骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2019-05-10 12:30


非人道性、構造的暴力に声を挙げ続けたい 安田菜津紀さん映画『ラジオ・コバニ』で登壇

シリア取材報告とフォト・ジャーナリストとしての生き方を語る
非人道性、構造的暴力に声を挙げ続けたい 安田菜津紀さん映画『ラジオ・コバニ』で登壇
言葉を選びながら丁寧かつ的確にラッカでの取材の様子を伝える安田菜津紀さん(聞き手:アップリンク代表 浅井隆)

4月11日(木)、アップリンク渋谷にて『ラジオ・コバニ』特別上映トークイベントが行われ、今年1月にコバニを含むシリア取材を行ったフォト・ジャーナリストの安田菜津紀さんが登壇した。現地の現在の様子やインタビューした元IS兵士についてのほか、取材にかかるお金の話や、パスポートの管理について、取材で得た情報の掲載手段、現地パートナーとの信頼関係などについて話を伺った。

満席の劇場には「明日、報道機関の就職面接なんです」という就活真っ最中の学生や、制服姿の高校生と保護者の方など、安田さんの活動に興味を持つ老若男女が集まり、安田さんの話に聞き入った。その一部を紹介する。

危険な地域への取材

今年初めにも、ジャーナリストに対してパスポートの返納命令が出ましたよね。
これで、前例が2件できてしまったことになります。厳密にいうと国は危険とされる地域への渡航を禁止するなどの強制力があるわけではありませんが、取材に行こうする者に対する締め付けがきつくなっているとは感じています。

ディロバン・キコさんとの出会い

今回初めてコバニを訪れました。陸路経由で入りましたが、映画にも映し出されていた生々しい傷跡は町のいたるところにあるものの、復興の勢いというものを感じました。 そして、取材の許可取りや通訳をお願いしたパートナーが、なんと『ラジオ・コバニ』のディロバン・キコさんの知り合いで「ディロバンに会う?会えるよ!」と気軽に言ってくれたのです。
映画を観たみなさんも感じたと思いますが、ディロバンさんはその言葉ひとつひとつにはっとさせられる、重みと哲学をお持ちの方です。ぜひ直接お会いしてお話してみたいと思っていたので、たいへん光栄でした。
新築のマンションのようなところでとてもお元気に暮らしていました。かねてからの夢がかなって小学校の先生をしています。

映画『ラジオ・コバニ』
安田さんの撮影による、ディロバン・キコさん

取材にかかるお金、パートナーについて

渡航費はもちろん、国境を超えるための費用、さらに通訳や色々な許可取りをしてくれるパートナーやドライバーへの支払いも必要です。危険を伴う地域に一緒に来てくれるわけで、現地の情勢に応じてその費用も変わってきます。特に、パートナーとの信頼関係をいかに築くかというのは、生死を分けることにもつながりますので慎重に行います。
どんな方をパートナーに選ぶか、というのはどんな民族であろうとも、その人のイデオロギーを押し付けるのでなく、物事をなるべく中立的に見ようとする人であるかは重視しています。 そしていろんな局面の裏の裏まで話し合える方かどうかも重要で、実際以前には、取材の途中でちょっと違うんじゃないかと思って辞めてもらった、というケースもありました。

取材で得た情報の掲載手段

取材で見聞きしてきたこと、撮ってきた写真は、テレビやラジオへの出演や各地での講演、雑誌や新聞などへ掲載することで報告する場をいただいています。
さらにその出演料、掲載料などを、次の取材費に充てています。まさに自転車操業ですね。今お話していてつくづくそう思いました。

ジャーナリストを志した理由

話すと長くなるのですが……高校2年生のときにNPO『国境なき子どもたち』からカンボジアに派遣されたことがそもそものきっかけです。それまで、なんとなく遠い国のなんとなくたいへんそうな出来事と感じていたことが、現地に行って目の前にいる「あなた」の問題として、ものすごく距離が縮まったんです。
私は取材はすべて「いただきもの」だと、今でも思っていて、時間、経験、言葉といったいただきものに対して、自分は何を返すことができるか、そう思ったとき、五感で感じてきたものをひとりでも多くの人と共有することで、問題も共有できると考えたのが、ジャーナリストを志したきっかけです。

