙力と思考力をもったナルシストのトランプよりも、ニューヨーク公共図書館の方がアメリカを代表する存在としてはるかにふさわしい。

──ただ映画では、そのことを声高にメッセージはしていませんね。

社会的な問題にはいつも関心はあるが、映画ではそれを前面に打ち出すようなものは作りたくない。私が映画で描きたいのは、常に人間の営みだ。

──次に撮るドキュメンタリーもすでに決まっているのですか?

次は、夏にフランスで舞台をやる。『リアリスティック・ジョーンズ(The realistic Joneses)』といういい戯曲があってね。秋にはまたドキュメンタリー映画を始めるつもりだよ。私は、舞台とドキュメンタリーが好きなんだ。

──ドキュメンタリーを作る方が劇映画を作るより楽しいですか?

ドキュメンタリーを作っている方が面白い人物に出会えるからね。

(オフィシャル・インタビューより)



フレデリック・ワイズマン(Frederick Wiseman)

1930年1月1日、ボストン生まれ。現在89歳。イェール大学法学部卒業。67年、初監督であるドキュメンタリー『チチカット・フォーリーズ』以降、様々な角度からアメリカを見つめる傑作を次々に発表。本作までにドキュメンタリー監督作は41を数える。近作に『パリ・オペラ座のすべて』、『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』などがある。2014年にヴェネチア国際映画祭で 金獅子賞(特別功労賞)、2016年にはアカデミー賞名誉賞を受賞している。




映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 © 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』
5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー!

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン
原題:Ex Libris - The New York Public Library
2017年/アメリカ/3時間25分/DCP/カラー
配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ

公式サイト


▼映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』予告編

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