骰子の眼

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東京都 渋谷区

2019-05-15 00:55


伝説のスケーター、ジョン・カリーはデヴィッド・ボウイに共通する審美眼を持っていた

映画『氷上の王、ジョン・カリー』エルスキン監督が語るアーティストとしての姿
伝説のスケーター、ジョン・カリーはデヴィッド・ボウイに共通する審美眼を持っていた
映画『氷上の王、ジョン・カリー』 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

アイススケートを芸術の領域にまで昇華させた伝説の英国人スケーター、ジョン・カリーを捉えた映画『氷上の王、ジョン・カリー』が5月31日(金)より公開。webDICEではジェイムス・エルスキン監督のインタビューを掲載する。

英・ガーディアン紙は「羽生結弦は、ジョン・カリーの優雅さと偉大さ思い出させる」と報道するなど、ジョン・カリーの華麗な演技は現在活躍する選手にも影響を与え続けている。2020年に東京五輪をひかえ、ホモフォビア(同性愛者に対する偏見)や性差別、人種差別は今なおスポーツ界で問題となっている。

ロードレーサーのマルコ・パンターニを追った映画『パンターニ/海賊と呼ばれたサイクリスト』(2014)をはじめ、スポーツや芸術の感動の裏側に秘められた物語や社会・政治問題をテーマにしたドキュメンタリー作品を多く手掛けるエルスキン監督は、ヨーゼフ・ボイスやデヴィッド・ボウイを引き合いに出しながら、ジョン・カリーの才能とアーティストとしての影響力について語っている。


「ジョン・カリーは『2001年宇宙の旅』にすごく興味を持っていた。誰かに宛てた手紙の中で『2001年宇宙の旅』を観に行く話を書いていたし、彼はあの映画のことは意識していたはず。ジョンはよくデヴィッド・ボウイと比較された。ボウイに共通する審美眼を、たしかにジョンは持っていた」(ジェイムス・エルスキン監督)


アーティストは混沌とした状態を求める

──この映画を作る以前、監督はジョン・カリーについて、どの程度ご存知だったのですか?

イギリスで彼は有名人ではあるけれど、活躍していたのが1970年代から80年代にかけてだから、僕の中では子供の頃の遠い記憶に埋もれていた。当時、フィギュアスケートは人気があって母親もよくTVで見ていたから、ジョン・カリーやロビン・カズンズの名前だけはうっすらと覚えていた。ある日、ガーディアン紙にジャーナリストのビル・ジョーンズによるジョン・カリーの伝記『Alone』の紹介記事が載っていて、ジョン・カリーがどれほど重要な人物か書いてあった。それで、すぐその本を読んで「すごい話だ」と思い、版元に電話をかけて映画化の権利について問い合わせた。それが始まりだった。ジョンの演技をネットで5分見ただけでも感動したから、映画にしてもっと長い演技映像とともに、彼の人生を描けば多くの人の心に響くんじゃないかと、彼をもっと広く知らしめることができるんじゃないかと思ったんだ。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』 ジェイムス・エルスキン監督
映画『氷上の王、ジョン・カリー』ジェイムス・エルスキン監督

──本作を見ていると、カリーの私生活がかなり破天荒で、優雅で落ち着いたパフォーマンスとの対比が際立っています。それは天才と言われる人の共通点だといえますか?

画家のフランシス・ベーコンが美術批評家のデイヴィッド・シルヴェスターに語った、とても興味深い言葉がある。シルヴェスターがベーコンのアトリエを訪ねてインタビューした際、アトリエがあまりに散らかっていたので、「なぜ、片付けないんですか?」と聞いた。するとベーコンは「私はアーティストで、私の仕事は人間という無秩序なものから意味を見出すことだ。だから私はゴチャゴチャしたものに取り囲まれているんだ」と答えた。つまり、混沌とした状態を求めるのは、アーティストにとってもっともな発想なんじゃないかな。天才の考えていることは理解できないけどね。

──それに関してもうひとつ興味深いのは、アーティストが“犠牲”を必要とすることです。この映画の中でもカリーは、自分がフィギュアスケートを追求するにあたり犠牲にしなければならなかったことについて語っていますね。

それは今回の映画を作るまで考えたことはなかったけど、例えば朝の5時に起きて、6時間から8時間、スケートを滑らなきゃならないって想像してみてほしい。寒さで足が動かなくなるよ。ジョンの演目のひとつ『美しく青きドナウ』(以下『ドナウ』)を再現するために、ボルティモアのスケートリンクで撮影したんだけど、氷の上に1時間半も立ちっぱなしだなんて、僕にとっては苦行でしかなかった。氷の表面から冷気が上がってきて。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018
映画『氷上の王、ジョン・カリー』 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

