伊良コーラの代表・小林さん。高田馬場にあるオープン準備中の工房にて。
世界初となるクラフトコーラの専門メーカー・伊良コーラ(いよしコーラ)。12月14日にオープンする映画館、アップリンク吉祥寺への提供が決まっている伊良コーラの代表コーラ小林さんに話を聞いた。8月のオープン以来、都内各地でカワセミ号という名前のフードカートを使い移動販売を行っていたが、12月14日には東京都高田馬場で、漢方職人だった小林さんの祖父の工房であった場所を改装してクラフトコーラファクトリーをオープンさせる。当面この工房での販売は行なわない予定だが、改装資金の一部2,000,000円を募るクラウドファンディングを12月7日(金)午後11:00まで実施しており、支援者はここでしか味わえないクラフトコーラのシロップなどの特典を受けることができる。
今回は小林さんに伊良コーラ立ち上げのきっかけやコンセプト、そして映画館への提供の思いを聞いた。
自然好きの少年時代、30ヵ国のコーラを飲み歩く旅、
そして夜な夜な勤しむコーラ作り
── 小林さんは子供の頃からコーラがお好きだったのですか?
本格的に飲み始めたのは大学くらいからです。お酒があまり飲めないこともあって、バーでお酒の代わりに頼んだり、マリブコークやラムコークといったカクテルが美味しいなと思っていました。もうひとつ理由があって、偏頭痛持ちなんですが、コーラはカフェインが入っているので偏頭痛にいいと言われていて、もともとコーラの発祥は薬だったという話も知って、どんどんコーラの世界にハマっていくようになったんです。
子供の頃から虫や植物が好きで、幼稚園でドクダミの葉やたんぽぽ、ダンゴムシをすりつぶして混ぜ合わせて友達に飲ませたり(笑)。この祖父の工房にいろんな機械や窯があって、漢方作りの手伝いをいつもしていました。小学校でも自然が好きでしたが、高学年から中学校になると人と違う好きなことを表立って表現できなくなったものの、自分の好きなことを突き詰めたいなと思って、大学進学のときに北海道の大学の農学部に進学しました。フィールドワークがやりたかったのですが、分子生物学という、毎日実験をするような研究室に振り分けられてしまって(苦笑)。3年生以降は実験漬けの毎日でしたね。ただいま振り返ってみると、そうした様々な実験をしてフィードバックして次に活かすことが、現在のスパイスの調合の作業に役立っているなと思います。
大学と大学院が農学部だったのですが、休学して世界を周りました。釣りも好きなので、釣り竿を持ちながら世界20から30ヵ国くらいを回って、各地のコーラを飲みました。どの土地にもコカ・コーラが基本的にあって、コカ・コーラも国よって味が違うんです。例えばアメリカとカナダは日本に近いのですが、メキシコはちょっと甘くて、サトウキビ100%の砂糖を使っているので、甘みも上質なんです。中東やアフリカはちょっと甘ったるかったり、微妙な違いがあります。ヨーロッパには各地にこだわりのコーラがちょくちょくあります。
── そのなかでもいちばん好きなコーラは?
シチュエーションによって変わるんですけれど、好きなのはイギリスのキュリオスティ・コーラで、生姜を発酵させた液を使っているのが特徴です。メキシコのコカ・コーラもシンプルで好きです。
── その体験が伊良コーラの基になっている?
そうですね、そのときは自分でコーラを作ろうとはまったく思っていなくて、ただいちコーラファンでしたが、そこでいろんなコーラと出会ったというのもありますし、コーラ作りだけじゃなくて、ディスプレイやラベルなどいろんな知見を得ました。
大学を卒業して大学院に行ったんです。フィールドワークをやりたかったので沖縄の西表島で魚の研究をして、自然に触れ合っていろんなことを勉強しました。大学と大学院の間にNGOで働いてフィリピンに行ったのですが、卒業して広告会社に就職しました。今年で4年目になるのですが、近いうちに退職して伊良コーラ一本にしたいと思っています。
── 農学部から広告会社へ就職というのは珍しいですね。
そこはかなり極端なんですけれど、フィリピンでインターンシップをしていたときに、一般的な会社は自分の商品やサービスを売って対価を受け取る資本主義に則ったシステムですが、NGOは寄付や助成金で運営費が賄われているので、サービスの追求やクオリティを高めないという一面もあると思うんです。そして就職活動の時に、自分の商品を持っていないのに、適切なものを提供して対価をもらっている広告会社に興味を持ちました。
── サラリーマンをしながらコーラ作りへの夢も持ち続けていた?
