映画『おかえり、ブルゴーニュへ』 © 2016 - CE QUI ME MEUT - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA
『猫が行方不明』『スパニッシュ・アパートメント』などで知られるセドリック・クラピッシュ監督が、フランス・ブルゴーニュ地方のワイナリーを営む家族を描く映画『おかえり、ブルゴーニュへ』が11月17日(土)より公開。webDICEではクラピッシュ監督のインタビューを掲載する。
プラビッシュ監督が今回写しだすのは、ドメーヌという、自ら葡萄畑を所有し、栽培・醸造・瓶詰を一貫して行うワイン生産者の家族のドラマだ。10年ぶりに故郷に戻った長男ジャン、稼業を受け継ぐ妹のジュリエット、自身の事業の跡継ぎをさせようとする義父との確執に悩む弟のジェレミーという3兄妹が、急死した父親の代わりに残された葡萄畑を存続させるべくに葛藤する。今回のインタビューのなかで、プラビッシュ監督は映画製作をワイン作りになぞらえ「強烈さを求めながら、辛抱強くなることが大切」と説明している。家を出てオーストラリアに自らの畑を持つ長男ジャンもまた、10年から20年の熟成を必要するブルゴーニュのワイン作りと同様、人間関係も時が培うものが必要だと離婚の危機にある妻に吐露する。とはいえ、この作品は「家族の絆は大切」というありきたりのメッセージを投げかけるわけではない。プラビッシュ監督は、親離れできない弟夫婦の自立をめぐるいざこざや、最終的に自分の夢を実現させるために再び家を離れる長男の姿から、「人間の拠り所は必ずしもひとつである必要はない」ことを伝える。
「年齢を重ねると、あとになって、自分が良い映画を作ったのか、そうでないのかがわかります。前もって知ることはできないのです。ワインを例にとると、去年通りにやれば、上手に熟成するとは限らない。微妙な事柄や悪天候を考慮に入れながら、喜んで今を受け入れることが必要なのです。どうなるのか、どこに隠れているのかわからなくても、集中して探し続けることです。強烈を求めて急いで物事をしようとするかもしれない。でも辛抱強さが必要です。強烈さを求めながら、辛抱強くなることです」(セドリック・クラピッシュ監督)
変化が必要だと、自然に目を向けた
──あなたの映画には家族が頻繁に登場します。一方、この映画であなたは初めて自然を撮影しました。
ブドウ園の真ん中で撮影するなんて、本当に不思議な気持ちです。私は、都会が舞台ではない映画を作ったことがないということに、そこに行くまで気づきませんでした。『おかえり、ブルゴーニュへ』以前は、街路や建物の中にいる人々だけを撮影してきました。それが、パリでも、ロンドンでも、サンクトペテルブルクでも、バルセロナでも、ニューヨークでも、私は同じ映画を作ってきたのです。そのたびに、私はその街とそこに住む人々の心理状態の関係を掘り下げてきました。でも、11本の映画を撮ったあと、私は変化が必要だと感じました。何かほかのものを見たい。そして自然に目を向けたのです。
映画『おかえり、ブルゴーニュへ』セドリック・クラピッシュ監督
そして、私は田舎や海に行かずにパリで1年間過ごすことができなくなりました。いままで一度も撮影したことのないものを撮影しなければと感じていたのです。この自然を求める気持ちはどんどん強くなっています。年齢に関係しているのかどうかはわかりませんが、確かに、私が最近感じている社会的変化に関係していると思います。
都市生活者と農業と食物の関係は変化しています。一時的な流行だけではありません。都会に住む人々にとってそれはとても重要なものになってきました。都会と田舎の境目がなくなってきたのです。ドキュメンタリー『Tomorrow』(15)はこの問題を雄弁に語っています。
映画の中で私たちは、仮想世界に住んでいます。その世界が、物事の関係を正常な状態に戻したいと私たちに思わせてくれる。間違いなく、仮想現実と現実の間にある距離感によって、私たちはフラストレーションを募らせるのです。一方、料理法とワインという領域を描くのは初めてなので、私は、もっと直接的に、基本に戻ろうと考えました。
映画『おかえり、ブルゴーニュへ』 © 2016 - CE QUI ME MEUT - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA
──キャラクターの関係は?どうして兄弟妹に焦点を当てることになったのですか?
