映画『迫り来る嵐』 ©2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
香港返還が行われた1997年、北京オリンピックが開催された2008年、中国のふたつの時代を舞台に殺人事件の捜査に取り憑かれた男の運命を描き、2017年の東京国際映画祭で最優秀男優賞と芸術貢献賞を受賞した映画『迫り来る嵐』が1月5日(土)より公開。webDICEでは今作が長編デビュー作となるドン・ユエ監督のインタビューを掲載する。
雨が降り続き陰鬱な雰囲気が漂う中国の小さな町を舞台に、序盤は若い女性ばかりを狙う連続殺人犯を追うサイコサスペンスのスタイルをとりながらも、後半からは、経済発展のため邁進する中国社会に翻弄される市民、そして中国社会の変化そのものが主題となっていく。国営製鋼所で保安部の警備員ユィ・グオウェイを演じたドアン・イーホンの飄々とした存在感が印象深く、ドン・ユエ監督は、刑事に憧れ犯人探しに必死になるあまり道を踏み外していく主人公ユィの姿に、社会の変化に適応できず葛藤する現代の人々の姿を重ね合わせている。
「私は歴史の変遷、ターニングポイントというものに興味がありました。中国にとって、1997年というのは香港が返還される大きな変換期でした。1997年の以前と以後で、人の生活や生存方式など、全てが変わりました。そして、北京オリンピックが開催された2008年も同様です。この2つの時代を取り入れることで、中国の社会の変遷というのが見えてくると考え、それを切り口にして作品を撮ろうと思いました」(ドン・ユエ監督)
観客に説明のない中で話が進んでいく、いままでにない作品
──まず、どのような構想からこの作品の製作がはじまったのでしょうか?
最初は漠然としたアイデアのみでした。ある時、中国で行われた青年監督の座談会で出資会社や製作会社と知り合って、この映画を撮ることになりました。新人監督だったので、資金集めとキャスティングが難しかったですが、幸いなことに、脚本を読んで、これまでの中国にないタイプの映画で面白いと思っていただいたことで、撮ることができました。ただ、本当の意味で苦しかったのは、撮影に入ってからでした。こういうタイプの映画は中国では撮られたことがないので、自分たちも上手く撮影できるかどうか不安で、想定していた以上の問題も起こり、それをひとつひとつ解決していきました。
映画『迫り来る嵐』ドン・ユエ監督 ©2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
──脚本も担当されていますね。
2013年に最初のシノプシスが完成をしました。2015年にそれを修正した後に、映画化が決定して、2015年の年末に、脚本の第1稿ができあがりました。それを1年かけてさらに練りこんで、2017年の3月にクランクインしました。映画というのは、各段階で調べて、どこをどう変えていくかが大事なので、その変化に対応して書きあげました。
映画『迫り来る嵐』 ©2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
──モデルとなった殺人事件はありましたか?
具体的なモデルはありませんが、参考にした連続殺人事件はありました。奇しくも、80年代から未解決の事件があって、その犯人が捕まっていなかったのですが、クランクインのときに、その犯人は逮捕されたんです。非常に偶然ですが。
──長編デビュー作にして東京国際映画祭で最優秀男優賞と芸術貢献賞を受賞しました。なぜ、この作品が評価されたと思いますか?
この映画は古典的な手法ではないところが、人を惹きつけたのではないかと思います。一般的な中国映画は、いわゆるハリウッド的な作り方で、全てを観客に説明をして、最後にオチをつけて納得させる映画がほとんどです。この作品はそれらとは真逆の作品で、ほとんど観客に説明のない中で話が進んでいく、いままでにない作品だったところが受け入れられた点だと思います。
中国の社会の変遷を捉える
──時代設定について教えてください。1997年を舞台にした理由は?
もともと私は歴史の変遷、ターニングポイントというものに興味がありました。中国にとって、1997年というのは香港が返還される大きな変換期でした。1997年の以前と以後で、人の生活や生存方式など、全てが変わりました。そして、北京オリンピックが開催された2008年も同様です。この2つの時代を取り入れることで、中国の社会の変遷というのが見えてくると考え、それを切り口にして作品を撮ろうと思いました。
今後の中国も様々な部分で変化していくと思いますが、その変化というのも我々の成長の過程だと思っていて、生活様式もさらに変わっていくと思います。
映画『迫り来る嵐』 ©2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
──どのような作品から影響を受けましたか?
