▲左が中村亮子さん、中央がLOOP Lightingのパートナー、アリーナ・アインザさん、右が同じくパートナーのジョン・ニューマンさん
webDICEを運営するアップリンクは、2018年12月にパルコと共同で映画館「アップリンク吉祥寺パルコ(通称:アップリンク吉祥寺)」を作ります。アップリンクでは、新規会員募集と様々なコースで映画館作りを支援するクラウドファンディングを「PLAN GO」にて10月31日まで実施しています。
webDICEでは、映画館作りに関わる人々を紹介。前回の設計担当のアビエルタ建築・都市の北嶋祥浩さんに続き、今回は照明デザインを担当する中村亮子さんにインタビューしました。今回のインタビューでは、ニューヨークに事務所があるLOOP Lighting(ループ・ライティング)設立までの経緯、ナオミ・ワッツ邸など手がけられたプロジェクトにまつわるエピソードをお話しいただきました。
照明もキュレーションの一部である
──最初に、中村さんが照明デザイナーを目指すことになるきっかけから教えてください。
武蔵野美術大学でアートのキュレーションを専門で勉強していて、インテリア・デザイナーや美術館の仕事を目指していましたが、3年生のときにドイツのエルコという会社のショールームを見つけたんです。美術館やギャラリー専門の照明を手がけていて、設計部門もある会社で、インスタレーションのようなディスプレイにインスパイアされて、インターンを募集しているか聞いてみました。そのときはその年の募集は締め切っていたんですが、「来年また興味があったら連絡してください」と言われて、翌年戻って東京支社に応募しました。エルコ側も美術のバックグラウンドがあるのでキュレーターとの架け橋になるかも、と採用になりました。インターンだったので現場のお手伝いがメインだったのですが、そのときちょうど美術館ブームということもあり、日本で新しい美術館がオープンしていてエルコがたくさん照明を手がけていました。
そこが始まりでしたが、そのときは不景気で就職難で、武蔵美のまわりの友達もみんな仕事を探すのが大変で、食べていくにはどうするかと切羽詰まっていました。キュレーションよりも手に職がないとだめだなと。3年のゼミのときにインテリア・デザインのゼミに入って自分なりに模索しました。武蔵美はクレイジーな人が多いんですけれど(笑)、私もそれなりにもがいていました。エルコの経験を通じて照明の仕事がすごく楽しくなってきて、インターン終了後もそのまま正社員になって美術館の成形部門に入るようオファーをもらいました。
エルコでは2年ほど働いたのですが、美術館ブームが終わり、照明の器具を売る会社なので、そこが自分のやりたいことと葛藤がありました。そんなときに、照明デザインのアカデミックな部分はどこから生まれているんだろうと探しているうちに、ニューヨークには自分が好きな建築照明があることを知り、勉強してみたいと、20代の中盤にニューヨークに行くことを決めました。それで結局今年で11年目になります(笑)。
──アートは好きだけれど、食べていかなければいけないという現実のなかでいちばんぴったりきた仕事なんですね。
エルコで葉山の神奈川県立近代美術館といった有名な美術館の仕事をやり始めたときに、アート作品に照明で当てることでこんなに見方が変わるんだ、照明もキュレーションの一部であるということがすごく面白かったんです。
──美術館の照明と、住居や商業の照明との違いは?
作品によって当て方や見せ方が変わってきます。葉山でジャコメッティを担当したときも、ミニマルな建物のなかでジャコメッティの作品をどう当てるか、空間の見え方が変わるのがすごく興味深かったです。
美術館の仕事は、アートと一体化して、キュレーターがどう見せたいかという話を聞いて、アート空間を作ります。一方、商業施設やオフィスは、コンセプトから違います。全体のなかのバランスや効率的な仕事場としての照明が大切です。現在LOOPが携わっているプロジェクトで「Convene」という新しい感覚のオープンオフィス・スペースがあって、典型的なボックスで区切られたオフィスではなく、ホテルみたいな感覚でマルチパーパスにスタッフが行き来できて、コラボレーションルームが部屋の真ん中にある、というのがすごく流行っているのです。オフィス空間のコンセプトもすごく変わってきているなと思います。
▲LOOP lightingが手がけた「Convene 101Greenwich」
── 照明デザインのシーンでニューヨークはやはり注目すべき場所だったんですか?