2010年の初めに、ロマン・デュリスと話し合ったアイデアについて考えていました。70歳の父親と40歳の息子の物語です。でもこのテーマに取り掛かろうとした時、それをもっと子供時代に近づけたいと思うようになったのです。大人になっていく過程を語りたいと。そこで自動的にキャラクターたちの年齢を下げました。そして、兄弟2人と妹1人というアイデアに行き着いたのです。私自身の家族構成を反対にしたのかも。私には姉妹が2人いて、私が唯一の息子だったからです。この兄弟妹を演じる、私がフィルムに収めたいと思う俳優を探しました。ピオ・マルマイに会って、この役にピッタリだと思いました。それに彼は理想的な年齢でした。フランソワ・シビルとは、TVシリーズ「Call My Agent!」(15~)で仕事をしたばかりでした。ピオとフランソワは真実味のある兄弟になると確信しました。
映画『おかえり、ブルゴーニュへ』次男ジェレミー役のフランソワ・シビル(左)、長男ジャン役のピオ・マルマイ(中央) © 2016 - CE QUI ME MEUT - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA
そこから、彼らと組む女優を探しました。正直言うと、すでに私の心にはアナ・ジラルドがいましたが、正しい選択をするために、たくさんのほかの女優とも面接しました。男くさい2人の兄弟の間で生き残る能力がある女性が必要でした!そういう意味で、アナは最高でした。そして私は望み通りの3人の俳優を見つけたのです。3人が兄弟妹のようになっていくのを見るのは最高でした。素晴らしかった。ある時は、彼らが映画の主導権を握りました。最初は、ピオ・マルマイ演じるジャンの物語が強かったけれど、四季が進むにつれて、サンティアゴと脚本を書き直し、この兄弟妹の物語になりました。彼らはその素晴らしい関係によってこの映画を虜にしました。サンティアゴと私は目の前で繰り広げられる出来事の語り手になりました。物語を構築しながら、私たちは時間を織り込んでいったのです。
映画『おかえり、ブルゴーニュへ』妹ジュリエットを演じるアナ・ジラルド © 2016 - CE QUI ME MEUT - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA
良い映画は経験や熟練を超えてできる
──あなたは、特に父親の重要性を示し、“可能性”=“不確実性”を連想させています。この作品でも父親をフラッシュバックに登場させています。『家族の気分』(96)の父親のキャラクターに似ていますね。
確かに家族についての物語なので、『家族の気分』に共鳴するところはあります。私たちが『おかえり、ブルゴーニュへ』を書き始めた時、サンティアゴが「キャラクターの子供時代を見せることが重要だ」と言っていたのを思い出しますが、私はすぐに同意しました。
そして突然、エリック・カラヴァカ演じる父親のキャラクターが生まれました。この映画のエリックは素晴らしい。エリックを使おうと思ったのは、サンティアゴの映画『Les Enfants Rouges』(14)のナレーションを務めていた彼の声にしびれたからです。『おかえり、ブルゴーニュへ』では、父親の声にその存在感をもたせるためには、エリック・カラヴァカの声でなくてはならなかった。でもあなたの言う通り、この映画では、父と息子の関係について率直に語ることが重要でした。加えて、私は年齢を重ねれば重ねるほど、人は父親との関係に失敗したという気持ちを抱くのではないかと思うようになりました。母親は、概してもっと、あるいは有り余るほどの存在感があります。父親から受ける不在という感覚、あるいは隔たりという感覚を、自分が父親になった時に思い出すのです。
映画『おかえり、ブルゴーニュへ』 © 2016 - CE QUI ME MEUT - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA
──年齢を重ねると映画製作は良くなると思いますか?それは自分に当てはまりますか?
