▲新木場の田口音響研究所の作業場にて、田口和典さん
webDICEを運営するアップリンクは、2018年12月14日にパルコと共同で映画館「アップリンク吉祥寺パルコ(通称:アップリンク吉祥寺)」を作ります。アップリンクでは、新規会員募集と様々なコースで映画館作りを支援するクラウドファンディングを「PLAN GO」にて10月31日まで実施しています。
webDICEでは、映画館作りに関わる人々を紹介。設計担当のアビエルタ建築・都市の北嶋祥浩さん、照明デザインを担当する中村亮子さんに続く第3回は、スピーカー・システムを担当する田口音響研究所の田口和典さんにインタビューしました。田口さんが提唱する「平面スピーカー」は現在アップリンク渋谷で使用していますが、今回オープンするアップリンク吉祥寺に導入するのはその最新型となります。田口さんにスピーカー作り、そして尽きせぬ音へのこだわりを語ってもらいました。
機械工学からスピーカー作りへ
──田口さんは十代の頃から音楽に興味があったのですか?
生まれ育った湘南はヨットが身近にあって、中学生の頃は鎌倉。海辺にボート屋があって、波がこないところに置いてあるボートを波打ち際に運ぶ作業があって、それをやるとご褒美に「午前中は乗ってきていいぞ」と言われる。東京オリンピックのときは高校生だったんだけど、鎌倉高校はオリンピックの競技を見にいくと授業を受けたことになるから、毎日ヨット競技の会場の江ノ島まで見にいっていました。
大学は日大に進んで、機械工学に進んで飛行機を作りたいという夢がありました。でも飛行機はたくさんの人が必要で大きな会社じゃないと作れない。そんなとき、大学で音楽をやり始めて、ベンチャーズそしてその後ビートルズが流行りだし、ブームに乗って(笑)エレキをやりはじめた。その頃ファイバーグラス、繊維強化プラスチックが発明されて、もともとものづくりは好きだったので、木型さえあれば、ひとりで作れることを知りました。それで大学の途中から、スピーカーも作りはじめた。音楽家になるよりもスピーカーを作るほうが面白かったよ。
──1981年に田口製作所を設立される以前は、どんな活動をされていたのですか?
有限会社にしたのが81年だけど、スピーカー作りは70年代からずっとやってるね。ヨットやボートを作る会社でアルバイトをする傍ら、スピーカーも作っていました。そのうち、野外音響に興味が湧いてきた。日本でフェスが始まってきた頃で、1979年つま恋(静岡県掛川市、フォークの聖地と呼ばれる場所で、多目的広場で吉田拓郎やかぐや姫などの野外コンサートや『ポピュラーソングコンテスト(ポプコン)』が行われた)でうちのスピーカーを始めて使ってもらったんだ。日本の音響メーカーはどこも野外用のスピーカーを作っていなかったから、ヒビノ(音響機器会社)さんと一緒に設計開発して、世良公則とかが出たイベント「ホットジャム'79」で使われた。
ヒビノさんから、外国のスピーカーはそれにファイバーグラス、 FRP(強化プラスチック)が使われていてすごく丈夫にできていると聞いて、作ってみることにしました。それまで日本の野外コンサートでは、映画館用のスピーカーが使われていたんだけど、野外コンサートでは壊れてしまう。それをファイバーグラスでコーティングすると、すごく丈夫になり、音も良くなることがわかった。
そこから、音研(東京音響通信研究所)さんとかいろんな会社と仕事をさせてもらった。当時は舞台屋さんが音響も照明もやっていたんだけど、だんだん分化してききたころで、自分のところのオリジナル・スピーカーを持っていないと、ということで、作ることにした。そうすると、外国の輸入代理店さんからも「ファイバーコーティングしてくれ」「野外用の防水スピーカーにしてくれ」とオーダーがくるようになった。
▲新木場にある田口さんの作業場
──屋外用のスピーカーを設計するうえでいちばん重要なところは?