SOMやSHoP Architectsなど自分が尊敬している建築家や照明デザインの方もいたし、アカデミックな建築照明がどうやって始まったのか、歴史的な部分も興味があって、Kugler Ning lighting design(クーグラー・ニン)という建築照明設計事務所に入りました。創始者のジェリー・クーグラーは歴史的な建築をたくさん手がけていて、カーネギー・ホールやハーバード大学のクラブの建築など、ランドマークの建築を数多く関わっています。昔からある歴史的な建築に対しての照明を、最新の技術を使いながらどうやって違う手法で見せていくか、ということなど、学ぶことは多かったです。そこで7年働きました。
ひとつの空間として見せる手段として照明を使う
── 建築インテリア・デザイン全体のなかで、照明デザイナーというお仕事の手がける領域というのはどこにあたるのでしょうか?
空間自体のデザイン、照明器具のデザインなど、プロジェクトにもよります。最初にデザインが固まっていないところで、プロジェクトに関われるとベストです。そこで、建築家さん、インテリア・デザイナーさん、デザインチームの方と空間の構想から始まります。その時点で「こういう仕上げなら、照明が助かります」など話していきます。器具は空間をデザインするなかでのツールです。コンセプトが決まってからそれを実現するためにスペックを出していくなかで、大きな商業施設のロビーや、住宅のカスタムのシャンデリアがいるということがあると、特注の器具の場合は、既存にはないのでプロジェクト用に器具を一からデザインすることはあります。
── 最初からプロジェクトに加わる場合は、中村さんのほうから建築の面でこうしてほしいというオーダーも出すのですか?
はい、「ここを閉じてください」「天井を落としてください」「仕上げは全て白にしたほうが間接照明が反映するので、こういう風にしてください」と言うことはあります。建築家の方が強いビジョンがあり、コンセプトが固まっていると、それを現実にするかたちでサポートしたい。照明がメインとなるというよりは、照明で、ひとつの空間として見せる手段としてお手伝いできればと考えています。
── Kugler Ning Lighting Design(クーグラー・ニン)で中村さんが担当したのはどんなプロジェクトですか?
イエール大学の記念図書館を全て既存の照明を新しいテクノロジーのLEDで全て改修するという大きなプロジェクトに関わりました。既存の建築のコンディションを把握して、モックアップでサンプルを何度も作って進めました。ありがたいことに、 IES(北米照明学会)Illumination AwardsにてNYC AIA Interior Merit Awardというデザイナー・アワードをいただきましたが、ほぼ3年かかりました。
天井の高さとコンディション、照明器具が取り付けられるところが限られていたので、元の建築家は亡くなられているので、その方たちが思っていたコンセプトをキープしながらどうやって空間を新しい照明で当てるかが変でしたね。ジェリー・クーグラーがそのコンセプトを深く理解していたので、彼から学ぶことは多かったです。
▲イエール大学の記念図書館
一方でミッドタウンにあるルーフトップのお店「Skylark」(スカイラーク)はホスピタリティが重要で、ライティングのレイヤーの入れ方が大変でした。ルーフトップのビューを売りにするお店だったので、全面がガラス張りだったので、どう照明を反映させるか、インテリア空間をきれいに見せながらも、お客さんがレストラン・バーに来たときに空間から見えるマンハッタンの夜景をどうきれいに見せるか、というのがチャレンジでした。
▲「Skylark」(スカイラーク)
▲「Skylark」(スカイラーク)
── その後、ループ・ライティングを立ち上げたのが2015年ですね。
7年間働いて、シニア・マネージャーまでになると仕事を廻すだけで手一杯で、忙しすぎてデザインに集中できず、楽しみを見いだせなくなってしまって。そのときに結婚して、人生について考える時期でもあったんです。原点に戻るという意味で会社を辞めて、そのときにたまたま、前に一緒にお仕事をした方や友達から「こういう仕事があるからどう」とお話があって、ひとりで照明デザイナーの仕事をやりはじめたんです。
プロジェクトのオファーが来始めたのですが、デザインはチームとしてやっていくほうがいろいろな意見が出て楽しい。そんなときに、ふたりの照明デザイナーから同じタイミングで「一緒にやる?」という話が来て、ふたりは私より、7、8歳年上で経験があってたまたま独立したばかりだったんですが、そのふたりを引き合わせて、3人で飲みに行って(笑)、どんなビジネスのアイディアがあるか話しました。それがLOOP Lighting(ループ・ライティング)の始まりです。
従来の照明デザイナーは「中村亮子ライティング・デザイン事務所」と自分の名前を入れることが多いですが、私たちのビジョンは個人というよりも、ループという名前の通り、コラボレーションの大切さを親身に感じていて、次世代に残していけるフレキシブルなコラボレーション型のライティング事務所にしたかった。規模もあまり大きくしたくはなくて、ブティック・デザイン事務所のようにスタッフも10名以内に留めておきたかった。
空間の照明デザインもそうですけれど、照明器具のプロダクト・デザインももっとやりたかったので、2015年に、間借りのちいさなオフィスでスタートしました。
ハリウッドの弁護士が契約に入ってきて
「え?」と思ったらナオミ・ワッツのお家だった
── ジョンさんとアリーナさんと中村さんの得意なデザインは異なるのですか?