映画『ラジオ・コバニ』
映画『ラジオ・コバニ』より

元IS兵士たちの複雑なバックグラウンド

映画『ラジオ・コバニ』の中では、捕らえられたIS兵士が「家が貧しかった。収入が欲しかった。家族の元に帰りたい」と涙ながらに告白するシーンがありました。私は今回、イギリス、チュニジア出身の元IS兵士の男性(囚人)にインタビューできました。取材場所は明かさないという約束で特別な場所で行いました。二人の元兵士は、映画に登場した人物とは異なり、非常に高学歴、高収入で物事をロジカルに説明する人々でした。そして、ISに参加した理由を、「アサド政権と戦ううえで、他組織ほど各国の思惑の影響を受けていないと考えたから」と証言しました。

IS兵士と結婚していた女性にも話を聞くことができました。インドネシアの女性で、やりとりはすべて英語で行える教育を受けた方でした。そして、イスラムに傾倒したきっかけは“失恋”だったと告白してくれました。今ではISはフェイクのような組織であり、参加したことを後悔しているが、インドネシアに残っていたとしても、両親に人生を支配されただろうから、現地に残ったほうがよかったとは必ずしも言えないと答えたのです。

私はたいへん衝撃をうけました。「そんな理由でISに加担したの?」と思われるかもしれませんが、「私が彼等だった可能性は本当にゼロだろうか」と思わずにいられませんでした。 私たち自身が加害者になる可能性は決してゼロではないという事実、これが今回の取材で最も衝撃を受けたことです。

ISとはなにか?ということを安直な言葉ではまとめられません。彼等は支配した土地は失ったとされていますが、彼等の思想まで破壊することはできません。また、ISを言い訳に利用してきた勢力の構造が変わらなければ、第2第3のISは消えないのではないと思います。 私は非人道なもの、構造的な暴力があれば、それに対してイデオロギーにかかわらず声をあげていきたいです。

映画『ラジオ・コバニ』
「政治の話題はし辛い」という来場者のコメントに、「美味しいシリア料理のお店にお友達を連れていってみては?」と安田さん

ジャーナリストを志す若者へのアドバイス

・勉強について

私は日々いろんなメディアを使って新しい情報をインプットしていますが、ラジオ番組で毎週、その道の第一線で活躍している方にインタビューさせていただいていることが非常に勉強になっています。
学生のみなさんも、会いたい人、知りたいことが出来たら、臆せずメールや手紙を使って会いに行かれることをおすすめします。学生という特権的な期間です。今だからこそできることですよ。

・ハラスメントについて、昨今の状況をどう感じていますか

ジャーナリストとなる間口があまりに狭く、選択肢も少ない中で特権的構造が作られてしまった結果、ハラスメントが起きてしまっています。
若い人たちが、安心して安全に学べる仕組みを私たちが作っていかないといけないです。

・政治に興味のない友達に少しでも関心を持ってもらいたい

たとえば、広尾にとても美味しいシリア料理屋があります。一緒に食べに行けば、食をきっかけにシリアのことを身近に感じてもらえるかもしれません。
「写真家のくせに、ミュージシャンのくせに、写真(音楽)に政治をもちこむな」と言われることがありますが、その言葉自体に政治性を感じます。もっとスピークアウトしていい。カルチャーが社会への間口であり、ヒントになると思っています。




映画『ラジオ・コバニ』ポスター
映画『ラジオ・コバニ』ポスター

映画『ラジオ・コバニ』
アップリンク・クラウドにてオンライン上映中

監督・脚本:ラベー・ドスキー
配給:アップリンク
字幕翻訳:額賀深雪
字幕監修:ワッカス・チョーラク
2016年/オランダ/69分/クルド語/2.39:1/カラー/ステレオ

公式サイト

▼映画『ラジオ・コバニ』予告編

キーワード:

ラジオ・コバニ / 安田菜津紀


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