骰子の眼

cinema

2018-10-07 19:40


『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』ワイズマン監督が語るドキュメンタリー映画のつくりかた

「私のアプローチはジャーナリスティックではなく、小説を書くのに似ている」
『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』ワイズマン監督が語るドキュメンタリー映画のつくりかた
フレデリック・ワイズマン監督

ドキュメンタリー映画監督フレデリック・ワイズマンの『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』が10月20日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開される。以下にワイズマン監督のインタビューを掲載する。

米国ボストン生まれのワイズマン監督は、インタビューやナレーション、テロップを入れない独自のスタイルで、学校や病院、警察、軍隊、裁判所、福祉施設、議会など、様々な施設や組織を対象にドキュメンタリーを作り続けてきた。88歳になる今も、およそ1年半に1作品を発表する多作ぶりは健在だ。本作に続き、来年には『エクス・リブリス‐ニューヨーク公共図書館(仮題)』(2017年)の日本公開も決まっており、さらに米国中西部インディアナ州のモンロヴィアという小さな町における人々の日常を撮った最新作『Monrovia, Indiana(原題)』は、今年(2018年)のヴェネツィア国際映画祭やトロント国際映画祭などで既に上映されている。

本作は、多民族国家アメリカの中でも、最も人種的多様性に富むニューヨーク市クイーンズ区にある1地域を撮った"町ドキュメンタリー"の傑作だ。URBAN DICTIONARYによると、ジャクソンハイツは"the illezt[=ラップでillest/best/coolestの意] town in NYC...Where your proud to show your true colors"、つまり「本当の自分を誇りにできるニューヨーク市で最高の町」とある。マンハッタンから車でおよそ30分のジャクソンハイツ(約4平方キロメートルのエリア)の住民の半数は海外で生まれ、そのうち約50%がラテンアメリカ(多くがメキシコ、コロンビア)、次いでインド、パキスタン、バングラディシュなどの南アジア出身者が続く。

カメラはジャクソンハイツのあらゆる場所、あらゆる人に向けられる。モスクでの礼拝、合衆国の市民権を得るための面接の練習風景、中東出身の子供たちが通うアラビア語学校、再開発で立ち退きの危機に面しているヒスパニック系商店主らの会合、LGBTパレード、白人主婦たちの井戸端会議、ボランティアによる食事配給…。特にタクシー運転手養成講座でベンガル語、ウルドゥ語、ネパール語、チベット語などを母国語とする生徒たちに、自身も他国出身と思われる先生が、わかりやすいよう英語のダジャレを交えてNYの交通事情を教えるシーンには、この町のさらなる縮図が垣間見える。

終盤、ラテンアメリカン・コミュニティの集会で主催者が、「我々は奪いに来たんじゃない。この国を進歩させるために、命と汗を与えに来たんだ。我々の仕事と我々の祖国を誇りに思おう」と話す。日本政府は、2019年4月から2025年までに、一定の業種で50万人の外国人労働者を受け入れることをこの6月に決定した。だが、在留期間を5年に限り家族の帯同は認めず、「移民政策ではない」と明言している。長期間、ある土地に暮らせばコミュニティの一員になり永住を求める人が現れるのは、西ヨーロッパ諸国の前例どおり当然であるにもかかわらず、語学教育などの社会を統合する政策を取らないまま、このように「労働力」だけを拡大しようとする方針に批判が集まっている。この映画が伝えるのは、祖国を離れた人々が他国で働き暮らすためには、単なる「労働力」としての存在ではなく、いかに「人」として自らのアイデンティティーに誇りを持って生きられる環境が必要かということだ。


「私の映画は、(1)その場所の私の記憶 (2)ラッシュフィルムで見えてくる記憶の記録 (3)私の一般的な経験 (4)個々のシーンで何が起こっているのかを理解しようとする編集プロセス、という4つの<対話>から形を見つけ、映画の制作経験から学んだことを表現している」──フレデリック・ワイズマン


「ジャクソンハイツは真のアメリカというべき"人種のるつぼ"」

──この映画は半世紀を超えるあなたのキャリアの中で、40作目のドキュメンタリー映画です。それはどんな位置付けなのでしょうか?