3人とも違うのですが、アリーナと私は似ているところがあります。女性だからというのではなくて、アリーナと私はTillet Lighting Designという屋外のランドスケープの照明デザイン会社で働いていた経験があるから。Tillet Lighting Designはセンシティブで、アーティスティック、コンセプト重視のところだったんです。
ジョンとはクーグラー・ニンでチームで働いていたんです。イエール大学も一緒に手がけました。彼は真のセールスマンです(笑)。デザインはダイナミックで、SVA(The School of Visual Arts) とFIT(Fashion Institute of Technology)という学校でも教えていて、アカデミックな照明を理解している人です。コンセプトの考え方もアリーナとは違います。
3人それぞれユニークなバックグラウンドがあって違うので、お互いに刺激しあえるところがあります。
── オファーがあった仕事については、独自に担当するのですか?
基本は3人それぞれで担当しますが、あまりルールがなくて、大きいプロジェクトだと3人がかりでやるときもありますし、アイディアが必要なときはパートナーに聞くこともあります。
▲2017年にLOOPで手がけた「Aesop Upper West Side」
── 設立してすぐに仕事は来ましたか?
立ち上げたときは、食べていかないと、というのもあって、小さな仕事でもなんでもやりましたね(笑)。今では自分たちでやりたいプロジェクトを選定できるようになりましたけれど、それもつい最近のこと。
ジョンも「ジョン・ニューマン個人だと雇ってくれない仕事も、ループ・ライティングというチームとして会社があると、入ってくるプロジェクトの規模が違う」と言っていたんですが、3人でやる利点が高かったです。
── ナオミ・ワッツ邸の照明デザインはどのような経緯で手がけることになったのですか?
まだ個人でやっていたときにオファーが来て、すごくラッキーでした。以前お仕事していた施工の人のつながりで「この物件で照明デザイナーを探しているよ」と勧めていただいて。その時点ではクライアントが誰かは知らなかったのですが、契約を進めていくうちに、ハリウッドの弁護士が入ってきて「え?」と思って(笑)。聞いてみたらナオミ・ワッツのお家でした。
インテリア・デザイナーの方がいて、クライアントのビジョンを伝えるというかたちで進めていきました。お子さんがふたりいらっしゃるので、遊び部屋などお子さんの暮らす環境を重視した面もありながら、シンプルにまとめています。見せるところはデコラティブなペンダントで見せる、などナオミ・ワッツが「こういう風にしたい」とビジョンがはっきりあったので、スケジュールがとても早かったですが、スムーズにいきました。住宅の物件は個人のクライアントなので、けっこう意見が変わるのに合わせてデザインも変えざるをえないことが多いのですが、そういうことはなかったです。
▲ナオミ・ワッツ邸
▲ナオミ・ワッツ邸
ペンダント・ライトは特注ではなくて、アパラタスというニューヨークの人気の照明ブランドで、私達の事務所の近くにオフィスがあって、彼らに依頼しました。
マンハッタンは有名人との出会いがあります。クーグラー・ニンのときも、ボスから「現場に行くから来るか」と言われて、行ったらジェイ・Zとビヨンセのアパートだったこともあります。ジェイ・Zはいたけれどビヨンセは不在で「やっぱり忙しいんだ」と思ったり(笑)。
── ご自身のデザインのセールス・ポイントはどこにあると考えていますか?
