映画『ウトヤ島、7月22日』 Copyright ©2018 Paradox
2011年7月22日にノルウェーのウトヤ島で69人が亡くなった無差別銃乱射事件を『ヒトラーに屈しなかった国王』『おやすみなさいを言いたくて』のエリック・ポッペ監督が描く『ウトヤ島、7月22日』が3月8日(金)より公開。webDICEではポッペ監督のインタビューを掲載する。
この島にはノルウェー労働党青年部のサマーキャンプに参加してた10代と20代の若者たちが参加していた。現在勾留中の犯人アンネシュ・ブレイビクは単独犯としては現在世界最大の大量殺人犯と言われている。ポッペ監督は、本編97分間のうち事件の発生から収束を迎えるまでの72分間をワンカットで描くことで、観客を惨劇の渦中に放り込む。今回のインタビューでは、主人公のカヤを架空のキャラクターにした理由を「ウトヤ島で起きたことをより正確に理解できるようにするため」と語っているが、ジャーナリスト出身のポッペ監督らしい冷徹な視点、そして犠牲者への鎮魂の思いが貫かれている。
「今回、この映画では試してみたいと思っていたことがありました。1人の人間の肉体から命が抜けていく瞬間を、自分たちはカメラで撮ることができるのか。はたして映画にはそんな力があるのか。我々の鈍化した感覚は鋭敏さを取り戻すことができるのか。そのことをこの映画では試してみたかったのです」(エリック・ポッペ監督)
生存者や遺族は私を支持してくれた
──これ程大きな事件を映画の題材として扱うことに戸惑いはありませんでしたか?
どんな作品であってもいろんな議論の余地のある作品だといろんな人達が意見をすると思いますので、監督としては、いろんな議論が巻き起こることを想定しておかないといけない、そういった心持ちでいないといけないと思います。
映画『ウトヤ島、7月22日』エリック・ポッペ監督
この作品に関しては「時期尚早ではないか」といか「何故この題材を映画化するのか」「道義的に正しいことなのか」という意見が出てきてもおかしくないと思います。そして、それに対しては私は心の準備をしていました。ただ、今回の映画化に関しては、生存者や遺族の方々に今作の映画化のお話をしたところ、彼らは私を支持してくれました。彼らの同意を受けれたことによって、今回のプロジェクトを進めることが出来ました。
当然ながら倫理上の問題というのは私の意識としてありましたが、「この映画を作るべきではない」という声が上がり、それが正しいのであれば生存者や遺族の方々からまっさきに上がるべきなのに、そういった方々がこの映画を支えてくれたので、そういう意味では、映画化するべきではないという議論は巻き起こりませんでした。
実際に映画が完成した後は、懐疑的な意見を持っていた人たちも映画を観て最終的にサポートしてくれた方もいました。
映画『ウトヤ島、7月22日』 Copyright ©2018 Paradox
ディテールを再現することで何が起きたのかを正しく伝えることができる
──被害に遭った女性が出血多量で亡くなる場面がリアルに描かれています。彼女が命を失って行く描写は、ジャーナリスト時代のご自身の観察から生まれたものですか?
ジャーナリストとしての経験は活かされていると思います。ただ、私ははこの映画を撮っている間、ずっと命の在り方について考えていました。SF映画の中では人類は宇宙人と戦争を繰り広げ、SF映画でなくても多くの映画の中にはアクションシーンがあり、命の奪い合いが描かれています。我々はそれらをエンターテイメントとして楽しんでいるわけです。今回、この映画では試してみたいと思っていたことがありました。1人の人間の肉体から命が抜けていく瞬間を、自分たちはカメラで撮ることができるのか。はたして映画にはそんな力があるのか。我々の鈍化した感覚は鋭敏さを取り戻すことができるのか。そのことをこの映画では試してみたかったのです。
映画『ウトヤ島、7月22日』 Copyright ©2018 Paradox
──この映画の俳優たちとはどのように演技を作っていったのでしょうか?リハーサルはありましたか?テイクは何回も取り直すことがあったのでしょうか?この映画の演出方法について教えてください。
カヤを熱演したアンドレア・バーンツェンをはじめキャストはみんな新人でした。リハーサルには3ヵ月を費やしました。ディテールを大切にしようと話しました。ディテールをきちんと再現することで、あの日のウトヤ島で何が起きたのかを正しく伝えることができると考えたんです。アンドレアが演じたカヤは特定の1人の人物ではなく、生存者たちの証言をもとに集約したキャラクターとなっています。フィクションの存在ですが、ウトヤ島で起きたことをより正確に理解することができるキャラクターになっています。
脚本を用意して、彼女たちはアドリブを交えることなく一字一句そのまま脚本どおりに演じてもらいました。大変な作業でしたが、その分しっかりとリハーサルを重ねたんです。生存者たちは撮影現場にも付きっきりで立ち会ってくれました。精神が今にも壊れてしまいそうになったとき、彼らはお互いに冗談を言い合ったり、歌を歌ったりしたそうで、そのことも映画には盛り込みました。生存者たちが繰り返し言ったことは「犠牲者たちの尊厳を失うことなく、誠実に演じてほしい」ということでした。そのことには充分こだわって撮影しています。
映画『ウトヤ島、7月22日』 Copyright ©2018 Paradox
──劇場の後半でカヤが歌うシンディー・ローパーの「トゥルー・カラーズ」を口ずさむシーンがとても印象的でした。あのシーンはどういった思いで入れ込んだんのでしょうか?