子供の頃から、私はいつも、様々な人間の行動に魅了されてきた。いまや私は大人と呼ばれる人間になったわけだが、私にとってドキュメンタリー映画を作ることは、まさに完璧な仕事だ。映画を作るというのは記録するだけじゃない。自分の経験を踏まえながら、考えることを試みることなんだ。

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映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』 (c)2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved

私は<施設(インスティテューション)>というものの意味を厳密に定義することなく、<施設>シリーズを作ってきた。映画の主題は、時には一つの、または隣り合ういくつかの建物の中の活動だったり、または、小さな、時には大きな地理的な場所だったりする。『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』は後者(地理的な場所)のカテゴリーで、私がコミュニティについて作った3番目の映画だ(他は『アスペン』と『メイン州ベルファスト』だ)。<施設>の正確な定義を持っていないのと同様に、<コミュニティ>の厳密な定義も私は持っていないのだが。

──その場所でどのように映画をつくっていくのですか?

私は、建物や場所の周りにぼんやりとした線を引いて、その任意の線の境界内で起こることを映画に包含していくようにしている。線の外は別の映画だ。このような映画制作方法を選ぶことで、限られた文脈や出会いの中であっても、より広い範囲で、人間の活動や行動を観察することが可能になる。

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映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』 (c)2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved

──ジャクソンハイツを題材に選んだ理由は?

通りをちょっと歩いてみて、次はジャクソンハイツを撮ろうと決めた。私はジャクソンハイツとして知られるクイーンズ区(ニューヨーク市の5つの区)の一部の周りに架空の線を描いてみた。クイーンズでは町(neighborhood)と呼ばれ、実際の境界がはっきりとしていないからだ。ジャクソンハイツでは167の言語が話され、中南米各国の人々や、パキスタン、バングラディシュ、インド、タイ、ネパール、チベットの人々からなるコミュニティがある。彼らは、初期の移民の子孫であるイタリア人、ユダヤ人、アイルランド人と一緒に住んでいる。この地域は、19世紀の終わりのニューヨーク市ローワーイーストサイドを連想させる真のアメリカというべき「人種のるつぼ」なんだ。ジャクソンハイツの多彩な色には驚かされる。まさに視覚的な祝祭だ。通りにはたくさんの音楽が流れていて、これは映画にとって素晴らしいことだった。ショットとショットをつなぐのに使うことができた。

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映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』 (c)2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved

──撮影にあたって、どこを撮ろうとあらかじめ決めていましたか?

通りの出来事、商売(衣料品店、コインランドリー、ベーカリー、レストラン、スーパーマーケット)、宗教施設(モスク、寺院、教会)を歩いて回ることで、合計120時間にのぼるシーンとショットを撮影した。しかし、撮影を始めた時には、テーマも視点も、また映画の長さも、何も分かってはいなかった。

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映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』 (c)2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved

「観客には、私が選んだシークエンス、それを見せる順番について考えてほしい」

──映画の中には、二度と繰り返せない瞬間が映っていますね。

ジャクソンハイツの通りをきれいにするために南部からやって来た信仰の篤(あつ)い女性たちがいた。そこへ別の女性がやってきて、死んだ父親のために祈ってくれと頼んだんだ。それはまさに純粋な運としかいいようがない。幸運だ!このとき私は、まず女性たちが南部のアクセントを話すのを聞いて、彼らが何をしにやってきたかなと思った。すると彼らは通りを掃除し始めた。私が撮影を始めると、一人の女性が現れて「皆さんがた、私の父のために祈ってくれませんか?」と言ったんだ。こういう場面が撮れると、行いが良かったんだと感じるね!

──編集にはどれくらい時間をかけましたか?

撮影は9週間、編集は10ヶ月だ。編集の際のポイントは、(1)その場所の私の記憶 (2)ラッシュフィルムで見えてくる記憶の記録 (3)私の一般的な経験 (4)個々のシーンで何が起こっているのかを理解しようとする編集プロセス、という4つの<対話>を行うことだ。そこから素材を選択して編集し、シークエンス間の視覚的およびテーマ的な接点を探す。私の映画は、その<対話>から形を見つけ、映画の制作経験から学んだことを表現しているんだ。

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映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』 (c)2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved

──ドキュメンタリー作家の中には、マイケル・ムーアのように、映画に自分自身を登場させる人もいますが、あなたの作品は、あなたという存在をほとんど感じさせません。その手法で、より幅広い観客に届くと感じていますか?

