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2019-01-24 21:50


家父長制度がモンスターを生む『ジュリアン』 DV問題に切り込む傑作サスペンス

ヴェネチア映画祭監督賞受賞!グザヴィエ・ルグラン、衝撃のデビュー作
家父長制度がモンスターを生む『ジュリアン』 DV問題に切り込む傑作サスペンス
"映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

長編デビュー作にして第74回ベネチア国際映画祭で最優秀監督賞(銀獅子賞)を受賞したフランスのグザヴィエ・ルグラン監督の映画『ジュリアン』が1月25日(金)より公開。2019年の仏セザール賞では最優秀作品賞含む最多10部門にノミネートされるなど注目を集める今作について、webDICEではルグラン監督のインタビューを掲載する。

11歳の少年ジュリアンと、離婚後彼親権争いを続けるブレッソン夫婦の関係を描くサスペンスフルなドラマで、物語全体を漂うただならぬ不穏な空気が印象深い。家庭内暴力を理由に子どもに夫のアントワーヌを近づけたくない妻のミリアムと、面会の権利を利用してミリアムの連絡先を知ろうとするアントワーヌ。ふたりの間で板挟みになりながら、母をかばおうと嘘をつき続けるジュリアン。息子に会えないフラストレーションを溜めどこまでもふたりにつきまとい豹変していくアントワーヌの姿を通してルグラン監督、どんな人間でも追い詰められた状況ではアントワーヌと同じ状況になりかねない、ということを伝える。


「ジュリアンの父親は最初からモンスターだったわけではなく、追い詰められた結果モンスターと化してしまった。その追い詰められて変わってしまう過程も描きたかった。家父長制度の強い家で育ったであろう背景があり、それが追い詰められて過度になった結果、暴力により妻を支配することが正当であるという考えに辿り着いてしまったんだ」(グザヴィエ・ルグラン監督)


家父長制度や男性優位について映画で問いかける

──なぜ「DV」「親権問題」をテーマとした作品を撮ろうと思ったのでしょうか?

フランスでは3日に1人女性が暴力で命を落とすという現状があり、私自身も家父長制度の色がある家庭で育ち、祖父母が離婚している。家父長制度や男性優位について自問自答することが増えていき、次第に社会に対して問いかけることができないかと思った。文字ではなく映画だったらそれができるのではないかと思った。

映画『ジュリアン』 グザヴィエ・ル・グラン監督
映画『ジュリアン』 グザヴィエ・ル・グラン監督

──この作品の前に、夫の暴力から身を守るため、子どもたちを連れて街を遠く離れる決心をした女性を描く短編『すべてを失う前に』撮られています。短編の制作の段階でこの『ジュリアン』を作ることは決まっていたのですか?

1作目の短編を制作している時は、短編3部作で考えていた。しかし、このテーマならば長編で撮る方が描きたいことをより表現できるのではないかと思うようになり、残り2部の短編を長編にすることを決めた。

──これまで役者として活動をされてきましたが、なぜ監督をしてみようと思われたのですか?

役者をしているなかで少しずつ興味を持つようになった。元々シナリオを書くのが好きで、舞台俳優なので、戯曲をよく書いていた。しかし、戯曲はフランスでとても敷居が高いもの。自分には恐れ多いという思いがあり、映画なら自分にも作れるのではないか思った。また、舞台でよくリーダー的な立場になり後輩を指導していたのだが、その時間が好きだったし、自分に向いていると感じて監督を志すようになった。

映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma
"映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

1人の人間が追い詰められた結果モンスターと化してしまう姿を描きたかった

──ジュリアン役のトーマス・ジオリアほかキャストが素晴らしかったです。

トーマス・ジオリアは、年齢の割にとても大人びていた。なにより聞く力と観察眼が突出していて、子どもながらに本作のテーマをしっかりと理解しているところが素晴らしいと思う。とても役者に向いていると思う。自分も幼い頃から舞台に立っていたので、この年齢でここまで出来るなんてちょっと嫉妬してしまうくらいだ。

母・ミリアム役のレア・ドリュッケール、父・アントワーヌ役のドゥニ・メノーシェは、それぞれに共通して演技をする上で人間性の深いとろまで考えて謙虚に演じてくれるところが素晴らしいと思っている。大げさな演技をせずに、真摯に役に取り組んでくれる。また、姉・ジョゼフィーヌ役のマチルド・オネヴも含め皆、意表を付ける役者的知性も持っている。実力のあるキャスト達にこの様な役を受けてもらえて本当に嬉しかった。

映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma
"映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

──父のアントワーヌが病的なまでの行動を起こしてしまうことについて、背景や心情をどのようにお考えですか?

最初からモンスターだったわけではなく、1人の人間が追い詰められた結果モンスターと化してしまった。その追い詰められて変わってしまう過程も描きたかった。家父長制度の強い家で育ったであろう背景があり、それが追い詰められて過度になった結果、暴力により妻を支配することが正当であるという考えに辿り着いてしまった。そのマインドコントロールされる過程を描きたかったんだ。夫としての権力を利用して妻を取り戻そうとして、判事を操ることで子どもを取り戻そうとした。それが叶わないのなら、相手に死んでほしいと思ってしまうのがアントワーヌのような人なんだ。

──直接的な被害を受けない姉ジョセフィーヌの存在が効果的でしたが、演出において歳の離れた姉弟とした理由は?