夜な夜な家に帰ってきてコーラ作りをして、たまに会社に持っていって友達に飲ませたりしていました。
祖父の漢方の調合から伊良コーラ誕生へ
── 伊良コーラというブランドを立ち上げるきっかけはあったのですか?
最初は売る気もなくて、ただただ作りたかった。あるとき発見した初期のコカ・コーラのレシピをもとに作り始めたんです。そもそもまずコーラって自分で作れるの?コーラの実って何?というところから始まって、農学部出身ですしもともとそういうことが好きだった。でもなかなか自分の満足いく味に仕上がらなかったんです。
2年くらい試行錯誤して、たまたま祖父のことを思い出して、いろんな道具や幼い頃に手伝いをした漢方の調合の仕方を思い出したり、母に聞いたりしているうちに、漢方が使えるんじゃないかと思って作ってみたら、そこがブレイクスルーというか、初めて自分で納得できるコーラになったんです。漢方については今もあらためて勉強しています。
取材当日、小林さんの祖父が使っていた漢方の資料も特別に見せてもらった。
小林さんの祖父が使っていた漢方の資料。
それを友達に試してもらったら「毎日飲みたい!」と言ってくれて、こんなに喜んでもらえるならお店を出したいなと思ったのがターニング・ポイントです。
── 小林さんのお話をうかがっていると、どんなことでも最初に考案した人のことはリスペクトすべきだと、あらためて実感します。
コカ・コーラってアメリカの薬剤師のジョン・ペンバートンという人が開発したのですが、誕生したときは養命酒や栄養ドリンクのような、人の健康を祈って生まれた飲み物なんです。オリジナルのコーラの精神を受け継いでいくことが必要だと感じています。
オープン準備中の工房にて。
── 海外での体験、お祖父様から受け継いだ漢方、農学の知識、そしてオリジナルのコーラの精神が融合したのが伊良コーラなのですね。フードカートでスタートした理由は?
シンプルにフードカートのほうが楽しそうだなと(笑)。今年の6月の後半に納得できるクラフトコーラができて、お店を出そうと思ったのですが、夏が終わるまでに出したい!とスピーディーに開業できるフードカートにしました。7月の末に初めて表参道のファーマーズ・マーケットに出店しました。
── 運営や宣伝については?
ほぼひとりで運営しています。宣伝はオフィシャルサイトとSNSだけですね。不思議なことに不安はなくて、これでお金を儲けようと考えていなかったので、とにかく飲んでもらうということだけしか考えていなかったです。ファーマーズ・マーケットを選んだのも会社員時代にキッチンカーを作るプロジェクトに加わっていたこともあったから。クリエイティブ・ディレクションは私がやっていますが、祖父もデザインが好きだったのか当時のラベルや広告をスクラップしていたのを参考に、こういうイメージで作りたい、というのをデザイナーさんに相談して作りました。TSUTAYAでデザイン集の本を買って、気になったデザイナーさんのところにコーラを持って突撃して、デザインしてください!とお願いしました。
お祖父さんが遺したスクラップブック。ロゴなどデザインソースとして参考にしたという。
── オープン当初の反応はどうでしたか?
一番大きいのは「コーラって手作りできるの?」というところでした。飲んでいただくと「普段コーラは飲まないけれど美味しく飲める」「体があったまる」とポジティブな反応がすごく多かったので、素直に嬉しかった。パックで販売するスタイルも、日本でも今年くらいからそういう提供の仕方が増えているらしいので流行に乗ってるみたいに思われるかもしれないですけれど、東南アジアを旅していたときにフィリピンでは屋台でビニール袋にジュースを入れて渡されるのを見て、そこから着想を得ているんです。
── パックでの販売はコーラの実を潰して飲んだり、自分で味の変化を楽しめるのがいいですよね。カウンターでお客さんと話している小林さんの姿は、ほんとうに薬局で処方箋に合わせて調合しているお医者さんのように見えて、その距離感が伊良コーラの魅力だと感じました。対話しながら飲むと、同じコーラでも違って味わえるような気がします。
お客さんごとに調合することももちろん可能で、「ちょっと最近寒けがする」というお客さんには「ではこの漢方を加えましょう」と提供したりすることもやってみたいなと思います。
コーラは平和のための飲み物
── 小林さんはコーラをピースな飲み物と形容していますが、その理由は?