私たちの会社のコンセプトは、パーソナルなサービスをそれぞれのクライアントに提供すること。クライアントが思い描いている空間のデザインを照明で現実にするサポートを、パーソナルなタッチでできれば、と思います。大きな会社になると、システマチックにデザインするとその後はほとんど関わらないということが多いのですが、3人ともデザインに関わっていきたいということがある。
ですので、事務所自体を大きくしたくない、と思っているんですが、会社としても岐路にあって、大きくしていくのか、規模を小さくして違うプロダクト・デザインにフォーカスしていくか、葛藤しています。プロダクト・デザインは2015年の時点出やりたかったことですが、会社としての実績がなかったのでできなかった。いくつもプロジェクトを進めていくなかで「こういう照明がなかった」という場があり、アイディアがいろいろでてきました。ニューヨークで認識されるようになって、器具のデザインのお話もいただくようになって、いま進めています。
ニューヨークでもこんな映画館聞いたことない
── アップリンク吉祥寺の準備もいま大詰めですが、映画館を担当されたことはありますか?
劇場ビーコン・シアターのプロジェクトに携わったことがありますが、映画館は初めてです。従来であれば何回も現場に足を運びますが、それができないのが残念です。現場に行かないと分からないことがあって、自分の体で感じるところもすごく多いですから。でも、アップリンクの浅井さんのコンセプトがユニークで、通常の商業施設のような同じスクリーンルームではなくて、回遊型で、ひとつひとつのスペースに強い思いが込められているのが、楽しくて、やりがいがあります。ニューヨークでもこんな映画館聞いたことないです。
▲中村さんによるアップリンク吉祥寺の照明コンセプト資料
── 今後の中村さんの予定、構想についても教えてください。
年内からLoop Japanを京都にオープンしますので、いちど帰国して、ニューヨークのオフィスはジョンとアリーナに任せます。私は日本とアメリカを行き来します。もう少し公共のプロジェクトに携わっていきたい。ランドスケープ、公園、ストリートライティングなど、コミュニティに貢献できるような場所をもっと手がけて行きたい。ニューヨークは商業施設やオフィスといった商業施設がぶっちゃけ稼げるんです(笑)。シンプルで早く終る。でも照明デザイナーを続けるなかで、自分の職業でなにが地域の人に貢献できるかを考えています。子どもが10ヵ月なんですが、出産した後は子どものことしか考えられなくて、コーポレートアメリカの利益を助けるような仕事ばかりはやりたくない、と今までと人生観変わりました。自分の原点であるアートにもっと関わりを持っていきたいです。
── 最期に、これからデザイナーを目指す方にアドバイスがあるとしたら、どんなことでしょうか?
私は末っ子に生まれて、思いたったらすぐ行動してしまうタイプなのですが、だからこそ叶ったことがありました。自分がやりたいと思ったこと、自分が好きなことを職業にすることが、いちばん継続するし、メンタル的にもずっとハッピーでいられる。プロジェクトが完成して、「こんな素敵な空間を作ってくれてありがとう」と言われると、やりがいを感じます。
日本でのビジネスもうまくいくか分からないですが、だめだったらまたニューヨークに戻ってくるし、みたいな気持ちで、とりあえずチャレンジして、だめだったらもとに戻るというスタンスでいます。
若い人には、周りからなんと言われても、自分の好きなことをどんどんやってもらいたい。アートやデザインで社会に何が貢献できるかは永遠のテーマですが、できることはたくさんあると思います。どんな職種でも、還元できることがある。その繋がりがいちばんだと思います。
(取材・文:駒井憲嗣)
中村亮子(なかむらりょうこ) プロフィール
建築照明デザイナー、LOOP Lighting NYC パートナー
1998年(公財)AFS(American Field Service)日本協会の交換留学にて渡仏。リセ ジャンヌダルク卒業。
2003年武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科卒業。同年、独企業“ERCO”東京オフィスに照明デザイナーとして入社。主に美術館/ギャラリー照明設計に携わる。2006年“ERCO”東京オフィス退社。
翌年春先 単身ニューヨークへ渡米。2007年 NY拠点である“Kugler Ning Lighting Design”に照明デザイナーとして入社。イエール大学スターリング記念図書館など歴史的建築照明に携わる。2013年に同社退社、独立。
2015年、LOOP Lightingをパートナー二人とNYに設立。
現在は Aesop、Convene Officeなど多様な商業施設、また歴史的建築照明プロジェクトに関わる。2019年には京都支社を新たに立ち上げ予定。
www.looplighting.nyc
【PLAN GO】新しく作る映画館『アップリンク吉祥寺』を応援する
http://plango.uplink.co.jp/project/s/project_id/74