制作にあたり徹底的に調査をしたのだが、本作で描かれているような家庭内暴力がある環境が子どもに与える影響に男女の違いがある事を知った。一般的に、女の子は早く家庭から自立して自分の家庭を持とうとし、男の子は暴力に敏感になるか、同じく暴力的になる2パターンがあると言われている。このことを描く為に、姉の存在が必要だったし、ジョゼフィーヌの年頃がちょうどいいと思った。

映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma
"映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

──ご自身で最も気に入っているシーンはどこですか?

後半の姉のジョセフィーヌパーティーのシーンだ。それまでは劇中で音楽を一切使わず、初めて音楽が出てくるとても大切なシーン。音楽が使われる事によってやっと本作に息遣いというか雰囲気がかもしだされる。ダンスもありとてもハッピーな場面でもある。それまでは、例えるなら青やモノトーンであまり色味がないシーンが続き、パーティーのシーンは、例えるなら温かみのある赤やハッピーな色味。また、このシーンは主要キャストが全員登場しているという点でも重要なシーンだ。

映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma
"映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

感情を揺さぶられ実体験のように感じる演出

──ヴェネチア映画祭で銀獅子賞を受賞さましたが、どんな部分が評価されたと思いますか?

本当に感激した。新人賞にノミネートされただけでも満足していたのに、監督賞で名前を呼んでもらった時は涙、涙、涙だった。また、この年のヴェネチア映画祭は、アカデミー賞を賑わせたギレルモ・デル・トロなど錚々たるメンバーの中での受賞でとても自信になった。 テーマとよく練られた構成が評価されたと思う。

──『ジュリアン』はかなりショッキングな内容ですが、監督が忘れられない衝撃を受けた映画は?

ミヒャエル・ハネケ監督『ピアニスト』(01)、アレクサンドロス・アブラナス監督『Miss Violence』(13)、マイク・リー監督『秘密と嘘』(96)この3作だ。

『ピアニスト』は、人が愛情の面でどのように変貌していくかということをよく描いていて、また、その演出、演技指導、ストーリーと様々な側面からこの作品はとても参考になるし衝撃を受けた作品。『秘密と嘘』は、初めて観た時思わず涙するほどの衝撃だった。

──今後はどういったテーマを軸に作品作りをしていく予定ですか?

これと決めているわけではないが、また次回作も普遍的なテーマである家族をテーマに描く予定だ。

映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma
"映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

──本作をどんな方に観てほしいですか?

日本で私の初監督作品が公開されるのを本当にうれしく思っている。文化的背景が違っても感情的に描いている作品なので、画や音でも感じてもらえるだろうし、作家主義的ではなく大衆向けに制作したので、ぜひ多くの人々に観ていただきたい。本作のテーマは家族や親権といった社会問題であるが、同時にサスペンスやスリラーの要素も含んでおり、様々な人に観てもらえる作品だと思う。親、子ども、いつか親になるであろう人といった様々な人に関わる問題を描いていて、感情を揺さぶられ実体験のように感じる演出をしており、確かに怖い部分もある。でも、これは映画の中の話としてスリルを楽しんでいただければと思うし、映画を観終わった後に、友人と本作のテーマや映画についてお酒を飲みながらでもお話ししてもらえたらと嬉しい。

(オフィシャル・インタビューより)




グザヴィエ・ルグラン(Xavier Legrand) プロフィール

1979年フランス生まれ。フランス国立高等演劇学校で演劇を学んだ。様々な演出家のもとで、チェーホフ、シェイクスピア、ハロルド・ピンター、ミシェル・ヴィナヴェール、ペーター・ハントケの作品の舞台に立ち、映画ではフィリップ・ガレル監督、ローラン・ジャウィ監督、ブノワ・コーエン監督、ブリジット・シィ監督の作品に出演してきた。監督として初めて手がけた短編映画『すべてを失う前に』(12)は100を超える映画祭に選出され、第86回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされたほか、第35回クレルモン・フェラン国際短編映画祭において4部門で賞を獲得し、第39回セザール賞短編映画賞を受賞するなど、いくつもの賞に輝いた。




映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma
映画『ジュリアン』 ©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

映画『ジュリアン』
2019年1月25日(金)よりシネマカリテ・ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次公開

監督・脚本:グザヴィエ・ルグラン
製作:アレクサンドル・ガヴラス
撮影:ナタリー・デュラン
出演:レア・ドリュッケール ドゥニ・メノーシェ トーマス・ジオリア マティルド・オネヴ
2017年/フランス/93分/原題:Jusqu’a la garde/カラー/5.1ch/2.39:1ビスタ
配給:アンプラグド
日本語字幕:小路真由子
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本

公式サイト


▼映画『ジュリアン』予告編

キーワード:

グザヴィエ・ルグラン


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