──その『ドナウ』のパフォーマンスには、すごく魅せられました。(『ドナウ』が使われている)映画『2001年宇宙の旅』を思い出しました。

ジョンはあの映画にすごく興味を持っていた。誰かに宛てた手紙の中で『2001年宇宙の旅』を観に行く話を書いていたし、彼はあの映画のことは意識していたはず。ジョンはよくデヴィッド・ボウイと比較された。ボウイに共通する審美眼を、たしかにジョンは持っていた。つまり、あのパフォーマンスには、『2001年宇宙の旅』と『スペイス・オディティ』(『2001年宇宙の旅』をモチーフにした1969年発売のボウイの2ndアルバム)の両方が混在している。だから、カリーは『美しく青きドナウ』を選んだんだ。『ドナウ』の映像を発見できたのは幸運だったよ。リハーサル風景を撮った古い素材で、この映画で初めて人の目に触れたんだ。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』青く美しきドナウ
映画『氷上の王、ジョン・カリー』より、演目「青く美しきドナウ」© New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

天才の偉業はドキュメンタリーにすることで人々が享受すべきだ

──他の映像で際立っているのが、ジャン=ミッシェル・ジャールの曲『軌跡(EQUINOXE)』を使った演目『バーン』ですが、パフォーマーが全員、赤と白の衣装を着ています。あれを見たとき、白血球と赤血球のように感じたのですが……。

僕もそう思ったんだ。あれを見たとき、頭に浮かんだのはまさにそのことだった。観客にもそれを感じてほしくて、あの映像を使ったんだ。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』バーン
映画『氷上の王、ジョン・カリー』より、演目『バーン』© New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

──そのことは(HIVに感染していた)カリー自身、無意識下でも気づいていたと思いますか?

当時、彼の友人たちが(HIV末期に発症する)カポジ肉腫で死にはじめていた。ニューヨークの彼の仲間たちも死んでいて、彼の友達が感染していたこともわかっている。だから、間違いなく意識的に決めた衣装だと思うよ。

──現存するカリーのパフォーマンス映像が少なかったことが、彼が世の中から忘れ去られてしまった原因のひとつだと思いますか。

それは偉大な舞台俳優やパフォーマンスアーティスト全般に当てはまると思う。パフォーマンスアートの悲劇は、その場限りで消えてしまうことで、映像化されない限り、観た人の記憶にしか残らない。例えばドイツの大芸術家ヨーゼフ・ボイスは、"それこそがパフォーマンスアートの本質だ"と言うかもしれない。でも僕は、唯一無二の天才の偉業はドキュメンタリーにすることで人々が享受すべきだと思うし、パフォーマンスアート自体の発展にもつながると思う。

映画は、ニュースを見るだけではできない感情移入が可能になる

──この映画では、「スポーツにおける男らしさとは何か」ということも深く掘り下げられていますね。プロスポーツの世界で、ジェンダーの問題は今も曖昧な状態だと思いますか?

“曖昧”以上のものだと思うね。ホモフォビア(同性愛者に対する偏見)や性差別、人種差別は、スポーツ界では今も大きな問題だよ。その中でもホモフォビアは関心が高い。アートの世界では、多少人と違っていても大丈夫だけど、スポーツの世界では一般的な慣習に従うことを強いられる。それに、芸術的な才能というのは大人になってから芽生えることが多いけど、スポーツの分野では、幼い頃からその道に進む傾向にあって、セクシュアリティについては、大人になるにつれて気付くようになるからね。

ジョン・カリーという人物の興味深い点は、彼が社会に受容されるための言わば旅路に出たことで、これは本作の大きなテーマでもある。そして、彼は受容された。金メダルを勝ち取り、メトロポリタン歌劇場では2万人の観客を得て、天才と呼ばれるようになった。でも、彼自身がどうしても自分のことを受け入れられなかったんだ。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』 © New Black Films Skating Limited 2018
映画『氷上の王、ジョン・カリー』 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

──本作では、カリーが同性愛者であることがメディアによって公表されたことについても詳細に描いていますね。

たしかに彼のセクシュアリティはメディアによって公表された。ただ、ジョンの性格が自己破壊的なものであったかどうかとは別の問題だと思う。彼の人生を見ると、その傾向はあると思うけどね。彼はオリンピックで金メダルを取るために人生を捧げた。そして、自身のセクシュアリティについては、口を滑らせてしまったんだと思う。たしかに選手引退後のジョンは、ある時期にピークに達し、その後、自己破壊的になった。やろうと思えばもっと後にもメトロポリタン歌劇場で公演することもできたと思うけど、望まなかったんだ。

──監督は、個人のセクシュアリティについては、他人があまり関心を持つべきではないという考えでしょうか。メディアも一般人も有名人のプライバシーを守るために気を使うべきでしょうか?