ご存知のように、全部ではない。これもまた、ワインと同じです(笑)。熟成して良いものもあれば、良くないものもある。
とにかく、年齢を重ねて良くなっている監督は実際にいます。『わたしは、ダニエル・ブレイク』(16)のケン・ローチ監督がそうだと思います。ジョン・ヒューストン、黒沢明、ヒッチコックといった監督たちも時間とともに良くなっていった。でもうまく年を取らなかった監督もいるのです。
私に関しては、今の私より10年後のほうが良くなっているかどうかはわからない。自分の映画の中で、いちばんうまくいったのは『青春シンドローム』(94)だと思います。私の初期の作品です。とはいえ、不思議な話ですが、私はそこから“進歩”してきたと思っています。当時よりも今の方がより良い監督になったと思っています。でもそれは、私がより良い映画を作っているということではありません。私にとってそれは、映画製作の偉大なる謎なのです。
映画『おかえり、ブルゴーニュへ』 © 2016 - CE QUI ME MEUT - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA
人は熟練とノウハウを得るために必死で仕事をします。でもそれが良い映画を作る保証にはならないのです。私は成功する映画は、自分の知らないところで起こると考えています。それは経験や熟練を超えている。これに気づくことで私は自発性を培いました。私は、願望や直感を優先させて映画を作らねばならないと思います。毎回、その直感が私を作品に押し込み、1~2年を私から奪っていきます。毎回、私は歩み始めるけれど、自分がどこに向かっているのかわからない。その浮かんでいる感覚が大切なのです。自信があるから、必ずしも正しい道を行っていることにはならない。
かなりあとになって、自分が良い映画を作ったのか、そうでないのかがわかります。前もって知ることはできないのです。ワインを例にとると、去年通りにやれば、上手に熟成するとは限らない。微妙な事柄や悪天候を考慮に入れながら、喜んで今を受け入れることが必要なのです。どうなるのか、どこに隠れているのかわからなくても、集中して探し続けることです。強烈を求めて急いで物事をしようとするかもしれない。でも辛抱強さが必要です。強烈さを求めながら、辛抱強くなることです。
(オフィシャル・インタビューより)
セドリック・クラピッシュ(Cedric Klapisch) プロフィール
1961年9月4日、フランス・ヌイイ=シュル=セーヌ出身。ニューヨーク大学で映画制作を学ぶ。1985年フランスに戻り、レオス・カラックスの作品のスタッフなどを務める。1992年、初めての長編映画『百貨店大百科』でセザール賞にノミネートされ、注目を集める。その後、『猫が行方不明』(96)ではベルリン国際映画祭の映画批評家協会賞を受賞。本作は、『スパニッシュ・アパートメント』(01)、『ロシアン・ドールズ』(05)、『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』(13)からなる〝青春三部作″が完結して以来4年ぶりの長編最新作となる。
映画『おかえり、ブルゴーニュへ』
11月17日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
フランス・ブルゴーニュ地方にあるドメーヌ[自ら葡萄畑を所有し(畑の賃借も含む)、栽培・醸造・瓶詰を一貫して行うワイン生産者]の長男ジャンは、10年前、世界を旅するために故郷を飛び出し、家族のもとを去った。その間、家族とは音信不通だったが、父親が末期の状態であることを知り、10年ぶりに故郷ブルゴーニュへと戻ってくる。稼業を受け継ぐ妹のジュリエットと、別のドメーヌの婿養子となった弟のジェレミーとの久々の再会もつかの間、父親は亡くなってしまう。残された葡萄畑や 自宅の相続をめぐってさまざまな課題が出てくるなか、父親が亡くなってから初めての葡萄の収穫時期を迎える。3人は自分たちなりのワインを作り出そうと協力しあうが、一方で、それぞれが互いには打ち明けられない悩みや問題を抱えていた。
監督:セドリック・クラピッシュ
脚本:セドリック・クラピッシュ、サンティアゴ・アミゴレーナ
出演:ピオ・マルマイ、アナ・ジラルド、フランソワ・シビル
2017/フランス/スコープサイズ/113 分/カラー/英語、フランス語、スペイン語/DCP/5.1ch
日本語字幕:加藤リツ子
原題『Ce qui nous lie』、英題『Back to Burgundy』
配給:キノフィルムズ/木下グループ