大入力であること、そして「遠距離到達性能」=どこまで音を飛ばす距離を大きくするか、「指向性」=どういう範囲に音を届けるか、それから、耐荷重や耐久性といった野外のステージでの扱いやすさだね。
その後、ソニーやパイオニア、三菱といった企業や、劇団四季からも注文が来るようになった。アルテック(アメリカの音響機器メーカー)の日本代理店が扱うスピーカーとかから、設置用スピーカーの発注もくるようになった。その頃日本中にコンサートホールや文化会館ができていた頃だったので、竹中工務店のような建築会社からも「ここにぶら下げたい」「ここに隠して設置したい」「ここの隙間に埋めたい」と注文がきて、アンプを入れるケースや、コンサートで使う備品も作らせてもらうようになった。
──コンサートホール以外では、どんな場所のスピーカーを作りましたか?
西本願寺さんや築地本願寺などのスピーカーも作った。寺院用のスピーカーは声が大事。ご法主様の説法がきれいに届かないとだめなんだ。そこでスピーカーの質が問題になってくる。音楽用のスピーカーと同じように高忠実度でなくてはいけないし、性能が悪いと、遠くにいるじいちゃんやばあちゃんはおしゃべりしだしてしまうから(笑)。そして目立たないようにお寺の調度品に合うデザインにしなくてはいけない。
▲制作中のアップリンク吉祥寺に導入される平面スピーカー。ラトビアから輸入した木材を使用しているという。
▲制作中のアップリンク吉祥寺に導入される平面スピーカー。
音響版『下町ロケット』
──様々なお仕事のなかで、海外と日本のコンサートでのスピーカーに対する意識の違いは感じますか?
70年代以降、日本のPA屋さんは海外アーティストの国内ツアーも請け負うようになったけれど、日本のコンサート・ビジネスは遅れていた。海外のアーティストは、数十トンの機材とオリジナル・スピーカーを空輸してくる。例えばローリング・ストーンズはワールドツアーを2チームで回っていて、ひとつ先の公演会場でもうひとつのチームが準備をしている。日本で海外アーティストのコンサートをするときは、欧米で使われている機材を買って日本で提携したほうが外来の音響屋さんがコントロールしやすい。それもあって、日本ではコンサート用のスピーカーを作る会社がほとんどいなくなり、コンサート用のスピーカーはヨーロッパ製やアメリカ製が多くなってしまった。
そんななかで、僕はどう特徴をつけるかを考えてきた。平面スピーカーは、30年前に一時ブームになった。波形がほんとうにきれいに出るので、音がいいのはわかってるんだけど、その頃の平面スピーカーは振動板の重さが難点だった。素材がいいものがなかった。
そこで、ソニーにいた親友の江夏喜久男らと一緒に、世界へ向けてスピーカーを打ち出すために、スピーカーユニット開発製造のリードサウンド(株)という会社を立ち上げ、グループ企業として万全の生産体制とした。『下町ロケット』みたいなものですよ(笑)。
若手アーティストのドームコンサートでも採用
──平面スピーカーにまず反応したのは、ミュージシャンだったとか?
アーティストや劇場の方はすぐわかる。コンサートで気にいって、そのままお持ち帰りになるECM(ヨーロッパのジャズ・レーベル)のベーシストもいらっしゃった。
例えば虫の声とか波の音といった自然音は、実際にそこで鳥が鳴いてるんじゃないのっていうくらいほんとうに違和感なく入ってくる。だから、犬や猫が反応する。ラジオの音は反応しないけれど、平面スピーカーで猛獣の声を流すと、ビビりますよ彼らは(笑)。
▲アップリンク吉祥寺に導入される平面スピーカーと田口さん
──若いミュージシャンからも田口さんのスピーカーを使いたいというラブコールはありますか?
