映画『きみの鳥はうたえる』 ©HAKODATE CINEMA IRIS
北海道函館市出身の作家・佐藤泰志の小説を『Playback』の三宅唱監督のメガホンで映画化した『きみの鳥はうたえる』が9月1日(土)より公開。webDICEでは三宅監督のインタビューを掲載する。
函館市の映画館シネマアイリスが、佐藤泰志の原作による『海炭市叙景』(2010年)『そこのみにて光輝く』(2014年)『オーバー・フェンス』(2016年)に続き制作・プロデュースした今作。函館郊外の書店員である主人公“僕”と、彼と一緒に暮らす失業中の青年・静雄、そして“僕”の同僚である佐知子という3人のひと夏の関係を描いている。友人と恋人の間を行き交う微妙な関係を表現するのは、柄本佑(『素敵なダイナマイトスキャンダル』)、染谷将太(『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』)、石橋静河(『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』)という現在の日本映画界に欠かせない俳優陣。さらに三宅監督の2014年の作品『THE COCKPIT』にも出演した、ヒップホップ・ユニットSIMI LABのOMSBとHi'Specがクラブのシーンに登場するのも見逃せない。根なし草的ともいえる主人公3人を、満たされない感情を抱えながらも日々の生活のささいなことに楽しさを見いだせる「気持ちのいい人物」として肯定する三宅監督の眼差しが印象深く、気の置けない関係だからこそ生まれる「ささやかな幸福感」、ふわふわと漂うように生きる3人の気負わない佇まいを、三宅監督は函館という街の美しい夜の風景のなかで映し出している。
「青春が延々に続くわけがない。『幸せな時間こそとりかえしのつかないものなんだ』ということを佐藤泰志に教わった気がします。どれだけ主人公3人の幸せや輝きを描けるか、これこそが映画化の最大の狙いです」(三宅唱監督)
時代を超えて、同世代の人間から親しい手紙をもらったような感覚
──この企画がスタートした経緯を教えてください。
函館シネマアイリスの菅原プロデューサーが「『きみの鳥はうたえる』を一緒に映画にしよう」と僕に声をかけてくれたのがスタートです。菅原さんにとっては念願の企画だったと聞いています。
映画『きみの鳥はうたえる』三宅唱監督 ©HAKODATE CINEMA IRIS
全国的にも映画館がどんどん減っていくような時代に、映画館が市民と一緒に映画を作るというシネマアイリスの一連のプロジェクトは本当に意義深いと思っていたので、その仲間に加えてもらえることが光栄でした。
──菅原プロデューサーからは、最初にどんな話がありましたか。
はじめてお会いした日に「ベテラン監督ではなく、主人公たちの年齢に近い三宅の感覚で撮るべき物語だと思う」と言ってくれたことが、その後ずっと指針になりました。
僕が30才か31才ぐらいの時に今回のオファーを受けたんですが、佐藤さんが『きみの鳥はうたえる』を発表されたのもちょうどそれくらいの年齢でした。生年月日だけ見ると勿論、佐藤さんは僕より随分年上なわけですが、時代を超えて、同世代の人間から親しい手紙をもらったような、そんな感覚がありました。小説で書かれた空気感のようなものが肌身に染みました。あとは、同じ北海道出身であるとか、舞台である国立や国分寺は僕が大学時代に過ごしていた町だったりとか、妙なつながりが多いということもあり、大げさに言えば、運命のようにも感じました。
今の函館の空気の中で主人公を捉えなおす
──小説の舞台が東京の郊外であるのに対して、映画は函館が舞台です。その部分の改変に関してはどのように考えていましたか?
