映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS JPG FILMS VENTURA FILM
1993年にシチリアで実際に起きた事件をもとに、失踪した13歳の少年と彼に思いを寄せる同級生の少女との関係を幻想的に描く映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』が2月16日(土)よりアップリンク渋谷そしてアップリンク吉祥寺にて上映される。webDICEでは、肉体及び言語での表現者、東玲子によるレビューを掲載する。
「もう一つの生」の中で生かされ、
救われる恋人たちの物語
文:東玲子(Reiko.A)
夢はもう一つの生である。──ジェラール・ド・ネルヴァル※
そう言いながら、ネルヴァルはその「もう一つの生」に救われることなく死んでしまったが。ここでは、そのもう一つの生によって確実に若い二人が救われる。救われるのは、私たちが「現実」と呼ぶこの世界でではない。その、もう一つの世界の中でだ。
かつてシチリアで実際に起きた、マフィアによる少年の誘拐事件を下敷きにしたこの物語は、誘拐された初恋の相手、ジュゼッペを追い求める、13歳の少女ルナの視点を中心に話が進められる。
しかし、そのような予備知識もなくこの映画を見たら、最初はなんの映画なのかさっぱりわからないかもしれない。もやもやした、はっきりとした形を取らないものが映り、やがて聞こえてくるピッチャン、ピッチャンという水のしたたる音、幾筋かの光が差し込んできたかと思ったら、水をくぐり抜けたその先に浮かび上がるのは少年の顔。なぜこんな形で始まるのか、と出だしからとまどってしまう。
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS JPG FILMS VENTURA FILM
そのようにどこか不可解な感じを心に抱かされたまま、物語は非常な緊迫感を持って展開されてゆく。少女ルナの鼓動、息遣い、少年ジュゼッペの後をこっそりとつける時の落ち葉を踏みしめる足音。そして、突然馬場からいなくなってしまった彼を探すルナの不安そのもののような、緊張して張り詰めたサウンド。この映画は、時おり流されるせつなげな挿入歌とはうらはらの、不穏で重低音の効いたサウンドトラックが、いやおうなく観客を主人公の切迫した心理に引き込んでゆく。
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS JPG FILMS VENTURA FILM
元々夢想しがちなルナは、その後、夢でジュゼッペが誘拐された現場を察知する。そのように、ルナは自分でも思いがけない時に、夢や幻視によって、ジュゼッペの身になにが起こったか、今どのようなところにいるのかを知ることができる。
ジュゼッペの行方を探すルナはそのことを一生けんめい大人たちに訴えるが、大人たちには相手にしてもらえない。それどころか、しまいには精神病扱いされてしまう。
だけど、そのルナの夢想癖が、物語の中では囚われの身となったジュゼッペの心を照らす灯ともなるのだ。誘拐されることになったその日にルナからもらったラブレターを、ジュゼッペは一人閉じ込められた部屋の中で何度も何度も読み返す。ルナはジュゼッペにぞっこんであることを手紙の中で打ち明け、あなたが自分の思いに応えてくれたら、あなたとのことを夢想してやまないこの毎日から抜け出せるのに、と訴える。「いつも夢見てる。私を救えるのはあなただけ」と。
ジュゼッペは苦い思いをかみしめながらひとりごちる。「君みたいに夢見ることができたらいいのに。でも、ここじゃ無理だ」 しかしジュゼッペはある日夢を見る。まるでルナの夢想癖が伝染したかのように。夢の中で彼は置いてきた愛馬とふたたび出会い、その馬に導かれるように森の中を進んでいくと、その先にあった水の中に自分とルナの顔が映っているのを見つけることになるのだ。
この映画ではそのように、水が離れ離れになった二人を結びつける媒介となり、ルナがジュゼッペのことを知覚する際の多くのきっかけともなっている。
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS JPG FILMS VENTURA FILM
ピアッツァ監督は元となった事件の陰惨な結末に基づき、この作品に湖や海を多く登場させているが、水は監督の語るとおり、生命やよみがえりのシンボルであるとともに、無意識の象徴でもあり、無意識の混沌とした世界の中では二人に限らず誰もが──すべてが──実はつながっている。それは、人が「夢」という言葉でも呼ぶ別の世界のことでもある。その夢を、別次元として、この現実とは別の方法で存在するものとしてとらえられる人と、ただの空想の産物に過ぎないものとして考える人とでは、この映画の味わい方はまったく違ってくる。そして、ルナの不屈の精神と、子を奪われた親の切り裂かれるような悲しみと、世の中すべてに見捨てられたような少年の絶望的な思いとに同化できる人とできない人とでも、この作品への引き込まれ方は変わってくるだろう。
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS JPG FILMS VENTURA FILM
ルナはジュゼッペに対する自分の強い思いを貫き、別次元で確かにジュゼッペを助けることに成功する。ジュゼッペの魂は満たされ、救われるのだ。そして、ジュゼッペは、逆さまに今度はルナを助けようとする。
この時空を超越したラブストーリーは、決して思い込みの強い少女の自己満足の物語などではないし、ご都合主義を押し切るのが得意の現代風のファンタジーでもないだろう。ネルヴァルの言う「もう一つの生」の中で生かされ、救われる恋人たちの、ある意味ほんとの物語だ。それがどちらも新人だという、強いまなざしを持つユリア・イェドリコヴスカ(ルナ)と、澄んだ瞳のガエターノ・フェルナンデス(ジュゼッペ)の二人によって綴られてゆく。
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS JPG FILMS VENTURA FILM
この作品は、痛ましい実際の事件の犠牲者となった、ジュゼッペ・ディ・マッテオという少年に捧げられている。重たい現実と、その裏でありえたかもしれないもう一つの物語。その二つを見事に交錯させて描いたこの作品は、監督の意図したとおり、少年の魂を自由な世界に解き放つとともに、シチリアの人々に限らず多くの人に、事件の悲惨さを伝え、二度と繰り返しては──また繰り返させては──ならない非道な犯罪を忘れさせない助けとなることだろう。
(※)ジェラール・ド・ネルヴァル(Gerard de Nerval, 1808-1855) フランスのロマン主義詩人。「夢はもうひとつの生である」という言葉は、『オーレリア──夢と生(Aurelia ou le reve et la vie)』(篠田知和基:訳 思潮社)からの引用。
映画『シシリアン・ゴースト・ストーリー』
新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー公開中
2月16日(土)よりアップリンク渋谷、アップリンク渋谷にて上映
シチリアの小さな村で、13歳の少年ジュゼッペが突然、姿を消した。彼に思いを寄せていた同級生の少女ルナは、謎だらけの失踪を受け入れられず、村の誰もが従う沈黙の掟に抗ってゆく。ジュゼッペを探すため、ルナは不思議な湖にある入り口から、彼を飲み込んでしまった闇の世界へと下ってゆく。彼女をこの世界に戻せるのは、二人の不滅の愛だけ。
監督・脚本:ファビオ・グラッサドニア、アントニオ・ピアッツァ
撮影:ルカ・ビガッツィ 出演:ユリア・イェドリコヴスカ、ガエターノ・フェルナンデス、ヴィンチェンツォ・アマート、サビーネ・ティモテオ
2017年/イタリア=フランス=スイス/イタリア語/123分/カラー/シネスコ/5.1CH
原題:SICILIAN GHOST STORY
字幕:岡本太郎
後援:イタリア大使館/在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
特別協力:イタリア文化会館
協力:ユニフランス
配給:ミモザフィルムズ