私は存在しているよ、ただ異なった方法で存在しているんだ。映画は私がした選択を表しているからね。それは大学教授が階段に答案用紙を投げて、一番上の段の答案にAをつけるというような試験の採点とは違う。実質的に映画の中に登場するかどうかは、様々な存在の形のひとつにすぎない。私の映画は、すべて1つの視点を持っている。しかし、その視点は、構造を通して間接的に表現されている。人々は私に同意しないかもしれないが、私の映画のアプローチは、ジャーナリスティックなものでなく、小説的だ。私のテクニックは、小説を書くのに似ている。それが私のやり方だ。その方が間接的だからだ。観客には、見たものについて考え、私が選んだシークエンス、それを見せる順番について考えてほしい。それが私の視点の提示のしかただ。気象変動が問題だ、だから何かしなければ…というのでなく。そういう映画もあるし、それにも意味があるが、それはまた別のテクニックで、私のスタイルではない。

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映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』 (c)2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved

──1967年のデビュー作『チチカット・フォーリーズ』以来、批評家が「観察映画(オベザベーショナル・シネマ)」というラベルをつけてきましたが?

始めから?それは冗談だろう。その言葉を使う人が時々いるが、テクニックを理解していないと私は思う。彼らは理解しているのだろうが、クリシェに陥っている。「映画」という呼び方で十分じゃないか。すべて映画なんだ!私は映画を作っている。ドキュメンタリーというのは、少なくとも私たちの世代では、下に見られる傾向があった。ドキュメンタリーを見るということが、たとえば母親が下剤を処方するようなものと思われている。体に良いものだ、とね。

──もしも誰かをデートで映画に誘うとき、ドキュメンタリーを見たい?と聞いたりしたら……

その通り。一部の人には、ドキュメンタリーが面白いとか、ドラマチックだとか、引き込まれるものだという認識がない。ハンバーガーが危険だとか、気候変動が危険だとか、人を教育する必要はないんだ。もちろんこれらが悪い主題だというわけではないが、それでは十分じゃない。

(オフィシャル・インタビューより)



フレデリック・ワイズマン Frederick Wiseman

1930年1月1日、ボストン生まれ。現在88歳。イェール大学法学部卒業。67年、初監督であるドキュメンタリー『チチカット・フォーリーズ』以降、様々な角度からアメリカを見つめる傑作を次々に発表。本作までにドキュメンタリー監督作は40を数える。近作に『パリ・オペラ座のすべて』、『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』などがある。本作後に完成させた『エクス・リブリス‐ニューヨーク公共図書館』(仮題/2017年)も2019年日本公開予定。 2014年にヴェネチア国際映画祭で 金獅子賞(特別功労賞)、2016年にはアカデミー賞名誉賞を受賞している。




ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ

映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』
2018年10月20日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

★2018年11月4日(日)神保町ブックセンターにて『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』公開記念トークイベント開催!
〈詳細・ご予約〉
https://jacksonheights.peatix.com/view

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン
原題:In Jackson Heights
字幕翻訳:齋藤敦子
配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ
2015/アメリカ、フランス/カラー/ドルビーデジタル/189分/ヴィスタサイズ
(c)2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved

映画公式サイト
映画公式ツイッター
映画公式Facebook



「フレデリック・ワイズマンの足跡 Part.1 1967年~1985年」2018年10月8日~11月10日、アテネ・フランセ文化センターにて開催

◆第1期/1967年~1972年
2018年10月8日(月祝)~10月13日(土)

上映作品:チチカット・フォーリーズ/高校/法と秩序/病院/基礎訓練/エッセネ派
◆第2期/1971年~1976年
2018年10月15日(月)~10月19日(金)

上映作品:少年裁判所/霊長類/福祉/肉
◆第3期/1977年~1985年
2018年11月6日(火)~11月10日(土)

上映作品:パナマ運河地帯/シナイ半島監視団/軍事演習/モデル/ストア/競馬場

※詳細はアテネ・フランセ文化センター公式サイトをご覧下さい。



▼映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』予告編

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