企画の段階でロケ地は函館と決まっていました。シナリオを書くにあたって、当時の東京を函館で再現するのではなく、「今の函館を捉えよう」と話していました。また小説では、彼ら登場人物たちの鬱屈した気分は、「もし雨が降らなかったら」とか海が遠いとか暑苦しいだとか、天候や土地と強く結びついています。実際、僕ら自身を振り返っても、今年2018年の東京も酷い暑さでしたし、よくわかる感覚です。もし函館で生活していたら、きっと気分も変わる。小説と同じ、そういう人間観に立つために、「今の函館の空気の中で彼らを捉えなおす」というのが映画化における挑戦の一つでした。
映画『きみの鳥はうたえる』“僕”役の柄本佑 ©HAKODATE CINEMA IRIS
──函館の印象について教えてください。
まず光に惹かれました。港町特有の湿気を含んだ空気が光を柔らかくしているのか、特に夕方は街のどこにいても美しい。それと、当たり前ですが、やっぱり東京にくらべて夏はかなり涼しくて、過ごしやすいです。もちろん、どこの街だっていいところもあれば悪いところもある。函館には函館なりの、独特の閉塞感もあると聞いているし、なんとなくですがそれもわかる。日本全体がそうですし。ただ今回は、函館の爽やかさを必ず捉えることが必要だと思っていました。
──それはなぜですか?
小説の主人公たちがとても気持ちのいい人物だと僕は思うからです。僕にとってですが、彼らは自分のルサンチマンを共有したり慰めてくれるような存在ではなくて、どこか憧れを感じるような存在です。彼らは、金がないなりにも、本を読んだり、映画をみたり、音楽を聞いたり、友達と遊んだり、そういうことを当たり前のようにちゃんと楽しんでいるし、それを邪魔するものには本気で怒っている。確かに貧しいけれど、そこで何かを諦めるのではなくて、自分たちの力で楽しさを見つけ出している。正直、自分や周りの友人たちをみても、年をとればとるほど、仕事や時間に縛られて、なかなかかれらのようには生きられてはいない。映画では、そんなルサンチマンなんかよりも、どんな街であれどんな時代であれ、日々の生活の中でちゃんと楽しさを発見しているような人をみたいと僕は思います。それを函館の爽やかな空気が後押ししてくれましたし、函館で出会った多くの方が、そんな生き方を今も実践している方たちばかりでした。
映画『きみの鳥はうたえる』“僕”役の柄本佑 ©HAKODATE CINEMA IRIS
加えて、僕がこの小説に惹かれたのは、彼らが経験するとりかえしのつかない幸福感でした。おそらく佐藤さんは、20代のもう二度とない時間の感触をなんとか小説で残しておきたかったのではないか。その切実さは、多くの青春映画や青春小説のテーマだとも思います。
「友人の距離感」で映画にしたかった
──メインキャストである、“僕”、静雄、佐知子のキャスティングはどのように決まったのでしょう?
小説を読んですぐに、直感的に、柄本佑と染谷将太、このふたりと一緒に作りたいと思いました。一緒に仕事をしたことはなかったですが、プライベートでは一緒に遊んだことも多く、そこでいろんな顔を実際に目にしていたのもあって、ふたりが「僕」や静雄のように暮らしている姿、映画をみたり、飲んだり、夜道を歩いている姿がすぐに思い浮かびました。ふたりをイメージしながら読むと本当にワクワクしました。
映画『きみの鳥はうたえる』“僕”役の柄本佑 ©HAKODATE CINEMA IRIS
映画『きみの鳥はうたえる』静雄役の染谷将太 ©HAKODATE CINEMA IRIS
佐知子役は、石橋静河さんに初めてお会いしたその日の夜には、僕の中では決めていました。ちょうど企画が動き出した時期に、映画プロデューサーの佐藤公美さんに紹介していただく形で石橋さんに会い、率直に、いいな、と。まだほとんど映画も出演されていないタイミングだったので、僕の中になんの先入観もない、まっさらな状態で初めてお会いできたのも大きかったと思います。
映画『きみの鳥はうたえる』佐知子役の石橋静河 ©HAKODATE CINEMA IRIS
ただし、3人でいけることが決まった直後に撮影が一度延期になってしまい、もう二度と受けてくれないかも、と覚悟した時期がありました。別の配役を考えておく必要がありましたが、僕はどうしてもそれがイヤで、もし万が一、この3人とつくれない場合は自分も降りようと決めていました。今も、こうして3人が揃ったことも、映画が完成すること自体も、まるで当たり前のことなんかじゃない、と思っています。
──撮影期間は、どのくらいだったんですか。
ほぼ3週間です。役者も撮影隊もみんな同じ宿舎で、同じものを食べて、一日平均3シーンぐらい、比較的ゆっくりした撮影ペースで作っていました。友情について書かれたこの小説を「友人の距離感」で映画にしたいと思っていたので、僕も、彼らを遠くからみたりするような感じではなく、彼らの4人目の友人のようなつもりで、もう無我夢中で、一緒になっていろんな時間を過ごしていました。時にはどこからどこまで映画なのかがわからなくなるような、そういう特別な時間でした。
どれだ3人の幸せや輝きを描けるか
──3人が戯れるクラブシーンの自然体な演技も素晴らしかったです。あのシーンはどのように撮影されたのでしょう?