お渡しした後に、私とお客さんの間でも会話が生まれるんですけれど、ふたりで来たお客さんはふたりで飲んで味についてまた会話が生まれる。そしてもともと薬として人の健康を願って生まれた飲み物ですし、平和のための飲み物なんじゃないかと思います。アフリカではコーラの実は神聖なものなんです。宗教の儀式に使われたり、昔はお金の代わりとして嫁ぐ先にまるごとプレゼントしたり、スピリチュアルな意味ではなく特別な力を持ってる。植物としても特別な効能があり、精神的な意味でも特別な存在。そこを尊重して伊良コーラもお渡ししていきたいなと思います。
フードカートでの販売の様子。
── 調合するスパイスは日本でも安定して供給されているのですか?
ベースとなるものは安定して仕入れることができます。ただし、コーラの実とブラジル原産のコカノキ科の植物はなかなか入手しづらいです。コカ・コーラはもともとコカの葉を入れていたのですが、もちろん日本では輸入禁止なので、でもどうしても入れたくてこのコカノキ科の植物を輸入して使っています。調合には3日くらい時間をかけます。スパイスも時間をかけると味が変わるんです。
──今回、高田馬場のお祖父様が「伊良葯工(いよしやっこう)」という漢方工房を営んでいたこの場所に工房を作ることにしたのは?
もともとここにいろんな機材があって、生薬を刻んだり蒸したりする場所でした。原材料をいろんなところから調達してきて、ここで調合して、いろんな薬局に卸していました。祖父が93歳で他界したのですが他界する数年前まで作業していました。ぜひこの場所でやりたいなと。
15種類のスパイス、そして小林さんの祖父が使っていた漢方を入れる木の棚を再利用して使用している。
── 現在クラウドファンディングを実施中ですが、どのコースがおすすめでしょうか。
1万円以上のコースにはスペシャル調合したシロップの瓶がつきますのでおすすめです。これまでもお土産にほしいとかプレゼントにしたい、地方の方からも飲みたいという声をもらっていたので、ぜひ利用してもらいたいです。現在販売しているものよりも多くの漢方の生薬を加えていますので、ここでしか飲めない味です。シロップの状態なので、お好きなウイスキーと混ぜたりといった楽しみ方もできますよ。
── そして、12月14日にオープするアップリンク吉祥寺での提供も始まりますが、これまでフードカート以外の場所での提供は?
アップリンクさんが最初です。もとから知っていて、こだわりが随所に見られる映画館なのでそういうところから声をかけていただけたことが嬉しいです。こだわりの映画をこだわりの音響やこだわりの椅子で、こだわりのコーラとともに楽しんでもらえるんじゃないかと思います。
── 最後に、小林さんご自身の映画体験は?
年齢によってわくわくするポイントが違って、小さい頃は高田馬場にあった映画館によく行っていて、小学校では友達と初めて歌舞伎町の映画館に行ったり、大学が北海道だったので札幌のシアターキノや蠍座に通って、映画研究会にも入っていました。映画館で映画を観ることは「あそこで観た」という記憶と結びつくものだと思うんです。当時の匂いや気持ちも一緒に蘇ってくる大事な瞬間だと思うので、私のひとつの大きなコアになっています。伊良コーラで記憶に残る映画館体験に加われることがとても嬉しいです。
(取材・文:駒井憲嗣)
コーラ小林 プロフィール
1989年東京生まれ。北海道大学農学部卒業後、広告会社に就職しながら好きなコーラ作りの探求を進め、2018年8月にクラフトコーラ専門メーカー・伊良コーラ(いよしコーラ)を立ち上げ。12月14日には東京都高田馬場で、漢方職人だった小林さんの祖父の工房であった場所を改装してクラフトコーラ・ファクトリーをオープン。
アップリンク吉祥寺
所在地:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-5-1
吉祥寺パルコ地下2階
共同事業者:株式会社パルコ、有限会社アップリンク
運営:有限会社アップリンク
スクリーン数:5スクリーン
座席数:計300席(最大スクリーン98席、最小スクリーン29席)
オープン日:2018年12月14日(金)
設計:アビエルタ建築・都市 北嶋祥浩