ありますよ。以前はハナレグミの代々木体育館のコンサートを担当しました。そのハナレグミのライブにも出演していたタップダンサーの熊谷和徳さんのコンサートもやりましたよ。タップの公演では、バツッという音がきちんと聞こえるかが肝心なんです。
この前は関ジャニ∞のドームツアーもやりました。メインの大きなスピーカーではなく、客席の中に置いた細長い平面スピーカーで、ジャニーズのコンサートはMCも大事なので、メンバーの発音が分かるように、それが聞き取れないと会場が沸かないんです。
──試聴会で聴いたイーグルスのライブ・アルバムの臨場感には驚きました。
おもしろいよね。もちろん楽器やオーディエンスの声の臨場感はあるけれど、あれは結成14年経ってちょっと落ち目になったときのライブで、古くからのファンが集まって行われたライブなんだ。「ホテル・カリフォルニア」もオリジナルとは違う出だしだから、おなじみのイントロの音が鳴ったとたん、往年のオーディエンスが大喜びする。その感じが伝わってきて、鳥肌が立つ。実はDVDで映像を観ると、そうでもないんだよ(笑)。音源に込められた「気配」はハイレゾでなくても、平面波であれば出るものなんだ。もちろん今回のアップリンク吉祥寺のスピーカーはハイレゾにも対応しています。
──試聴会では、そのバンドのストーリーも伝わってきました。
いま狙っているのは、コンサート会場でスピーカーの気配をなくすこと。音圧はあるんだけれど、ミュージシャンがちゃんと歌っている、演奏している音だけが聴こえればいい。観客は爆音を聴きにきているわけではないから、スピーカーを山のように積み上げるスタジアム・クラスの音響も面白いと思うけれどね。
音だけで鳥肌が立つ映画館体験を
──映画館用のスピーカーの開発は、アップリンク渋谷そしてアップリンク吉祥寺以外に行っていますか?
大学の映写室とか、いろいろな映画祭でも導入したことがあります。
僕たちの平面スピーカーは、ソニーの録音技師の黎明期を飾った藤田たけしさんや、かつてヒビノに在籍していた音響コーディネーターの第一人者宮本宰さんといった錚々たる方が賛同していただいて磨き上げています。
今回のアップリンク吉祥寺のスピーカーは世界一のものになります。浅井さんが映画館で鳴らしたい音についてちゃんと意識を持っているから。浅井さんとのご縁で、やる気になっちゃった(笑)。この新たに開発した20cmのユニットがアップリンク吉祥寺でデビューします。アップリンク吉祥寺のお仕事をいただかなければ完成しなかった。
このユニットで平面波を生み出します。平面を押すには強いパワーが必要なので、38cmの大きいスピーカーに使うボイスコイルを使用しています。なのですごく立ち上がりが早く、音が早く。
▲田口さんが持っている左が新型のユニット、右がひとつ前の世代のユニット
ドルビーやTHXといった普及率の高さではなく、本来の音の良さで、世界標準となる映画館用のスピーカーを今こそ日本発で提示したい。世界を驚かせてやらないと。世界中の映画館についている業務用スピーカーが変わると思います。
衣擦れの音だけでも、ぞっとするような、鳥肌が立つくらいの音を作る。目の見えない方が映画館で音だけで感動できるようなシステムにしたい。映画は総合芸術ですから、映画館の椅子に座ったとたん、場が感じられる、気配が感じられることが大事だと思います。
──アップリンク吉祥寺のシステムで、音の面から「映画を観る」楽しさを発見してほしいなと思います。
家でヘッドフォンでも聴けるけど、気配まで感じるにはその場を感じないと。ライブや映画鑑賞という体験は、きっと残るから。
(取材・文:駒井憲嗣)
田口和典(たぐちかずのり) プロフィール
1947年、神奈川県鎌倉市生まれ。1981年に田口製作所を設立し、コンサート用・建築設備用スピーカーシステムの開発製造を始める。2006年からはON-COO(音響空間研究会)を主宰し、64ch-64スピーカーによるシンフォキャンバス音の森など気配や佇まいを大切にしたコンサートや特殊用途のスピーカーを開発し実用化。2010年、東京都江東区新木場に製作拠点を移し、製造・開発活動を行う。これまでに築地本願寺、京都西本願寺、東京初台オペラシティコンサートホール、国会議事堂衆議院本会議場、沖縄国立劇場、羽田空港ANAラウンジ、ブルーノート東京など多数の会場・施設・ショップに設置。2016年8月には表参道のクラブ「VENT」に導入。最近ではブルーノート・ジャパンが9月に大手町にオープンさせたレストラン「Lady Blue」にスピーカーを導入。
http://taguchi-onken.com/
【PLAN GO】新しく作る映画館『アップリンク吉祥寺』を応援する
http://plango.uplink.co.jp/project/s/project_id/74