当然そうするべきだと思う。もちろん、セクシュアリティについてはもっと議論されるべきだとは思うけど、諸刃の剣でもあるよね。つまり、私生活を語るサッカー選手がいなければ、具体的に例に出して議論することはできないけれども、最悪なのはSNSで気軽にカミングアウトした結果、ネットで総攻撃されることだ。

映画『氷上の王、ジョン・カリー』 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018
映画『氷上の王、ジョン・カリー』 © New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

──日本でも映画『ボヘミアン・ラプソディ』(日本公開2018年11月)が大ヒットしましたが、カリーと同様にエイズで早逝したイギリスの同時代アーティストを描いた映画が、時をほぼ同じくして公開されたことについてどう思いますか?

セクシュアリティの物語を社会が受け入れるようなったんだと思う。ドキュメンタリーに限らず、ドラマでも多くなってきてるよね。実話への関心が高まっていることが、僕には興味深い。映画は、ニュースを見るだけではできない感情移入が可能になる。たとえ自分が主人公とまったく異なるアイデンティティーだったとしても、映画はその人の身になって感じることができる。

──今後どんなプロジェクトが控えていますか。

次作はビリー・ホリデイのドキュメンタリー『Billie』で、最近新たに発見された、彼女の家族や友人や仕事仲間(チャールズ・ミンガス、サラ・ヴォーン、トニー・ベネットなどを含む)に、とあるジャーナリストがインタビューした200時間を超える音声テープをベースにしている。劇映画版のジョン・カリーのドラマも進行中で、脚本家がすでに決まった。彼の物語を別の視点から見せたいとずっと思っていた。というのも、彼の人生は別の方法で、別の観客に届けることができるはずだから。ジョンは魅力的だから、きっととんでもない映画になると思うよ。




ジェイムス・エルスキン(James Erskine)

英国生まれ。オックスフォード大学で法律を学んだ後、脚本家・映画監督に転身。BBCアーツで映像作りをスタートした。2001年にBBCで放送されたドキュメンタリー番組『Human Face』がエミー賞にノミネートされる。長編映画デビュー作となったサイコスリラー『EMR』(2004/ダニー・マカルーとの共同監督)で、レインダンス映画祭審査員賞やワシントンDCインディペンデント映画祭観客賞などを受賞。人気BBCドラマ『秘密情報部 トーチウッド』(2006)や『ロビン・フッド』(2007)では数話の監督を担当。2009年に映画制作会社ニューブラックフィルムズを設立。代表作は、1990年のワールドカップイタリア大会を描いた『One Night in Turin』(2010)、早逝したロードレーサーのマルコ・パンターニを追ったドキュメンタリー『パンターニ/海賊と呼ばれたサイクリスト』(2014)、伝説的なクリケット選手サチン・テンドルカールを描いた『Sachin: A Billion Dreams』(2017)など。スポーツや芸術の感動の裏側に秘められた物語や社会・政治問題をテーマにしたドキュメンタリー作品を得意としている。




映画『氷上の王、ジョン・カリー』
© New Black Films Skating Limited 2018 / © 2018 Dogwoof 2018

映画『氷上の王、ジョン・カリー』
5月31日(金)、新宿ピカデリー、東劇、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

アイススケートを「スポーツ」から「芸術」へと昇華させた、
伝説の五輪フィギュアスケート金メダリスト、その知られざる光と影。

監督:ジェイムス・エルスキン(『パンターニ/海賊と呼ばれたサイクリスト』)
出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、ロビン・カズンズ、ジョニー・ウィアー、イアン・ロレッロ
ナレーション:フレディ・フォックス(『パレードへようこそ』『キング・アーサー』)
2018年/イギリス/89分/英語/DCP/16:9
原題:The Ice King
字幕翻訳:牧野琴子
字幕監修・学術協力:町田樹
配給・宣伝:アップリンク

公式サイト

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