出演してくれたふたりのミュージシャン、OMSBとHi'Specの存在が本当に大きいです。彼らの素晴らしいパフォーマンスによって最高の空気が生まれたし、3人も、お客さん役の函館の方たちも、撮影隊も全員、本当に楽しみながら作りました。あのシーンは全員最高ですが、あえて言えば、石橋さんが本当に気持ちよさそうに全身で踊る姿は、現場全員が完全に目も心も奪われていました。
映画『きみの鳥はうたえる』クラブシーンでパフォーマンスするOMSB ©HAKODATE CINEMA IRIS
──映画のラストは、小説と大きく変わりました。その意図を教えてください。
小説では静雄の事件によって唐突に終わりを迎えます。事件そのものは、もう1本映画が必要なくらい重要なものです。中途半端にやるわけにはいかない。それに、映画で描くならば、時代設定も舞台設定も小説と同じにすべきだとも考えました。その部分の映画化への期待は裏切ってしまった形かもしれませんが、手前勝手なお願いだと承知で言うと、「映画で描かないこと」を、小説で達成された素晴らしい表現への敬意として受け止めていただきたいと思っています。映画化をきっかけに多くの方が小説を手にとることを心から願っています。
とりかえしのつかないことが最後に起こる、これは重要です。青春が延々に続くわけがない。事件によって、それまでどれだけ3人が幸せな時間を過ごしていたかがわかります。その時は気づかなくても、あとでわかる。でも、もう二度と戻らない。「幸せな時間こそとりかえしのつかないものなんだ」ということを佐藤泰志に教わった気がします。どれだけ3人の幸せや輝きを描けるか、これこそが映画化の最大の狙いです。
(オフィシャル・インタビューより)
三宅唱 プロフィール
1984年生まれ。北海道札幌市出身。09年に短編『スパイの舌』 (08)が第5回シネアスト・オーガニゼーション・イン・大阪(CO2)エキシビション・オープンコンペ部門にて最優秀賞を受賞。初長編作品『やくたたず』(10)を発表後、12年に劇場公開第1作『Playback』を監督。14年には『きみの鳥はうたえる』にも出演したOMSBやHi’Specと、THE OTOGIBANASHI'SのBimたちが新曲を完成させるまでの2日間を追ったドキュメンタリー『THE COCKPIT』を発表。また17年には、時代劇専門チャンネル・日本映画専門チャンネルのオリジナル作品『密使と番人』で初の時代劇に挑戦。また18年には、山口情報芸術センター(YCAM)にてビデオインスタレーション作品「ワールドツアー」、地元の中高生らと共作した映画『ワイルドツアー』を監督(19年公開予定)。その他の作品に、ビデオダイアリー「無言日記」シリーズ(14~)、建築家・鈴木了二との共同監督作品『物質試行58 A RETURN OF BRUNO TAUT 2016』(16)などがある。
映画『きみの鳥はうたえる』クラブシーンでパフォーマンスするOMSB ©HAKODATE CINEMA IRIS
映画『きみの鳥はうたえる』
9月1日(土)より新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペースほかロードショー
以降全国順次公開
監督・脚本:三宅唱
原作:佐藤泰志『きみの鳥はうたえる』(河出書房新社 / クレイン)
音楽:Hi'Spec
出演:柄本佑 石橋静河 染谷将太 足立智充 山本亜依 柴田貴哉 水間ロン OMSB Hi'Spec 渡辺真起子 萩原聖人
106分
配給:コピアポア・フィルム、函館シネマアイリス