生存者からの証言であの事件が起こっているときに、誰かがあの歌を実際に歌っていたことを聞きました。事件当時、若者に人気の歌手が、あの曲をカバーしていて、大変流行っていたので、若者たちもあの曲のことはよく知っていたのです。
あの曲は“他人を受容しましょう”という歌った曲でもあります。あの曲を彼女が歌ったのは、歌いたいから歌ったのではなく、他者を慮って歌を唄ったのです。生存者の証言からは、他の人が他の曲を歌っていたという証言も聞いています。
何故、あの曲を選定したのかというと、他の曲だとセンチメンタルすぎるかなっと思ったからです。
──逮捕されたアンネシュ・ブレイビクは有罪となり、現在は21年の禁固刑に処せられ収監中です。日本では死刑を望む声が上がったりしていますが、この刑期についてはどのようにお考えでしょうか?
ノルウェーでは21年の禁固刑がいちばん重い刑罰です。ノルウェーの刑務所は受刑者たちの更生に重きを置いており、彼らに治療を施すために受刑させているという側面があるんです。それもあって、ノルウェーには死刑制度は存在しません。「ブレイビクは21年後に出所するのか」と不安に思う海外の人は多いかもしれません。ですが、それはないと私は考えます。刑期を終えた際にブレイビクは自分が更生していることを裁判所でもう一度証明しなくてはいけないんです。恐らく、彼にはそれができないはずです。21年の刑期を終えた後も、ブレイビクは刑務所内で生き続けることになるでしょう。
(オフィシャル・インタビューより)
エリック・ポッペ(Erik Poppe) プロフィール
1960年、ノルウェー・オスロ生まれ。ノルウェーの新聞社やロイター通信社のカメラマンとしてキャリアをスタート。スウェーデン・ストックホルムの映画・ラジオ・TV・演劇大学で撮影を学び、1991年に卒業した。ベント・ハーメル監督作品『卵の番人』(95)などで撮影監督を務め、数々のCMを演出。自らの製作会社パラドックスを設立した1998年に『Schpaaa』で監督デビューを果たし、同作品とそれに続く『Hawaii, Oslo』(04)、『deUSYNLIGE』(08)の“オスロ3部作”で数多くの賞に輝いた。また2002年には、ノルウェーのアマンダ賞で最優秀TVドラマ賞を受賞したTVシリーズ「Brigaden」の4つのエピソードを監督している。ジュリエット・ビノシュが報道写真家を演じた長編第4作『おやすみなさいを言いたくて』(13)は、かつて戦場カメラマンとして活躍したこともある監督自身の体験を反映させたヒューマン・ドラマ。この初めての英語作品でアマンダ賞の作品賞、撮影賞、音楽賞を制し、モントリオール国際映画祭の審査員特別賞を受賞した。さらに、ナチス・ドイツに侵攻され、降伏を迫られたホーコン7世の実話に基づく歴史ドラマ『ヒトラーに屈しなかった国王』(16)を発表。アマンダ賞で作品賞など8部門を独占するとともに、アカデミー賞のノルウェー代表作品に選出された。
映画『ウトヤ島、7月22日』
3月8日(金)よりロードショー
監督:エリック・ポッペ
配給:東京テアトル
提供:カルチュア・エンタテインメント、東京テアトル
2018年/カラー/ビスタ/97分