ヒッチコックの『めまい』、そしてコッポラの『カンバセーション…盗聴…』です。この2本に影響されたのは、映画の精神面の部分です。技巧ではなく、映画を作る上でキャラクターの内面を掘り下げて、本当の姿を見せるか、真相を見せるかが大事だと思います。
──印象に残っているシーンについて教えてください。
難しかったのは、小香港と理髪店のシーンです。撮影の後半だったのですが、こういうタイプの作品だったので、スタッフが陰鬱した状態になっていて、プレッシャーが大きくなっている状況で、スタッフ全体の雰囲気が悪くなっていました。また夜の撮影が多かったですし、不安なシーンが多かったので、スタッフのコントロールが大変でした。もう1つは、二人の役者を動かすのに、どういう動きをさせればいいのか?探るのが大変でした。
印象に残っているシーンとしては、ラストの会社のホールで、主人公が掃除係と話すシーンです。あそこで描きたかったのは、主人公が落伍者だったということを知り、過去のことがすべて忘れ去られ、否定される状況です。そこで、彼の存在価値すらも疑わしくなってしまう。あそこが一番印象に残っています。
付け加えると、あのシーンでは、ある世代の人たちを表しています。ある世代の人は過去にしか生きられない。つまり、彼らにとって栄光だと思っていたことが、他の人の記憶にも残っていないことを描くことで、彼を落伍者として描きたかった。
映画『迫り来る嵐』 ©2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
──警備員ユィ・グオウェイの恋人のイェンズは、どんな役割を担っているのでしょうか?
イェンズはいわゆる風来坊のような存在で、1つの権力、土地など何事にも縛られない状況で生きています。劇中でも「香港に行けるかどうか」と話をしています。そういう女性が、過去に縛られる主人公ユィと知り合ったというのを見せたいと思いました。
──警備員ユィ・グオウェイ役にドアン・イーホンをキャスティングした理由は?
最初に脚本を書いた時は、彼の当て書きではありませんでした。自分は新人監督ですから、一線で活躍する俳優と仕事ができるとも思っていませんでしたので。ただ、プロデューサーから一線級の俳優にキャスティングしてみようと提案があって、その候補リストにドアンの名前がありオファーしました。それで脚本を送ったところ、ドアンからもいい返事をいただいたので、彼をキャスティングすることになりました。実は、彼とは縁がありまして、2000年に、彼の舞台を見に行ったんです。当時のドアンは全くの無名でしたが、彼の演技力の高さを見て、素晴らしい俳優だと思っていました。国際的な映画祭で評価される俳優だとも感じていましたから、そんな彼と一緒に仕事ができたことが信じられません。
映画『迫り来る嵐』イェンズ役のジャン・イーイェン(右)、ユィ・グオウェイ役のユィ・グオウェイ(左) ©2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
これからも中国の社会、中国人の思想を描きたい
──ユエ監督が映画界を目指したきっかけは?
高校生の時に、映画をやりたいと思っていましたが、当時はまだ映画との距離がありました。大都会に住んでいるわけでもなかったので。その後、北京の映画学校を卒業した後も、まだ距離を感じて、映画の仕事にはつかなかったんです。それでも、いつか映画の仕事をしてみたいと考えていました。それで2003年に、もう一度北京の学校に戻って、映画の撮り方などを学びなおしました。ただ、卒業後に映画の仕事につけるチャンスがなかったので、諦めようと思っていました。それが2010年の時で、仕事につきたくてもつけず、一番辛かったです。それで自分で脚本を書いて、自分で撮れるものを考えてみようと思い、今に至っています。
映画『迫り来る嵐』 ©2017 Century Fortune Pictures Corporation Limited
──好きな日本の映画や文学はありますか?
北京電影学院のときに、たくさん観ましたので、数えられないほどあります。クラシックな作品であれば、黒澤明や小津安二郎、山田洋次、今村昌平など。中国の映画人にとって、日本映画は1950?60年代に既に国際的な場で評価されていたので、驚くべき存在に感じています。最近では、是枝監督の作品も見ています。あと、日本映画はオリジナリティを強く感じます。中国では日本の映画から題材やテーマを探している時期もありました。
もう一つ、中学校の頃に観た『鶴』(市川崑監督)という吉永小百合さんが出ている映画があって、とにかく画面が美しくて、ものすごく印象深かったです。日本の小説にも興味があります。独特なスタイルを持っていて、素晴らしい表現方法を持っていると思います。川端康成、村上春樹などは、学生時代に読みました。
──今後の予定、作品は?
いまのところ次回作は決まっていませんが、撮ってみたい題材はあります。今回と同じく中国の社会、中国人の思想とか、そういうものを描きたいと思っています。
(オフィシャル・インタビューより)
ドン・ユエ(董越 Dong Yue) プロフィール
1976年中国・威海省生まれ。北京電影学院を卒業し、写真撮影の修士号を取得。数本の映画のスチールを担当した後、広告映像の監督に転じる。 自身で脚本を担当した初の長編劇映画である本作は、2017年の東京国際映画祭で最優秀男優賞、最優秀芸術貢献賞をW受賞したほか、2018年の アジア・フィルム・アワードでは、新人監督賞を受賞するなど、その類稀なる才能は国内外で高い評価を得た。
映画『迫り来る嵐』
1月5日(土)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか
全国順次公開
監督/脚本:ドン・ユエ(董越)
出演:ドアン・イーホン(段奕宏)、ジャン・イーイェン(江一燕)、トゥ・ユアン(杜源)、チェン・ウェイ(鄭偉)、チェン・チュウイー(鄭楚一)
中国/2017年/カラー/中国語/119分/シネスコ/5.1ch
配給:アット エンタテインメント